ソードアート・オンライン−−ギルド名『草生えるw』 作:tfride
今マジで椅子に座れないんだけど。
「お前は殺人鬼なんかじゃない」
そう言われたとき、救われた気がした。
瓦礫の中に埋もれる仲間が、助けてくれと叫び続ける。
俺に向かって、この人殺しと投げかけられ続ける魂の叫びともとれる絶叫は、更に崩れ落ちた巨石によって沈黙を選ばされた。
その光景を見た時から、俺は何かに憑りつかれたかのように部屋から出ない生活が暫らくついた。
「お前は息を吸うようにゲーム制作者を泣かすバグを発見し続ける、システムの邪魔ものだよ」
そう言われたとき、久しぶりに腹から笑った気がする。
だから俺は、常に俺に新しい世界を見せてくれるお前に付いて行こうと決めたんだ。
だから虫唾が走るほどにツマラナイこのゲームに付いて行こうと決めたんだ。
他の二人だって、きっと同じことを思ってついて来ている。
だから、俺はあの金メッキをぶっ飛ばす。
■
「あふん」
そんな汚い言葉と共にウサギは丁度、オベイロンとキリトの間…の地面から生まれてきたかのように飛び出してきた。
どちゃりと生々しい音を立てながら地面に叩きつけられたウサギは、暫らく余韻を楽しんでいるかのようにしか見えないほどにびくびくしている。
そんな珍事件が、正にオベイロンがキリトの心も全てズタズタにするのを目的とするかのようにアスナに触れ、屈辱の限りを尽くしていた時だからこそ、被害者のアスナ本人も目が点になっていた。
あぁ、ウサギがキモい。
「な、ななな、貴様、一体どこから現れた!!」
そう凄むオベイロンは、しかしすぐさま邪魔者と判断し、キリトを地面に縛り付ける魔法…次回アップデート時に追加予定の魔法を施行し、ウサギも同じく地面に縛り付けた。
「くそ…ウサギ、お前何しに来たんだ!」
思わず悪態をついてしまうキリトの気持ちをガン無視しながら、当のウサギはその圧し掛かる重力に若干の不快感を覚えながらも、メニューを開いて閉じて、を三度繰り返し、そのまま自身の短剣をアイテムとしてドロップすると簡単に起き上がった。
何を言っているか分からないと思うが、正直わたくし九割も分かっておりません。
「き、貴様、どうやって魔法から抜け出した!」
その質問もごもっとも。
「へへへ、わっかんねぇだろ? うん、俺も分かんない」
お前が分かんないなら誰も分かんねぇよ。
「ふざけるな!」
えぇごもっとも。
「ま、俺も良くは分かってないけど、要は実際に重力を操作してるんじゃなくてプレイヤーにそういうバッドステータスを付与する魔法なんだろ? だったらSAOの時に見つけたデバフを解除するバグがあったから試してみただけだよ。SAOは直ぐに修正されちゃったけどね」
「SAO…の時のだと…?」
「どうせこのゲームだって、そっからデータを丸パクリしてきたんでしょ? そうじゃなかったら、俺のステータスがSAOのデータから引継ぎみたいになってるわけないもんね? うちのギルマスじゃなくても、このくらいなら察するよ」
そう言ってのけたウサギを他所に、キリトも何かが吹っ切れたかのように立ち上がる。
「き、貴様ら、なぜ立てる…なぜこっちに剣を向ける!?」
事実オベイロン…須郷はかなり焦っている。
魔法が看破されたからではない。
それは―――。
「ウサギ、あとは任せてお前は――」
「やだ」
言い切る前に帰ってくる返事に、キリトは少し沸点が上がる気持ちを抑えてウサギに話しかけようとするも、しかしその言葉を飲み込むことになる。
「俺さ…アイツのことが嫌いらしいんだ。それに――」
そう続けるウサギがキリトの方に向き直り。
「お姫様を救うのが勇者の仕事でしょ? 早く行ってあげなよ」
それだけ伝えると、ウサギの足は一歩…また一歩と進みだす。
キリトはその後姿を見送ると、先ほど幻覚のように見えたこの世界の生みの親の言葉を思い出した。
「≪システムログイン――ID『ヒースクリフ』」
「な、なんだそのIDは!!」
「≪管理者権限を変更―ウサギ、オベイロンをレベル1に変更≫」
「≪ペインアブソーバーをレベル0に≫」
その言葉を残して、キリトはアスナのもとに駆けていく。
「くそ! くそ! オブジェクトID、エクスキャリバーをジェネレート!!」
恐らくは武器か何かをいつものように取り出そうとしたのだろうか、しかし何も起こらない。
この辺のシステムは、ウサギにとってはさっぱりであったが、しかし何も出てこないのなら好都合。
足元に転がるキリトの剣に視線を向け、それを取り上げるとオベイロンの足元に投げ、地面に浅く金属音と共に突き刺さる。
