「偵察機からの報告! 敵陣は戦艦タ級を旗艦に軽母ヌ級が二隻、軽巡ホ級が一隻、駆逐イ級が二隻という布陣です! 敵機確認! こちらも艦載機で迎撃します!」
赤城が戦域に入る前に飛ばした偵察機を迎え入れながら敵の陣容を全員に伝える。と、同時に敵艦載機に対抗すると共に敵陣にダメージを与えるべく、手持ちの艦載機…その全てを発艦させる。
程なくして赤城の艦載機と敵の艦載機が交戦するが、瞬く間に赤城の艦載機が敵の艦載機を粉砕し制空権を確保してしまった。その勢いに乗って赤城の艦載機は敵艦隊に爆撃や雷撃を仕掛ける。
敵陣に次々と上がる水柱。その破壊の渦に敵艦は飲み込まれていく。
「流石です赤城さん!」
「やっぱり赤城さんは凄い! 私もいつかはあんな風になりたいな…」
神通と吹雪が赤城に賞賛を送るが、当の赤城はそれらには応えず今しがた攻撃を加えた敵陣を見据えている。どうやら、どれほどの損壊を与えたのかを見極めようとしている様だ。
やがて水柱が収まり敵陣を視認できるようになったが、パッと見た感じではイ級二隻とホ級は姿を消し、ヌ級も一隻は小破にとどまったようだが、もう一隻は大破している様だ。
とはいえ、やはりタ級には大したダメージを与える事は出来なかったようで、少なくとも外見には目立った傷は見当たらない。
その時、突然タ級の艦底で先ほどの爆撃や雷撃を上回る水柱が上がった。
「へへーん、どうよ私の雷撃は!?」
赤城の隣で北上が自慢げに声を上げている。どうやら、赤城が艦載機を発艦させたとほぼ同時位に先制で雷撃を発射していた様だ。その魚雷が時間差でタ級に命中したのだろう。
さしものタ級も、雷巡の雷撃を受けては無傷とはいかないようで、少し身体を仰け反らせながら小さな呻き声…の様な物を上げている。
が、態勢は直ぐに立て直されてしまったところを見るに、やはり一撃ではまだ火力不足の様だ。精々小破した程度だろう。
そして、タ級の視線が北上に移る。どうやら、自分に唯一ダメージを与えられる艦として、ターゲットにされてしまった様だ。
「私に注意を向けてきた以上、もうこの距離じゃ魚雷は回避されて当たらないと思うから、当てれる距離まで詰めるよ~。悪いけど、護衛宜しくね」
「ああ、任せておけ」「オッケー! 私に任せて!!」
北上の指示に、磯風と雷が意気揚々と頷く。
そうして、接敵を試みる北上達。当然、タ級といまだ健在の小破のヌ級からの反撃はあった物の、制空権を取っているので、ヌ級の艦載機は注意さえしていればまず当たらない。
そして、タ級の砲撃も一撃の威力、命中率ともに申し分は無いのだが、巨砲の宿命というべきか砲撃回転率が悪い様だ。最初の一撃の回避に何とか成功した以降は、次の砲撃が来る前に北上の想定する距離にまで到達する事が出来た。
しかし、ここで予想外の出来事が発生する。なんと、仕留めたと思っていたイ級の一隻が突然タ級の後ろから姿を現し、今まさに雷撃を放とうと準備をしていた北上に雷撃を撃ってきたのだ!
「うわっ!?」
この突然の奇襲に北上は勿論、他の僚艦も反応する事が出来ず、北上は直撃を喰らってしまった。と、同時に北上が撃った雷撃は明後日の方向へ進んで行ってしまう。
「あ、こ、このぉ!」
慌てて吹雪が隠れていたイ級に砲撃を見舞う。この一撃でイ級は撃退できたものの、今度は被弾した北上に止めを刺そうと、タ級が北上に向けて砲を向け、更にヌ級の艦載爆撃機の内の一隻が赤城の艦戦の追尾を振り切り北上に急降下爆撃を仕掛けてきたのだ。
「ちっ!」「危ないっ!」
咄嗟に磯風と雷がダメージで即座には動けなくなっている北上の前に飛び出す。その結果、タ級の砲撃は磯風に、爆撃は雷にヒットしてしまった。
「ぐ…あっ……。くうっ、やはり戦艦の一撃は堪えるな…」
「い、いったぁ~い! …で、でも、雷はまだ……!」
「三人とも大丈夫ですか!?」
苦悶にあえぐ磯風と雷、そして未だに動けないでいる北上に、大破していたヌ級に確実に止めを刺していた神通が急いで駆け寄る。
「一旦距離を取りましょう! 私が北上を曳航しますから、神通は磯風を、吹雪は雷を曳航して下さい!」
「分かりました!」「は、はい!」
赤城の指示に従い、一旦タ級から距離を取った赤城達。だったのだが…。
「…本当に大丈夫なのですか?」
「あはは、ホントだよ~」
「うむ、何故か体のキレが逆に上がっているような気がする」
「その通りよ! 雷はまだ戦えるわ!」
訝しむ赤城に、北上、磯風、雷の三人はまだ戦える事を身体を激しく動かして強調する。とはいえ、服がボロボロに破れ、搭載装備も悉くが破損しているのを見るに、大破しているとみて問題ない程のダメージを負っているのは間違いない。そんな傷をものともせず身体を動かしている彼女達には少し違和感があるが…。
一応、ダメもとでサイファーが薬草笛を吹いてみたが、やはりこれほど酷い傷には効果は無いようだ。
「ですが、やはり北上さんが大破してしまった以上は退却するしかないのでは…?」
神通の進言に、赤城も「そうですね…」と難しい顔で頷く。
「ニャ! ボクがあのおっきいのを攻撃してみるニャ!」
その時、不意にサイファーが名乗りを上げた。全員の視線がサイファーに集まる。
「攻撃…? どうやって攻撃するつもりですか?」
「赤城さんのその空飛ぶ船を二つほど貸して欲しいニャ! 出来れば搭載力に余裕のあるヤツがいいニャ!!」
戸惑う赤城の質問には答えずに、赤城の艦載機を要求するサイファー。少しの間、困惑気に視線を揺らす赤城だったが、やがて二機の爆撃機に搭載装備を外す様に指示した。
「ニャッファー! ボク空飛んでるニャ! とっても気持ちいいニャーッ!!」
そう言って、大はしゃぎするサイファー…なのだが、その言葉通りサイファーは今空の上にいる。飛行中の爆撃機二機の上に立つという、曲芸じみた変態技を披露しているのだ。
この時点でも、操縦席にいる小さな生物は驚きに目を見開いていたのだが、間もなくその瞳は驚きを凌駕し呆れの境地に入る。
まだ残存していたヌ級が、防空の為に戦闘機を発艦させたのだが、なんとサイファーはこの戦闘機を、鍋の蓋をブーメランの様に操って全て撃墜してしまったのだ!
