【完結】ふぇいとほろーあたらくしあてきな?   作:劇鼠らてこ

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10月8日 (5)

「それにしても野場氏の交友関係は不思議ですなぁ」

 

「そうかぁ?」

 

 昼休み。

 何の脈絡も無しにそう話しかけてきたのは同じクラスの後藤劾以(がい)

 基本的にノリで生きていて、誰とでも仲のいいあだ名は後藤くんである。

 

「衛宮(なにがし)とはそれなりに仲が良いくせにその周囲にいる魔女やら生徒会長とはそこまで仲良くない。かと思えば魔女のクラスの蒔寺某と氷室殿とは仲がいい。どういう判断基準で?」

 

「衛宮と生徒会長は付き合ってるから近寄れないだろ? 遠坂は単純に接点がないだけだな。あ、でもこの前ブロッサムさんからお弁当届けてもらったぜオレ。羨ましいだろ。氷室と蒔寺は三枝のついでだから何の関係もないでーす」

 

「ブロッサムさん……間桐慎二の妹の事か。魔女と何の関係が?」

 

「どっちも美少女じゃん? ほら、オレも美少女じゃん?」

 

「笑止」

 

 ところで、後藤くんは実の所普段から時代劇かかった口調、というわけではない。

 恐らく今朝にでも時代劇、もしくはそういう時期の朝ドラか何かを見て、影響されたのだろう。とても影響されやすい子なのである。

 後藤くんの買って来たグラタンは、当たり前であるが冷え切っていて、何故昼食に食べる物を朝温めてもらったのかとても謎だ。

 もっとも、後藤くんが今食べているカレーパンも朝に温めてもらった物なのでとうに冷え切っていると思うが。

 

「っていうか、よくブロッサムさんの事が間桐嬢だってわかったな」

 

「野場氏が彼女をブロッサムさんと呼ぶことは有名だろう」

 

「マジでか」

 

 やっぱ美少女だと有名になっちゃうかー。

 っていう寒い冗談はさておいて、さてはてこれはどういう事だろう。

 オレは本当にブロッサムさんと関わりが無い。聖杯戦争に参加していなければ、衛宮邸にだって行くことが無いのだから当たり前だ。勿論、弓道部でもない。

 

 この偽りの四日間が起こるまで、オレは彼女と会釈をするくらいの関係でしかなかったはずなのに、有名とはこれ如何に。

 

「ちなみに後藤くん情報網ではオレの扱いってどーなってんの?」

 

「貧乳オレオレ詐欺」

 

「よーし表出ろ」

 

 この後めちゃくちゃ追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ~えぇ~ぐ~さっ!」

 

「きゃあ!?」

 

 グラウンドで何やら部員たちのバイタルデータを懸命にカキカキしていた三枝の後ろから、その胸を救い上げる様にして掴む。ふ、背凭れの無いベンチでよかったぜ。

 

「くぉらぁ~!! 由紀っちを離せえええ!!」

 

「ふ、当たらぬ!」

 

 横合いから猛スピードで飛び蹴りをかましてきた黒豹。しかし超絶美少女飛鳥きゅんの顔面は不思議パワーで守られている! 未だ、為替(かわせ)!!

 

「攻撃というのは二段構えが常套手段だ、野場」

 

「あでっ」

 

 しゃがんで躱した黒豹の蹴りの直後。

 脳天に、とても硬い……先程三枝が書いていたボードが突き刺さった。

 

「ナイスメ鐘!」

 

「蒔の字、少しは考えてから行動したまえ。今の蹴り、もう少し逸れたら由紀香に当たっていたぞ」

 

「へへーん、そんなヘマは犯さないね。私の蹴りは百発百中!」

 

 荒ぶる鷹のポーズをする黒豹。

 アホめ!

