ソードアート・オンライン−−ギルド名『草生えるw』   作:tfride

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Ⅱ 第8話『善人の作り方』

痛い。

全身に酷い倦怠感を感じる。

微睡の中でその二つの間隔が襲ってくるの感じながら、須郷は目覚める。

非常に暗い。

完全な暗闇。

目をしっかりと見開いても得られる光は一筋もなく、また全身も倦怠感のせいなのか、全く動かない。

 

「お? 目ぇー覚めたかね須郷さんや」

 

そんな気の抜けた言葉が聞こえてきて、須郷は今ハッキリと感じた。

何かに座らされている、恐らく一人掛けソファーか何か。

そしてこの体は怠惰で動かないのではない。拘束されている。

おまけに目隠しまでされて、完全に須郷にできることはなかった。

 

「これは…き、貴様一体これはどういうことだ!!」

 

幸いにも口だけは自由に動くため、精一杯の足掻きでそう凄んではみるものの、ハッキリ言って効果はない。

 

「まぁまぁゆっくりしていこうよ。一本吸うね」

 

甲高い音と火打石が擦れる音。ジッポライターで火をつけているのであろう相手は、一息入れると再び口を開いた。

 

「にしてもアンタ相当悪者に憧れていたんだねぇ。それともあれ? 俺は特別な才能があるぅ~とか言って自意識過剰、承認欲求どか盛りのめんどくせぇ人だったりすんの?」

 

「誰だ貴様は!! こんな事してタダで――」

 

「あぁ、どっちにしたって初対面だから大丈夫! ま、長ったらしい話は嫌われるから本題に入るけどさ」

 

そう言った相手の言葉の後に、直後。須郷の足元に何かがばら撒かれる音が聞こえた。

 

「き、貴様。一体何を…」

 

「そう怯えなさんなって。 これね、おたくの大切な研究資料」

 

「―――は?」

 

その言葉に一瞬頭が真っ白になる須郷だが、しかしと一気にまくしたてた。

 

「な、なにをぬかすかと思えば…僕の研究は社内でもトップシークレットなんだ。何処の誰だか知らないが、そんなハッタリ…」

 

「レクトに知り合いがいてさぁ、須郷さんだっけ? あんたの部下の…えーっとなんだったっけ……佐藤…じゃないな、えーっと――」

 

「…まさか――」

 

「まぁ誰でもいいや、そいつにカマ掛けたら一瞬だったよ。警察に突き出さない、証拠を残さないを条件にぜーんぶ貰ってきたよ。誰でも自分が可愛いからねぇ」

 

「そ、そんな――まさか…!」

 

須郷の頭にあるのは、単純明快。

犯罪――逮捕――裁判――賠償金――名誉剥脱――

 

そんな言葉が頭の中で何度も何度もグルグル回る一方、相手は一切の休みなく手を出してくる。

 

「んでこれがあんたの多分バラされたくない写真のオンパレード…ALOのスクショまで入ってるからどうしようもないね」

 

次に聞こえてくるのは恐らく写真なのだろう集めの紙がばら撒かれる音。

その音が鳴りやむころには、もう既に須郷は限界だった。

 

「―――はぁあああああ゛あ゛あ゛」

 

もはや人の言葉ではない何かを叫びながら暴れ始める須郷は、見えないはずのばら撒かれた何かを踏みつぶそうと何度も地面を縛られた足で叩き続ける。

 

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 

自分の負をこれで消せるのならと、足が限界だと悲鳴を上げてもなお行われるその行為を楽しむように、相手は続ける。

 

「ほらがんばれ、それを壊せば俺の家にあるバックアップも全部おじゃんになるかもしれないからな」

 

聞こえてきたのはどうしようもない事実。

自分の築き上げてきた地位が崩壊する音。

千切れるんじゃないかというほど縄を引き千切ろうともがく須郷。

 

「殺ず!! 貴様はここで殺す!!」

 

「いいね、かかって来いよ……ほら、俺はすぐ目の前だよぉ~」

 

その態度に更に怒りの沸点が上がる。

 

「この…この悪魔め!! 楽しいか!? 僕がそんなに滑稽か!? クソ!! 早く警察に突き出せばいいだろ!!」

 

