ソードアート・オンライン−−ギルド名『草生えるw』 作:tfride
「ざっけんな!! ハンドガンキラーだとか大層な呼び名だが、ここじゃそんな生温い戦い方でッ―――」
「ボンッ」
一人のプレイヤーが苛立ちを露わにする様にして声を上げる。アサルトライフルをビルの一角、廊下に向けて牽制しながら撃ち払い後退した瞬間。
足元のブービートラップに引っかかり残りわずかだったHPバーがゼロになる。
砂煙が立ち込めた廊下、その中から姿を現したリクは相手が退場したことを確認すると鼻でそれを笑い、即座に曲がり角に身を潜める。
足音を消しているつもりだろう。爆発音からこちらの位置を導き出したハイエナの気配を感じ取った彼は耳を澄まし、瓦礫の一部を手にする。
そしてソレを自らの進行方向に向けて放り、瓦礫が床に着地するのと同時にナイフを抜く。
息を呑んだ音を微かに感じ取ったリクは曲がり角から顔を出したプレイヤーの顎下をナイフで突き刺し、間髪入れずにSAAにて腹に6発の弾丸をお見舞いする。
程なくしてナイフを捩じる事でHPを全損したプレイヤーは退場となり、リクは大きく息を吐いた。
「…足りない」
ボソり、小さく悲しそうに呟いた彼は足早にその場を抜け出して、廃墟街の街並みに足を出す。
背後から何かが降り立ち走り出した音を耳にして、リクは口を開いた。
「二人」
「…一人」
「俺の勝ちだ。」
並走するのは死神の名を持つプレイヤー、ペイルライダー。彼の言葉にリクは子供の様に勝ち誇った顔になると次の標的を探しだした。
現在、キリトとシノンの二人と別れた二人はスティーブンを探すべく廃墟街にて他のプレイヤーの数を減らしてた。
確証はないがペイルライダーはリクに命を助けられたという恩がある事、そして協力して早く自分たちの決着を着けたいという目的の元、協力してくれている。
リクに取っては強力な仲間が出来た事が嬉しかったようで心なしか顔が明るい。
今も次の合流までにどちらが多くプレイヤーを倒せるかという賭けをしていた所だった。
首尾は上々、最早上位陣しか残っていない現状にて次第にこの廃墟街に集まりつつあるプレイヤー達の数は大よそ10弱。
それだけに油断も出来ないのだが今は、スティーブンを確実に倒す為に邪魔が入らないようにしたい。
―――違う、これは正義ではない、自らの欲求を一方的に成し遂げようとしているだけだ
―――あの時と同じ高揚を
―――血湧き踊る生死を掛けた死合いがしたい
今日に限り、何度も顔を出す本性が再び彼脳裏を支配しだす。頭を振って正気を保とうとしたリクの頬を一発の弾丸がすり抜けた。
「ッ!? 狙撃だ、下がれリクッ。」
「――邪魔すんなよ…」
声を上げて警告したペイルライダー、その言葉は聞こえないのか低い声で呟いたリクは徐に足を止めて立ち尽くした。
その姿に狼狽したペイルライダーは彼が撃たれる前に相手を倒す事を選択したのか、標的を逸らす為に前に躍り出た。縦横無尽に街並みを飛び回る彼の速度は次第に速度を上げていく。
「――抑えきれねぇんだからよぉぉぉぉぉ!!」
突然、絶叫するリクはゴーグルを乱暴に外すと両手にSAAを構え、姿勢を限界まで低く下げ人間とは思えない体制で足を踏み出した。
その姿はペイルライダーのスタイルに酷使している、違うとすれば彼の場合、三次的な移動は出来ずに、何度も足を踏み出す事で細やかな方向転換を可能にしている所だろう。
地面すれすれの相手を狙撃するのは難しい、しかし流石はBOB終盤、そんな物は苦にもせずに正確に狙われたその弾丸はリクの頭部を確実に捉えていた。
このまま行けば彼はこの場で敗退だろう。状況を打破するには間髪入れずの軌道修正だろう。だが今の彼にソレは叶わない。実行できるほどの猶予はなかった。
だから―――
「邪魔だアアアアアアアアアアアアアア!!」
その弾丸を撃つことで相殺する。
「!?」
反れたライフル弾が地面に着弾した瞬間、何が起きたのか理解できなかった相手は再度スコープを覗くが何も『見えない』
衝撃が右目を貫き、スコープが破損した。何故だ、何が起きていると視線を巡らせた瞬間に待っていたのはショットガンの銃口であった。
■
「あぁ…」
違う
「あぁぁぁぁ…!!」
違う違う違う
「俺じゃない…!!」
こんなのは自分じゃない
激情に左右されるような自分じゃない、SAOの頃は制御できていた。
感情の赴くままに振り回される事なんてなかった。今になって何で自分はそんな事も出来なくなった。
ついさっきだってそうだ、ペイルライダーが居なければ自分はどうにかなっていただろう。
冗談じゃない、約束がある。アイツ等との大事な約束がある。だから自分はココに居るんだろう。
笑わせるな、衝動も抑えられずに死ぬかもしれない戦いに挑む事など出来るだろうか。いいや、いいや。
無理に突っ込まない、周りを見る、危険になったら構わず撤退しろ。それがルールだった。
なのに今の自分にはそんなこともままならない。
情けない
こんなのは『リク』じゃない
どうすればいい
「教えてくれ…」
俺はどうすればこの先に進める?
