ある新鎮守府と料理人アイルー   作:塞翁が馬

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クレイジーサイコ…?

「いやー、やっと来てくれるんだねー。待ちくたびれたよー。…っていうか提督、ぶっちゃけ聞くけどわざと建造を避けてたよね?」

 

「…そこは聞かないでくれないか」

 

「いやいや、別に隠したりしなくていーよ。確かに難しい艦娘()なのは間違いないから、あまり建造が気乗りしないっていう提督の気持ちも、分からなくはないし」

 

 執務室での提督と北上のやりとり。

 

「ニャー…。そんなに難儀な艦娘さんが来るニャ?」

 

 その会話を聞いていたサイファーが少し困惑気に首を傾げる。

 

「厄介なのは間違いないよ。なにせ基本的に私にしか興味が無い上に、興味が無い物に対してはとことん冷たいからさ」

 

「とはいえ、北上さんと同じ雷巡に改装できる艦娘なので、戦力になるのは間違いありません」

 

「うう…。不安だな…」

 

 そんなサイファーに北上が簡潔に難しい点を説明し、大淀が次いで説明を補う。そして、大淀の隣にいた吹雪が言葉通りに不安げな表情を浮かべていた。これについては提督も同様だ。

 

 北上こそ笑みを浮かべているが、重苦しい雰囲気となる室内にサイファーもそれ以上言葉を口にする事が出来なくなってしまう。

 

 そうして少し時間が経った時、廊下の方から微かな足音が聞こえてきた。

 

 瞬間、提督、大淀、吹雪の三人が過敏に反応し入り口の扉を凝視する。釣られてサイファーも扉に視線を向ける。

 

 規則正しく、そしてゆっくりと執務室に近づいてくる足音。やがて執務室の扉の前で足音は止み、控えめに扉をノックする音が室内に木霊する。

 

「…入りたまえ」

 

 扉の向こうにいる足音の主に許可を出す提督。一瞬の間の後、扉の取っ手が動きおもむろに扉は開けられた。そして、その向こうにいたのは北上とほぼ同じ制服を着た一人の少女。

 

「こんにちは。軽巡洋艦大井、ただいま着任しました」

 

 その少女…大井は、優雅に微笑みながら入室し室内にいる全員に向かって挨拶をした。

 

 

 

 

 

 そもそも、大井の建造については前々から提督は検討はしていたのだ。耐久力こそ乏しいが、圧倒的な雷撃の威力に砲撃や対潜もそこそこの威力と、攻撃に関しては隙の無い性能を誇る雷巡。北上に加え大井も雷巡に改装できれば鎮守府の大幅戦力アップは間違いない。

 

 ただ、大井と言えば性格に難がある事で有名だ。艦娘達の中には癖のある性格の者も多数いるが、大井はその中でも間違いなくトップクラスだろう。事実、これまであらゆる鎮守府で建造されてきた大井の中には、決して小さくはない問題を起こした事がある者もいる。

 

 加えて、以前の吹雪が大破した時に露見した事だが提督は精神的に強い方ではない。提督自身もそれを自覚している故に、大井を上手く扱えるか自信を持てなかったのだ。

 

 とはいえ、精強な艦隊を作り上げるには避けては通れない道だ。それに数少ない雷巡仲間である北上からも催促されていたという経緯もある。とはいえ、北上も提督が苦悩しているのは知っていたので面と向かって催促した訳では無いが、言葉の節々にそれらしき台詞はあった。

 

 こうして、大井建造に乗り出した提督。そして、建造が完了したという報告を受けた今日。鎮守府の中でも提督以外にも顔を合わせる機会が多いであろう秘書艦の吹雪、提督補佐艦の大淀、食堂でよく顔を出すサイファー、そして大井の着任を待ち侘びていた北上と提督の五人でまずは対面しようという事になった訳なのだが…。

 

 

 

 

 

「ふふ、嫌だわ。提督に反抗なんかする訳ないじゃないですか」

 

 何故建造を避けていたのかを大井本人に問い詰められ、隠しても無駄と本能的に悟った提督は上記の理由を正直に述べたのだが、意外にも大井は朗らかに笑っている。実は瞳が笑っていない…等という事もなく、本当におかしそうに笑っているのだ。

 

「お…怒ったりはしないのか?」

 

「まさか、怒りなんてしませんよ! 大井()が問題を起こした事があるというのは事実ですからね。その分、信頼を取り戻すために頑張っていきますのでよろしくお願いします!」

 

「―――な、なんか大井っちが大井っちっぽくない…」

 

 提督と大井の会話を横で聞いていた北上だったが、自分の知っている大井と目の前の大井が噛み合っていないのか多少錯乱している様子を見せる。

 

「あら、北上さんもしかして提督と仲良く話す私に嫉妬してくれてるんですか? 心配しなくても、私は北上さん一筋ですよ!」

 

 そう言って北上に抱き付く大井だったが、大井のテンションに未だ違和感を感じているらしい北上は、

 

「…ああ、まぁ、うん」

 

 と、曖昧な返事しか返せない。

 

