ゆかりんの幻想的日常記   作:べあべあ

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5話 幻想少女の密やか艶やか 神速うんちゃらカードプラクティス

「お邪魔するわよ~」

 

 スキマ妖怪は神出鬼没。

 これ幻想郷において常識である。

 

「ゆうか~?」

 

 太陽の畑にある家に出た紫は、上半身だけにょきっと出して、辺りを見回している。

 見えるのは簡素な家具類。

 

「いないのかしら?」

 

 左足、右足、スキマから足を出し、地に立った。掛け声の「よいしょ、よいしょ」も忘れない。そうした方がおちゃめ感が出るかもしれないと思い始めたが、今では無意識に出てくるようになっている。

 

「外かしら?」

 

 幽香は大抵、花を愛でているか、花を愛でているか、何かをしているか、である。

 紫が家の外に出ると、輝く太陽が目を襲ってきた。

 たまらず、スキマに手を突っ込み、日傘を出した。

 まともに目を開けれるようになると、太陽の畑と呼ばれる花畑が見えた。

 一面に黄金が茂る、向日葵の絨毯である。

 周囲には妖精たちが日向ぼっこをしていたり、遊び回っている姿が見られた。時おり、幽霊楽団のコンサートも開催されたりと、幻想郷の人気スポットの一つであった。

 

「ゆうか~?」

 

 見渡しても、向日葵ばかり。

 上は青天、中は黄金、下は翠緑。

 動きがあるものは、妖精と、妖精。そしてくるくる回る傘。

 

「いたいた」

 

 傘の持ち主はすぐに分かった。そしてその持ち主の機嫌が良いことも。傘をくるくる回している時は機嫌が良いときだった。ちなみに機嫌が悪いときは太陽の畑と称される理由が変わる。広がる向日葵を指すのではなく、怒れる劫火の陽炎的な意味で太陽の畑と称される。機嫌が良いといっても、良すぎるといじめられてしまう者が出るため、そのときも危険である。とはいえ命までは取られない。ノリで閻魔に喧嘩吹っ掛けたりもするが、あまり気にしてはいけない。

 とはいえ、それは風見幽香だけを指すわけではない。人智を大きく超えた大妖怪が機嫌が悪いというのはそういうことなのである。大人しく死んだふりをするか、逃げれるならさっさと逃げて巫女に助けを求めるのが吉。名の知れた妖怪は今代の巫女に退治去れた者ばかりである。つまり、みんな問題を起こしている。

 くわばらくわばら。

 

「――何してるの?」

 

 と、紫が後ろから話しかけた。

 幽香はしゃがんで地面を見ていた。

 幽香が振り返ると、若芽のように鮮やかな緑の髪が揺れた。

 

「あら、紫」

 

 幽香は向日葵の葉を優しく撫でた。

 

「この子の調子が悪そうだったから見てたのよ」

 

 紫にはいまいち違いが分からない。

 隣にはメディスン・メランコリーという生まれたばかりの毒人形がいて、幽香の動作を真似していた。

 紫を見たメディスンは、立ち上がって寄ってきた。

 知らない仲ではない。

 

「元気にしてた?」

「うん」

 

 頭を撫でると嬉しそうに目を細めた。

 まだ力を上手く制御できないメディスンは、基本的に誰かと触れ合うことが出来ない。毒を振り撒き、害を与えてしまう。しかし、大妖怪ともなればそれも問題無い。ついでに、太陽の畑の向日葵も問題無い。偉大なる幽香パワー。

 

「で、何しにきたの?」

 

 再度背を向け、花を愛でながら言う幽香。

 紫は不敵に笑った。

 

「もちろん、――決着を付けに」

 

 幽香は立ち上がり、空を見た。

 そのまま口をわずかに開け、

 

「そう」

 

 とだけ言い、家に向かっていった。

 紫はメディスンに目線を合わせた。

 

「あなたは妖精たちと一緒に遊んでなさい」

 

 メディスンの頬を撫でる。

 不安気に見つめるメディスンを優しく見つめ返した。

 

「大丈夫。何も問題ないわ」

 

