声が・・・。
声が聞こえる・・・・。
「へぇるっ!!」
「クロっ?!」
真っ黒でふさふさしたウサギのような姿。紛れもなくベルやファミリアのみんなと過ごしてきたクロがそこにはいた。
「へぇる・・・。あいす・・。」
悲しそうな顔でベルに寄り添うクロ。
「たすける・・?たたかう・・・の?」
首を傾げながらベルに問うクロ。言葉は稚拙だが、お前にそんな覚悟があるのか?と。
聞かれている気がした。
「そうだね・・・。僕は、僕はきっと・・・・。」
「ベル!!!ベル・クラネルッッ!!!起きるんだ!!!!」
「リヴェリア様!落ち着いて下さい!まだ、起きれるような体じゃないですからっ!」
レフィーヤが普段からは想像できないような鬼の形相でベルを叩き起こそうとするリヴェリアを制止する。
「お前が!お前が変えてくれるんだろう?頼む・・・ベル・・・起きて・・・起きてくれ。」
段々と涙声になるリヴェリアにつられレフィーヤの目にも涙が溢れてくる。
「副団長っ!!大変です!!最終防衛ラインまで近づかれましたっ!・・・・なんでっ、なんで・・・・。」
報告に来た団員は泣いていいのか怒っていいのかも分からずにただ衝動に身を任せてテーブルの上に拳を叩きつける。
「・・・ベル。私は行かなくてはならない。ロキや、フィン。ガレスが守ろうとしたものがここにはたくさんある。私には責務がある。
だけどな。
お前は、お前でいいんだよ・・・。」
リヴェリアはそっとベルの額に口づけをし、レフィーヤ達とともにその場を去った。
「お願いっ!止まってぇっ!!止まってよぉ!!!」
歯を食いしばりながら大剣を振り回し威嚇するティオナ。
赤く染まっていた刃も黒く濁っていた。
無尽蔵に湧き出る魔物。姿かたちはとても歪でまさに魔物だった。
他のファミリアの冒険者たちも必死で足止めするが、数で圧倒されていた。
「ティオナ!・・・これは酷いな・・・。」
到着したリヴェリアが思わず口をこぼす。惨劇、という言葉こうまで合う状態を恐らく彼女は見たことこがないし、これから先見ることもないだろう。
「ベルは?!」
「・・・期待・・・しない方がいいだろうな。」
リヴェリアは少し顔を俯きながら歯を食いしばる。ティオナはそんな普段見ない顔のリヴェリアに驚きながらも顔を上げる。
「でも。来るよ。」
「どうしてそう思う?何か根拠でもあるのか?」
「だって。英雄はどんなピンチでも来てくれるし、なにより・・・」
ティオナは魔物群れの中心にいる金髪の少女に目を向ける。
「お姫様だって・・・。待っているんだから」
ティオナは再び大剣を構え魔物の群れを切り裂いていく。
「ティオナ・・・お前は信じるのだな。ならば私も。・・・聞け!!迷宮都市オラリアの冒険者達よ!!神たちは今はいない!!だが、私たちには頂いた恩恵がある!今までの絆が、思いである!それをあの魔物たちに喰い荒らされたままでいいのか?!我はリヴェリア・リヨス・アールヴ!!あの、根源を打ち滅ぼす物の名だ!!!」
リヴェリアは金髪の少女に向かって杖を向ける。
(アイズ・・・、アイズ・・・、私の声は届くのだろうか?私は、いま私が出来ることをする。その結果、お前をたお・・・・殺すことになろうとも・・・)
リヴェリアの啖呵に冒険者たちはどよめいていた。何しろ、根源というのがかつて剣鬼といわれた少女。そして、その少女とリヴェリアの仲を知らぬ者の方が珍しいだろう。
そんな彼女がアレは敵だと。そう言い放ったのだ。
まさしく戦場と化したかつての町は怒号と悲しみに満ちあふれていた。
・・・起きなさい。傷は癒したわ。
・・・ふふっ。それにしても、たった数ヶ月みない間に益々立派になって。
・・・これはそろそろ食べ頃なのかもしれないわね。
・・・目覚めなさい・・・純粋で愛おしく、神に愛され、人に愛され、永遠に戦い続けること臨む子よ。
ベルは聞きなれた声がした気がして目を開ける。
「全く、天岩戸に封じられているのにどうやって顕現したのかと思ったらそういうことね。」
シィアは消えかかる前の虚像に声をかける。
「ふふ。内緒ですよ?」
彼女が消えてから暫くしてベルは目を覚ます。
「シィア・・・?」
ベルはシィアの声にゆっくりと応じる。体は痛くない。むしろ、調子が良いくらいだ。
「全く、嫌なのに貸しを作ってしまったわね。ベル。町は大変よ。どうするの?」
「行くよ。僕。」
ベルらしからぬ即答にシィアは驚きを覚える。いままで彼がすぐに決断したことは本当に数えるくらいしか記憶にない。シィアはそれを成長と喜んでいいのか、褒めてもいいのか分からず、いつもの口調で
