サイファーが鎮守府に雇われることが決まってから数日が経った。その間に、所属艦娘が少しずつ増えていく。と、同時にサイファーの仕事も忙しくなってきた。
「「「「「「いただきます!」」」」」」
「どうぞ召し上がれニャ!」
大食堂に響く六つの元気な食事の挨拶と、それに呼応するサイファーの声。今食事をしている艦娘達は、全員がこの後出撃を控えている者達だ。
サイファーの料理には身体能力を向上させる不思議な力がある。最初は半信半疑だった提督や艦娘達だったが、料理を食べずに出撃した場合と、食べてから出撃した場合、明らかに後者の戦果が優れているのが判明。以降、この鎮守府では出撃する前に必ずサイファーの料理を食べる事となったのだ。
スキル:招きネコの幸運が発動!!
「ふあーっ、食べた食べた! 今日もサイファーの料理は美味いなぁ!」
料理を一番に食べ切った深雪が、自分のお腹辺りを撫でまわしながら満足げに口を開く。
「少しお行儀が悪いですよ深雪」
「でも本当に美味しいもん! 仕方ないねっ!」
深雪の動作を窘める白雪。その隣では、子日も嬉しそうにはしゃいでいた。
「サイファーの料理は大好きなんだけど、これ食べる時って確実に出撃がセットだから面倒でもあるんだよなぁ…。あ~あ、料理だけ食べたいなぁ~…」
「御馳走様でした! 今日も美味しかったです!」
深雪、白雪、子日の三人がわいわいやっている対面で、望月が楽しさと面倒くささがない交ぜになった複雑そうな表情で呟き、その隣の吹雪がお行儀よく食後の挨拶をする。
「みんなたべおわったね~? それじゃ、きかんふみづき…しゅつげきするよ~!」
五人が食べ終わったのを確認した文月が高らかに宣言してから意気揚々と大食堂を後にする。そして、その後を吹雪達五人が追いかけて行った。
「ニャー! 頑張ってニャーッ!」
そんな彼女達を、サイファーは応援の言葉を送りながら見送るのだった。
文月達の食事の後片付けを終えたサイファー。そして、今度は自分の昼食の支度にかかる。
とは言っても、これはそれほど面倒な作業ではない。何故なら、今からサイファーが作ろうとしているのは…ズバリ、こんがり肉だ。肉焼きセットを使えば物の数十秒で出来上がる。必要なのはタイミングのみ!
いそいそと自分の持っていたポーチの中から『高級肉焼きセット』を取り出し、そこに生肉をセットするサイファー。
♪フンフンフンフンニャッニャニャッニャニャニャニャッニャニャッニャニャニャニャンニャオニャンニャオニャニャニャニャニャン――――――………。
「ウルトラ上手にっ!! できましたニャーーッ!!!」
タイミングよく焼きあがった肉を引き上げ、そのまま高々と掲げながら大声で叫ぶサイファー。その直後、こんがり肉Gの食欲をそそる香りが調理場内に充満した。
「いつ嗅いでも美味しそうな匂いニャー。後は、マタタビふりかけなんかを振りかければ最高なんだけど…ま、ないもんは仕方ないニャ」
ブツブツと呟きながら、こんがり肉Gにかぶりつくサイファー。その食事の最中に、調理場の入り口が開く音がした。
「…こっちから、いい匂いが」
「あ! サイファーさんが何か食べてるのです!」
白髪の長い髪の女の子を先頭に、四人の少女達が調理場に入場してくる。
「アナタ達は…確か『第六駆逐隊』っていう名前のパーティの子達だニャー」
「こんにちはサイファー。お食事の邪魔をしてごめんね」
入ってきた四人を、顎に右手を当てながら思い出すサイファー。そして、そのうちの一人…雷がサイファーに挨拶と謝罪を投げかける。
「別に構わないニャー。それより、どうかしたニャー?」
「…暁、涎出てるよ。あれ食べたいの?」
雷の言葉を受け止めた後、サイファーは四人に用件を聞くが、サイファーの台詞に被せるように響が暁の様子を指摘する。
「な!? ち、違うわよっ! レ、レディーがそんなはしたない真似する訳ないじゃない!」
慌てて響の言葉を否定する暁だが、その視線はサイファーが置いた皿の上にあるこんがり肉Gに釘付けだ。どうやら、かなり気になるようだ。
「欲しいなら、自分で作ってみるといいニャー。これを使えばすぐに出来るニャー」
そう言って、高級肉焼きセットの準備を手早く済ませるサイファー。
「わあ、いいのですか!?」
「良かったじゃない暁! ほらほら、早速やってみたら?」
「んも~っ! だ、だから食べたい訳じゃないって言ってるでしょーっ!? …だ、だから、これは…そう、作ってみたいだけだからね!」
感嘆の声を漏らす電と暁を茶化す雷。だが、暁は暁で文句を言いながらも言われるがままにサイファーが用意した椅子に座る。どうやら、作る気…いや、食べる気満々の様だ。
