ナビゲーターをお願いします、なんて脅しにビビってフラグ探しに奔走していた3日間だったのだが、よくよく考えれば10月8日の夕方以外店を開いていない。そう何度も何度も折角来てくれたライダーさんを追い返すのは悪いし、こういうのって探せば探すほど見つからなくなる物欲センサー染みた所があるよねー、なんてことを考えながら、連休初の店開きである。
そういえば連休明けに弁当大量に作って持って行くって約束したけど、今日作り置きして10月8日に残っているのだろうか? そこの所不安なので明日は早起きして作るか。どうせサボっても授業なんてあってないようなものだし、朝4時から9時くらいまでぶっ続けで作れば十分量だろう。
「おはようございます、アスカ」
「おはよーさん。今日多分10時頃に宅配便来るけど、判子の場所わかる?」
「はい。
昨日の営業で仕入れたものですか?」
「ああ、遠坂の家からオイルランプをね。昨日の内に鑑定士のトコまわってるから、着いたらビニールシートの上に箱ごとおいといて~」
「はい」
父さんの知り合いだった鑑定士と、両親が死んだ後も絶えず契約させてもらっている。そもそも美術品の鑑定士に資格なんてものは民間のモノ以外存在しないらしいのだが、その人は国選として呼ばれたりする程度にはちゃんとした人なので、目利きも正確だと信用している。
その人が言うにはオレも十二分に美術鑑定士としてやっていける「目」を持っている、らしいのだが、オレ自身の直属の師匠と言える辰巳に免許皆伝を貰う前に2人が死んでしまったので、どうにも「掴み」が無く、その人に鑑定をお願いしている次第だ。
それと、これは骨董品店を営む店主としては言うべきではない事なのだろうが……骨董達に値打ちをつけるという行為自体、あんまり好きじゃないのだ。歴史上の偉人の写真を指差して、「この人の人生の値打ちは何万円!」なんて言ってるような、オレが骨董達を評するのは失礼なような……。
歴史的価値、希少価値と市場価格から「好事家が買うなら幾らだろう」という予測は出来るのだが、その骨董自体の価値となるとどうにも悲しくなってしまう。自分の子供に対して「貴女は幾らよ」って、そんなこと言いたくないよな。
「時にアスカ」
「はいなんでございませう」
「……いえ、今朝桜のバストが大きくなったにも拘らず体重が減っているという異次元的な事態に遭遇しまして」
「ほう」
ライダーさんは聞き上手で天然気味なので自ら話しかけてくる事は割合ないのだが、こうしてブロッサムさん関連や衛宮関連の話は最近よく振ってくるようになった。この繰り返される四日間は特に多いな。
「私は五十七キログラムなのですが、桜は四十五キログラムと……諸事情から私は滅多な事では体重を増減する事はないのですが、桜の身体であれほど軽いとなると、やはり健康面に心配があります」
「軽すぎィ……オレ六十二キログラムだぞ? 確かにオレのが身長高いけど、何その異次元。しかもブロッサムさんEカップじゃなかったっけ?」
「よく知っていますね。それと、アスカは確か六十二点五キログラムだったかと」
「うるへー点以下斬り捨てじゃあ!」
169cmで62.5kgなら適正体重なんだよ!! 確かに胸はもう少し欲しかったけど!
ブロッサムさん156cmで45kgってありえねー……そんでEなのがもっと有り得ねえ。
何その異次元。二次元キャラかな???
「……それで、オレに何を相談したいのでせう?」
「いえ、桜もシロウも栄養を考えて料理を作りますので、特に問題はないと思われます。ただ、一応同じ女性として……リン等も過剰に反応していましたから、アスカの反応はどのようなものかな、と」
「つまりブロッサムさんをネタにオレをからかってみたかっただけと」
「端的に言えば」
う~ん、良い笑顔。
でも実際恐ろしいよな……多分バスト重量だけで1kg越え。あの年齢で、あの見た目で、あのスタイルで!
