拝啓 突然ですが、聖女になりました。あと、地球で元魔王や悪魔神との同棲生活始めました。by勇者   作:有栖川結城

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003 和解とプライドの敗北

 目の前には感電により失神している和也さんがいる。

 

 魔王の能力を持っている元魔王とはいえ、体は完全に人間のようだ。

 

『タカト様、トドメは刺さないのですか?』

 

『シアル、地球では相手が誰であろうと殺したら罪に問われるんだ。

 第一、これから家に帰ってくるであろう姉になんと言い訳をすればいいんだ。』

 

『なるほど・・・確かにそうですね。

 なら、封印魔法で封印しますか?』

 

『ああ、そうしよう。』

 

 それも、普通の封印魔法ではない。

 最上級神を封印するつもりで封印しなければいけない。

 

 念入りに念入りに何重にも封印を施す。

 

 そして、和也さんに覚醒魔法をかけて目を覚まさせる。

 

 

 覚醒魔法はその名の通り寝ている人物を起こす魔法で、虚空生命初級魔法に分類される。

 朝に弱かった僕はシアルに覚醒魔法で起こされた経験が何度もある。

 

 今ではいい思い出だ。

 

 

「ん・・・。

 あ、そうだ!テレビは無事か!?」

 

 和也さんは起きた瞬間そんなことを叫んだ。

 いや、本当に元魔王なのか?

 

『テレビ?テレビとはなんですか?』

 

『後で説明するから。ちょっと今は待ってて。』

 

 そういえば和也さんの言葉が気になる。テレビ?

 

 リビングにテレビなんてないじゃないか。そう思ったときのこと。

 

「テレビつけて。」

 

 和也さんが封印状態のまま、言った。

 するとリビングの中央部分の立体的なNCH(日本中央放送局)のニュースが映し出される。

 

『あれはなんですか!?

 ま、まさか嵌められた!?』

 

『いや、あれはただのテレビだよ。罠でもなんでもないよ。

 ・・・それにしても僕のいない間に新しいものができたんだなぁ。』

 

 3次元テレビは僕が異世界召喚される前までは開発中の代物だったのに。

 

 

「よし、テレビは壊れてないようだ。

 それに家具も一つの損傷してないな。」

 

 和也さんが部屋を見回して言った。

 

「そこって気にするところ?」

 

「気にするよ。

 家具の一つでも壊したら俺の嫁に滅茶苦茶怒られるよ。」

 

 緊急事態。

 元魔王は人間の嫁を怖がっているようです。

 

「本当に元魔王なの?」

 

「ああ。

 如何にもお前たちのパーティに倒された魔王だ。

 そして地球でもお前に倒された。」

 

 和也さんはシアルの姿をちゃんと覚えてるようです。

 

「あの世界で『私を倒したことを後悔するだろう!』とか言ってた、あの魔王?」

 

「え?そんなこと言ってたっけ?」

 

 和也さんが素っ頓狂な声を上げた。

 

「いや、死ぬ間際にそんな世迷言みたいなこと言ってたじゃん。」

 

「すまん、覚えてない。魔王の頃のことで忘れてることも多いんだ。」

 

 和也さんは笑いながら言った。

 

「ところで・・・君は俺に何をしようとしてるんだい?

 君達に倒された魔王が転生した後の姿である俺を倒しにきたんだと思ってたんだが、まだ殺してないところをみるとそうでもなさそうだし。」

 

「うーんと、ちょっとステータス隠蔽魔法とか解除するから、僕のステータス鑑定してみて。」

 

「俺・・・封印魔法かかってるから魔法使えないんだけど。」

 

「あ、そうだったね。封印魔法も解除しとくよ。」

 

『え?解除しちゃって大丈夫なんですか?』

 

『この際しょうがないさ。』

 

 完全に大丈夫、とは言い切れないが相手は和也さんだ。

 話し合ったらわかってくれるだろう。

 

「ええと、封印魔法解除したから、僕にステータス鑑定魔法をかけてみて。」

 

「あ、ああ。

 ・・・・・・ん?・・・崇人・・・だと!?」

 

「そうだよ、僕は紛れもなく東條崇人本人さ!」

 

「崇人って一年前に飛行機墜落事故で死んだ、俺の嫁の弟の?」

 

「その通りだ。」

 

 と堂々と答える。

 

「・・・質問はいろいろとあるんだが、なんでそんな姿になった?」

 

『その質問には私、アルテイシアルから答えさせてもらいます。』

 

「うわ!びっくりした!」

 

『びっくりしましたか?』

 

「普通、どこからともなく念話で話しかけられたらびっくりするよ。

 ・・・で、なんで崇人はそんな姿になったんだ?」

 

