ソードアート・オンライン−−ギルド名『草生えるw』 作:tfride
あなたが最後に楽しいと思ったゲームは何ですか。
「はぁ…」
ここはリズベット武具店。
店主である本人リズベットは、陳列棚が並び見えるカウンターに突っ伏していた。
アインクラッド解放軍襲撃からはや数か月。ソロで攻略を目指すキリトに着いて行って、告白もして…。
それなのに一歩引いてしまったのは、アスナの存在であった。
要は彼女は負けを認めてしまったのだ。戦ってすらいない彼女は、自分とアスナを比べてしまい、そして負けた。
何より、親友の恋路を邪魔したくなかったのだ。あんな鉄の生き方をしているアスナに、少しでも心が開ける相手が見つかったのなら、それは友人として喜んでやるべきことだった。
故にキリトに…ただの鍛冶屋として扱ってほしいと、身を一歩引いた。
「あたし…何してんだろう」
そうつぶやく彼女は、店のガラスに映る自分の姿を見て…その向こうにいる、四人組に視線を向けた。
「でた」
致し方なしと気持ちを切り替え、リズベットはしっかりと二本の足で起き上がる。
ドアの開くその音に合わせて…なるべく今の心境を表に出さないように…。
「リズベット武具店にようこそ!」
彼女は今日も笑っていた。
■
あの後、キバオウは圧倒的恐怖にさらされた後、黒鉄宮に投獄されその刑期はゲームクリアまでとされた。
最後まで「体が…ぐちゃぐちゃ…」と何かをつぶやいていた。自業自得である。
シンカーにはこれらを提案したのは血盟騎士団として片づけ、この場は事なきを得た。
ゆえに彼らの足は次の攻略場へと向かっている。
草生えるwの四人は基本前線に向かっているという自覚はない。
その足は常にマップの端から端までを縦横無尽に駆け巡り、攻略し、楽しんでいる。
だからこそ彼らは他人に自分たちのマッピングデータを渡したことはあるが、逆にもらったことはない。
彼らからすれば、その先に何があるかわからない楽しみをなぜ減らさなければならないのかと思っている。
が、そんな彼らに少しばかりの問題が迫ってきた。
装備が弱い…。
そう言いだしたのはウサギ本人であった。
いや、ウサギだけではない。
全員が敵に対して装備の若干の貧弱さに少し悩んでいたのだ。
それも敵からドロップした武器ではなく、ローキが作った防具の方であった。
ニンジャに至ってはほぼ服に近い物を着ているためか何も言わなかったが、タンク役のリクにとってはそれは致命傷だ。
故に彼らは、自分たち傘下のギルドのトップであるリズベットの店に転がり込んだ。
転がり込んだのはいいのだが、ウサギが開口一番。
「やあリズちゃん、彼氏できた?」
なんて言ったものだから、すぐさま壁に立掛けられた剣を投げつけられた。
リズベットがキリトと別れて1時間後の光景である。
■
数分後、ウサギを簀巻き状態で店の前に放置し、リズベットが店の中に入ると、さっそくハンドメイド防具を展示してきた。
「確かリクさんが重金属装備で、ローキさんが軽金属、ニンジャさんが…あんたもう只の服ね。で、ウサギが革装備と」
もはやウサギを呼び捨てにするリズベットに誰も何も言わなかった。
見た目からしてもウサギは小柄な方だが、それでも20歳を超えている風格を醸し出しているというのにこの扱い。ズバリ本人が悪い。
そしてリズベットから言わせれば服を着ているに等しい防御力しかないと言われた当のニンジャは。
「いやだって他の装備重いんですもの」
「ポイント何に振ってるんですか」
「俊敏」
「え、それだけとか言わないですよね」
「そ
「もういいです黙っててください」
もう相手をするのもめんどくさくなったのか鎧を出しては引っ込め、革装備を出して引っ込めを繰り返す。
だが、どれもこれも三人のお眼鏡にかなうものはなかった。
やれ重量がやれ値がを繰り返しているうちに、職人魂に火がつき……同時に少しばかり気が引けてきたリズベット。
その若干の視線の変化に、少し思うところがあったニンジャとローキは、今は何も言うまいと見なかったことにした。
「それなら……さっきのお客さんにも作ったんだけど、竜の装備とかはどう?」
「竜?」
「竜のお腹で結晶化したクリスタルを使って剣を作ったのよ。その本体ならいい防具作れるんじゃない?」