「くく…ぶははは! そうだよ、よく分かったね」

 

突如として雰囲気が変わった相手。それと同時に須郷のネクタイが引っ張られ、軽い頭突きのように相手とでこを突き合わすと、小さく笑っているはずの相手の声が更に鮮明に聞こえ、まるで狂気に直に触れている錯覚を起こす。

 

「俺は地獄の底からお前を沼にハメるために遥々やってきた…お前だけの悪魔だ…お前が憎い、お前が許せない、お前を殺したい…いいや、生かさず殺さずギリギリのところで悶え苦しむ姿を……須郷伸之という人間が憎くて憎くて……憎くて…憎くて!…憎くて!!」

 

突如として腹から出される声に…いいや、そんな相手の狂気に飲まれた須郷は完全に怯えた様子で…もはや何かを言い返す気力すらそがれていた。

 

「そんな奴の代弁者としてやってきた悪魔―――ははは…面白いだろう? 笑えよ?」

 

「――――」

 

「笑え」

 

「は…はは…はははは…」

 

思うことはただ一つ。

この目の前の男はきっと…本当に悪魔なんだ。

その感情一つで絶望感は限界を迎えた。

 

「けど俺だって鬼じゃない…悪魔だからな。お前に最後のチャンスをやろう。これを逃せば8大地獄なんて生ぬるい苦しみを味わわせるのなんてかーんたーん…俺はそっちの方が面白いと思うんだけど…どう?」

 

「いや…頼む…助けてくれ…いや助けてください悪魔様!!」

 

 

目隠し越しでも分かる。

相手はニヒルな笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

「いやもうマジ疲れるんだけど…なんだよ悪魔様って」

 

「相手はもう心情お察しだけどね。このジャンク屋で買ってきた『使えないUSB』と『白紙の写真』はどうするの?」

 

「わり、捨てといて」

 

◻️

 

それは唐突に送られてきた。

一体どこから桐ケ谷和人本人のメールアドレスを手に入れたのか知らないが、明日奈との再開を果たした数日後の事だ。

 

from no name

明日の正午にお前の思い人の病院から一番近い小さいカフェで待っている。

クソったれギルドのギルマス(他称人類悪)より。

 

「自分で言ってる時点で自称だろ」

 

何処の誰かはすぐに分かった。

そしてこれに逆らうとひどい目にあうのもよく知ってる。

だからこそ、明日奈と再会を果たした丁度1週間後の指定日にキリトは指定時間10分前にその店に入った。

周りの建物と比べても少しばかり古びたイメージのカフェ。自動ドアが主流の今の時代に、木製の引き扉を開け放つと、見た目とは裏腹にそれなりに人で埋まっている店内。

店員に待ち人がいると伝えると奥の席を案内される。

進んでいくと、対面の席が空いているテーブルに杖が一本立掛けられていた。

 

「おいおい、ちょっと早いぞ和人君。まだ吸い終わってないっての」

 

こちらが見える様に奥に座っている男…予想通り笹原忍は、パイプ煙草片手にコーヒーを飲みながらくつろいでいる途中だったらしい。

 

「時間前に来るのは常識だろ」

 

「日本人だけだからなそれ」

 

「ここ日本だぞ」

 

「然り、吸いながらで良いなら本題はいるけど?」

 

あきれた様子で手のしぐさだけで許可を出す和人は、店員に飲み物を頼むと、それを終わった頃合いを見計らって忍が封筒を二つ出してきた。

その封筒に若干の嫌な予感を覚えつつも、和人は相手の言葉を待つ。

 

「人生は選択の連続っていうけど、これはお前にとっては他人の人生を左右する大きな選択と言ってもいい」

 

珍しく丁寧な言い回し。

目が一切笑っていない…。年の離れた学生に向けるにしてはかなりきつい目つきをしている忍に、僅かながらに緊張が走る。

 

「一つはある男の、凡そ世間一般には出したくないありとあらゆる…言わば証拠が入ったUSB。これでお前が大っ嫌いな須郷伸之の人生は終わる。……いや、終わるような証拠だけを集めた」