『その理由は勇者召喚の儀の日まで遡ります・・・・。』

 

 シアルの説明は5分ぐらいかかった。

 相手が元ファンタジーの世界の住人だったので、意外にも説明の時間がかからなかった。

 

「・・・で、今の崇人の体の元の持ち主が、俺を倒した勇者パーティの一人である聖女アルテイシアル、ってわけか。」

 

『要約するとそうなります。』

 

「そうだったのか・・・。いきなり攻撃したりしてすまなかった。」

 

『わかればいいのですよ、わかれば。』

 

「そう言ってもらえてありがたい。和解の印だ、握手しよう。」

 

 そう言って和也さんは手を差し出した。

 

 僕もシアルの代わりに握手に応じた。

 

「あ、そうだ!」

 

「ん?どうした?」

 

「姉にはどう説明すればいいだろう・・・。」

 

「なあに、そのことなら心配しなくていいさ。」

 

 和也さんがのんびりとした口調で言う。

 

「いやいや、こんなファンタジーなこと信じてもらえるかどうかわかんないでしょ。

 ----いや、もしかして姉貴、和也さんが元魔王だってこと知ってるの?」

 

「ああ、知ってる。崇人が勇者として異世界に召喚される前からな。」

 

 和也さんがいきなり衝撃発言をした。

 

 もはや、なんと返答すればいいかわからない。

 

「ええと、崇人くんに聖女さん、重要な話があるんだけどいいかな?」

 

『私にはアルテイシアルという名前があります。聖女ではなく、アルテイシアルと呼んでください。

 長いのならシアル、と呼んでください。』

 

「あ、ごめん。怒らせちゃったかな?

 まあ、それは置いといて、崇人くんにシアル、魔界って知ってるか?」

 

 魔界。

 それは神話の時代より昔からあるものである。

 

 伝承によれば、古くは魔族は魔界に住んでいたとされる。

 だが、魔神や悪魔の侵攻によって魔族は魔界から追い出されたのだ。

 

 そして、行き場を失った魔族は(魔族から見た)救世主であり初代魔王のイグニティケに率いられて、人間の住む世界にやってきたとされる。

 

 ちなみに、現在では人間や魔族が魔界に行くためには悪魔王、あるいは悪魔神の許しが必要である。

 また、魔神悪や魔が人間界に行くには、人間や魔族の召喚魔法によって呼び出される必要がある。

 

『それは知ってますが、何か?』

 

「崇人くんの姉、麗奈は悪魔神の転生後の姿なんだ。」

 

「!!」

 

 今日何度目かの衝撃発言だ。

 

 ・・・今日は何回も驚愕してばっかりで感情の休む間もないな。

 

「魔界でね、魔神達と悪魔達でいざこざがしょっちゅう起こったらしくてね。

 それでついに全面戦争になったらしくてね。

 結局大魔神の軍勢によって悪魔神であった麗奈は殺されたんだ。

 で、気がついたら人間の女の子の赤ちゃんに転生したらしいんだ。」

 

「・・・・本当だよな?今日は4月1日とかじゃないよな?」

 

「ああ、エイプリルフールでもなんでもなく、紛れも無い本当の事実だ。

 それと今日は4月28日だ。」

 

 うん。

 姉が悪魔神だったのか。

 

 それは和也さんが魔王だったということよりも衝撃的である。

 

 なんせ姉とは僕が異世界召喚されるまでほぼずっと一緒に過ごしてきたわけで。(苗字を見ればわかると思うが、和也さんは婿養子として東條家にやってきた。)

 

 こんな身近にファンタジーな人がいたとは思いもしない。

 

 今日は本当にびっくりすることだらけだな。

 

 魔王を殺すまでは人生最後の日になるかもしれないという覚悟があったのに、10時間も経っていない今ではこうしてその魔王と打ち解けあっている。

 

 ----尤も、元魔王である和也さんにとっては魔王だったのは30年以上前のことである。そんな前の話であるが故、自分を殺した憎き敵である僕であってもこうやって接することができるのだろう。

 それに和也さん、魔王の頃の記憶をいくつか忘れてるほどだし。

 

 閑話休題。

 

「まあ、麗奈には俺が話をしとく。

 それと、崇人、あの世界から送還魔法で送還された時、どこに送還されたんだ?」

 

「ええと、東京湾周辺かな?」

 

「そこから歩いてきたのか?」

 

「そうだけど。」

 

「これは・・・まずいかもな。」

 

 と和也さんは少し眉間にしわを寄せる。

 そしてノートアイパッドを持ってきて、電源を入れる。

 インターネットを開き、『金髪翠眼 謎 美少女 東京』で調べた。

 

