いつも通り、いつものように骨董達を磨いていく。
何も変わらない。確かに時は進んだかもしれないが、それでオレの何かが変わるわけでもない。強いて言うならば、あの夕焼け時間帯の問答がオレの心に影を根差している……それはまぁ、確かに事実かも知れない。
だからと言ってオレがオレでなくなるわけもなし。
なら、オレは野場骨董品店の店主としてやるべきことをやるだけだろう。
「無理するなって? ありがとさん」
……労われた気がするのも、妄想である。
物の声を聞く、みたいな魔術やら異能やらを持つ知り合い……そもそも魔術師としての知り合いなんて一人くらいしかいないものだから、伝手がない。その一人だって良心のよしみなワケで。
……本当の所、どう思われているんだろう。
「大丈夫? みんな、アスカを心配してる」
「ん……いらっしゃい、リーゼリット」
「うん、久しぶり」
「あぁ、久しぶりだ。元気だったか?」
「うん、大丈夫」
未だ朝日が辺りを
リーゼリット。アインツベルンの侍女。
リーゼリットはブルーシートに座っているオレに視線を合わせる様に屈む。
「今日は……イリヤスフィール嬢は一緒じゃないのか?」
「ここにイリヤを連れてきても、
「そりゃあ知ってるけどよ、ご主人様だろ? 別行動して怒られないのか?」
「……多分、イリヤよりセラが怒ってる、と思う」
「あー」
まぁ、こんな朝っぱらにいなくなれば、そりゃあなぁ。
一番忙しい時間帯だろうし。
それをわかってないリーゼリットじゃあないとは思うが……それを押し殺してでもオレの元に来てくれたって事は……。
「そんなに調子悪そうに見えるか?」
「うん。アスカ、泣いてる」
……。
一度布で手を拭き、目元を触る。
湿って……ない、よな。
「大丈夫。私も、セラも、ここにいるみんなも……アスカが好き」
「……イリヤ嬢は?」
「イリヤは、見えないから。知らない人は、好きになれない」
「まぁ、そりゃな。むしろイリヤスフィール嬢にとっちゃ、文字通りの眼の上のたんこぶ、だろうし」
あの傷だらけの雨傘を衛宮に渡したのは、そう言う意味も込めているのだし。
本当、恵まれてるよなぁ。
「……ほら、やっぱり調子悪い」
「うん、オレも思ったわ。発言にキレが無さ過ぎる。存外、ナイーブになってる臭い」
「……無理、しないでね」
そう言ってスクっと立ち上がるリーゼリット。
あれ、もう行くのか。
「シロウの家にいくついでだったから。アスカも一緒に来る?」
「……いや、イリヤスフィール嬢もいるんだろ? やめとくよ」
「ん、わかった。じゃあね、アスカ」
「あいあい~」
リーゼリットが店を出ていく。
……泣いてる、ねぇ。
涙なんて、生まれてこの方……。
「んっ……っふぅ~。あ、出たわ」
出たわ涙。
伸びで。
「失礼する」
そろそろチャリで出かけようかな、と思っていた矢先。
その人は現れた。
「いらっしゃい、葛木先生……と、キャスターさん」
「ええ、失礼しますわ」
あ、また「奥様モード」だ。
オレは本性知ってるんだから……ってあぁ、葛木先生の前だからか。
それで何用なのだろう。
「野場。古代グルジアに属する骨董を知りたい。教授の程、願えるか」
「what ? えーっと……そんなのいっぱいありますけど……」
葛木先生は骨董を見る事無くカウンター(作業中ではなかったから受付に座っていた)に来るなりそう言った。
骨董を知りたい、と言われましても。
というかそんなの横の人に聞けばいいのでは……。
うわ睨まれた。
「高いのと安いの、どっちがいいですか?」
「……」
「……」
キャスターさんが「そんなの宗一郎様に選ばせるんじゃないわよ!」っていう視線が飛んできた。えー、困るぅ……「夕飯何が良い?」「なんでもー」くらい困るぅ……。
しょうがない、ならばとっておきの一番の高級品を持って来よう。
「ちょいとお待ちくださいねー」
前置きをして店奥に入る。
そして結構な苦労を強いられながら持ってきましたのは、