っかぁ~、こりゃモテますわそりゃみのりん惚れますわ。
「つってもライダーさん確か身長172cmだったはずだから、ソレHあるだろ? ブロッサムさんも確かに異次元だけど、ライダーさんだって相当だぜ? その身長でオレより体重低い辺りが特に」
「身長の方は触れないで頂けると嬉しかったのですが……差にしてもたった3cmではないですか。体重については、鍛え方の違い、という所でしょうか」
「……そんな鍛えてんの?」
「鍛えている、と言われれば首を振る事になりますが……諸事情で」
まぁ、うん。
女神だもんね。
「ちなみに昨日持ち上げた時の感覚を信じるなら、浮力を考えても遠坂は四十七キログラムくらいだな。身長はあいつ160cmなかった……159cmくらいのはずだから、姉妹共々異次元異次元。過剰反応する理由なんてさーっぱりだよ」
「それはやはり……ココの違いでは?」
下向きの手のひらを上向きに変えるライダーさん。
おいおい、折角人が言わなかったことを。
遠坂なぁ。オレよりは大きいんだけど、まぁEカップに比べりゃなぁ。
Cじゃあ、なぁ?
「……なぁ、この話やめないか。
「
「あいつ地獄耳だしな」
こういうくっだらないダジャレを聞かせ続けたからか、ライダーさんも返してくれるようになった。ライダーに変な事教えないでくださいってブロッサムさんと衛宮からクレームが来そうだから自重するべきなのだろうが、出ちゃうもんは仕方がない。屁みたいなものだ。
あ、超絶美少女飛鳥きゅんは屁なんてしないけどな?
「ちわーっす、三河屋でーす」
「うそだろ」
少し会話が聞こえていたらしい宅配便のあんちゃんは、とてもノリが良かった。
昼食にグリーンレクーンダァグと魚介ケリィ拉麺を食べた後、新しい骨董であるオイルランプを改めてビニールシートの上に置いた。
19世紀初頭に造られたものなのでそこまで古めかしさは無く、むしろ丁寧な仕事によって造られたのだろう、量産品ではない職人の技が感じられた。
「煤汚れも無いし、芯は交換してくれたのか……ほんと、頭が下がる」
「それが、リンから仕入れた骨董ですか」
「ん。オイルランプ……オイルランタンとも言うけど、石油ランプに切り替わる直前辺りのモノらしい。丁度時代の境目に産まれた子だよ」
流石遠坂の家。
アンティークは尽きないが、良いモノを揃えている。
「ちなみにいうと、この子は今でも普通に使える。というか構造上芯さえ変えれば何百年と使える物だから、ガラスさえ割っちまわなければたとえ好事家でなくとも先祖代々使い続けている家はあると思うよ」
「へぇ~……これ、そんなに良いモノだったの。もう長い事使ってなかったみたいだったから野場さんに売ってしまったけれど、一回くらい使ってみても良かったかしらね」
「昨日見た時は使われた痕跡があったし……遠坂のお父さんが使っていたかもしれないな。あの人からも結構アンティーク卸していたし」
「あら、そうだったの? そんな頃から付き合いがあったのね……って、なんでそれを言わないのよ
ナンデデショーネー。
それは言峰さんが貴女のお父様を……まぁ、語るべくも無し。
「ん、いらっしゃい遠坂。買い物か?」
「いらっしゃいませ、リン。何をお求めでしょうか?」
「……仲良いわね、あなた達」
そりゃもう。
半年って、結構長いんですのよ奥様。
さらに2か月ちょっと加算されていますし。
「宝石ィ? ……あるけど」
「じゃあなんでそんな『んなもん置いてるわけねぇだろ?』って顔したのよ。ちょっと入用で、幾つか欲しいのだけれど……どれくらいするかだけでも教えてくれないかしら」
「ん。盗難防止で
「はい。リン、こちらへ」
遠坂が来たのはオレとライダーさんによるバスト・カップ数話(略してバカ話)を聞きつけたとかそういう事ではなく、宝石が入用になったので買いに来たと、それだけの事だった。
そういうのは宝飾店に行った方がいいのではないかと思うのだが、生憎ながら深山町商店街に宝飾店は無い。新都にはあるみたいだが。
なので手頃で近場な古物商……深山町の二大骨董品店エイドリアンと野場骨董品店を頼ったわけだ。エイドリアンには実は言峰さんが売り払ったはずの諸々があるはずなのだが、まぁ毎度あり、という事で。
さてさて、ウチにある宝石類というのは基本的に何らかの逸話があったりなかったり、どこぞの国の何々に付けられていた宝石だったりそうでなかったりするモノが多いのだが、恐らく遠坂が求めているのであろう魔術的触媒に向くか否かで言えば、知らないと答えるのが正解だろう。だってオレわかんねーし。
ただ往々にして価格が跳ね上がってしまうのは仕方がない事だと思ってほしい。元々価値の付きやすい宝石が、綺麗な状態で長年存在しているってだけで歴史的価値は鰻登り……らしいのだ。
もっとも遠坂は貧乏性というだけで、貧乏なワケじゃあない。
言峰さんに紹介されてウチに来た時も貧しくて来たわけではなく、宝石魔術を研鑽するに当たって浮いた金が欲しかったと言う理由なのだろう。あの家は普通に生活する分には十分すぎる資産を持っているのだから。
「お待多世界解釈~」
「エヴェレットの多世界解釈……またコアなものを、くっだらないダジャレに使うのね」
「わぁお実際に言われると傷つくゥ!」
自分でもくっだらないって言ってるけど、面と向かって言われるとは思わなかったよ!