「あら、迷わないのね?いいの?何も残らないかもしれないわよ?」
「それでも行かなきゃ。だって。きっと、みんな待ってる!それに・・・あの人の前でだけは僕は・・・英雄でいたいんだ!」
その言葉に偽りはないのだろう。彼は、やっと彼が望んだ場所に行こうとしている。
シィアは残り少ないであろう自身のすべてをかけて今度こそ、後悔しない、後悔されないように傍でとげようと。そっと心に誓った。
「ふざんけんなっ!湧き過ぎだろうが!害虫どもがっ!!」
ベートは豊穣の女主人の軒先から一歩も引かずに戦っていた。
ここが最終防衛ライン。ベルが寝ている場所がこの戦いの本陣だった。
「あのくそベル!!起きたらぜってぇ泣かす!!!」
「泣かされるのあなたの方だと私は、思うが?」
「ま、そうですよね!なんせ、ベルさんはラスト・ヒーローなんですからね。」
ベートの悪態にリューとシルが返答する。
「ミアかあさんが張ってくれたアイギスのおかげでまだ大丈夫ですが、いずれは・・・。」
シルは不安そうに周囲を見回す。そんなシルをリューが
「大丈夫。・・・それに、私は、今日くらいやり過ぎてもいいはずですから!!」
そういって励ました。
最終戦線を維持する冒険者たちは終わりの見えない戦いを続けていた。
そんな中、一匹の魔物が咆哮を上げだした。すると咆哮は瞬く間に広がり
「くっそ!!やかましい!!!」
ベートたちはその五月蝿さに耐えきれず退いてしまう。
アイギスとて、耐久値というものは存在する。こんな猛攻に耐えられるはずもなく。
「あ・・・アイギスが。」
ヒビが入っていた。全員が絶望に満ちた顔になる。
そんなシルの方をポンと叩き、
「ありがとう。シルさん。ちょっといってきますね!」
まるで、いつものように。
ダンジョンに潜るように、ベルは挨拶をしていった。
「え、あ、ちょっ!!ベルさん!!」
シルは、パンパンとスカートを直し、
「いってらっしゃい!」
と、極上のスマイルでベルを見送った。
「ちょっと・・・限界・・・。」
大剣を地面に突き刺すティオナ。
他の冒険者たちも立ってるのがやっとだった。
誰もがもういない、高レベル者たちの不在を嘆いた。
そして、願わずにいられなかった。
希望を――――。
英雄を―――――。
金髪の少女は魔物の中心から皮肉にも風を撃って攻撃してきていた。
そこに意志などはなく、ただそこに標的があるから撃つ。その姿はかつての幼いアイズのようだと。リヴェリアは少し思い出していた。
(そうだな・・・。そんな時期もあったな。だが、お前は変わったのだよ。アイズ。
だから、もう・・・。)
リヴェリアが残りの魔力を振り絞り、魔法を放つ。
それに呼応するかのように金髪の少女は急にリヴェリアの方へ近づき――――
刺した。
「最後に、見る・・・お前の顔がこんな・・・こんな顔とは、流石に思わなかったぞ・・・。」
リヴェリアはそっと頬を手で撫でる。金髪の少女は、止めの一撃を構えて
貫いた。
かつて最愛だと思った人を。
自分にいろんなことを教えてくれた人を。
なんの感情もなく。なんの感想もなく。
「アイズぅぅーーーー!!!!!」
激昂したティオナがアイズに切りかかるが無残にも返り討ちにあう。
「アイズ!!目を覚ましてよ!!!こんなのやだよっ!!!みんないなくなっちゃうよ!
フィンもガレスも、ロキも・・・ティオネだって!やだよっ!!アイズ・・・。」
ティオナの絶叫が届くことはなく、金髪の少女・アイズはティオナの首筋を狙って切りかかる。
「もう・・・終わりにしよう!!」
一つの影が二人の間に割って入る。
纏うのは純白の鎧。左手首にはいつだった送られた緑色の防具。そして、足首から生えた3対の翼。右手には【撃滅するもの】。
小柄ではあったが、その場を圧倒していた。
戦場の喧騒が一時的に止まる。
「ベル・・・?」
ティオナは急に目の前に現れた少年に声をかける。
「うん。・・・もう、タイミングを逃したりはしないです!」
ベルはティオネの時を思い出しながらティアナに答える。
彼女は涙ぐみながら、
「う、ん・・・。うん!」
いつもの笑顔になるティオナに安心し、
ベルは振り返る。
最愛の最強にして非情。バベルにいわすならベル・クラネルの13番目の試練。
そして。
そして。
ベルにとっての未来の道しるべ。
「もう、ここで終わらせよう・・・アイズ。」
白兎は彼女に対して初めて笑顔を作りながら、アイズ・ヴァレンシュタインに刃を向けた。
補足
撃滅するもの・・・黒い短刀です。素材は3回目の登場のミノタンの角です。