人間の私が吸血鬼の姉になるだけの不思議で特別な物語 作:百合好きなmerrick
side Naomi Garcia
──エルフの都市『エルロイド』 城門入り口
遠征から二日目の昼頃。私達は海に面するエルフの都市『エルロイド』に到着した。
馬車から見た外の景色は、エルフの都市らしく、ひと目で人間の都市『アンリエッタ』よりも緑が多いと分かる。都市のいたるところに木や花が植えられ、まるで木と建物が一体化しているようにも見えた。
そして、何よりも都市の中心部にある大きな木が、自然を愛するエルフを象徴しているように感じられた。
私達は都市に入ると、都市の入り口から少し先にある広場で馬車を降りる。
エルフの都市『エルロイド』。そこでは、私達を歓迎しているかのように、爽やかな風が吹いていた。
「気持ちいい風ね。ここがエルフの都市......。緑がいっぱいね」
「うん、確かにいっぱいあるね。でも、風は強すぎるくらいだと思う......。フードを抑えてないと日に当たりそうで怖いなぁ」
「あらそう? 日に当たらないように気を付けなさいよ」
「はーい。ま、多少日に当たっても死にはしないんだけどねー」
吸血鬼にとって日光は弱点だと言うのに、口に出す通り、リリィは風にしか注意を払っていなかった。
──確かにフードをしているから陽には当たらないとは言え、もう少し危機感を持つべきだとは思う。
「お母さん! お買い物行こっ!」
「え? 二日前にしたばっかりよ?」
「でも、お買い物したーい!」
駄々をこねて可愛いジャクリーンを見ていると、どうしてか言うことを聞いてあげたくなってくる。
もしかして、これが母性というものなのだろうか......。
「はぁー、仕方ないわねぇ。いつ出発するか聞いてくるから、時間次第では行きましょうか」
「やったぁー!」
「お姉ちゃん! あんまりジャクリーンちゃんを甘やかしたらダメだからねー? 甘やかし過ぎると、リリィちゃんみたいになっちゃうよー」
「えぇー! 姉様ー。エリーがひどいー」
「エリーもリリィもお互い様だから。じゃ、すぐ戻るから、しばらく待っていなさいよ」
「あ、結局行くんだねー......」
あまり大人数で行くのも迷惑だと思い、一人でハクアがいるであろう場所へと向かう。
ハクアは、それほど遠くない馬車をいくつか挟んだ場所で、遠征に付いてきた兵士達が荷物を運び出すのを指揮していた。
その荷物は食料や日用品などで、おそらく二週間の船旅に備えて船まで持っていくのだろうと考える。
「ハクア。ちょっといいかしら」
「ん? あ、な、ナオミか。......どうした?」
「ジャクリーンと買い物に行きたいんだけど、時間は大丈夫かしら?」
「あー......。そう言えば、言ってなかったな。出航は明日の昼頃だ。それまでは自由行動で大丈夫だぞ。宿は港近くの......いや、口で説明するのは難しいな。またここに戻ってきてくれ。って、おい! その荷物は持っていくじゃないぞ! クロエを怒らせないように間違えるな!」
「貴方も大変ね......」
指揮を執りながら話してくれるハクアに感心しながらも、可哀想に思えた。
この年で妹の尻に敷かれていたら、将来妻ができた時も変わらないんだろう、と哀れに感じたからだ。
「この荷物、船に持っていくのかしら?」
「あぁ。直接港まで持って行ければ良かったんだがな。港までの道のりは馬車が通れないから仕方がない」
「だから運ばせているのね。......大変そうだわ」
「まぁな。しかし、手伝わなくていいぞ。これからは長い船旅になる。だから、ゆっくり体を休めていてくれ」
「お気遣い、感謝するわ。それじゃあ、お仕事頑張ってね、ハクア」
「あ、あぁ。頑張るとしよう」
どうしてか顔を赤らめて答えるハクアと別れて、私は元の場所へと戻った。
エリー達の場所に戻ると、すぐさまリリィとジャクリーンが近寄ってくる。
そして、ハクアに聞いたことを話すと、嬉しそうに声をあげて喜んだ。
「お母さん! 早く行こーっ!」
「はいはい。分かったから引っ張らないで」
「お姉ちゃんも大変だねー......。アナちゃん、今日はお姉ちゃん達と一緒に行動しよっか。お姉ちゃん一人じゃ大変だろうしねー」
「あ、姉様は私が手伝うから大丈夫だよ?」
「そおー? ならお姉ちゃんを任せるねー!」
「普通、それ私に言わない? まぁいいわ。リンさん。いつも通り、エリー達をお願いね」
「仰せのままに。妹様方もお気を付けてください」
いつも通りのメンバーに別れると、エリー達は都市の中心へと向かって行った。
それを見送ると、私達はジャクリーンの思うがままに行動を始める。
「で、どこに行くの? エリー達は都市の中心街の方に行ったけど、こっちは外側を見て回る?」
「うん! お母さんの言う通りにするね!」
「いやいや。ジャクリーンのしたいようにしていいのよ?」
「え? だったらお母さんの言う通りにするね!」