 言い終わると、家へと向かった。

 家の中、紫と幽香は向かい合った。

 

「勝負内容は?」

 

 腕を組む幽香。

 

「決着をつける、そう言ったでしょう?」

 

 不敵に笑う紫。

 懐からカードの束を取り出した。

 

「それね」

 

 二人はテーブルへと移動した。

 幻想郷でカードといえばスペルカードであるが、紫が持っているカードはトランプと呼ばれるシロモノだった。

 紫は手品師のように、両の親指を擦り、トランプを広げてみせた。恰好つけるために練習を頑張った。

 

「で、またババ抜き?」

 

 前回はそれで勝負をして、幽香が勝っていた。圧勝だった。

 

「いいえ、――別よ」

 

 紫は二度とババ抜きはしないと神に誓っている。負けて悔しくて仕方がなかったので、トランプの入手先の誓った神である現人神と特訓した結果、こてんぱんにされたので諦めた。

 そして別のトランプゲームをこしらえてきた。

 恥を忍んで「私でも勝てるようなやつってない?」とまで聞いて教わったものだ。これで負けたら悲しすぎる。

 幽香とは、凧揚げやらコマ回しやらと、そういった遊びでクソ真面目に勝負し続けた仲である。決して負けられない戦いなのだ。

 

「今回はスピードよ」

「スピード?」

「ええ、教えてあげるわ」

 

 ――貴方を敗北させるゲームのルールをね!

 

 紫が表情に出すと、釣られたのか、幽香の笑みに凄味が出てきた。

 

「貴方、――またなってるわよ」

「あらやだ」

 

 幽香は頬に手を当てた。すぅっと凄味が引いていき、元の少女の微笑みに戻った。

 

「気を抜くと戻っちゃうのよねぇ」

 

 しみじみと言う幽香。

 紫は親しみの感じるため息を漏らした。

 

「でも、だいぶマシになったわよね」

「ええ。頑張ってるから」

 

 幽香の笑顔。努力のたまものであった。

 今でこそ花の妖怪なんてマイルドな感じになっているが、ひと昔は不吉の象徴のように扱われていた。妖精なら消し飛ぶほどの凶悪オーラに、誰も近づくことがなかった。そんな状況に幽香は、内心ちょっと寂しく思っていた。

 そんな時、紫が幽香の前に現れた。理由は超がつくほどの危険存在を見極めるため。幻想郷の建設の際、幽香がどう動くか、確かめに来たのである。

 紫級の大妖怪でもないと対面することも出来ない幽香は、その出会いに喜んだ。それから紆余曲折あり、結果、幻想郷に太陽の畑が出来た。

 当初は幻想郷縁起にも散々な書かれ方をされていたが、阿礼とその生まれ変わりに、ストーカー、もとい説得を続け、なんとか今のところまできた。今後の目標は友好度最悪を取り払うことである。阿礼の転生の際に閻魔の元で百年ほど下働きをする必要があることに目をつけ、何度も何度も押しかけたこともある。ぐちぐち言ってきた死神や閻魔とは拳のコミュケーションを楽しんだ。入り口には今でも『幽香お断り』の看板が立っている。

 今までのあれやこれの頑張りを思い返し、幽香は微笑んだ。

 

「そうそう、この間お買い物した時にね、お花屋さんのお嬢さんに『いつもありがとうございます』って言われちゃったのよ」

 

 幽香の頬がほんのり色づいた。

 

「よかったじゃない」

「その後思わずスキップして帰ったわ」

「そ、そう」

 

 異様な光景だっただろう。紫は目撃したすべての生き物に同情した。

 それはともかく、

 

「じゃあ、やるわよ」

 

 目的は勝負である。

 

「そうね」

 

 紫は早苗から聞いたルールをそのまま語りだす。

 ふと、初めのころを懐かしんだ。

 初めのころは、不器用全開の幽香とのコミュニケーションは殺し合いだった。幽香はそれしか知らなかった。そこから徐々に平和的勝負に持っていった。

 

 ――思えば付き合いも長くなったものね。

 

 しかし勝負は勝負。

 負けるつもりは毛頭ない。

 

「そい! そい! そそい、そい!」

 