まぁ流石に無理か…とリズベットの言葉を無視して三人はお互いの顔を見合わせる。
その光景に、まさか…と若干嫌な予感がするリズベットだったが―――。
―――そんな話を彼らにしてしまったが運の尽き。
「Dragon?まじで?」
「黒竜?白竜?いやどっちでもいい。めっちゃカッコいいじゃん」
「ドラゴンで作る装備とか何それ胸熱」
「え、ちょっとまって。本気?」
慌ててリズベットが制止するも時すでに遅し。店を飛び出した三人は外で簀巻きにされているウサギを引き摺り進んでいく。
「おいニンジャ、まず何するよ」
「まず視察と回復アイテムだな。ボス戦じゃないから出入り自由だろ。ローキ、しばらくの間拠点に戻らないこと主要な奴に伝えといて」
「いまやってる」
あっという間に準備を済ませた四人は、その足を止めて後ろを振り向いた。
「あれ?リズは来ないの?」
その言葉に少し思うところがあるのか、彼女は遠慮するように断りを入れる。
「へぇ珍しい。いつもなら素材回収に同行してくるのに」
「あ、いや、その…」
リズベットにとって思い出の地である場所への誘いに戸惑いをみせる。
今あの場所に戻れば、ようやく振り切ったのにまた思い出してしまいそうになる。
しかし、職人としての彼女がそれを許さない。
そんな葛藤に挟まったままのリズベットを察してか、四人は適当な言葉を投げかけ彼女を置いていくことにした。
「んじゃまぁ行ってくるから溶鉱炉あっためとけ」
「リク、溶鉱炉は工場だよ。鍛冶場だからねここ」
「シャバデュビタッチヘンシ~ン」
「ルパッチマジックタッチゴー」
「ローキ、ニンジャとウサギは最後の希望らしい」
「ははは…行ってらっしゃい…」
あくまでいつも通りの四人を見送る形で、リズベットは店の前に立ち尽くしていた。
少しずつ見えなくなっていく自分の上司たち。
ふと、今の彼らのとの物理的な距離が、自分と彼らの心象の違いの差のような気がしたリズベットは、まるで引き籠るように自分の店のドアに手をかける…が、後ろ髪を引かれるように戻る事が出来ない。
そこで、ウサギの言葉が一瞬リズベットの脳裏をかけた。
――彼氏できた?――
ここで自分の気持ちに立ち向かわなければ、一生この言葉に苛立ちや焦りを覚えて生きていくのか…。
「……あぁもう!!あたしらしくない!!」
その言葉と共に開けかけていたドアを閉じて、装備を何時もの鍛冶屋から――メイスマスターのリズベットに切り替える。
あの場所に戻ればまた思い出してしまうかもしれない。また何か引っかかるような思いで過ごすかもしれない。
けれど、いつまでも引き籠っているわけにはいかないのだ。
「ちょっと待ちなさぁあああい!!」
そんな気持ちを胸に秘め…あの4人としばらく過ごせば、この気持ちも少しは和らぐと思い、駆けだした。
■
リズベットの案内で氷山の一角のようなクッソ寒い場所に来てみた一行は、視界可能範囲ギリギリのところから観察を試みたが、白竜が一匹も現れなかった。
恐らくだが、クエストフラグを持ったキリトが離れてしまったため、デスポーンしてしまったのだろうと推測。
58層の村人NPCから一度クエストを受け、もう一度行ってみるも現れる気配はなかった。
「これは近づかないと
観察を続けて3日。時間はすでに午前の4時を越えていた。
流石にしびれを切らしてきたリクは隣にいるウサギに話しかけていた。
当のウサギは再びぐるぐる巻きにされて横たわっている。
察しのいい方なら分かるかもしれないが、いつぞやの正月のように勝手に行動し勝手に死にかけていたため、リクの逆鱗に触れた結果拘束された。
「ねぇねぇリク、苦しい、タスケテ」
「黙れ生餌」
「生餌!?」
この場にいないニンジャとローキ、リズベットは装備の点検や作戦会議、消費アイテムの仕入れなどをしており、彼等とは別行動。
リク達も出現を確認したら、戦わずに撤退をするように言われており、しかし未だに現れる様子はない。
が、リズベットが確認したときは巣や時間帯によって移動する、という事を注意されており、やめて一時撤退することは躊躇われた。
ふと、リクが後ろに視線を向けると、さすがはリクの勘の良さというべきか、ニンジャとローキがこちらに近づいていた。