変に促したせいで、ジャクリーンの考えを固定してしまった。
少し後悔しながらも、結果的にジャクリーンのしたいことになるならいいか、と都市の外側に向かって歩き始めた。
「それにしても、入り口に近付くにつれて風が強くなってない?」
「......突然どうしたの?」
「突然じゃないよ? だって、風が吹いて......あれ、もしかして姉様気づいてなかったの?」
私にはリリィが何を言っているのか分からなかった。
風なんて全然感じないし、周りの木々も揺れている様子はない。
「気づくも何も、そもそも風なんて今は吹いてないわよ?」
「え? でも......」
「お母さん。私も感じるよ。不思議な風なのかな?」
「そうなの? 変な風ぶわっ!?」
「きゃっ!?」
話しながら歩いていたせいか、顔に何かがぶつかり、尻もちをついた。
そして、少女らしき若い女性の驚いた声が聞こえる。
「痛ぁ......」
「いったぁ......。ちょっと! ちゃんと前見なさいよ!」
「あっ、す、すいませ......ん?」
顔をあげると、そこには宙に浮いた三十センチもないくらい小さな女性が私を見下していた。
その女性は緑色の目とサイドダウンの長い髪を持ち、腰に布を巻き付けた白の半透明で薄いパレオというなかなか際どい服を着ていた。そして、何よりも驚いたのは、薄く白い二枚の大小の翼が重なるようにして生えていたことだった。
──しかし、際どい服を着ているわりには私と同じくらい貧しいわね。何がとは言わないけど。
「あっ! ......もしかして、見えてる?」
「え、えぇ。はっきりと見えているわよ」
「お母さん? どうしたの? 誰かいるの?」
「誰? 誰が話しているの? 姉様には見えるの?」
どうやら、リリィとジャクリーンには声は聞こえてもこの小さな女性は見えていないようだった。
傍から見れば、私は独り言を話している変な女性に見られるのだろう。
が、今はそんなことを気にしてられない。この女性に対しての知的好奇心が勝っているからだ。
「あら? リリィやジャクリーンは見えないの? ここに小さな女性が......」
「どうしてあんたが見えてんのよ! 風の魔法は完璧なはず......。あたしの姿は風の衣によって見えているわけないのよ!?」
「聞かれても知らないわよ。見えてしまっているのは仕方ないわ」
「......ということは、素で見えてるの? 要するに、貴方が占いに出た風の子?」
私の頭の中では、色々と混乱していた。
──占い? 風の子? 一体この子は何を言っているのだろうか。それに、一体何の種族なのだろう?
「は、はぁ? 子供はみんな風の子なんじゃない?」
「違うわよ! あたしの魔法が効かないのは風の落とし子や神様くらい! やっぱりディー
「えーっと、話が見えないわ」
「姉様。誰がいるのー?」
「あ、今、目の前に小さな女性がいるのよ。緑髪の女性が」
「あら、見えてないのね。じゃ、姿を見せてあげるから光栄に思いなさい」
そう言うと、姿を見せるためにか、小さな声で何かを唱え始めた。
すると、それに反応するように周りの木々などが揺れだした。
「うわっ、凄い風!」
「そう? 私は何も......って、リリィ達が言ってた風って貴方の仕業ね?」
「ふふん。あたしは自然の風を操ったり味方にできる妖精のシル......シルフィード。自由自在に風を操れる。ま、風の衣を使っている時は、なんか勝手に周りに風が吹くらしいけど」
妖精......自然を愛し、自然と共に生きる種族。自然を壊しさえしなければ、人を襲うことはなく、自然を操る魔法が得意という、あの妖精だろう。確かに自然を愛する種族であるエルフの都市にいてもおかしくない種族だが、妖精は恥ずかしがり屋が多く、その姿を見せることは少ない。
これだけ恥ずかしがらずに話すこの妖精は、妖精の中でも珍しい方なのだろう。
「うわぁ! 本当にちっちゃい人だー!」
「だ、誰がちっちゃいよ!? あたしはこう見えても妖精の中では大きい方よ!」
「あぁ、はいはい。で? 風の落とし子って何なの?」
「......詳しいことは......ディー
「エリーを知ってるの?」
「そう、エリーって言うのね。その話も会ってからしてあげるわ」
いかにも胡散臭いが、妖精が使う魔法には興味がある。
ここは、少し付き合おうとしよう。
「そうねぇ......じゃあ、エリー達の場所に行きましょうか。でも、まずはジャクリーンの買い物ね」
もちろん、まずはジャクリーンの買い物に付き合うのが先だが。
「だね! お母さん、あっちにあるケーキ屋さんに行きたーい!」
「え? えっ、先に姉妹に会いに行かないの?」
「それは娘の買い物が終わったら、よ。貴方も付いてくる?」
「え、でも......あー、もう! 付いていくけど早くしなさいよ!」
こうして、わがままな妖精を加えて、私達は都市の中を見て回ることになった────