「……金の……毛皮……?」
「はい。金羊毛皮でございます。かつてギリシア神話において、プリクソスとヘーレーを乗せた翼のある黄金の羊ことクリュソマロス……その、羊毛皮になりますね」
これも例の人(?)から送られ……贈られてきた品。
まぁ、多分、本物。
「……どうだ、キャスター」
「ぁ……ええ、はい……確かにこれは……私の知っている……」
「野場。これはどれ程になる?」
「ん~、要相談ですかねぇ。保証するモンが何もないんで、オレの気分次第っちゃ気分次第です。まぁ個人的に信頼してる人からの品なんで、十二、十三桁くらいは行くと思いますけど」
「……そうか」
ちなみにこういう「恐らく絶対に売れない品」は一年程買い手が付かない場合、ある人の元に渡る契約になっていたりする。それは両親がそのある人と交わした契約で、両親が死んだ今、オレが引き継いで契約させてもらっている次第だ。
例の人(?)とある人は別人な。
「すみません、ちょいと意地が悪かったですわ。手頃……かどうかはわかりませんけど、手が届きそうな範囲の奴見繕いますわ」
ちょっとだけ、意趣返しというかなんというか、骨董品店の店主としてはあるまじき行為だった。
金羊毛皮を店奥にしまい、持ってきたのは紫色の大粒の宝石。
アメジストだ。
「古くはギリシア神話、女神ディアナに仕える女官アメジスト。彼女への懺悔に造られたと言われるバッコスの宝石。魔を払い、真実の愛を守り抜く宝石として知られるアメジストの、最初のモノでさぁ」
「……あなた、こんなものを家に置いていて……よく平気で生きてこられたわね」
「へ?」
……え、怖い事言わないでくださいませんか。
神代の魔女、なんて呼ばれてる人がそんな風に形容するモノなの、この子。
「キャスター、これはどうだ」
「……宗一郎様、これはコルキスと関係のある物ではないように思います」
「あ、はい。これ関係ないです。後高いです。なんで……」
カウンター下から、さっき持ってきたもう一つのモノを取り出す。
それはまた、アメジスト。
指輪に嵌めるための加工が為された小粒のアメジストだ。
「こっち、普通のアメジストですが、世にも珍しいジョージア……っと、グルジアで採鉱されたアメジストになりますね。地学的にも現地の捜索記録にもそこにあるはずがないのにこの一欠片だけが採掘されたようで、だからこそこのアメジストは『唯一の愛』や掘り当てられたって事から『掴みとった愛』、そして……」
ケースを開き、宝石用手袋でアメジストを掴む。
それを視線の高さまであげて、二人の間に躍らせる。
「そこにあるはずの無かった宝石……『夢の様な日々』、なんて……そんな風に言われていますね」
決まった……どうよこのセールストーク。
買うだろう……あれ。
「野場。世話になった。また来る」
「宗一郎様……」
そう言って、二人は店を出ていった。
百二十万は高かったか……?
冬木大橋。
葛木先生たちの対応をしていたからか、いつもライダーさんとチェイスする時間を大きく超えていて、やはりライダーさんはいなかった。
代わりに、
「よぉ、嬢ちゃん」
「……あの、ランサーさん。オレチャリ乗ってんだけど……」
「それがどうかしたのか?」
車通りが全くない冬木大橋を石橋スターノヴァカスタムギア3で疾走するオレ。
その横を、並走するランサーさん。
「これでも時速30kmは出てんだけど……」
「おう。中々速いな、嬢ちゃん」
並走するランサーさん。
並んで、走っているランサーさん。
隠す気が無いのかな??
「おいラン」
「今何か聞こえたか?」
「いやなんか黒い人いたけど花魁までしか聞こえなかった」
「俺もだ」
あー、今日はどこまで?
言峰教会だよ。嬢ちゃんも来るか?
その方角、オレにとっちゃ鬼門なんで遠慮しておきますわぁ。
そうか。じゃあな。
「……普通に抜かされた……?」
最速の名は伊達ではないということか……!