「相変わらずお前は勘の良さは異常だよな」
なんて言いながらニンジャがリクの隣に座る。
ローキはその隣にぐるぐる巻きにされたウサギを救出すると、アイテム欄の食料を四つ取り出すとその場全員に分けた。
「ところでローキ、リズちゃんは?」
市販されたサンドイッチの包み紙を破きながらウサギは尋ねた。
そういえば居ないな…とリクが周りを見回すも、自分たち以外のプレイヤーはいなさそうだ。
するとニンジャが包み紙をそこらに投げ捨てると、かぶりつく前に一言。
「俺らだけで討伐したかったから、それ以外に必要になりそうな材料を取りに行ってもらった」
その言葉に要領を得たのか、他三人も手にあるサンドイッチを平らげると、極寒の中ぼけーっと空を見上げたりと…この四人には珍しくただ黙って過ごしていた。
沈黙を破ったのはウサギだった。
「リズちゃん何があったんだろうね?」
「失恋じゃね?」
そんなリクの言葉にウサギは、アチャーっと自分の額をペチペチと叩く。
「そりゃまずいことしたなぁ…後で謝る――にも失礼か」
「黙っておけば?一々そんな事で拗ね続ける女の子じゃないでしょ」
「それもそうか」
そう納得したウサギの一言を境に、再び沈黙が訪れる。
ゆっくりと朝日が刺さり、雪原を日の光で照らしていく。
白銀と呼ぶにふさわしい…ゲームの中でしか味わえない幻想的空間を前にしても、この四人の口は開かない。
「帰りてぇか?
ニンジャに兎人と呼ばれた小柄の短剣使いは一言、うーんと首を捻ると。
「どうだろうなぁ…ただゲーム始めた時点で、嫁さんの妊娠から3か月だし。………まぁ…どうなってるかなぁってさ」
いつもバグを引き起こし、三人を困らせる問題児は―――今だけは嫁を持ち、自分の子供の顔すら知らない、一人の父親の姿をしていた。
「そんな
兎人は自分に質問をしてきた忍に言葉を返した。
「いやいや、俺一人暮らしだし」
「あれ?そろそろ
「まぁな、形だけでもやっておくよ」
ふと忍はリクの方に視線を向ける。
「おい
「え、
「『さん』をつけろ高校生」
「なら『さん』を付けられるような言動をしてくれ」
「やっべ否定できねぇ」
「いや忍、そこは否定しようよ」
「木朗、高校生が虐める。世も末だ」
「俺に言われても」
そこで忍が、木朗が、陸人が兎人を見やる。
「出たかったらそう言ったらどうだ?友人困らせるほどクソ野郎でもないしさ」
「そうだなぁ…」
「言ってくれれば手伝うさ。プレイヤー全員が出たがってるしな…」
遠くを見据えながら回答に困っている兎人をよそに、後ろから雪を踏む音が聞こえてくる。
「あんたたち! 待ちなさい!!」
四人は振り向くことすらせずとも声の主が分かった。リズベットだ。
それも少しばかりご立腹なのか、のっしのっしと足踏みをしてこちらに迫ってくる様は、いつもとは違うリズベットが見れて新鮮であった。
「あれれ、リズちゃん。素材集めてたんじゃないの?」
「いや、ニンジャさんが」
『んじゃ準備も整ったし、リズの店の前で集合な』
「って言うから」
「おいおい騙したのかよニンジャ」
「テヘペロ」
まったく悪びれる様子もないニンジャ。
が、置いて行かれたことはどうでもいいのか、すぐさまリズベットの表情が変わる。
「あんたたち…ホントにあれに挑むっての?正直言って…攻略組のキリトが、ソロとはいえ倒すことはできなかったのよ?」
そんな忠告が聞こえていないのか、はたまた面倒に思っているのかはさておき、リズベットの言葉を無視して準備を進めていく四人。
その態度が気に食わないのか、少し態度に苛立ちが見えてくる。
そんな彼女にようやくニンジャが、皆を代表して声を上げた。
「落ち着けって。第一、キリトが退けたんだぞ?俺ら四人で勝てない道理はないだろ」
「そんなの道理が通じるわけ――」
リズベットの忠告もむなしく、四人は互いに準備が整ったのを確認すると、いそいそとクエストエリアに駈けていく。
一人取り残されたリズベットは、仕方なしと言わんばかりに自身のストレージを確認し、アイテムの残数を確認すると、彼らの後を追いかけた。
■
「必要ないさ…」
ウサギのそんな言葉に三人は進みながら耳だけを傾ける。
「俺の嫁さんなんだと思ってんだ。つえーぞ?」