 

「せぁ!」

 

「どわぁ!?」

 

 片足立ちになった奴の脚を払う。

 その低い姿勢のままベンチ下にもぐり、三枝の脚に抱きついた。

 

「え、え!?」

 

「おぉ……素晴らしい手触り。無駄毛が全くない。とぅるっとぅるですよ!!」

 

 さわさわと触る。

 引きずり出される。

 

「なんだよメガネおっぱい。オレは三枝の小振りだけど慎ましいおっぱいに用があるのであって、お前はお呼びじゃないんだよ。エイドリアンは言わずもがな」

 

「エイドリアンじゃねー! 詠鳥庵(えいちょうあん)だ!」

 

「……メガネおっぱい。ふむ、その呼び名は始めてだが……こう、頭にクるものがあるな」

 

 額に怒筋を浮かべ、頬を引きつらせる氷室。

 うがー! と今にも襲いかかってきそうな黒豹。

 あわあわとオレ達三人を見ては、誰か助けになってくれる人はいないか探している三枝。

 そんな三枝をニマニマと見つめているオレ。

 

 あぁ、可愛いなぁ。

 

「部長! 終わりました!」

 

「あァ? あー……わかった、すぐ行く!」

 

「野場。私達は見ての通り部活中でな……用向きがあるなら、手短にしてくれると助かるのだが?」

 

「え、用は無いよ。三枝の胸を触りたかっただけだし」

 

「……お帰り願おうか」

 

 まぁ、これ以上は邪魔か。

 

「じゃ、またな三枝!」

 

「う、うん……またね」

 

「由紀香、一々手を振りかえさなくても良いぞ。そうやって優しさを与えるからつけあがるのだ、あのテの人間は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら? 野場さん。こんな所で会うなんて、珍しいわね」

 

「藤村先生」

 

 滅多に来ることの無い柳洞寺の、裏山。

 深い林になっているこの山道は、秋の彩が美しい。

 学校で見る温和さとはまた違った雰囲気の藤村先生の手にあるのは、水桶と柄杓。

 オレの手にある物と同じだった。

 

「野場さんもお墓参り?」

 

「はい。オレの両親のお墓が此処に或るんですよ。藤村先生は、ご親類の命日、とかですか?」

 

「ううん、知り合いの……弟みたいな子の、お父さんのお墓にね。ちょっと複雑な関係があるから……」

 

「衛宮、切嗣さんですね」

 

「え?」

 

 少しだけ。

 恐らく、生徒には……いや、衛宮達に出さえ見せないであろうその雰囲気の変化。

 その色は、警戒だ。

 

「どうして?」

 

 そのどうして、は。

 どうして知っているのか、なのか。

 どうしてわかるの、なのか。

 

「ウチの店……骨董品店なんですけど、昔結構来てたんですよ、切嗣さん。結構お得意さんで、曰くつきの剣とか、古い銃弾とか、水銀とか……そういうのを、とても興味深そうに眺めては買って行ってました」

 

「へぇ……そんなことしてたんだ、切嗣さん」

 

 警戒がふっと和らぐ。

 最後の方には、逆もあった。

 衛宮切嗣から買い取った商品もまた、うちの蔵や商品棚にいたりするのだ。

 

 山道を歩く。

 

「野場さんのご両親は、どんな人だったの?」

 

「……うーん。難しい質問ですね」

 

「あ、答えたくなかったらいいのよ。ごめんね、デリカシー無くて……」

 

「いえ、両親が死んで悲しいと思った事はないので、大丈夫です。……あの2人は、そうですね。一言……友人、でしょうか」

 

「友人?」

 

 段々と木が無くなっていく。

 

「確かに血の繋がった親と子でしたけど、オレは物心ついた時にはこんな性格で……気を許した親友の様な関係でした。骨董品店も、親友夫婦の大切にしていた店を引き継いだ、っていう思いが強いです」

 

 簡単に言えば。

 とても簡単に言えば、あの2人は。

 私が、オレであるという事実に気が付いたのだ。

 その上で、何も言わなかった。恐らく受け入れたのとは違うのだと思う。

 ただ、オレを『子』としてではなく『友人』として扱った。

 

 それを、オレは心から感謝している。

 

「気さくで、でもどこか拘りが強くて……すぐに色々な物に目移りする癖に、座右の銘は初志貫徹。そんな父親と、悲観的でマイナス思考で、でも仕事だとか大切な事は絶対にやりきるし、そう言う場では誰よりも凛としてリーダーシップを取れる、座右の銘は臨機応変な母親。そんな2人でした」

