人間の私が吸血鬼の姉になるだけの不思議で特別な物語 作:百合好きなmerrick
side Naomi Garcia
──船上(ナオミの部屋)
船旅が始まって約二週間。
そろそろ和国も見えてくるだろうという頃だった。
一週間前のリリィとシルフィードの件から、かれこれ一週間も経つがあの二人は相変わらずだった。リリィは部屋に居たい。シルフィードは更なる魔法を自慢したいと、どちらを優先させるかで争っている。あの二人は互いに相見えない性格なのだろうか。
だが、魔法に関しては二人に通ずるところがあるらしい。リリィは一度見たシルフィードの魔法をすぐに覚え使うことができていた。......私はいくら練習しても使えないのに。
単にリリィの覚えが早いだけかもしれないが、それでも通ずるところの一つや二つはあって欲しい。と、私が勝手にそう考えているだけなのだが。
「お母さん。お外に、行こ?」
「姉様は私と一緒に部屋に居るのよ。ジャクリーンはエリー達とでも遊んでたら?」
「そうなの? お母さん。リリィお姉さんと一緒にいるの?」
いつの間に仲良くなっていたのか最近リリィはジャクリーンに、お姉さんと呼ばせている。
嬉しいことなのだが、よりややこしい関係になってしまったとも思っている。
「一緒には居るけどそれは外でよ。だから、貴方も一緒よ。ジャクリーン」
そう話すと、「やったー」と嬉しそうに飛び跳ねてジャクリーンは喜ぶ。対してリリィは頬を膨らませ、ふてくされていた。
「なんでよー!? 今日も一緒に居ようって言ったじゃん!」
「それ昨日の話よね。それに、明日は外で遊ぼうね、って言ったでしょう?」
「あー、それアタシも聞いたわー」
「......あっ。むぅー......」
シルフィードに言われて思い出したのか言い返すことはなく、ただ悔しそうに唸っていた。
おそらくは、何故あの時に反論しなかったのかとでも思っているのだろう。
「さぁ、行きましょう。エリーとアナンタ二人だけで遊ばせるつもり?」
「リンが居るじゃん......」
「リンさんは子守り役でしょ。貴方も外で遊びなさい。子供は外で遊んだ方がいいわよ」
「そう言う姉様の方が子供のくせに......」
「あら。私は後一年で大人よ。貴方はまだまだでしょう?」
リリィの小言を聞いて、言い返してやった。
それでも私が年下なのは変わらないが。
種族によって成人になる年齢が違う。私達人間は十六歳で、リリィ達吸血鬼は百歳。それぞれの寿命に沿う形になっている。
「百歳なんてあっという間だもん!」
「あっという間は困るわね。私の寿命、百年ほどだろうから」
「あっ。そ、そっか......。もっと、もっと長い間姉様と居たいのに......」
改めて人間の寿命の短さを思い知ったリリィは悲しそうに呟いた。
確かに私も死にたくはない。だが、リリィの願望を叶えることは私にはできない。
「ねぇ、姉様。......寿命、延ばしたくない?」
「......リリィ。私の寿命は吸血鬼と比べると確かに短いわ。でもね、それでいいのよ。生に固執するのもいい。というかそれが当たり前。けれども、無理に延ばすのはダメよ。人間は生が短い分、その短い生を楽しんで、実感して、一生懸命に頑張りたいものなのよ。それを無理に引き延ばして、人としての目的を失わせちゃダメよ」
「人としての目的? 吸血鬼と目的が違うの?」
首を傾げ、リリィがそう質問する。
「いいえ。同じよ。短いか長いかで価値観が変わるけど。生を楽しむことを忘れ、ただ無気力に、空虚に生きることは、もはや生きているとは言わない。どこかのお偉いさんが言った言葉だった気がするわ」
「なんだ、姉様の言葉じゃないんだ......」
「べ、別にいいじゃない。って、どうしてこんな話をしてたのかしら。さっ、お外に出ましょうか。お嬢さま?」
「むっ、嫌味に聞こえるー。でも......ふふん。いいよ。姉様」
外へと出る前に、リリィと手を繋ごうとする。
「! な、何!?」
が、それを阻むように「ゴンッ!」という大きな音が響き、船が大きく揺れた。
「わぁっ!? お、お母さん!」
「大丈夫よ! ジャクリーン、早くこっち、へっ!?」
「きゃっ!?」
手を出すも間に合わず、船が傾くと同時に、身体の小さいジャクリーンは傾いた方向に転んでしまった。
「あぁ、もう! 何が起きてるのよ!」
「文句を言う前に助けるなり何が起きてるか見に行くなりしなさいよ!」
「あぁ、はいはい! 仕方ないわね!