「別の星からの侵略者みたいに?」
「そら無理だ」
ローキが珍しくボケをかますも、ウサギはそのボケを受け流す。
「ま、嫁さんもゲーマーだからな。むしろ全力で楽しんでこなきゃ怒られるわ」
「あー確かに」
そんな…全国の嫁に入った女性を敵に回しそうな言葉を平然と口にするウサギに…しかし相手を知っている三人は苦笑いで同意した。
ウサギの回答に合わせて、山の麓から銀色の光が吹き荒れる。
クエストエリアに入った印なのだろうか、白銀光る粉雪を巻き込んで現れる、朝日に照らされ同じく白銀に光るドラゴン。
その風貌から、確実にエリアに見合わないレベルの敵であることは明白。
しかし、この草生えるwも……個々人の認識ではなく、四人全員がお互いに強者だと認め合っていることも事実。
キリトが角を折るだけで退いた?―――
―――だからどうした。
空を飛ぶ敵?―――
―――だからどうした。
理不尽な罠を、理不尽な敵を、理不尽なシステムを、理不尽なプレイヤーを。
何回退けてきたと思っている。
もはや神々しさを見せつける演出を眺めながら、各々が武器を構える。
ニンジャが腰から一本の刀…あまり積極的に戦闘に参加しないため、クラインよりも遅いスキルの出現になってしまったが、鈍く輝く刀を。
リクがその背から重量感を見せつけるかの如く地面に一度たたきつけ、相手の出方を伺いながら。
ウサギが素早く短剣を後ろ腰から引き抜き片手で弄びながら。
ローキが左右で二、三回槍を縦に振り回し、肩にかけその瞬間を待ち続けながら。
―――四人全員がニヒルな笑みを浮かべながら。
その一戦は始まった。
■
リズベットが目撃したのは、一方的な竜による虐殺ではなく、人間による化け物への挑戦だった。
以前どこかで、化け物を殺すのは人間…と聞いたことのあるリズベットだったが、まさにそれに相応しい光景が広がっていた。
竜による飛翔からの急降下で地面に群がる四人の襲い掛かる。
それを迎え撃つようにリクが目の前に、ウサギとニンジャが左右に、ローキが前に走り出す。
すぐさま残ったリクに狙いを定め、竜の咢が襲い掛かるも、それをリクの斧が受ける。
筋力値よりのステータスに高い武器防御の数値が、受け止めることは出来ずとも、受け流すことは出来た。
そのわずかな隙を狙ってニンジャとウサギが両対の翼を、ローキがその尾を斬りつける。
わずかなダメージを受けても怯まない竜はもう一度上空に飛び上がり、今度は尾を叩きつけるも、その一撃は空を切る。
ブレスの一撃も、リクに対しては圧倒的耐久力とバトルヒーリングで凌いでしまい、他三人に至っては当たりもしない。
しかし、さすがはAIといったところか。しつこく何度も上空から攻めてくるも、リクが受け止め、三人が斬りつける流れ作業のような攻防。
しかし何か一つでも間違えば、桁外れの攻撃にHPを削られる。
そんな死の一撃がすぐそこまで迫っているというのに、相も変わらず四人は『楽しそうに』その攻防を繰り広げる。
そんな光景にリズベットは、遠巻きから見つめ…その攻防に参戦できずにいた。
一瞬のミスが死を招くそのやり取りに、そうやって自分が入るべきか。
そもそも自分があの現場に入って事態は好転するのか。
手助けをするためにメイスを引き抜いてまで追いかけてきた彼女は、しかしこうして参戦の機会を失っている。
何をするべきか迷っているリズベットの心に、一言何かがつぶやいてきた。
【あの四人の邪魔をしてはいけない。】
その言葉に従うかのように、力を込めて握られたメイスは、その攻防が終わるまで力なく下げられていた。
■
リズベットがそんな心境でいる中、白竜と対峙する四人もある一種の答えのようなものにたどり着いていた。
『やべ、思ったより強い』
完全に自業自得であるが、逆に『予想より強かったから弱くして』なんて言って聞いてくれるほど親切なAIなはずもないし、もしこれが本物の竜だったとしたらなおの事不毛である。なんたって言葉が通じない。
しかしながら、リズベットが抱いた、楽しそうに戦っている…という感想に関しては、然りと答えるのも事実だった。
何より、目の前に簡単に攻略されてはくれない理不尽が敵キャラとして相手してくれているのだ。これほどゲーマー心をくすぐってくれるものは存在しない。