 

そう言いながら右に置かれた封筒を和人の近くに寄せる。

 

「もう一つはその須郷からのささやかな慰謝料…薄い封筒だが小切手が入っている。これをお前が受け取った瞬間、須郷の務めるレクトの子会社は社名を変更。営業方針も変更され、恐らく大多数が善人と呼ぶ須郷伸之の人生が始まる」

 

その言葉に、一瞬何を言っているのか分からなくなった和人は、忍が取り出す数枚の紙に目を向ける。

 

新規会社名・営業方針・フルダイブ技術の悪用を防ぐ新規ボランティア団体の設立

そして何より和人が驚いたのは、須郷伸之という人間の……墓に入るまでの人生設計プランが事細かに載っていた。

 

「そのプランは須郷本人には見せていない。俺が須郷をその通りに動かし、そのプランにそぐわない場合は強制的に戻させる。生死の自由もアイツには与えずに善人として今後死ぬまで生きてもらう」

 

「お、お前何言って――」

 

「だからこそ―――これは俺からお前と明日奈ちゃんへの口止め料だ。一般男性の生涯年収で言ったら人生二回分くらいはある」

 

そして差し出される第二の封筒と、その上に乗っけられた裏返された小切手。たった二つの選択肢を前にして、和人は黙ったままゆっくり忍の顔へ視線を移した。

対する忍はパイプから流れる紫煙を眺めながらさらに続ける。

 

「後はお前の自由だ。何もせず、答えずここから出ていくも良し。全部かっぱらっても構わない。好きにしな」

 

その言葉に今度は間髪入れずに和人が返す。

 

「お前は、こんな簡単に人の人生を弄り回して楽しいのか…!」

 

和人の選択はおおむね二つ。

須郷を警察に突き出すか、須郷を許して忍に一任し、すべてを忘れるか。

前者ならまだしも、後者に至っては他人の人生をすべて操り、おまけのように明日奈が味わったあの苦しみを…。

須郷に怯えた三か月を忘れろというのだ。しかも金で。

忍に向けられる眼差しは敵意で溢れている。

何より、そんな和人の態度に目すら合わせようとせず、ただ喫煙を楽しんでいる忍の姿が、和人の怒りを煽っていく。

 

「やっぱりな、お前たちはそういうグループだ」

 

「んぁ?」

 

「正直信頼関係に関しては素晴らしいと思う。今時そこまで互いの事を信じられるなんてな…けど、結局お前たちはそうやって面白おかしく生きてければそれで―――」

 

刹那。

和人の目の前に新聞のコピーと数枚の紙…恐らく診断書であろうモノが叩きつけられた。

自分の言葉を遮られ、更には不可解なものを目の前に置かれたことにより沈黙を余儀なくされた和人に対して、今度は忍が手だけでどうぞとジェスチャー。

 

「…五年前の新聞、トンネル工事中に崩落…貫通式で大事故…生存者………赤嶺兎人…って」

 

「奇跡の生存者って言われてるぞ、表向きはな」

 

「表向きは…」

 

「遺族からは人殺しってな。貫通式でボタン押しただけなのにな」

 

五年前、トンネル工事中に100人規模の大事故が発生した。

トンネル工事には貫通式という、最後の岩盤を破壊してトンネルを貫通し、それを祝う式があるのだが、その最中兎人がスイッチを入れた瞬間崩落が始まり兎人以外の式典参加者は死亡。兎人自体も大けがを負った。

 

「暫らく引き籠りだったよ。んでこっちが木郎の診断書」

 

和人が目にした診断書の内容は、大まかに言えばサヴァン症候群。

それにより文字が書けないとの診断であった。

 

「文字だけじゃなくてペンを使っての意思疎通ができないらしい。言葉やタイピングで何かをすることは出来るのは幸いだよな。その代わりにアイツスゲー記憶力でな」

 

いきなりのカミングアウトに驚きを隠せない和人を無視して、忍が続ける。

 

