「ここはどこだ……?」
あたりを見回してみるが、あたりは真っ暗。ただ、目の前には美少女といっていい女の子が立っていた。
「ようこそ、遠野志貴さん。あなたは先程、亡くなられました」
そう。私(わたくし)こと遠野志貴は、先程自害した。この上ない、大切なもののために。
「知ってるさ。だけど、どうして俺はこうして意識があるんだ?」
死んだものはこうして話したりはできない。それは、世界の常識だ。
「先程も申しましたが、ここは死後の世界。貴方にはこれから、二つの選択肢が与えられます」
「二つ、ねえ……それよりも、アンタ何者だ? なんかこう……」
コロシタイ……
それは、俺の中にある血が疼いている証拠だった。
「私は女神エリス。日本で死んだ方の担当者、と言えばよろしいでしょうか」
女神……ねえ。なるほど、人間でない、というのは合点がいく。さすがに、女神様を殺してしまうと後々面倒なことになるから、どうにか正気を保つ。
もう、あの吸血鬼のような厄介事は懲り懲りだ。
「よろしく、女神様。それで、選択肢っていうのは?」
「はい。一つは天国に行く。そして、もう一つは、転生し、魔王を倒し、世界を救うこと、です」
「世界を救う?」
笑わせないでほしい。世界だと?
妹ひとりしっかり救えなかったやつが、世界だと?
だけど……
「いいだろう。世界を救ってやる」
天国なんてもの、俺が行くような場所ではない。普通(しあわせ)なんていうのは、俺にとってどうしようもなく遠いものだ。
それに、転生だろうとこの姿で生きてさえいれば、あいつらにまた会えるかもしれない。
「……随分と決断が早いのですね。分かりました、それでは転生するにあたっての説明を致しますね。この、転生するというシステムですが、ただ転生しただけでは犬死してしまいます。そのため、転生する方々には特典が与えられます」
「特典?」
「はい。例えば、最強の剣だったり、最強の魔法使いになるだったりです」
「それは便利だな。それっていうのはなんでもいいのか?」
「はい。一応、カタログもありますが、基本何でもいけます」
それは便利だ。
俺は、なんの前触れもなく眼鏡を外す。すると、少し奇妙なことを体感した。
「……どういうことだ」
俺の目は少し特殊で、所謂魔眼というものなのだが、どうもそれがおかしい。おかしい、というのも少し変だが、調子が良すぎるのだ。
直死の魔眼、は死を理解する。そのため、脳には膨大な負担がかかるはずなのだが、今それがない。
「遠野さんの魔眼のことですか?」
「……ああ。これはどういう事なんだ? あんた、わかるのか?」
「はい。予想ですが、貴方は1度死にました。しかし、貴方は秋葉という人間の体よって生き返った。その時、貴方は中途半端に死を理解してしまっていたんです。ですが、今回は完全なる死。それならば、死を理解するというのは、貴方にとっては簡単なことなのでしょう」
なるほど。死んだことによって魔眼が消えていると思っていたけれど、むしろ強化されているとは思わなかった。
完全なる死を迎えた俺の体はさらに一つだけ特典を得ていた。
虚弱体質の無効。
これは、俺が秋葉につなぎ止めてもらっていたため、虚弱体質になっていたものだが、完全に繋がりが切れた今、それはなくなっていた。
あいつは、もう無理をすることは無い。俺なんかのために不幸になる必要なんてない。あれからどうなったかなんて分からないけれど、琥珀さんと翡翠がついてる。きっとうまくやっていっているはずだ。
「どうしたんですか?」
「いや、何でもない」
そんなことは今考えていても仕方が無い。
「それで、特典だったな」
「はい。最強の剣、最強の魔法。なんでも揃ってますよ!」
「そうだな。これといって欲しいものは……」
最強の剣は必要ない。体術も必要ない。なにか欲しいもの……
「なあ、それって体質を治せたりもするのか?」
「ええ、まあ。どのような体質を治したいんですか?」
「まあ、殺人衝動だよ。ほら、七夜の血がね……この先、人間以外がわんさかいるところに行くんだ。身が持たない……」
もし、そこに人間以外の種族があるなら、皆殺しにしかねない。それこそ、本当に殺人貴だ。さすがに、このルートでこのフレーズは使われたくない。
「そういう事ですか。それなら可能ですが、それだけだと何だか味気ないですね。どうせですから、七夜の体術もおまけしちゃいます」
それでいいのか女神様。そうして貰えるのは嬉しいことではあるけれど……
「ぶっちゃけ、七夜のころの記憶を戻すだけですけどね」
女神様は何か呟いたようだけど、聞こえなかった。
「それでは遠野志貴さん。あなたをこれから異世界に送ります。魔王討伐のための勇者候補の一人として。魔王を倒した暁には神々からの褒美として、どんな願いでも一つだけ叶えてさしあげます」
「どんな願いでも……?」
「はい!」
俺には願いなんてひとつしかない。待たせている人がいるんだ。待っていてくれよ……
秋葉……
────────────────────
「ここが異世界か。確かに、凄いな……」
それもそのはず。気がつくと、目の前には水色の髪をした少女が粘液まみれになって少年の後をついて行っているのだから……
「いやっ! これは違うんです! こいつがジャイアントトードに食われただけでッ!」
俺の冷たい目を感じたのか、少年は弁論を始めた。
「うぐっ……かじゅまが…… かじゅまが私を……汚した……」
うわぁ……なんていうかいたたまれない……
「ちっがーう! ていうか、その格好、あなたも転生者ですか?」
俺が着ていたのは、学ランだった。死んだ時はTシャツだったはずなんだけどなぁ……
「ということは、君も転生者か。まだこっちに来たばかりなんだ。どうしたらいいかわかるかな?」
「とりあえず、向こうにあるギルドに行って、冒険者登録をしたらいいと思います」
そういって、少年は建物を指さす。
「ありがとう、助かるよ」
「同じ冒険者ですからね。あ、それとこれ」
少年は、何かが入っている袋を渡してくる。
「これは?」
「千エリスです。ああ、エリスっていうのはこっちのお金なんですけど、登録料いるんですよ。持ってないですよね?」
「確かに持ってないな。何から何までなんか、悪いな……」
しかし、登録料? なんだそれ? 冒険者になるだけで金をとるのか?