それを体現するかのように、受け流すだけで精いっぱいだったはずのリクが、受け流すと同時に反撃の一撃。
咢を自分の体ごと捻って右に逸らし、その遠心力の勢いをそのままに喉元に叩きつけた。
それが切っ掛けとなってか、竜の体はついに翼で浮き上がる力を殺がれたように地面に横たわる。
よく見ればHPゲージが既に2本消滅している。
つまりはここから第二ステージ。
敵キャラが最初の武器を捨て、二の太刀を持ち出すかのように全身の鱗が逆立ち、これでもかと牙をむき出しにして威嚇を行う。
既にリクの後ろに陣取るように三人はそれぞれの武器を構え、白竜に相対する。
来るなら来い、狩ってやる。
そう言わんばかりに見えた四人への返事の如く、その巨体は肢体を駆使して一度低く飛び上がり襲い掛かる。
その動きに対して、リクを踏み台にウサギは上へ。
リクはウサギが上に飛び上がったのを確認すると、牙を避けるために右へ飛び込み…。
…しかし翼の風圧で小さく飛ばされてしまう。
「―――ッ!? チッ!」
それにすぐさま反応したのは、舌打ちをしたニンジャと、上に飛び上がったウサギ。
ウサギはその背に短剣を突き立てへばり付くと、もう一人の行動を待った。
そしてニンジャは持ち前の素早さを活かして何度も小さく、しかし相手の牙の届くかもしれないギリギリの所で相手の一撃をかわし続ける。
それに対して白竜は何度も前進して牙を突き立てるも、虚しくその一撃は全て空を切る。
僅かな隙を利用して竜の背後でローキがリクに回復薬を無言で投げ渡し、それを飲み干すリクを確認すると、一気に撤退速度を上げジグザグに逃げ始める。
何より竜のほうは、それに対応して何度も背中に短剣を突き立てているウサギが鬱陶しいようだ。
前進しかしないのならバランスをとるのもたやすく、二本の足で体制を維持しつつ、何度も何度も短剣を突き立て続けた。
が、そう何度も好機は続かない。
ニンジャへの一撃が無意味と切り捨てた白竜が、背中のウサギを振り払うように体を左右に振り始める。
それだけならウサギのバランス感覚はビクともしなかったが、翼の浮力を駆使した高速二回転の遠心力に負け、ウサギの体は宙に舞う。
その隙を逃がさない白竜は、その咢を大きく開き、白いエネルギーエフェクトが走り始める。
が、そのエフェクトを妨げるように、ローキの槍の一撃が喉元に深々と突き刺さった。
何事もなく地面を転がるウサギの背を、追いついたニンジャに遮られようやく停止する。
対して白竜は流石に喉への一撃が効いたのか、首を何度も振り続けることによって、ローキを振り払い、それと同時に突き刺さったままの槍はそのままだ。
丸腰となったローキは地面を後転の要領で受け身を取りつつ立ち上がると、相手の眼がローキを狙っていることに気付く。
「まず――」
「しゃがめ!!」
噛み殺すための一撃を、リクの斧が間に入り阻害した。
それに素早く反応したウサギは、自分の得物をしまうとローキの槍を両手でつかみ引っこ抜いた。
「二度と深く突き刺さない」
「その方が良い」
そんな軽口をローキとウサギが交わすと、ついに斧と牙の鍔迫り合いにリクが耐え切れなくなったのか、大きくその体を吹き飛ばされる。
さらには体を一回転させ、その冷たいブレスを周囲にばら撒き始めた。
その行為には確実に当てるなんて思想はなく、ただ圧倒的な力の演出のためだけにあるモーションであった。
それがいけなかった。
ブレスによる一撃。
その冷たい吐息が周りに撒かれたことによって、攻撃判定だけでなく視界が白銀に染まっていく。
暫くの無音。
竜の怒りがこもった喉音以外に聞こえる音は何もない。
視界にとらえたプレイヤーに攻撃する。
それが白竜というプログラムに命じられた次の行動であった。
故に白竜はじっと身をかがめ、攻撃の準備を…。
晴れる視界。
消える煙。
障害が無くなくなった白竜の視界がプレイヤーをとらえることはなかった。
右。
左。
前。
後ろ。
どこにもいない。
顔を四方八方に向けるも、どこにも影すら見当たらない。
逃走を図った…はずはなかった。そうでなければクエスト対象が消滅するはずなのだから。
すると。
「――ッラァ!」
白竜の背後。
撒かれた雪の下にそれはいた。
