ある新鎮守府と料理人アイルー   作:塞翁が馬

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 サイファーのいたモンハン世界では、イビルジョーやラージャン、その他の古龍などはG級にならないとクエストを受注させてもらえない…という設定です。


お風呂事情その壱

 鎮守府内には二つの浴場がある。一つは艦娘用の大浴場…五十人近く入っても余裕がありそうな、名前通りの本当に大きな浴場だ。

 

 もう一つが提督用の浴場だ。鎮守府唯一の男性が使う浴場という事で艦娘用の大浴場に比べれば小ぢんまりとしているが、それでも五、六人位なら余裕をもって入れそうな位の広さはある。

 

 そして今、この提督用の浴場に二つの影があった。

 

 一つは勿論提督だ。本日の執務を終え、手短に身体を洗い流し、ゆったりと湯船に浸かっている。

 

 そしてもう一つ…サイファーも提督の隣で極楽気分と言わんばかりに瞳を閉じて湯船に身を沈めている。

 

「鎮守府という場所故に、周囲は女性だらけだからな。たまには男同士というのもいいだろう」

 

「ニャー。落ち着くニャー…」

 

 不意に口を開く提督に、サイファーも同意の頷きを返す。

 

「何故だかわからないけど、艦娘さん達によく抱きつかれるニャ。拘束は怖いから止めて欲しいニャ。特に、突然抱きつかれると、こやし玉投げそうになっちゃうニャ…」

 

 続くサイファー言葉に、今度は提督が首を傾げた。

 

「そこまで怖いものなのか…? 正直、艦娘から好かれたいと望んでいる他の提督から見たら、下手したら刺殺されそうなほどに羨ましい状況に映ると思えるが」

 

「拘束されるというのが問題ニャ。オトモ時代に怒り喰らうイビルジョーの拘束攻撃を受けて以来、拘束された状態が極端に苦手になったニャ」

 

「それは…生物の名前なのか? 語感だけで禍々しさが伝わってくるようだな…」

 

 サイファーの口から出た謎の名詞らしき物に、提督の表情が変わる。どうやら言葉通りに禍々しさを感じている様だ。

 

「あれは本当に無理ニャ。G級なりたての数々のハンターにトラウマを植え付け、引退にまで追い込んだ悪魔のような攻撃ニャ。この攻撃を食らって尚、精神的に立ち上がれるかどうかがG級の壁と言われてるニャ」

 

「言葉だけでは実際にどんな感じなのかは分からんが、厳しい壁なのは理解できる」

 

 震えながら語るサイファーに、提督も真面目な顔で一つ頷いて応える。

 

「因みに、前の旦那さんはこの攻撃を喰らっても平然としてたニャ。あの人の精神的タフさは脆いとか頑丈とかそんな次元を超越してるニャ…」

 

「女性………ではないのか? いや、そもそも人間なのか? その前の旦那さんとやらは」

 

「というか、長年G級ハンターをやれてる人は、大体人間の姿をした何かニャ。身体的にも精神的にもニャ」

 

 虚ろな遠い目で語るサイファー。提督はこれまでにサイファーが語った”前の旦那さん”の情報から人物像を想像しようと試みてみたが、全く形が定まらず「一体どんな人物なんだ?」と腕を組んで首を捻るばかりだ。

 

 と、その時だ! 突然湯船の中から”何か”が「ぷはあっ!」と息を吐きながら飛び出してきた!

 

「うおっ!?」「ニ゛ャアッ!?」

 

 あまりに唐突な事に、提督は大きく体をのけぞらせ、サイファーに至ってはその”何か”に向かって反射的にこやし玉を投げつけてしまった。

 

「びょんっ!?」

 

 こやし玉を顔面にくらってしまった”何か”は変な奇声を上げて後ろにニ、三歩後退してしまう。

 

「う~、な、なにこれ…? く、臭い…臭すぎるぴょ~ん…」

 

「………う、卯月…か? …お、驚かさないでくれ…」

 

 半泣きになりながらこびりついた異臭を取ろうと、手で顔を払っている少女…卯月に、提督は確認を取ってから安堵の溜息を吐き、サイファーも言葉こそ漏らさなかったが安堵の溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

「う、う~…。いきなりこんなのをぶつけるなんて、酷いぴょん…」

 

 湯船から上がった卯月が、半べそをかきながら自分の顔を石鹸で丁寧に洗っている。

 

「ご、ごめんニャ~…。怒り喰らうイビルジョーの話をしていた時に、突然下から現れたもんだからつい反射的にやっちゃったニャ…」

 