「陸人は証拠らしいもんは出せないけど、学校で虐められている同級生を助けるためにいじめっ子をボコボコにしたら、教師…つーか大人だな…から批判を受けてな。それに乗っかった同級生たちが陸人を避け始めて、挙句の果てには助けたはずの子からも罵声の嵐。めでたく人間不信になりかけたらしいぞ。あ、全員からこの事は許可をもらってるから、安心して資料に目を通していいぞ」

 

一通りしゃべり終えたのか、しゃべり続けたせいで面倒を見れなかったパイプから火が消えており、再び火をつけて煙を吹き出す忍。

暫らくして落ち着きを取り戻した和人が始める。

 

「お前は、何があったんだ」

 

「……まぁ俺だけ何も言わないってのは無しだよな」

 

そう言ってバックから取り出したのは、写真立てが一つ。

それを受け取る和人が目にするのは、恐らく20歳前半の女性の写真。

 

≪人が死んだくらいで傷の舐めあいしたかったら乗ってやろうか? 嫁も『息子』もいなくなってさぞ苦しいだろうさ≫

 

ふとSAOで忍に言われた言葉を思い出す和人。

 

「婚約者だよ。妊娠中に病気で息子もろとも、今は墓の中」

 

そう言って胸元から顔を出したネックレスにはリングが二つ。

恐らく結婚指輪であろうそれは、それだけで何があったのかを物語っていた。

 

「俺が大金出してここまで拘る理由はな…俺たちは須郷が嫌いだからだ」

 

資料と写真立て、ネックレスを机から退かして話す忍には…SAOで戦い続けた和人だからこそ伝わる、ほんの僅かな殺気が籠っていた。

 

「須郷だけじゃない。それを黙認した会社、親族、それに気づけなかった結城財閥…明日奈の親か、それら全てが憎い。怒りに任せていいなら全部はもうこの世に存在しない。その方法を俺は知っているし実現する手段を持ち合わせている。そして他三人もそれを望んでいる」

 

その言葉に嘘が無いのは、和人自身がSAOで見た草生えるの行動に裏付けられている。

 

「でもそうしないのは、茅場明彦って男に対するせめてもの敬意と感謝を込めてだ。それだけが俺たちを実力行使って手段を抑える材料になっている。今でも尚フルダイブのゲームが存在するのは須郷のおかげだしな」

 

ふっと忍の圧が消えたことで楽になったのか、和人が一度深呼吸をする。

その姿に忍は再び封筒二つを和人に差し出す。

 

「さぁ、選べ。何よりの被害者は明日奈ちゃんだからな。持ち帰って二人で相談してもらっても構わない」

 

忍の二つの選択肢に、しかし和人の腹はもう決まっているのか、何も持たずに立ち上がる。

 

「さっきアンタ達をバカにしてすまない。けど、俺は明日奈が帰ってきてくれた。それだけで十分だ」

 

対する忍は一度間をおいて和人に投げかける。

 

「彼女には俺から言おうか?」

 

「俺から伝える。それで明日奈が納得しないなら、須郷には警察に出頭してもらう」

 

すると忍は証拠の入っていると伝えた封筒を手に持って。

 

「なら持っていくか?」

 

「アンタが管理してくれ、アンタに任せれば問題ないのは知ってるからな」

 

「涙ぐましい信頼関係だ事で」

 

「…まぁ事実信頼はしてるよ」

 

そう言って伝票に手を伸ばす和人より早く、忍が取り上げた。

その顔は首を横に振り、奢ってやるから早く帰れと言わんばかりだ。

若干納得してないが、それでも奢ってくれるならと和人はカフェを後にする。

 

「……ま、大方予想通りだな。明日奈ちゃん連れてこなかったのは予想外だったけど」

 

和人を見送った忍は、テーブルに置かれた…白紙の小切手と何も入っていない封筒を丸めてテーブルに投げ捨て、もう片方の封筒をもって会計に向かう。

 

「ありがとうございます。お会計はどうなさいますか?」

 

「あぁ、現金で」

 

そう言った忍は、持ってきた封筒から現金を取り出した。

 

「はい、ちょうどいただきます」

 

「領収書下さい」

 

「はい、ありがとうございました」

 

カフェから立ち去る忍は、空になった封筒をゴミ箱に突っ込んだ。


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