 

「不思議な2人だったのねぇ」

 

「ええ。とても、不思議で……かっこよかった。自慢の友人で、自慢の両親ですよ」

 

 だから、寂しいとも悲しいとも思わない。

 ただ感謝を。

 

 会話が途切れ、黙々と山道を昇る。

 視界が開けた。

 

「じゃ、私はこっちだから……」

 

「はい」

 

 冬木市で亡くなった大勢の魂が集う場所。

 あの冬木の大火事で亡くなった人の一部も眠っている霊園。

 

 一歩歩くたびに、粘りつくような息遣いが聞こえる。

 いや、聞こえない。

 

「……」

 

 両親の墓。

 野場家、とプリント体の達筆で書かれた墓石は、綺麗なものだ。

 

「……藤村先生が居たのは想定外だったけど……持ってきたぜ、Jinn(ジン)Chartreuse(シャルトリューズ)。今の状況にぴったりだろ?」

 

 エコバッグに入れておいてよかった。

 もしみられていたら、補導モノだからな。

 JNNは「目に見えない、触れ得ない物」。シャルトリューズは暖かみのある黄緑色。

 コレを混ぜたカクテルを、アラスカという。

 

「またクサいって馬鹿にするか? ロマンチスト過ぎだって、笑うか?」

 

 昔取った杵柄、とでもいうべきだろうか。

 大学時代のアルバイトの経験が役に立った。

 シェイクしていく。

 

「でもさ、オレ……こういう回りくどい事しか出来ないんだわ。しかも、消えゆくこの日々でしかやれない。直接伝えるのは、恥ずかしいからさ」

 

 アラスカのカクテル言葉。

 それが、オレの精一杯である。

 

「飲めよ? 母さんはいつも「明日の仕事に響いたらどうしよう……」とか言って飲まなかったし、父さんは父さんで「僕はお酒だけは拘りがあるんだ」なんて言って頑なに飲まなかったし……死んだあとくらい、その頑固さを捻じ曲げな」

 

 グラスにトポトポと、薄い黄色が注がれていく。

 夕日というには高すぎるその光を浴びて、黄金色に輝くソレ。

 墓の前で胡坐をかいて座る。

 スカートだけど気にしない。別に、誰も見てないし。

 

「んじゃ、乾杯だ。次来るのがいつになるかわからんから、しっかり味わえよ?」

 

 置いたグラスに、カチンと己のソレをぶつける。

 そして、一気に飲み干す。

 

「……ノンアルでも、美味いモンは美味いな……」

 

 オレが飲むのはダイキリ。

 さわやかな味と香りが鼻孔を突き抜けた。

 

 さて、と立ち上がって、墓石の手入れをしていく。

 洗って拭いて、雑草を抜いて。

 

 グラスはそのままに。

 

「……」

 

 野場辰巳と野場(ゆかり)

 オレの最も大切な友人の名前だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ……」

「ありゃ」

「んお?」

 

 三者三様、声を漏らす。

 墓参りの後、再び藤村先生と合流して山道を降りてみれば、衛宮の姿があったのだ。

 

「士郎、来てたの? お山に」

「一成のとこに遊びに来たんだけどな……」

「ほほう」

 

 ほほう?

 なるほどなるほど?

 

「……野場、お前が今考えているような事実は無いからな?」

「……ま、この場所でふざけるのはよしてやるよ。じゃ、藤村先生、衛宮。オレは先に行ってるから……姉弟仲良く水入らず、ってな」

「あ、いいのに……。でも、今日はお話聞けて良かったわ。また、学校でもお話しましょうね、野場さん」

「はい、また。じゃあな、衛宮」

 

 そう言って駆けだす。

 料理をする衛宮と、今はお淑やかモードとはいえ野生染みた嗅覚をもつタイガー。

 酒のボトルを持っている時に近づく2人ではない。

 

 茶化す雰囲気でもないしな。

 

 オレは駆け下りる様に下山し、深山町の自宅へ戻った。


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