きあいパンチのない世界のスピードに
お前はまだきあいパンチを知らない 第二章 きあいパンチ消失篇 開幕
さあ、よからぬことをはじめようか
21
会場一杯に歓声が響く。
私は今、夢にまで見たバトルを目の当たりにしようとしている。
チケットを取ってくれたパパに感謝だ。仕事が抜けられないとかで悔しがっていた。その分私がしっかり見てバトルの様子を伝えないと!
「さぁ! 今年も始まりました、ポケモンリーグカントー大会エキシビションマッチ!! 最初のバトルは……」
バーンと派手な効果音と共にディスプレイにバトル参加者が表示される。表示された名前がまた観客を沸き立たせた。
「現カントーチャンピオン、ドラゴン使いワタル! 対するは、仕事よりもきあいパンチで有名、お騒がせ博士コブシだぁ!」
司会の紹介と共に両選手が入場する。
「キャー、ワタル様ー!!」
「ウォォォォ!」
「本物だぁ!」
「きあいパンチの人だ!」
「すげー!」
どちらに対しても声援が飛ぶ。それはそうだ。どちらも有名で、どちらも一定の人気があるのだ。
チャンピオンワタルは言わずもがな。十年くらい前に起こったチャンピオン交代事件、グリーン三日天下事件が落ち着いて以後、何だかんだずっとチャンピオンとして君臨している。ファンクラブもある。私は会員ではないけど。
一方、コブシ博士も割と有名で、一ヶ所に留まってはいないらしいが各地で色々な活動をしてニュースで取り上げられたり、たまに普通に本人がテレビに出たりする。何の研究をしてる人なのか知ってる人は少ないと思う。よくテレビに出るきあいパンチの人くらいの認識ではないだろうか。
ちなみに私は彼のファンである。
カントー大会が行われる度にこの二人は激突している。そして、なんだかんだ決着がつかない。
「俺達の戦いも今回で十回目だ」
スタッフからマイクを手渡され、ワタルさんが話始めた。
「いい加減、一回くらい決着をつけたいと思う」
「……」
「何しろ俺達の因縁はもう10年になる。小競り合いを含めても決着がつかないなんてのはおかしな話だよな?」
「……」
「どうしたんだ? 珍しいじゃないか。ここまで無言とは」
「……ワタルさん」
「なんだ?」
「多分、ここのギャラリーの多くが俺の本業を忘れてるだろうし、俺自身忘れることがあるんだが、俺もポケモン博士なんだよ」
そう、コブシ博士はポケモン博士なのである。きあいパンチ博士ではないのだ。混同されがちだけど。
「……それで?」
「ちょっと気づいたことがあるんだよね」
「へえ」
「話しても?」
「構わないさ。この時間も含めてのエキシビションマッチだからね」
「オーケィ」
そう許可を得てから前に踏み出すコブシ博士。そして、ワタルさんの方に向き直り話し始めた。
「俺は、ずっと疑問に思っていたことがある。ワタルさんには聞いたことはなかったけどね……」
「……」
「ワタルさん……何故あなたはガブリアスやフライゴンを使わないんだ?」
答えを待つことなくコブシ博士は詰め寄る。
「何故、ギャラドスやプテラのような、厳密にはドラゴンと言えないポケモン達を頑なに使い続けているんだ?」
「愛着、友情、絆……ああ、あなたとポケモン達には確かな繋がりがあるだろう。俺だってそうだ。チャンピオンであるあなたがそうでない筈はない」
「あなたはドラゴン使いを名乗っている。生半可な覚悟と実力じゃ、そんなのは名乗れないし、誰も信じない。
だからきっと、あなたのドラゴンポケモンへの愛に嘘はないんだろう」
「だが、あなたが今のポケモン達を使い続けている理由はそれだけじゃないだろう?」
「……何が言いたい?」
「……あなたは、ドラゴン使いの皮を被った、飛行タイプ使いだ!」
会場が静まり返る。誰もがコブシ博士の発言に唖然としているのだ。
私自身驚いている。ワタルさんと言えばドラゴン使いと言えば名前が上がらないなんてことはまずあり得ないくらいに名の知れたドラゴン使いだ。それが、実は、飛行タイプ好き……? 俄には信じがたいことだ。
会場がざわつきだす。
言われてみれば確かにそうなのかもしれない。現在のワタルさんの手持ちとして知られているポケモンは、ギャラドス、プテラ、リザードン、カイリュー、カイリュー、カイリュー。どのポケモンにも飛行タイプが入っているのに対して、ドラゴンタイプは、三体いるとは言え、カイリューだけだ。コブシ博士の指摘も一理あるのかもしれない。