 すると・・・シアルの画像が何十枚も、いや何百枚もでてきた。

 

「東京湾からこの家までは結構長いからな。その間に撮られたんだろう。

 それにしても一杯撮られたなぁ。これじゃあ、画像を全部消すのも無理だろう。

 それに、消したとしてもこの画像を保存している人も多いだろうし。

 まあ、外に出たら絡まれるの必須かもな。」

 

 すごい。

 こんな短時間にこれほどサイトができてるとは。

 ・・・まとめサイトまでできてる。

『そんな美少女がいるならナンパしてくる!』

 あるスレッドに書き込みもあった。

 さすがに108回もナンパされるのはおかしいと思っていたが、こんなところに原因があったとは。

 

「まあ、過ぎたことはしょうがない。

 それと、もう一つの問題は戸籍だな。洗脳魔法を片っ端からかけていけば一旦はなんとかなるが、それだといつかボロがでるかもしれないしな。

 それで、ちょっとこれ見てくれないか。」

 

 和也さんはインターネットを開き、『無戸籍者 扱い』で検索した。

 

「それでな、シアルには難しい話かもしれないが、ウィキ◯ディアによると家庭裁判所が二重戸籍になる可能性を容認しながらも新しい戸籍を作ることを認めてるそうなんだ。

 まあ、それは元の戸籍が完全にわからない時のみだけど。

 だから、崇人くんには記憶喪失者になってもらう。」

 

「・・・つまり、記憶喪失者として新しい戸籍を作れ、ということ?」

 

「話の理解が早くて助かるよ。

 もちろん、この世界にシアルの姿をしている崇人の戸籍はないから、警察に届け出を出せば新しい戸籍を作ってもらえる・・・はずだ。

 無論、最初に保護した人が俺だから親権は俺にある・・・はずだ。」

 

「おい。」

『はずって何ですか・・・。』

 

「大丈夫だ、裁判官あたりに少しだけ洗脳魔法をかけて何とかするから。

 あと、なんとか中学校一年生から始められるようにしてやるよ。」

 

「ああ、わかった。確かに僕が異世界に召喚されたのも中学一年生の時だしな。」

 

「よし。

 それじゃあ、警察に届け出云々の話よりもまず先に、日用品や服を買っとかないとな。」

 

 ん?

 日用品や服って昔使っていたもので大丈夫じゃないか?

 

 と一瞬思ったが・・・・今、僕はシアルの体なんだ。

 

 昔の僕が使っていた物など使えるか。

 

 そう思い出した時のこと。

 

 下腹部がこう悲鳴をあげた。

 

 ----トイレ行きたい。

 

 トイレ。

 それは人間生活を送っていく中で避けては通れない道である。

 尿意を感じるのはただの生理現象。そして尿意を感じた者は近々トイレに行く。

 

 

 そのような光景、普通の人にとっては日常の一断片でしかないだろう。

 

 

 だが、いきなり性別を変えられた人物T(僕)にとってはまさに非日常の世界である。

 

 そしてその非日常のうち90パーセントは羞恥心である。

 

 ・・・なぜなら女子としてトイレに行くということは男としての尊厳を捨てるに等しい。

 

 

 そして僕にはそんな覚悟などない。

 

 数時間前までは死ぬ覚悟ができていた。

 

 しかし、僕には男のプライドを捨てる覚悟はない。

 

 だが。

 下腹部はさらなる悲鳴をあげる。

 

 もはや我慢ができない。

 

「ごめん、トイレ行ってきていい?」

 

 ふとそんな言葉がもれた。

 

「ああ、もちろんいいが場所覚えてるか?」

 

「場所は覚えてるんだけど・・・。」

 

 女子としてのトイレなんてやったことない。

 

『女性のトイレの仕方は私が教えてあげますから大丈夫ですよ。』

 

 そのシアルの言葉と同時になぜか笑っているシアルの姿が浮かんだ。

 

「ああ、麗奈がいないからそうしてもらえると助かるよ。」

 

 和也さんが頷いた。

 

 ・・・開き直るしかないな、これは。

 そうだ、気にしなければいいのだ。

 別に恥ずかしくなどない。

 

 そうなんだ、僕は(元)勇者だ。

 

 この程度のことで勇気を振り絞れなくてどうするんだ。

 

 いつのまにか無意識のうちにトイレにいた。

 

 パンツを下げて、スカートを上げる。

 そして座って、排尿をする。

 最後にトイレットペーパーで拭く。

 

 なんだ、こんなもん。

 魔王討伐に比べれば簡単じゃないか。

(元勇者タカトは超特殊スキル『開き直り』を獲得した。)

 