斧の一撃により尾を斬り割かれ、思わず白竜はその方向に咢を…。
しかしそのちょうど反対側。
「もーらい」
待ち構えるは同じように雪の下に隠れたニンジャ。
同じように刀をもって尾を叩き斬り、そしてオブジェクトの限界が来たのか、その尾は完全に切断された。
あらかじめ設定されていたモーションを取り、尻尾の激痛と切取られたという現実にのた打ち回る白竜。
「わぁーお、ホントに斬れたよ」
「このゲームって、モ○ハンになったの?」
「超!エキサイティーング!」
「それ射出するほうな」
尻尾に集まった四人は各々の感想を述べると、しかし起き上がった白竜に視線を戻す。
「さてさて―――」
ニンジャが刀を軽く振り回すと、それに合わせるかのように皆が各々の武器を構えてこう続けた。
『どう料理してほしい?』
AIに対して皮肉をぶつける四人。
その挑発を受け取ったかのように、白竜は一度大きく吠えた。
■
空を翔る竜が、上空に逃げるように撤退していきながら消滅していく。
既に太陽は自分たちの真上に昇りきっている事から、既に8時間ほど経過していた。
そんな長期戦を終わらせて…しかし四人の顔は、楽しいゲームが終わってしまったような…そんな虚しい顔をしていた。
四人の手元にクエストクリアの報酬として大量の経験値とCor。そして素材が、本来レイドを組んで倒すのであろう大量の素材報酬が四人に配られる。
「こんな風に終わるのかね」
そんなローキの一言に、三人が各々の武器を下げていく。
唯一口を開くニンジャ。
「……楽しいゲームが終わっちまうのには慣れてるよ」
その言葉に同意するように、終わった
確かに、何かが噛み合わなければ一瞬で命を刈り取られる地獄のような時間であったが、何よりも、簡単に攻略されないゲームに挑んでいた時間が惜しい。
しかし、ゲーマーとしてのそんな気持ち以外の何かが、今の彼らの表情を作っているような…。
そんな心境を察してか、一言も言葉をかけずにリズベットが近づいてきた。
「お、リズちゃん」
ウサギのそんな、いつも通りの口調に意識を向けられ、四人は静かにやってきた鍛冶屋に注目した。
「……ホントに倒しちゃったのね」
その言葉の真意を汲み取れる人間はこの場にはいなかったが、しかしその言葉に答えるように、リズベットの手元にウィンドウが現れる。
それに視線を向けてみれば、大量の素材の譲渡の知らせだった。
「ほら、約束の素材だ。―――防具、作ってくれんだろ?」
ニンジャの言葉に釣られ顔を前に向けてみれば、どうだと言わんばかりにドヤ顔の四人が……最も信頼する鍛冶屋の回答を待っていた。
「はぁ…全く」
いつも彼らの行動には悩まされてきた彼女だが、今回の戦いの後の彼らの表情はいつもと違っていた。
しかし、それはリズベットの干渉するところではない。
どんなに飛びぬけたプレイングをしても、どんなに頭痛に悩むほどの奇行に走っても、彼らも所詮人間なのだ。
商売の相談はされても、人生相談を持ち掛けるのはお門違いであろう。
そう無理矢理区別した彼女は。
「任せなさい」
キリトに見せた強がりの笑顔ではなく、信頼するものに向ける自然の笑顔を向けていた。
現実というものは、ゲーム中でも関係なく干渉をしてくる。それは彼ら四人に対しても平等である。
アインクラッド内全てが、ゲームからの解放を望みクリアを目指す。
それが彼らに僅かながらに危機感を与えていた。
楽しいゲームが終わってしまう…と。
茅場明彦は言った。これは遊びではない。
だがそのゲームを遊ぶかどうかはゲーマーの自由だ。
彼らはゲーマーだ。
楽しくないゲームに割く時間はないし、何よりこのゲームは楽しい。
だが、ゲームに終わりは付き物だ。
そして楽しいゲームほど達成感が……そして喪失感が大きい。
白竜との長時間に及ぶ戦闘は、彼らにそれらの感情を植え付けるには十分な時間であった。
―――100層が攻略されれば、こんな感じに何もなくなるのだろうか。
しかし、僅かに感じていた危機感や、現実への思いは、ゆっくりと薄れていく。
なにより。
他人がどんなに下らないと罵ろうとも。
彼らは彼らなりの楽しみを…下らない事に全力を尽くす楽しみを謳歌するのみ。
―――――さあ、次は何をやらかそうか。―――――