「ですが、別に提督の事など興味がない…という訳でもありません。というか、例え上司であろうとも初対面の相手にイキナリ興味を持つなんて私じゃなくても難しいと思います。ですから、私を上手く扱えるかは提督の提督としての腕次第ですよ?」

 

「…あ、ああそうだな。俺も大井の期待に応えられるようより一層励むとしよう」

 

 北上の身体に自分の頬を擦りつけながらも、提督に挑発的な言葉と視線を投げかける大井。しかし、その両方に嫌みな感じは一切見受けられないので、本心から提督に期待しているのだろう。提督もそれを感じているからこそ、一呼吸おいてからしっかりと頷く。

 

「失礼ながら、大井さんと言えばもっと排他的な艦娘と聞いていたのですが、私の耳に入った情報とはだいぶ雰囲気が違いますね…」

 

 その一連の流れを見ていた大淀がポツリと感想を漏らす。そしてその感想に吹雪も賛同なようで何度か首を縦に上下させる。

 

「他はともかく、私はそんな事しませんよ。何故なら、私と北上さんは同じ艦種なんです。だというのに、私が悪く見られたら北上さんまでとばっちりを受けるじゃないですか。私の事は誰にどう取られようとどうでもいいですけど、私の所為で北上さんまで悪く取られてしまうなんて私耐えられません!」

 

 そんな二人に対し、持論を述べる大井。が、その持論の中の『私の事はどうでもいい』という言葉に提督、大淀、吹雪の三人が反応した。

 

「…どうやら、北上さんに異常に執着しているのはどこの鎮守府でも共通のようですね」

 

「根っこは同じという事だな。だが、その根っこを覆う外面に各人で差があるのだろう。例として、青葉にもあの記憶を覗く機械を勝手に自分が使いやすいように改良して、鎮守府内を荒らしまわった青葉もいるみたいだしな」

 

「ええっ? この鎮守府の青葉さんと違い過ぎる…。同じ艦娘でも、そんなに性格に差が出るんですね…」

 

「面白いところでもあるが、悩ましい面でもあるな。まあ、とにかくこの鎮守府には比較的マシな大井が来てくれた。今はそれで良しとしようじゃないか」

 

 小声で艦娘の性格についての議論を続けている提督、大淀、吹雪の三人を他所に、未だに北上に抱き付いている大井がサイファーに視線を向けた。

 

「あら…? 貴方は一体…」

 

「ボクはサイファーだニャ! アイルーっていう種族でこの鎮守府の食堂で料理人をしてるニャ! これからよろしくニャ!!」

 

「サイファーの作る料理って間宮や伊良湖にも引けを取らないくらい、すっごく美味しいんだよ~っ。私もすっかりサイファーの料理の虜になっちゃったみたいだし、私以外にもサイファーの料理を心待ちにしている艦娘はいっぱいいる筈。多分大井っちも気に入ると思うよー」

 

 サイファーの自己紹介に、北上が先ほどまでの困惑気な様子から打って変わって愉快そうにサイファーの料理について語る。が、

 

「―――………。そうですか、それは楽しみですね」

 

 一瞬。本当に僅かな…刹那の時間ではあったが、北上の表情を見ていた大井の全身から剣呑な”何か”が放たれる。尤も、大井は即座に表情を屈託のない笑みに戻したのでそれを感知できたのはサイファーのみだったが。

 

「それでは提督。北上さんと離れるのはとても名残惜しくはありますが、他の艦娘達とも挨拶をしてきたいのでこれにて失礼しますね」

 

「あ、待ってよ大井っち。私も一緒に行くよ」

 

「はあああっ、私個人の事に付き合ってくれるなんて、やっぱり北上さんは優しいですね…」

 

 瞬間の大井の気迫に真顔になったサイファーから視線を外し、提督に会釈をしてから執務室を後にしようとする大井の後を北上が付いて行く。

 

「いやー、でも大井っちが話の分かる性格で助かったよ。私のフォローも限界があるしねー」

 

「もう、北上さんったら! さっきも言いましたけど私が北上さんに迷惑なんて掛ける訳ないじゃないですか!」

 

 廊下から聞こえてくる北上と大井の会話。ここまでなら親しい友人同士の微笑ましい会話…だったのだが、

 

「だいたい、波風を立てる様なやり方をするのは三流のする事ですよ? もし私がやるなら誰にも気づかれずに水面下でこっそりと行います。そう、誰にも…提督にも北上さんにも気づかれずに…ね」

 

「「…提督」」

 

「だ、大丈夫だ! 俺なら出来る、必ず上手く扱ってみせる! そう、やれる筈だ!」

 

 不意に聞こえてきた不穏な台詞。そして言葉とは裏腹に声量からしてその不穏さを隠そうともしていない大井に、大淀と吹雪が再び不安そうに提督を見つめ、二つの視線に提督は大声で応える。まるで自分に言い聞かせるように。

 

「確かにあれは問題ありそうな人だニャー…」

 

 そして、この中で唯一大井に気迫をぶつけられたサイファーも、一つ溜息を吐きながら大井と北上が去った扉を見つめ続けるのだった。


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