「……た、大した推理だ。ポケモン博士なんて辞めて小説家にでもなったらどうだ?」
「で、答えは?」
「そ、そんなこと決まっているだろう。俺は、ドラゴン使いのワタル。看板に偽りはない!」
「なら「さあ、レン! バトルを始めようじゃないか!」いやだから、「始めようじゃないか! お客さんも待ってるぜ!」……まあいいか」
「えー、よろしいんですかね?」
司会の人も困惑気味だ。私たちもそうだけど。
「ああ!!」
「どうぞ」
「では……試合開始!!」
「行け、カイリュー!」
「ローブシン!」
「破壊光線!」「きあいパンチ!」
ワタルさんとコブシ博士は、いきなり自身のエースとも言えるポケモンを繰り出し、十八番とも代名詞とも言える技を指示した。
カイリューの口から放たれる巨大な光線。ワタルさんの破壊光線と言えばカントージョウト辺りで知らない人はいない。一時期は何処かの町で煙が上がれば火事より先にワタルさんの破壊光線が疑われる程だった。
コブシ博士のローブシンも負けていない。目にも止まらぬ拳の一閃と、そこから生じる超常現象は、動画サイトなどでまとめが作られたりする程凄い。きっと今日の夜には新しい動画が上がっているのだろう。
閑話休題。
ぼんやりしている間にもバトルは進んでいる。
既に十回目の激突……常人には真似できないバトルがここにある。
反動のある大技である破壊光線をこうも連発できる人が他に居るだろうか。馬鹿げた威力のきあいパンチを目にも止まらぬ速度で放てる人が他に居るだろうか。少なくとも私はこの人たち以外には知らない。
「撃ち続けてれば反動なんて関係ない!」
「この程度じゃあ破壊されんよ!!」
うん、真似できない。
「なっ……! きあいパンチを踏み台に!?」
「破壊光線の軌道を、変えた……?」
「また軌道が……いや、これは自ら曲げたのか!?」
「きあいパンチを壁で反射させるなんて……」
「出た! ローリング破壊光線だ!」
「どういうことだ……! きあいパンチが……3発?」
ギャラリーもついていけない。
だが、楽しい。いつも画面の向こうで見ていた。画面越しにも伝わっていた熱気、パワー、あと戦闘の余波……! 来てよかったと心から言える。
けど、このバトルもそろそろ終わりそうだ。
「きあいパンチ!」「破壊光線!」
激突。余波が広がる。と、同時に司会からアナウンスが入った。
「会場が限界です! 今回はここまででお願いします!」
「なんだまたか」
「これは真剣に場所変えることを検討すべきなのでは?」
「そうだなぁ……ま、来年考えよう」
毎回こうなのだ。決着がつくより先に会場に限界が来る。勿論、あの人たちは会場がどうなろうとバトルを続けられるんだろうけど、安全上の配慮で止めてくれている。私も自分で自分の身を守れるようになれば全力のバトルを見れるのだろうか。
過去の記録映像を見る限り、どちらもまだまだ本気ではない。お互いが本気になったら一体どれだけ凄いんだろう。今回生で見るに当たって、きっと映像の時より満足できると思っていたが、逆だった。もっと見ていたい。もっと知りたい。そんな気持ちが強まるばかりだった。
パパへのお土産(コブシ博士が時々被っている不思議な帽子をデフォルメしたもの。てっぺんを押すと「じぇるるっぷ」と音がする。コブシ博士監修)を買ってから会場を後にした。
「凄かったね。もうほんと、他に言葉が出てこないよ」
「ずっと見たがってたもの……来たかいがあったわね」
「うん!」
「カントー最後の思い出としては最高なんじゃない?」
「バッチリだよ」
私は明日、カントーを出ていく。左遷とかではないらしいけど、パパの仕事の都合だ。元々の予定ではカントーでトレーナーデビューするところだったが、アローラでやることになるだろう。
こっちに友達もいるし、残念と言えば残念だけど、悔いはない。むしろ前向きな気持ちで一杯だ。それもこれもきあいパンチのおかげってね。
でも日記には寂しくて泣いちゃったとか書いとこう。その方が可愛いよねたぶん。
━━━━━
諸君、俺だ。そう、俺だ。所謂、俺だ。
誰だお前はって? 俺だよ。
まあ茶番はこれくらいにして、どうもコブシです。本日ワタルさんとのバトルを行い、飯に行って、その足で仕事に向かいます。多忙すぎてクサイハナ。
ところで、皆さんにとって、柱とは何だろうか?