対するウサギは自身の得物である短剣を、雑に前に突き立てゆっくりと歩きだす。
「―――なんだ貴様…わ、私は…この世界の王…妖精王オベイロン様だぞ…」
声も震えてきている…もはや化けの皮がはがれた須郷伸之という小さな人間は、目の前のそれに…。
―――ひどく冷たい目をしている、自身よりも背の小さいウサギというプレイヤーに怯えていた。
「その目で俺を見るなぁああああああ!!」
雄たけびを上げ切りかかる須郷の斬撃を寸でで避け、逆手に持ち替えた短剣を須郷の左腿に突き立てる。
「ぐぁあああああああああ!?」
最早地獄の苦しみを味わっている亡者のような叫びを上げ、須郷は地面に倒れ伏した。
その姿を…相も変わらずな目で見続けるウサギは、ようやくそこで口を開いた。
「楽しかった?全部が自分の思い通りになる世界で、何にも苦労なくやってきて」
「ぐぉあ…黙れっ!」
「滑稽だよね、お前。どうせキリトに自分がどれほど何もかも思い通りにできて、んでもってどれほど力があるかって力説してたんでしょ?」
「黙れ゛!」
「これがゲームとはいえ…キリトが、アスナが…この世界にる全てのプレイヤーの努力を笑ってさ。よく平気でいられるね?」
「黙れ!! 貴様らはどうせ、この世界からログアウトすれば何もできないクズだ!!」
「お生憎様。俺は知ってるよ。…届くかも分からないのに、此処だろうとリアルだろうと…自分の大切な人のために何処までも手を伸ばせる『男』がいるのを。
自分が信じる奴のために何処までも…そいつを信じて突き進んで行く奴も…それ知ってるのか知らないけど、その期待に応えるためにどんだけ小さな可能性だって100%にして見せる奴がいるのを、俺は知ってる」
見下ろしたままのウサギに向かって、それでも剣を振るう須郷に対して手首から掴んで受け止め、右肩に向かって短剣を突き立て、更に首を掴み地面に叩きつける。
既に戦意を喪失したのか、目から大粒の涙を流し、まるで許しを請おうとしているのか…しかし首を絞められているせいでうまく言葉にできない須郷に向けて、赤嶺兎人は語りだす。
「自分の殻に籠って、この世界に執着しているのはお前だ須郷。お前の言葉を返すよ――――このクズが」
ゆっくりと構えられたウサギの右腕は、須郷の右目を貫いた。
■
「どっこいせ…ふぅ、取り敢えず一件落着まであと少しだな…」
そう言いながらアミュスフィアを引っぺがしてベッドから起き上がる忍。
ベッド脇にあるテーブルから煙草を取り上げ、一本口に咥える…とそこで何となくの違和感が彼を襲う。
「……俺パソコン消したよな…」
視線の先にある自分のデスクのパソコンのディスプレイから流れる光を眺めながら、仕方ないかと電源に指をかける。
刹那。
『どうやらうまくいったようだな』
「……お部屋を間違えてますよ」
『そうだったか、住所は東京都――」
「分かった俺が悪かった」
突然の音声に特に焦る様子もなく忍は目の前のパソコン…というよりも、茅場明彦を見つめる。
「電子レンジ自殺してからは初めてだな、初めましてから自己紹介を挟んだ方がいいか?」
『そこは君の自由にするといい』
「あっそう。随分いきなりの訪問だな茅場」
そこで一度煙草に火をつける。
自分のパソコンに煙を吹きかけると。
「それとも、ココまではお前の思う壺ってか?」
『何の話かな?」
「俺のネットショップの欲しいものリストに、シェイクスピア作の夏の夜の夢を入れたのはお前だろ」
夏の夜の夢――
シェイクスピアが執筆した喜劇で、人間の男女の結婚問題と、オベイロンとタイターニアの養子をめぐっての喧嘩を描いた作品だ。
『ご感想は?』
「えぇもうそれはそれは楽しく読ませていただきました。演劇の台本だったけどな」
『ふむ、今度からは映像作品にしよう』
「そうしてくれると非常ぉーにありがたい」
全ては忍…ではなく茅場の思惑通り…その一転が気に入らないのか、はたまた自分で手を下さない茅場に不満があるのか、忍は普段にもまして若干不機嫌だ。
「結局俺はお前のシナリオ通りに操られていただけだったわけだ」
『不満かね?』
「たまにはお前も操られてみるか?」
『私が手旗をもって、君が笛を吹くのかね」
「おうおうAIになると憎たらしさが相対的に増すのかね?」
『ご想像にお任せしよう』
「どうせ俺らがたどり着けなかったら、お前個人がキリトに手を貸す予定だったんだろう?」
『そうでなくても管理者権限というのは非常に厄介なものだ。手は出させてもらった』
「あらあら、
『やはり君たちは各々を高く買っているようだ』
「あたぼうよ。でなけりゃ全員で向かう方法を探してるよ」
そこで僅かな沈黙。
破ったのは茅場。