ジャクリーン! あとついでにリリィも! 『宙を舞え』!」
シルフィードの言葉とともに、リリィとジャクリーンには実体化するほど強い魔力の風がまとわりついた。
シルフィードの魔法は、リナと同様命令口調で話すと発動する魔法だ。
リナと違うのは実際に風を操ってでしか実行できないことは発動しないらしい。そして、私には例の如く効果が無い。そのためバフ系の魔法も私には無意味なのだ。
「バフもらって何だけど......私、魔法無くても飛べるんだよ。吸血鬼だし」
「あっ......つ、ついでだからどうでもいいでしょ! 気にしたら負けよ!」
「わぁー! お母さん! わたし宙に浮いてる!」
「ジャクリーンもはしゃぎすぎなうわっ! ちょ、ちょっとまだ揺れは収まらないの!?」
宙に浮いてる三人に対し、私は一人、安定しない床に立っている。
今にもバランスを崩せばそのまま転がって物にでも当たり怪我をしそうだ。
「このまま部屋の中で宙に浮くのも危険ね。ナオミ。アタシ達は外の様子を見に行ってくるから!」
「えぇ!? このまま一人にさせる気!? いえ、正直危ないからそっちの方がいいとは思うけど!」
「姉様と一緒に行くから見に行ってて!」
「わたしも、お母さんと一緒に行く!」
「貴方達、いくら宙に浮いてるからって......いえ、ありがとうね」
「はぁー。いいわ。アタシは先に行ってるから!」
リリィとジャクリーンに支えられ、シルフィードの後を追っていった。
エリー達がいつも遊んでいる甲板までたどり着くと、船員達が慌てた様子で動き回っていた。エリー達はと言うと、邪魔にならないように隅の方で心配そうに海を眺めていた。
海は靄で霞んで、先を見るのも一苦労する状態だ。
「エリー! 大丈夫!?」
「大丈夫だよぉ。アナちゃんも、リンさんも大丈夫ー」
「そう......良かったわ。シルフィードは何処かしら? 先に行ったはずだけど......」
「シルちゃんはハクアさんのところに行ったのー」
「そう......。なら待っていても良さそうね」
シルフィードが聞きに行っているなら、すぐに何があったか聞いて戻ってくる。ああ見えて意外と心配性で世話好きな娘なのだ。
すぐにでも伝えに戻ってくるだろう。
「何があったんだろうね。......あっ、魔法、切れちゃった?」
「みたいだね。私は普通に飛べるから問題ないけど」
シルフィードが離れたせいか、それとも効果時間が切れたのか、浮いていた二人は地へと落ちてしまった。しかし、身体は小さくとも戦い慣れている二人は上手に着地した。
「あ、今更だけど、どうして浮いていたのー?」
「本当に今更ね......。シルフィードの魔法よ。やっぱり便利よねぇ。風を操るとか」
「みんなー! 大変よ! かなりガチで大変!」
「あら。早いわね」
話をしていると、シルフィードが取り乱した様子で戻ってきた。
何かあったのは分かるが、いささか動揺が激しすぎる。
「さっきの揺れは津波が来たからなんだって!」
「へぇー。......でも海の真ん中よ? ここ」
「だから大変なのよ! それを起こしたの、魔族軍の軍艦に乗ってる奴らしいの!」
「......はい? えっ、魔族軍って津波起こせるの? あれ結構傾いたわよ?」
津波を起こす魔法......聞いたことがないが、それもあるかもしれない。
──だけど、軍艦であるこの船が傾くほど強い津波を起こすなんて、どれだけ強い魔力なのかしら......。
「魔族軍に限らず、力が強ければ起こせるよ。お姉さまだって起こせるし」
「貴方のお姉さん、魔族よね......」
「おい君達! どうして外なんかに出てきちゃったんだ!」
不意に声をかけられた。
王国軍の一人らしいが、私達を心配して話しかけてくれたようだった。
「その前に最後まで聞いてって! 魔法で起こしたんじゃなくて──」
「......え? 何よ、あれ......」
不意に上空から風を切る音が聞こえた。
それに目を向けると、小さな緑色の何かが放物線を描き、彗星の如くこちらへと向けて降ってきていた。
「う、後ろ! あれよ!」
「伏せろー!」
「!? みんな、伏せなさい!」
王国軍の人に言われるまま、近くに居たジャクリーンとリリィを守るようにして屈んだ。
次の瞬間、海が割る音が響く。そして、津波の押し寄せる音とともに揺れを感じた。
「きゃーっ!?」
「うっ......。し、沈んでない......よし......」
「っ!? ちょ、ちょっと......。あれのせいで?」
「えぇ! あれ......一瞬見えたけど、おそらくは矢ね。
信じられないけど、あれが降ってきた勢いで津波が起きたのよ......」
信じられない言葉に、驚きを隠せなかった。
しかし、再び遠くに見えたそれを見てしまった私は信じるしか無かった────
最後が微妙だけど、文字数的な意味で別けることにしました()