「いいんですよ。転生者どうし、持ちつ持たれつです。じゃあ、あのバカを風呂にぶち込んでくるのでこれで」
情けは人の為ならずとはいうが、なんという、好少年だろう。性癖がどうとかは置いておいて……
とりあえず、俺はギルドと呼ばれる場所に向かうことにした。
「ここがギルドか。なんていうか騒がしいな……」
まだ日も落ちてないのに、そこは相当賑わっていた。こんな時間から酒を飲んでいる人もチラホラいる。
「いらっしゃいませー。お食事ですか?」
「いや、冒険者の登録をしたいんですが……」
「それでしたら、あちらのカウンターに行ってください!」
俺は言われた通り、奥に移動する。
「冒険者登録をしたいのですが……」
「冒険者登録ですね、登録料千エリスになりますが、宜しいですか?」
「これでお願いします」
「承りました。それでは、この紙に名前を記入してください」
「遠野志貴さんですね。それでは、これに手を触れてください」
「……凄いですね。幸運、魔力以外の全てのステータスが平均を上回ってます。特に、体術は群を抜いています。これなら、プリーストやウィザード以外の殆どの職業につけますよ」
職業か……それについては何も考えてなかった。体術のステータスが高いのは七夜の体術のせいなのだろうか……?
「その、短剣で戦う職業っていうのはどれになるんですかね?」
俺の戦闘スタイルは、短刀によるものだ。ここで、武器をチェンジするのも手だとは思うが、使い慣れたものを使うのが一番だろう。
「それでしたら、アサシンなんていうのはどうでしょう。これは、盗賊の上位職の一つですが、その名の通り暗殺者。短剣による攻撃に優れており、単体行動に特化しています。もちろん、パーティの不意打ち要員としても人気ですね」
「そうですね。それじゃあ、このアサシンでお願いします」
「」
さてと、これからどうしたものか。冒険者になったものの、武器がない。七つ夜の短刀は向こう側に置いてきた。何か、こう切れるものが欲しい。この際、ハサミでもなんでもいい。
だが、現在の所持金はゼロ。何も買えないという現実が俺の財布に突き刺さる。こうなったら、バイトでも探すか? こんな街だ。アルバイトの一つや二つ、探せば見つかるだろう。
しかし、冒険者になってそうそうアルバイトか……ファンタジー感も台無しである。
「おや、困り事?」
「ええ、まあ。君は……」
「あたしはクリス。盗賊をやってるんだ」
「さっきぶりです、エリモゴ……」
口を塞がれる。
「あたしはクリスだってば。それで、剣がなくて困ってるでしょ? 私のお古で良ければこれ、あげるよ。それじゃあね」
クリスと名乗った女神様は俺のポケットに短剣をいれ、颯爽と去っていった。
しかし、あれは女神様だ。どういうわけか分からないが、姿は少し違うようだったが、気配は変わらない。どうやら、七夜の殺人衝動は抑えることは出来るが、相手の気配、つまりその人が人かそう出ないものかが分かるらしい。
女神様の気配は神聖なもののように感じる。今でこそ、殺したいなんて思わないけれど、あれはあれで異常だ。
「結局、何も聞けず終いか……とりあえず、これにでもいってみるか」
クエスト掲示板に貼ってある紙を一枚取り、受付に渡す。
内容は3日以内にジャイアントトード5匹の討伐。たしかさっきの少年もジャイアントトードって言っていた気がする。あの得体の知れない粘液まみれの少女を見る限りは注意した方がいいだろう。
とりあえず、俺は街の外に出る。
「なるほど。巨大なカエル……ねぇ」
思わずため息が出る。
「デカイにも程があるだろ。なにか? この世界っていうのは常識の範疇ってものを知らないのか?」
自分や妹、知り合いの吸血鬼を棚に上げて、散々言ってみる。
「まあ、やるしかないか」
眼鏡を外し、カエルを見る。いや、視る。
「まあ、巨大ってだけだよな……」
その日、俺は10匹のジャイアントトードを討伐し、それなりに報酬をもらうこととなり、それなりの宿に泊まることにした。
ちなみに、カエルの肉はなかなか美味しかった。鶏肉に似ているんだな、あれ。この世界にいると、ゲテモノでもなんでも食べられるようになりそうな自分が少し怖かった。