「料理人の武器は調理道具と昔から決まってるニャ! ハンターさんだって、ナイフとフォークは勿論のこと、骨付き肉やモロコシ、でっかい魚で飛龍や古龍を撃退できるニャ!!」
あまりに不可思議な挙動をするサイファーのブーメラン…というか鍋の蓋に、小さな生物は目を丸くしながら疑問の色をサイファーにぶつけていたが、返ってきた答えがこれだった。正直、何を言っているのかさっぱり分からないので、小さな生物は首を捻るしかない。
そうこうしている内に、目標の戦艦タ級が確認できた。タ級からの対空射撃に構わず、急降下の態勢に入る二機の爆撃機とそれにしがみつくサイファー。
「ボマーの心意気を見せてやるニャーッ!!!」
気合の入った台詞を発した直後、サイファーは爆撃機から勢いをつけて飛び立つ。と、同時に懐からバカでかいタルを取り出し、タ級に向けて構えた!
「ニャッホーイッ! これぞ新技…急降下特大タル爆撃ニャーーーッ!!!」
叫びながらタルごとタ級に突撃するサイファー。そして、タルとタ級が重なり合った瞬間、離れていた北上達ですら思わず身を庇ってしまう程の大爆発が発生し、タ級はその爆炎に飲み込まれ、サイファーは爆発の衝撃で吹き飛ばされてしまう。
「にゃーーーーん……」
という、何処か気の抜けた声を出しながら中空に放り出され、海水に着水するサイファー。
「…いたた、やっぱりちゃんとした防具なしで特大タル特攻は結構厳しいニャー…」
海上で浮ける様に体のバランスを取りながら、身体で傷を負った個所を確認するサイファー。そして、その確認を終えると、今度は視線を先ほど爆撃したタ級に向ける。
体中の至る所から黒煙を上げるタ級。どうやら、撃沈確定の大ダメージを与える事に成功した様…なのだが、その憎しみに満ちた二つの双眸はしっかりとサイファーを捉えている。自身と同じく大破している砲をサイファーに向けている事といい、どうやら死なば諸共とサイファーを道連れにしようとしているみたいだ。
「ニャフフ、面白いニャ! やれるものならやってみろニャ! 今止めを刺してやるニャーッ!」
しかし、そんな負の感情を叩きつけられてもサイファーはビクともせず、意気込みながらタ級に向かって泳ぎ始める。
だが、その直後タ級とその傍にいたヌ級に向かって、これが最後だと言わんばかりの攻撃が加えられる。驚いたサイファーが周囲を見回すと、離れた位置にいたはずの北上達が、再び接敵しタ級とヌ級に攻撃を放っていたのだ。
「サイファーさん大丈夫ですかっ!!?」
「無茶し過ぎだ、この馬鹿者が」
慌ててサイファーに駆け寄り、その体を抱き寄せる吹雪と叱り飛ばす磯風。二人とも、目尻に少し涙が溜まっている。恐らく、サイファーの特攻に大分肝を潰したのだろう。
「残敵の掃討、完了しました! 作戦成功ですっ!」
「やったわっ! これで、大手を振って鎮守府に帰還できるってものよ!!」
続く神通と雷の声。見ると、タ級とヌ級は諸共海中に沈んでいく最中だった。神通の言葉通り、これで今回の戦闘は勝利という形で終わったのだ。
「…うーん、やっぱり通常時より雷撃の威力が上がってる気がするね~。大破して武装の威力が上がるって変な感じだけど、これもサイファーの料理のおかげなのかな?」
「その事については後程じっくり熟考する事にして、今は勝利の報告を届けるために急いで帰投しましょう! 鎮守府が、そして提督が首を長くして待っていますよ!」
不思議そうに首を傾げる北上を窘めながら、赤城が満面の笑みで全員に号令を出すのだった。