「必要なのはタイミングニャ! 音楽が鳴り止んで、肉の色が変わったらサッと肉を引き上げるニャ!」
「音楽? タイミング?」
サイファーの説明に、暁は首を傾げながらも肉を回し始める。
♪フンフンフンフンニャッニャニャッニャニャニャニャッニャニャッニャニャニャニャンニャオニャンニャオニャニャニャニャニャン――――――。
「えいっ!」
気迫のこもった声で肉を引き上げる暁だったが、残念ながらまだ肉は生焼けだ。
「残念ニャ! ちょっとタイミングが早かったニャ!」
「ううう~…! も、もう一回…もう一回よ!」
サイファーのアドバイスに、暁は悔し気に憤りながらサイファーに再挑戦を求める。
「ねえサイファー。どうして、同じような道具が何個もあるんだい?」
その時、いつの間にかサイファーのポーチを漁っていたらしい響が、今暁が使っている高級肉焼きセットと全く同じ物を二つほど取り出してサイファーに見せる。
「ニャ!? そ、それは駄目ニャ! 使われるとボクが凄く恥ずかしいニャ…!」
「…そこまで露骨に恥ずかしがられると、凄く気になるじゃないか」
そう言って、羞恥に悶えているサイファーの制止を振り切ってポーチの中にあった二つの肉焼きセットの内の一つを、先ほどのサイファーの準備の見様見真似で用意し、響は肉を回し始めた。
♪チャッチャチャッチャッタッタラ~ン「アハ~ン❤」テッテレ~ン「ウフ~ン❤」タッタテレレテレレシュッビドゥバハ~ァン――――――…。
上手に焼けました❤
「「「………………」」」
「な、な、な、何よそれ……!!?」
明らかに怪しい雰囲気の音楽と、甘ったるい大人の女性の声を放つ肉焼きセットに、響、雷、電は白い目でサイファーを見つめ、暁は顔を真っ赤にしながら怒鳴る。
「ニ”ャニ”ャーーッ!! ボクだってそんなの持ちたく無かったニャー! で、でも、前の旦那さんが面白いからとか言って、半ば強引に…!」
必死に弁明するサイファーだったが、六つの白い瞳と二つの恨みがましい瞳が止む事は無い。
「…まあいいか。じゃあこっちは一体何が聞けるのかな…?」
四人の中でいち早くサイファーに軽蔑の視線を送るのを止めた響が、二つ目の肉焼きセットを回し始めた。表情からは窺い知れないが、声が少し弾んでいるところを見るに、何だかんだで響も結構興味津々の様だ。
♪フンフンフンフンウバウバンバンバウガウガンガンガウバンバウガンガンバンガアッー! ――――――…
上手に焼けましたーっ! ヨイショォッ!!
異常に低く、むさく、暑苦しい数人の男達の声を放つ肉焼きセット。そのあまりに異様な雰囲気に暁、響、雷、電、そして持ち主である筈のサイファーも真顔で口を閉ざす。
その、何とも言えない雰囲気の中少し時間が経った。が、
「………ハラショー」
不意に、響が口を開く。と、同時にもう一度肉焼きセットを回し始めた。
♪フンフンフンフンウバウバンバンバウガウガンガンガウバンバウガンガンバンガアッー! ――――――………
押忍っ!! ウルトラ上手にっ! 焼けましたーーっ!!
「…フフフッ、これはいいものだ…」
どうやら、響はこの男臭い肉焼きセットをかなり気に入ったようだ。今作ったこんがり肉Gにかぶりつきながら、新しい生肉を焼こうとしている。
いや、響だけではない。他の三人も、ソワソワしながら響に近づいていく。その目付きは、明らかに自分もこの肉焼きセットを使ってみたいと雄弁に語っていた。
「ニャ、ニャー…。皆、あの肉焼きセットを気に入ったニャ…?」
「あ、あの勢いだけで押し切る感じは結構好きなのです」
「やけに耳に残る声でもあるしね…」
「レレレ、レディがあんな下品な肉焼きセット気に入る訳ないでしょ!? た、ただ…その、あ、あれよあれ! その、あ、あれなのよ!!」
サイファーの問いに、雷と電は苦笑交じりに肯定し、暁も口では必死に否定しているが、その理由が全くもって要領を得ない。
結局、四人全員があと一回ずつ回す事となり…。
「「「「押忍っ!! ウルトラ上手にっ! 焼けましたーーっ!!」」」」
四人目…暁が焼き終わる頃には、四人全員が声の締めを大合唱するまでになってしまった。
後に、この男臭い肉焼きセットは鎮守府内で大流行する事となるが、それはまだまだ先のお話―――。
招きネコの幸運
命中率と回避率をそれぞれ10%上昇させる。
招きネコの激運
命中率と回避率をそれぞれ20%上昇させ、羅針盤に勝てる確率が上がる。
完全改変猫スキルその壱。本作では艦娘は全て建造でのみ出現させるつもりなので、海域ドロップなどはありません。そして、それ以外に出撃で運が必要になると言えば、やはり羅針盤と命中、回避になると考えた上でのスキル効果です。
ただし、上位スキルである激運の方はサイファー一人では発動できません。