建築物の一部?
ただの棒?
或いは仕事道具?
まあ皆さんにとってどうなのかってのは割とどうでもいい。ここからが本題。
ローブシンにとって柱ってなんだろうか。
考えたことない人が多いだろう。何、恥じることはない。皆の当たり前を疑うことが今の俺の仕事なのだから。
とはいえ、俺の著作を読んだことある人なら大体予想はつくのではないだろうか。
そう、柱とは、拳である。
ああ、驚く顔が目に浮かぶね。「きあいじゃねーのか!」とツッコむ声が聞こえそうだ。
まあ、聞いてほしい。
ローブシンをお持ちのトレーナー諸君。ローブシンにきあいパンチじゃないにしても何かしら、例えば冷凍パンチなんかを使わせたことがあるだろう。その時、ローブシンはどういう動きをしていた?
そう、柱を振るっていた筈だ。
トレーナーはパンチを指示したにも関わらず、振るわれるのは柱。これはどういうことか。
ローブシンが言うことを聞いていない。なんてことはあり得ない。私含め、ごく一般的なトレーナーであればポケモンとの関係は良好だろう。つまり、ローブシンたちは何も悪気はなく、寧ろ、それを当然として、柱を振るっているのである。
つまりこれは、ローブシンにとって柱こそが拳であることの証明に他ならない。
道具とは人の器官の延長である。例えば箒は、掃き掃除に特化させた手の延長であるし、車や自転車は足の延長だ。基本的にあらゆる物事は道具が無くとも何とかなりはする。だがあると便利。それが道具だ。そしてその道のプロともなれば手足同然に道具を扱うだろう。
ローブシンと言えば拳のプロと言って良い。
そしてローブシンは柱を使って殴る。柱とは拳の延長である。
つまり、柱とは拳である。
であるならば当然、きあいパンチに柱を使ったとて何らおかしくはない。
そう、柱とは拳であり、同様の理由から、柱とはきあいパンチでもあるのだ。
さて、本題に戻ろう。なぜ俺がローブシンの柱の話を始めたのか。
それは、今からローブシンの柱を使うから。
なぜ柱とはきあいパンチであることを証明したのか。
柱を使ってきあいパンチをするから。
コイキングでさえ空を飛ぶ。
きあいパンチを使って空を飛ぶ。
であるならば、同じきあいパンチなのだ。
柱で飛んだって良いじゃないか。きあいパンチだもの。
「ローブシン、きあいパンチ!」
━━━━━
「……レンから?」
郵便受けに届いた封筒。見知った人物からのそれに首を傾げる。別にメールでも良いだろうに。
開けてみると、飛行機のチケットと手紙が入っていた。素早く目を通す。
「……アローラ、か」
最近観光地として人気のアローラ地方。そこへ仕事で行くから一緒にどうかという旨が書かれていた。
「また急な……ま、行くしかないよね。一応助手だし」
緩む頬を隠すこともなく、キャリーバッグを引っ張り出す。今にも鼻歌を歌いだしそうな様子だ。何しろ久し振りの遠出だ。旅をしていた頃を思い出しつつ荷物をつめていく。
空港に着いた。忘れ物はない。だが敢えて言うなら連れがいない。彼女は同じ飛行機でアローラへ行くものだと思っている。だから機内で色々相談すれば良かろうと予定も何も決めてはいない。そも、彼女からすれば急に入ったアローラ行きであるので仕方ないことではあるが。
しかし待てど暮らせど連れは来ない。仕方なく、自分だけで飛行機に乗り込んだ。中に入ると席には既に連れがいた、なんてことはなく、そのまま離陸と相成った。
「何やってんのよ……」
窓の外を眺めながら一人呟く。もっとこう、仕事とは言え、観光地に行くのだから、予定をちゃんと立てたかったし、同じ場所に行くというのに連れがいないというのはどういうことか。
と、窓の外を何かが横切った。
鳥ポケモン……? いや、この高さを飛行するポケモンはほとんどいない。しかし、だとしたら……?