『―――が、私が思い描いていたのはここまでだ』
「やっぱお前のプランじゃねぇかクソ」
『ここからは完全に私は何もするつもりはないが』
「おい聞けよ」
『ところで私の贈り物だが』
「…………」
『忘れていたな』
「重要度が低いから後回しにしてただけ」
『言い訳…という言葉を知っているかな?』
「あーもううっせぇな!! 分かったよ! 開けるよ! これで文句ねぇだろ!!」
そう言って一方的に話を終わらせパソコンの電源を元から切った。
そのまま支度を始めて…外で雪が降っていることを確認し、コートを取り出すと迎えに来る予定の…というより四人の中で木郎しか車を持っていないため、彼の到着を待つ。
と、そこで携帯の通知が…。
「……あのクソAIめ」
from クソAI
≪後は君次第だ≫
「絶対AIになって性格歪んだだろ」
■
暗闇の中で真っ白な雪が落ちてくる。
向かう先も、その後ろも、地面を真っ白にする雪を踏みしめながら、和人は走る。
ようやく会えるのだ。
そのために色んな人に力を貸してもらった。
彼一人だけでは成し遂げられなかったこの偉業に…力を貸してくれた様々な人たちに感謝をしながら、和人はひた走る。
何か月もこの瞬間を待ちわびた。
ようやく…自身の思い人と言葉を交わせる、触れ合える。
病院は目の前だ。
あと少しで―――。
「――――ッ?」
体に突如として起こる違和感に和人は足を止めた。
僅かに冷えた…しかしここまで走ってきた熱とのせめぎ合いで僅かながらに低い体温。
右腕から感じる生暖かい何かが流れる感触。
―――血だ。
頭が認識し、痛みを理解し、その痛みに体を傍の車にもたれて、現状を理解できない和人の耳に入ってきたのは、驚きの言葉。
「――遅いじゃないか、キリト君。僕が風邪ひいたらどうしてくれるんだ」
「す、須郷…!」
スーツにコートと厚着をしたまま、僅かに雪を被っている頭。
そして充血した…まさに血走った目で和人を睨み付ける須郷。
「ひどいだろう…これ。あのクズのせいで…まだ痛みが引かないんだ」
僅かに皮肉めいた笑みを浮かべながら一歩須郷が前に出る。
「…お前は終わりだ須郷。大人しく法の裁きを受けろ」
「終わり?何が?」
そう答える須郷の手には、コンバットナイフががっしりと握られていた。
「僕を欲しがる企業は山ほどいるんだ…そしたら僕は、本当の王になれる……この世界のね」
そう語りかける須郷の歩幅はだんだんと大きく、そして早くなっていく。
「その前に…君は殺すよキリ―――」
「はいどーん!!」
と、ちょうど和人がもたれ掛かっていた車のドアが開き、ドアパンチの勢いで須郷を吹っ飛ばした。
その声に聞き覚えがあるのか、和人は運転席の人物に向けて。
「ニンジャ…あんたなのか」
と、動かない左足がペダルに引っ掛かったのかメチャガコガコしながらようやく出てきたのは。
「ご名答、ニンジャさんですよ。そしてぇー」
と忍の乗る車からぞろぞろと降りてきたのは、草生えるwいつもの面々。
「その愉快な仲間たちだ」
「誰が愉快だ」
まるで須郷との壁になるように……主に陸人が和人の前に出た。
「結局こういう仕事は俺なんだよな」
「ぶははは、がんばれ肉盾」
「お前をもって戦ってやろうか」
「まさに肉剣」
「銀〇で似たようなシーンあったよな」
その背中を見つめ、しかし戦力的に足が不自由なため後ろに下がった忍に視線を向ける。
「あんた、なんでこんな事まで…」
「あれだよほらぁ、ハッピーエンドが好きなんだよ」
「嘘つけ」
「うん、モノにもよるけどバッドエンドも好きだよ」
そんなあっけらかんと答える忍は、倒れ伏した須郷を見ながら。
「お前もアイツに言いたいことは山ほどあるだろうけど、ここは手伝ってやった恩義ってことで譲ってくんねーかなぁ…なんてね。ほら、お前の目的の明日奈ちゃんを助けるってのは達成できたことだし……な?」
「……礼を――」
「言わなくていいからササッと行ってこい」
その言葉を最後に、和人は真っすぐに病院へと向かっていく。
その背中を見送りながら、しかしまだやることがあると―――動かない三人を訝し気な目で見つめる忍。
「おいどうした、最近はヒーローですら変身を待ってもらえないんだぞー」
「いやほら」
忍の言葉に木郎が指さす先には、完全に忍のドアパンチで伸びきった須郷の姿が――。
「………とりあえず…風邪ひくとあれだし…車にのっけるか」
思いのほかクリーンヒットしたのだろうか。
「流石に顔面に剣をぶっ刺したのはまずかったかな」
「お前のせいか」
最後の最後までウサギのせいだった。
うつ伏せでパソコンいじってるから肩凝ってきた。