『おー、よくできましたね、タカト様!』

 

『赤ちゃんに話しかけてるみたいに話しかけるのはやめてくれ。』

 

 僕は赤ちゃんではない。

 

『いや、でもこんなに勇気を出せたのはすごいですよ!』

 

『勇気を出したというか、開き直ったな。』

 

 今までこれほど開き直った事はない。

 そう思った時だった。

 それ以上に開き直る必要があるものを思い出した。

 

 何倍も開き直る必要があるもの。

 それは

 

 ----風呂である。

 

「魔王を討伐する旅でほとんど風呂入ってないだろ?」

 

 ああ、和也さんの言う通りだ。

 風呂のことを思い出したのはトイレが終わった時のことだ。

 

 最後に風呂に入ったのは討伐の旅に出る前日である。

 何日間入ってないかわからない。

 それ故に、忘れていた。

 

「というか元々和也さんが魔王だったせいなんだけどね!」

 

 和也さんが魔王じゃなければ、勇者として召喚されなかった。

 それだったら、風呂を忘れるなんて事なかった。

 第一、僕の体がシアルになることもなかった。

 

 まあ、よくよく考えれば、そのおかげで僕は航空事故から助かったんだけどね。

 勇者として召喚されなければあのまま飛行機の中で死んでいただろう。

 そういえば僕と一緒に飛行機に乗っていた両親と妹の真弓はどうなったんだろう?

 ・・・後で尋ねよう。

 

「俺にも魔王にならなければいけなかった理由があったんだよ。」

 

 和也さんが言った。

 

『それはどんな理由ですか?』

 

「・・・忘れた。」

 

「おい。」

『また忘れたんですか・・・。』

 

「いや、ちょっと待て。

 ・・・なんだか、思い出せそうなんだけど思い出せない。

 めちゃくちゃ重要な理由があったような気がするんだが・・・。」

 

 と言い、とたん神妙な顔つきになる。

 

「重要ってどのぐらい?」

 

「この世界がの存続に関わるぐらい。」

 

 何?

 この世界の存続----!?地球が滅びるのか?

 

「冗談だ。」

 

 和也さんが真面目な顔で言った。

 

 冗談はやめてくれよ、本気にしちゃったじゃないか。

 

 ----この時、僕はこの和也さんの言葉が冗談ではないと見抜く事はできなかった。

 

「それよりも、崇人の両親や妹がどうなっているか知りたくないか?」

 

 和也さんが話題を変える。

 

 

「もちろん知りたい。」

 

 さっき後で尋ねようって思ってたしね。

 

「そうだろうな。」

 

 と言われて、説明を受ける。

 

 昨年の4月2日、僕の乗っていた飛行機は日本海に墜落したらしい。

 そして乗客乗員は全員死亡したのだとか。

 それと、僕の両親の遺体は発見され、葬儀も終わってるようだ。

 ただ、妹の真弓と僕の遺体は発見されていない。今も行方不明扱いのようである。

 

「家族が死んだって聞いても泣かないんだな。」

 

「最初っから予想してたからね。航空事故にあって生きてるなんてほぼほぼありえないでしょ。

 まあ、両親が死んだっていう実感がちょっと湧いたぐらいかな。

 それに、あの世界だと家族みたいな人が死ぬことなんて何回もあったし。」

 

 勇者パーティだって最初は魔王討伐時のパーティではなかったのだ。

 

 一人は僕の剣の師匠だった剣聖。

 もう一人は王国の誇る極大魔導士。

 

 両者とも呆気なく死んでしまった。

 

 それ以外にも周りの人が死ぬことなんて日常茶飯事だった。

 

 と言っても、両親は唯一無ニの存在であることには変わりはない。

 悲しいことには悲しい。

 

 それに、真弓は行方不明か・・・。

 今頃日本海のどこかで眠っているのだろう。南無。

 

「それに、僕には新しい家族がいるしね。」

 

 そうさ、過ぎた事はしょうがない。

 人は常に未来を見ていなければいけないのだ。

 

「そうだな。崇人くんにシアルを入れて5人家族だな。」

 

 和也さんが言った。

 

「そう、五人。」

 

 僕も反復して言った。

 だが、ちょっと引っかかった。

 

 五人?

 僕に、和也さんに、姉に・・・シアルに・・・そうだ!

 

「魁斗だ!」

 

 和也さんと姉の子供の魁斗を忘れてた。

 そういえば今年で中学生になるんだよな。

 

 その時だった。

 噂をすればなんとやら、インターホンが鳴った。

 

「ただいまーー。」

「ただいま帰りましたー。」

 

 そんな声が玄関から聞こえた。

 間違いない、魁斗と姉だ。


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