だってお待たせに繋がるダジャレって、思いつく限りだと下ネタばっかりなんだもん。
「んじゃぁー、見て行ってくれ。ウチにある宝石はこれで全部。こっちは原石な」
宝石を収めてあるケースを並べる。ケースの蓋に付箋が貼ってあって、その真下に来る宝石の説明が書かれているのだ。
大振りのものから小振りのモノまで様々だが、まあまあ煌びやか。すでにカッティング済みのモノが多く、贈り物にもぴったりである。
ちなみにこれは妄言なのだが、宝石からはこう……お礼を言われた気がした事がない。宝石の嵌った骨董とかならあるんだが、単品だとどうにも聞こえない。いや元から聞こえないんだけどさ。
「……へぇ」
遠坂は感嘆の息を漏らす。
ケースの横に置いた宝石用の手袋にしっかり手を通し、やはり大ぶりのモノを見て何事かを考え始めた。
ライダーさんも興味がありそうな顔をしていたのだが、丁度常連が1人来たので対応をしてもらっている。
「これ……どういう逸話があるのかしら」
「ん。それはカーバンクルの額に付いてたって言うガーネットだな」
「……えっと、もう一回言ってくれるかしら」
「カーバンクル。まぁ伝説上の生き物だよ。それを討った当時の英雄が手に入れたっていう、額の宝石。流石に真偽は不明だけど、定説ではカーバンクルの額にあるのはルビーなはずなのに、これを卸してくれた奴が言うには『カーバンクルの額に合ったガーネット』らしい。そこまではっきり言われちゃ、まぁそう説明するしかないワケで。
大振りながらに値段が低めなのはそういう真偽不明のトコが原因だな」
「……確かに、安いわね……」
安いって言っても云百万ダケドネー。
カーバンクルって言うとオレはもう五色のスライムが積み上げられて消される間でアホ面晒して踊っている黄色いアイツしか思い浮かばない。日輪相殺ッ!
「似たような色だけど、こっちのは?」
「これは……あー、
「一番最初?」
これはオレの店にある品の中でもとびっきり古いもので。
そんでもって、とーってもなじみ深いもの。
「ギリシア神話において、パーセウスが討ち取ったっていうメドゥサの首から滴り落ちた血が、海に落ちて固まった時の……その時にできたって言われている
仕入人は同じで、まぁ真偽のほどは不明。けど、現在獲れる血赤珊瑚じゃ有り得ない構造をしているらしくてね……。しかもこの大きさだ。ちーっとばかし、コイツは気軽に手を出せる額じゃないと思うぜ」
「……そう」
遠坂はそれを、ゆっくり元に戻す。
まぁ、知り合いの首から滴り落ちた宝石、なんて逸話を聞いて、それを買おうなんて思えないよなぁ。
あと高いからだとも思うけど。
「逸話の無い宝石は無いの? 普通に大きいヤツ」
「少ないけど、あるにはあるよ。
「ええ。そっちを見せてちょうだい」
はいはいよっと、ケースを丁重に仕舞って新しい物を取り出す。
それには付箋は貼られていない。単純に価値と名前が書いてあるだけだ。
ケースの蓋を開け、遠坂に向ける。
「……これは、すごいわね。大きさもそうだけど……とても綺麗」
「言峰さん?」
「これ、いくらかしら」
歯牙にもかけられずにスルーされた。
遠坂の言う通り、逸話なんかはないものの美しいカットが為されたものばかりで、観賞用としても素晴らしい宝石ばかりが揃っている。
「紀元前1500年前にイングランドで産出されたジェット……宝石自体の価値は30万程で、歴史的価値を考えると120万になる。それにするなら横の同じ宝石の方がいい。こっちは最近採掘されたものだから、16万程でお安いぜ?」
逸話が無いと言っても歴史が無いわけじゃないのだ。
「まるで悪徳商法だけど、いいわ。それを1つと……あと、こっち」
「ダイオプサイトか。シルバー抜けば9万くらいだな」
「へぇ、いいわね。これ、在庫は?」
「残念だがウチは基本的に一点ものでね。骨董ならともかく、宝石はそこまで仕入れちゃいないよ」