さて、やってきました冬木市港。
当たり前だがランサーさんは居らず、あの時空ではないためか慎二もいない。
贋作者も、収集家もいない。
いるのは、騎士王一人。
「……こんにちは、アスカ」
「こんちは、セイバーさん」
オレとこの人の関係は酷く浅い。
他の英霊方々とだって決して濃い関係ではないが、それなりに言葉を交わす仲だ。
だが、この人と直接、一対一で話す事はあまりに少ない。
「海は良いですね。遠く、広く、果てしなく……どこかの誰かが、夢に焦がれて海へ出た気持ちがわかります」
「……セイバーさんの故郷は、イギリスだったっけ」
「はい。ですが、我がブリテンの海は……ここまで穏やかではありませんでした。シロウは内海だからだ、と言っていましたが……」
「オレも……一番古い記憶にある海は、こんな穏やかじゃなかったなぁ。もっと荒くて、もっと高くて……もっと黒かった」
「おや、アスカは冬木が故郷なのではないのですか?」
「いや、生まれは冬木だよ」
前は東北にいた。
東北から東京へ来て、東京で色々学んで東北に帰って……帰ってきたら、なんで帰ってきたんだ、なんて言われたっけなぁ。
勿論邪魔者としての意味でなく、折角居場所を見つけたのにわざわざこんな僻地に帰って来なくても良かっただろう、っていう叱咤だったけど。
「……ふるさとは、遠きにありて思ふもの――そして悲しく、うたふもの」
「それがその
「あぁ。遠方に行って、そして帰郷した時に……懐かしく感じれば、忘れ難い思い出になるし。冷ややかにされれば、それが堪えて胸が苦しい。
セイバーさんはイギリスに帰った時、何を想うんだろうなぁ」
過去の騎士王が、未来の自国を見て――喜ぶのか、憂うのか。
いや、恐らくは――、
「懐かしいと、そう感じるのでしょうね。私のいた頃と今のブリテンは変わってしまっているとは思いますが……それでも、変わらないものもあるはずだ」
「――……」
それはある意味で、恐ろしい事だ。
変わってしまっていても、変わらないものがあれば――そこが故郷だと、懐かしめてしまう。
オレが……柳洞に文化祭へ誘われて、「懐かしい」と感じてしまったように。
「なぁ、セイバーさん」
「はい、なんでしょうかアスカ」
取り出したるは、10ペンス硬貨。
冠を頂く獅子の意匠が施されたコインだ。
それを、いつも通りピーンッと弾く。
「表か、裏か」
「表ですね」
「……正解」
騎士王相手に動体視力勝負を持ち込む事の方が無謀。
今の所ライダーさんにもセイバーさんにも負けていて、勝ったのはエミヤシロウ相手だけ。
それもズルして勝ちましたが、何か。
「アスカは度々コイントスで物事を決めると……ライダーが話していました。何か理由があるのですか?」
「ライダーさんが? へぇ。
理由……っていうか、はっきりするじゃん? だってコインって表か裏かしかないんだぜ? 勝つか負けるかしかない。引き分けがないんだ。いうなれば、決闘って行為を最も穏便に、簡潔に済ませる判断方法だと思うんだよね」
「……ふむ。では、そのコインを貸していただけますか?」
「え、いいけど」
セイバーさんは微笑を浮かべながら指にコインを乗せる。
ピーッン! と、かなり高く飛ばされるコイン。
しかしそこは流石のセイバーさん。難なく手の甲でキャッチした。
「表か、裏か」
「じゃあ表で」
セイバーさんが手を退ける。
裏だ。
「もう一度行きます」
「え、あ、うん」
ピーン。スチャッ。
「表か、裏か」
「じゃあ裏で」
手を退けるセイバーさん。
表だ。
……え、そんな負ける事ある?
「も、もっかい!」
「はい、どうぞ好きなだけ」
ピーン、スチャ。
ピーン、スチャ。
ピーン、スチャ。
ピーン、ピーン、ピーン、ピーン……。
「何故だ……何故当たらない……」
「私は賭け事には強いのです」
「いやいや、これ運じゃん。表か裏か言ってから弾いてるわけじゃないから、例えコインの裏表が見えててもどうしようもないはずなのに……!」
もしやアレか? 直感か? 直感でオレが負ける未来が見えている時だけ弾いているとか? 確かセイバーさんの直感って軽い未来予知レベルだったよな……。
ん? だったら……!
「ちょっとタンマ。オレに振らせてくれ」
「はい、いいですよ。見事当ててみせましょう」
あぁ、オレが勝ち負けだの言ったから勝負事ってことで手を抜かなくなってるのか……。
ふ、初白星いただくぜ!
ピーン、パシッ。
手のひらを下向きに、コインを掴む。
「これを上に向けた時……裏か、表か、どーっちだ」
「……? では、表で」
ニヤァ……!
盲牌は基本だぜぇ……?
「はい、裏ぁ!」
「……アスカ。インチキをしたでしょう」
「ん~? 何の事かわっかんにゃ~い」
先に直感を使ったのはそっちじゃないか!
飛鳥ちゃんの大学飲み会一発芸:マジック歴を舐めないでもらおうか!
拳の中のコインの表裏を薬指でひっくり返すくらい、造作もないのだぁ!
「……わかりました。では、こちらも真剣に行かせていただきます。もう一度、コインを弾いてください、アスカ」
「ほっほー、良いでしょう。今四十二敗一勝! イーブンにまで戻してやる!」
俺達の戦いはこれからだ!!