 紫の手がブレる。

 常人では見ることさえ出来ない手さばき。練習の成果がきっちり出ていた。

 一試合目は紫が圧倒。

 二試合目、三試合目、四試合目も同様。

 五試合目。

 

「――そろそろ分かってきたわ」

 

 次第に表情が無くなっていた幽香に、笑みが戻った。

 

「へぇ? だとしても私に勝てるのかしら?」

「やってみないと分からないわ。少なくとも今まで私は様子見していたわけだし」

「勝負はこれからとでも?」

「そういうことよ」

 

 リグルの性別が怪しくなるほどのオーラが両者から立ち昇った。

 本気である。

 両者の手が超高速で動く。餅つきではない。

 机からバンバンと音が上がり、振動でグラグラ揺れる。

 壊さない程度に力を抑えながらの全力。

 大妖怪となれば加減は得意になってくるもの。

 某文屋でも、困惑のあまりシャッターを切らずに立ち尽くしてしまうレベルの異様な光景になっていたが、見ている者は誰もいない。トランプ遊びに全力で熱中している大妖怪が二名、そこにいるだけである。

 そしてそれは、今の今までは、のことであった。

 

「――あんたたち、何してんの?」

「え?」

 

 扉の方向。

 脇。

 

「あら、霊夢じゃないの。いらっしゃい」

 

 まったく動じてない幽香。

 

「いらっしゃい、じゃないわよ。暇だから何となく様子を見に来たら、周辺の妖精や妖怪が怯えまくってたわよ」

「つい白熱しちゃったのよ」

「つい、じゃないわ。っていうか紫、あんたもよ」

 

 紫は一瞬だけ霊夢に目を向けただけで、すぐに机(戦場)に目線を戻していた。

 手が素早く動き、

 

「はい! 上がり! 私の勝ちぃ!!」

 

 紫は両手を上げて勝利宣言宣をした。

 

「あぁっ! ちょっと、せこいわよ!」

「好きに言うといいわ。ま、私の勝ちは揺るがないけど?」

 

 うぐぐっと幽香は紫を睨む。

 霊夢はその両者を睨む。

 勝ち誇る紫は気にしない。

 

「私の勝ちということで、今度、庭の模様替えでもしてもらおうかしら」

「……希望は?」

「お・ま・か・せ」

「はぁ……。わかったわ」

 

 何だか慣れた様子の会話。

 こういうことは今までにもあったことが、霊夢に分かった。

 

「何? あんたら実は仲良いの?」

「さぁ?」

「どうかしら?」

 

 謎の会話コンビネーション。

 霊夢のフラストレーションが積もっていく。

 

「あ、霊夢もやる? 三人でもやれるのあるわよ」

「はぁ?」

「幽香、あれやるわよ」

「あれね。二人だとちょっとアレだったやつね」

 

 自分を置いて進められる話に、霊夢はイラつきを覚えた。しかし、ここで帰る選択もない。

 

「……やり方なんて知らないんだけど」

 

 霊夢はぶっきらぼうに答えた。

 

「いいのよ、いつもそんなものだし。私が新たに遊び方を幽香に伝えるそんな感じなのよ」

「ふーん。『いつも』、ね」

 

 幽香はすでに準備を始めていた。

 小気味良い音を鳴らしながらカードをシャッフルし、一枚一枚カードを滑らし机に三つに等分に配る。

 その間、霊夢は紫からルールの説明を受けた。

 配り終わったカードを手に取ると、まじまじと見た。

 

「簡単に言うと、お金持ちと貧乏人を決めるのよ」

「嫌な遊びね」

「ありもしないものを作り、それの上下を競う。現実も仮想もなにも変わらない。でも、それが幻想ならどうかしら」

 

 霊夢の勘が反応した。

 

「……これ、ただの遊びなんでしょうね?」

「さぁ?」

「どうかしら?」

 

 謎の会話コンビネーション(再)。

 

「それはもういいわ」

「でも、賭けの内容くらいは決めとかないとね」

 

 紫は悪い笑みを作った。

 

 この後、めっちゃ負けた。




チートもやし とかいうパワーワード

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