「俺は何処に向かえばいい…戦うのか? 違う…、また抑えられなくなるだけだ…!!」
このままステルベンと戦えば間違いなく負ける
そして本当の死を迎えたらアイツ等は―――
婆さんはどう思うのだろうか。
笑ってなんかくれないだろう、快く迎えてくれないだろう
「…リク」
「…クソッ…クソッ…」
「…お前はもう降りろ」
「…何だと?」
「今のお前が戦った所でもう俺には勝てない、他のプレイヤーにも、勿論死銃にもな」
「試してみるか? アァ!?」
「外で遭ったお前はもっと冷静だった、頭を冷やせ…。俺は近くの闇風を狙う、もし俺が戻ってきた時、お前が正気だったらそこで決着をつけるぞ。」
突き放されたその掌は酷く冷たくて
その場から消えた協力者の背中を『誰か達』に重ね合わせてしまった
グラグラ揺れる視界、グルグル巡る脳内に吐き気が込み上げてくる
衛星スキャンはまだ続いている
ひとしきりのプレイヤーは片付いた
一度、キリトと合流しよう
■
「…あんな顔、始めてみたかも。」
最初に呟いたのはローキだった、彼の言葉に他プレイヤーの動向を視野に入れていたニンジャは視線を彼のモニターへとむける。
つられて現在20皿目の料理に手を付けていたウサギは一目向けると安直に言い放った。
「思春期だからねー、溜まるんでしょ。」
「あはは、駄目だよウサギ。リクと
「何だとオッラーン!!」
笑顔の下に隠れていた毒舌が容赦なくウサギに突き刺さる、まもなく始まる口防戦の決着は目に見えている故にニンジャは一瞥するだけしてリクを見つめた。
SAOの頃、感情に左右される事はあったにしろ潰れた事はなかった。あったとしてもバレンタインイベントとクリスマスぐらいだろう。その辺は男の尊厳がかかってくる。察しろ。
感情的で大人に成り切れない、行ってしまえば迷子なのかもしれない。
あの頃に毎日の様に向けていた感情の行き場を無くしてしまった迷子、何かに我武者羅になる事で遠ざけていた凶暴性がGGOにて再び再開した死との直面で顔を出したのかもしれない。
言ってしまえば、SAOを終えてから今に至るまでに溜めこんだ感情の暴走状態。
過去の経緯は把握済み。
人を傷つけたくないという思いと、他人によるレッテルによって生み出された凶暴性の二面性が今の彼を縛り付けている。
素直になれば自分が望まぬ怪物が顔を出し、本心ではそんな事は望んでいないと戒める。
何処まで行ってもどん詰まり。このままでは解決策など見つかりはしない。
ならば制御する他にはない。
(さて、どうするか…)
煙草に火をつけたニンジャはソファに深く腰掛けると、煙を大きく吹く。
ココから出来る事など無い。見守り彼が気づく他無いのだ。
…っと、プレイヤー一覧に目を通して、死銃らしき輩のプレイヤーネームに目が行った。
「にしても…す…すてぃ…なんだっけなこれ、ドイツ語だろ、ローキこれなんだっけ」
「ステルベン、医療用語の死亡」
「あぁそれだ」
ようやく古い記憶の引き出しから目当てものを見つけたニンジャ。それにしても意味が安直すぎる。
隣から跳んできたフォークを掴み取り哺乳類のケツに突き刺した所で、リクのモニターに変化が起きる。
「おや…珍しい」
GGOでは何時も先手を取っていた彼が先手を打たれていた。そこは大通り、何処かの建物からの狙撃と見るのが妥当だろう。
彼の肩と足が赤く点滅したことから被弾もしている、らしくない。それほどまでに動揺して居るのだろうか。
今も物陰に隠れて胸元を苦しそうに掴み肩で息をしている。
「何だよ、ハンドガンキラーも大した事ないな」
「チェッ、せっかく賭けたのに無駄金じゃねぇかよ!! ビビッてんじゃねぇぞ!!」
視線の先で彼を貶す言葉が聞こえる、しかしニンジャは気にせぬ素振りで煙草を吹かすだけだった。
(あの程度でビビってんならリクはこの世に居ないしなー)
複数のプレイヤーからの狙撃だろうが、包囲されていようが奴はもっと過激な戦場に身を置いていた。
肝も据わっている。普段の彼なら喜んで身を投じて勝利を勝ち取っていただろうに。しかし今の彼は自分自身と戦っている。
「仕方ない、おじさんに感謝しろよー、少年。」
したり顔で怪しげに微笑んだニンジャ。しかし先ほど乱暴に外したゴーグルの紙を眺め…数分、いや数十秒の後に彼はSAAを装填すると一目散にバギーに飛び乗り渦中の大通りへと身を投じるリク。
その顔に迷いはない、ギラギラと燃えていた感情など見せない程にまっすぐな瞳を見たニンジャは満足げに微笑み。
そして隣から飛んできたピザがその顔を覆い、瞬く間にトマトソース塗れとなる。
そして大乱闘スマッシュトリオが開催された。