「……何をしているんだ、二人とも?」
「ハァ……ハァっ……黙っていてくださいシロウ。これは女の戦い……いえ、意地の張り合い……!」
「お前に……介入できる余地は無ぇよ、衛宮……! これはオレとセイバーさんの、本気のぶつけ合いなんだ……!」
「なんでこの人達はコイントスで息切れしているんだろう……」
「百二十対百二十のイーブンだ……丁度いい、決着を付けようじゃないかセイバーさん!」
「えぇ、決着を付けましょう。
束ねるは星の息吹。輝ける命の奔流。受けるが良い!」
「ちょっ」
「なんか必殺技っぽいのキター!! ならこっちも、
邪悪なる竜は失墜し、世界は今落陽に至る。撃ち落とす!」
対面するオレとセイバーさんが、同時に指に力を込める!
五十対五十辺りから変更されたルール。同時にコインをトスし、同時に表か裏かを言う!
「
「
「
「
高く高く、雲を突き抜けてはるか上空へ。
そして落ちてきたコインを――、
「シロウ! キャッチしてください!!」
「衛宮ァ! 落としたら
「なんでさ!? っと、ととと……あっついし……」
無事キャッチした衛宮。
く、これは不利だな――イカサマが使えない!
「表と表!」
「裏と表!」
セイバーさんが言う。
オレが言う。
「……っと……表と、表だな」
「でやぁぁああ!」
「うおっ!?」
ハイキック。
避けられた。
当たり前田のクラッカー、オレは美綴やタイガーのように武術なんかをやった経験はないのだから。
「諦めてください、アスカ。そして先程の約束通り、昨日シロウ達に振る舞ったと言う料理の数々、食べさせていただきます」
「そんな約束してたからあんな真剣だったのか……」
「クソォ……ずりぃ、ずりぃよ……! ラブラブカップルになんか勝てるわけないだろ……! というかすまないさんの力を借りたのが絶対悪かった……! あの人確かどこぞのランサーさんと同じくらい不運だったはず……!」
「うわ……そのすまないさんという方、相当に不運ですね」
「ああ……ランサーの奴と肩を並べられるくらい不運って、なかなかいないぞ」
すまない……全く関係の無い場所で貶すようなことになってしまって本当にすまない……。でもオレ、バルムンク好きなんだ……! ただそれだけの理由なんだ……!
「はぁ……わかった、負けを認めるよセイバーさん。酒は行けるクチだよな?」
「おぉ、いいのですか? 勿論、王としてそれなりに飲んできましたから」
「王? そういえばさっきエクスカリバーって……」
「わーわー、エクスカリハリセンだから。っていうか野場、お前未成年だろ?」
「なーに言ってんだ衛宮。お前だって飲むっちゃ飲むだろ。得意じゃないらしいが」
「……なんで知ってるんだ、そんなこと……」
「なんだったら今からウチ来るか? まだ時間も早いし、夕飯食べて行けよ、セイバーさん」
オレがそう言うと、セイバーさんは逡巡した様にオレと衛宮を見る。
食と護衛。
普通は後者に比重が傾くはずだが……。
「衛宮も来るか? というか、表と表を出した責任を取って調理手伝え」
「なんでさ。まぁ、いいけど……俺、昨日みたいな料理作れないぞ?」
「あれは食材が良いだけで、特に難しい処理はしてないから大丈夫だ。そもそもあんなに一杯作る気ないしな。さぁ、日が落ちる前に行こうや。
一瞬の、冷たい視線。
四つ。二対。
ハロー、どうも、僕はココ。
「じゃあ、行かせてもらうぞ」
「ん。……そう警戒しなくても、オレは何も出来ないから大丈夫だぞ、セイバーさん」
「……」
しかしセイバーさんは剣呑な雰囲気を収めない。
いや、セイバーさんが向いているのは――オレじゃあ、ない。
「セイバー?」
「……いえ、行きましょう。シロウ」
一瞬、外に出かけたコイツ。
おかしな話だ。コイツが「出てくることが出来る」のは、あの女性と、あの少女の前だけだったはずなのに。
……いや、待てよ?
じゃあなんで昨日……コイツ、オレの前に出てきた?
『私が”彼”へと辿り着くまで――』
……オレ、もしかして本当に代理人扱いになってる?
ハッハー、やだもー。
「藤ねぇと飛鳥」
「ライダーと飛鳥」
「桜と飛鳥」
「セイバーと飛鳥」new !
「イリヤと飛鳥」new !
「???と飛鳥」new !
TIPS
イリヤスフィール・フォン・アインツベルンには野場飛鳥が見えない……?