 その隣では、サイファーが申し訳なさそうにうな垂れながら謝罪している。

 

「…よし。一瞬ヒヤッとしたが、風呂に匂いは移ってないな」

 

 そして、提督はこやし玉の匂いが風呂に移っていないかの確認をしていた。先ほどまでは全裸だったが、卯月がいる今は腰にタオルを巻いている。

 

「…ぴょん? 怒り喰らうイビルジョー?」

 

 顔をタオルで拭いた卯月が、サイファーの言葉に興味を示す。

 

「簡単に言えば悪魔の様な形相をした大きな恐竜ニャ」

 

「恐竜!? うーちゃん一回でいいから恐竜見てみたいぴょん!」

 

 サイファーの簡潔な説明に、卯月はぴょこぴょこ飛び跳ねながら興奮気味に言葉を発する。が、

 

「その前に卯月。何故あんな所から出てきたんだ?」

 

 険しい表情で湯船を指差しながら卯月を問い詰める提督。元が少し強面な顔つきなので、表情を険しくした提督は中々の迫力がある。

 

「女湯の方に変な穴があったぴょん。そこに入ったらここに出てきたぴょん!」

 

 しかし、卯月はその迫力にも全く物怖じせず、得意げにここまで来た経緯を語る。

 

「いやいや、何をやっているんだ!? 危ないから金輪際変な穴に入ったらだめだぞ!」

 

「分かったぴょん!」

 

 慌てて否定し注意する提督だったが、卯月の返事は声の大きさに反し軽い。恐らく、今後同じ状況になったら、また同じことを繰り返すだろう。

 

「卯月ちゃん、こっちにいるの!?」「卯月…!」

 

 どうやって卯月を説得するかを考えていた提督だったが、その考えが纏まる前に浴場の扉が開く。そこには、体にバスタオルを巻いた吹雪と弥生の二人の姿があった。

 

「吹雪!? 弥生!?」

 

「あ、きゃっ…!? しれ……て、提督っ!?」「司令官もお風呂に入ってたんだ」

 

 唐突な二人の登場に提督は狼狽した感じの声を上げる。同じく、吹雪も驚きの声を上げ、弥生は表情こそ変わっていないが、声に驚きが現れている。

 

「吹雪と弥生もこっちに来ちゃったぴょん! これはもう皆一緒に入るしかないぴょん!!」

 

「駄目に決まっているだろう! というか、せめて体にバスタオル位巻いてくれっ!」

 

 全裸でキャッキャと騒ぐ卯月に提督が悲鳴のような声で懇願する。

 

「しれーかんはうーちゃん達と一緒にお風呂入るのは嫌ぴょん?」

 

「嫌というか、倫理的にも俺の我慢の限度的にも色々問題がある訳であってだな…!」

 

「ちなみにうーちゃんは入りたいぴょん! 吹雪も弥生も問題ないぴょん!!」

 

 そう言って、吹雪と弥生の方へ振り向く卯月。釣られて、提督も二人の方へ視線を向ける。

 

「…う……まあ、その……。は、恥ずかしい…けど……嫌では……無いです」「………………ん」

 

 二人とも頬を赤らめながらも否定はしない。こういう反応をされると、提督としても強くは拒絶出来なくなってしまう。

 

 結局、その後の卯月の陽気な説得に流されるように、全員で男湯に入る事となってしまった。

 

 

 

 

 

「むふふ~、女湯の泳げるくらい広い大浴場もいいけど、男湯の丁度いい広さのお風呂も気持ちいいぴょん♪」

 

「…うん。それに風情もあっていろいろ癒される」

 

 風呂の隅で縮こまっている提督の右腕と左腕にそれぞれ寄り添いながら、卯月と弥生が思った事を口にする。そのすぐ近くで吹雪もゆったりとお風呂に浸かっていた。

 

 しかし、提督からしたらたまったものではない。ただでさえ提督業に就任する少し前までは女性に全く免疫が無かったうえに、今は卯月に加え何故か弥生まで己のバスタオルを取り払い、全裸で提督に寄り添っているのだ。

 

「な、何という事だ…。男湯という場所ですら男同士の会話は出来ないというのか…」

 

「さっき提督さんはボクの事を羨ましいと言っていたけど、今の提督さんの状況も他の男の人から見たら十分羨ましい状況に見えるニャ」

 

 天を仰ぎ嘆く提督を見つめながら、提督達と少し離れた場所にいたサイファーが今の提督の様子を窺いながら心境を吐露するのだった。




次回は少しシリアス回になると思います。

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