何が通ったのかと目を凝らして見ていると、まだ何かが通っていった。
だが、今回は見逃していない。
あれは、筋肉だった。もっと言うと筋肉と柱だった。
普通の人が見たら目を疑うし、言っても信じてはもらえまい。新種のポケモンを見たとかの方がよっぽど信じられるだろう。だが、彼女は知っている。こういうことをしてもおかしくない輩をよく知っている。
とすれば、自ずと一つ目の飛行物体の正体も想像できよう。
彼女は呆れて笑うしかなかった。
━━━━━
「いいぞイワンコ、もっとだ! もっと思いっきりくるんだ!」
男の声に応え、子犬のような姿をしたポケモン、イワンコが全力でぶつかっていく。イワンコはまだ進化を残した言ってみるなら未熟なポケモンだ。しかし、ポケモンという種族の力を侮ってはならない。イワンコの体当たりを受け、男は吹っ飛ばされた。
「ナイスだイワンコ! 君の全力、伝わったぜ」
彼はククイ。ポケモン博士である。
主にポケモンの技の研究をしている。故に、自身で技を受けたりする。吹っ飛ばされるなど日常茶飯事、当然研究所も頑丈に作られている。イワンコの体当たりで飛ばされてぶつかっても、何ともないのだ。
早速今受けた技を記録しようとデスクに向かうククイ。椅子に座ろうとしたその時、外で轟音がした。
「なんだ今の!?」
慌てて外に出ると、暫く前から研究所で預かっている少女、リーリエが唖然とした表情で砂浜を見ていた。リーリエはお嬢様然とした淑やかな少女。そんな彼女がこんな表情をしているとは……。
「リーリエ、どうしたん……んん?」
見ると、砂浜に大きなクレーターが二つ出来ていた。当然、今朝まではなかったものだ。
そしてクレーターから声が聞こえる。
「……うーん、これは……俺には無理だわ。ごめんローブシン。手伝ってくれ」
その声に反応し、のっそりと顔を覗かせたのは全身砂まみれで片方だけ柱を持ったローブシンだった。彼? はそのままクレーターを出て、声がした方のクレーターに降りていく。
「よし……せーのっ……!」
「うん、抜けたな。お疲れ……じゃあ上がろうか」
どうやら声の主が上がってくるらしい。
「ちょっ、足場崩れるじゃん。お前どうやって上ったの?」
「あ、成る程。じゃあ悪いけど背中借りるわ」
「よっ……と」
クレーターの端に降り立ったのは、奇妙な帽子を被り、アローラシャツの上から白衣を羽織った男だった。目が合う。
「あ、どーも」
「どーも……」
「んー? あ、ククイ博士ですね。こんにちは、じゃないやアローラ! お招きいただきありがとうございます。コブシ・レンです。暫くの間よろしくお願いいたします!」
頭を下げた後、満面の笑みで顔を上げる男、コブシ。
「……あ、アローラ! ククイです。よろしくお願いします。こっちは助手のリーリエです」
「り、リーリエと申します。よろしく、お願いします……」
ぎこちない挨拶、困惑した表情。
帽子がじぇるるっぷと笑った気がした。
読んで頂きありがとうございました。楽しんで頂けたなら幸いです。
よかれと思って前書きで嘘を吐きました。
読んだらわかったと思いますが、ホール通って既に10年位経ってます。よかれと思ってキングクリムゾンしておきました。需要があれば間のこともそのうち書きます。
次回予告
リーリエです。空から柱に乗って降ってきたお方はコブシ博士でした。ククイ博士もなかなか……その、癖がお強いんですが、コブシ博士は……。
……今後が不安です。
次回 お前だパンチ 第22話
柱の男
明日の自分に、きあいパンチ! ……えっと、これでよろしいでしょうか?
次回予告でも新しいことを試してみる私って本当行動力の化身。間違えた。きあいパンチの化身だわ。