そういうんは新都の宝飾店へどうぞ。
そもそもウチで宝石扱っている事を知らない連中ばかりなので、仕入れ数自体少ないのが現実である。
「そう。
それじゃ、あとは野場さん。5万円以内で収まる程度に5、6個見繕ってくれない?」
「条件とかあるか? 硬度とか、色とか」
「その辺も含めて任せるわ。期待してるわよ?」
「わぁお責任オダン=ウーアじゃん」
「そいじゃ、またのお越しを~」
「ええ、また来るわ」
遠坂を見送る。
結局今日は先の常連1人と遠坂が来ただけだったが(宅配便を除く)、売り上げは上々だ。流石遠坂太っ腹。これからも遠坂が客として来てくれるのなら、宝石の仕入れも考えるくらいには印象深い。
残り40分程でライダーさんの定時なので、早めに店仕舞いをする。
コートを羽織り、財布を確認。
「アスカ?」
「ちょっと買い物手伝ってくれない? すぐ終わるからさ」
「はぁ。構いませんが」
明日の準備を、ね。
明日じゃないけど。
「うー……さむっ」
「大丈夫ですか?」
「うんむ。実はそこまで寒くない」
「……」
「ごめんて」
そこまで寒くないだけで、寒い事は寒いのだ。
嘘は言ってない。
料理の腕を見せろと言われたが、基本的にBARで出すような料理ってのは物持ちが悪い。10月の気候がどれほど腐らせ難かろうと、弁当にして持ち出すようなものじゃあないのだ。
だから朝に作れるモンは作れるだけ作って、一応自信のあるチーズ系等のものは穂群原学園の調理室を使おうと思っている。ノンアルカクテルも作るつもりなので、どうせならタイガーを抱き込んで正式な許可を貰うつもりだ。
そのための材料を買って行く。
「~♪」
「ご機嫌ですね」
「ライダーさんと買い物デートだからなー。あ、こんちゃー」
深山商店街の知り合い皆さまに挨拶しながら進む。
必要な物は割と揃う。特にツマミ的なモノは集まりやすい。
モッツァレラチーズなどは家の冷蔵庫にあるので買わなくていいし……あぁ、でも鮮魚はどうしよう。
……4時に起きて、7時までに全て終わらせて、急いで新都行って魚買って穂群原学園で8時から12時までクッキング……で、間に合うか?
タイガーを抱き込むとなると、量がだいぶ必要になってくるし……。
あとそもそも4時って大丈夫なのか? 獣的に。
「――アスカ? どうしました?」
「へ? あ、なに? ごめん考え事してた」
「いえ、そろそろ商店街を抜けますが……」
「ほんまや」
オレは何処へ行こうとしていたのか。
ライダーさんが止めてくれなかったら進行方向に家が合っても突き破っていたかもしれない。
くるっと方向転換し、店まで戻る。
重量の問題ではなく容量の問題で持てなかった分をライダーさんに持ってもらっていたので、自分の持っていた袋を一度おいてからまた預かる、という行為を2回ほど繰り返した。
よし、丁度定時!
「ん、必要なものは大体買えたし……あ、これバイト代ね」
「はい、確かに」
「付き合ってくれてありがと~。それじゃ、お疲れサマンサ~」
「たーばさ」
うん、ノリが良い。
というか寒い茶番に付き合わせてごめんね。
ライダーさんの背中を見送る。
……そういえば、目覚ましって設定できるのだろうか。
今日の夜、明日の朝4時にセットして……10月8日の朝に鳴るのか?
……まぁ起きれる起きれる! 寝坊してもどうせ5時には起きるし!
「一応、早めに寝ておこう」
真経津鏡を外側に向け、買って来た物を冷蔵庫にぶち込んで。
やっぱり湯は張らずに、シャワーだけ浴びてベッドに入る。
こうして最後の夜が終わる。
オレの知らない聖杯戦争は終わった。
オレの知らない戦いは勝者を生むことなく、
オレの知らない異常は解明されることなく、
オレの知っている楽園は、今もこうして回っている。
カーバンクルの額にある宝石には諸説ありますので、あくまでフィクションってことで、どうか。