ある新鎮守府と料理人アイルー   作:塞翁が馬

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 投稿が遅くなって申し訳ありません。実はモウイチドングリの仕様についてどうしようかとずっと迷っていました。

 一回もベッドで休まずとも八回も力尽きる余裕がでるモウイチドングリですが、流石に小説でそれをするとかなり間延びしてしまいますのでこの辺りはかなり改変しました。

 具体的には、力尽きたらではなく任意で発動できること。回復量は全回復。ただし、食している最中の無敵時間は無し…といったところです。


サイファーの過去、勝利か死か!

 サイファー目がけて再び突進を仕掛けるティガレックス亜種。しかし、変化前ですら十分すぎるほどの殺傷能力を秘めていたその攻撃は、変化後には更に凶悪な進化を遂げていた。

 

 まず目につくのが驚異的なスピードだ。変化前ですらかなりのスピードだったのだが、変化後のそれはまさにあっという間に目の前にまで迫ってくる。

 

 次いで、攻撃の執拗さだ。変化前は強引な方向転換は一度、多くても二度までだったのだが、変化後は三回、四回、五回、と休む間もなく立て続けに攻め立ててくる。

 

 更に、攻撃方法の豊富さだ。方向転換、急停止に加え、方向転換後そのまま真っ直ぐ突進してくるのではなく跳躍して飛び掛かってくる、停止したと思ったら振り返り際に岩の破片をサイファー目がけて飛ばしてくる、サイファーの目の前で急停止と同時に超至近距離で大咆哮を上げる、と多彩だ。

 

 怒気をふんだんにまき散らすティガレックス亜種の雰囲気にぴったりなその怒涛の攻めは、一部の隙も無いまさしく苛烈かつ無慈悲なものであり、先ほどまで神業をもって攻撃を加えていたサイファーも防戦一方だ。

 

 さながらその様子は、追い詰めたネズミをいたぶる猫の様だ。あまりに絶望的過ぎる光景に、ある者は冷や汗をびっしょりと掻きながら、ある者は冷や汗に加え涙目になりながら(数人の駆逐艦娘はあまりの惨過ぎる光景に既に泣き出している者もいた)、最早直視に耐えられないのか両目を死闘から逸らしている者もいた。

 

 とはいえ、実を言うと提督や艦娘たちにも視聴を続ける余裕があまりないというのもまた事実だ。目の前の光景に心を折られかけているというのに加え、狂ったように連発してくるティガレックス亜種の大咆哮に体力的にも限界がき始めているのだ。

 

「電! しっかりしろ電!!」「卯月…! 起きて卯月…!!」

 

 運悪く至近距離でまともに大咆哮を受け、人事不承に陥ってしまった電と卯月。響と弥生が必死の思いで助け出して大声でその名を呼ぶが、反応は全くない。

 

「提督! もう私達も無理だよ!!」「これ以上は限界ですっ! 機械を止めてください!!」

 

 その様子を見ていた川内と神通が、真っ青な顔で提督に訴えかける。

 

 だが、提督は機械を持ちながら顔を思い切り顰めるのみで、それ以上の動きを見せようとしない。

 

「何やってんの提督!? 早く機械を止めて」

 

「出来るのならとっくにやっている!! 機械が反応せんのだ!!!」

 

 焦りながら怒鳴る那珂だったが、それをさらに上回る怒鳴り声を提督が上げた。

 

 実は川内型の三人が訴える前から、提督はこれ以上の視聴は色々な面で不味いと判断し、機械の電源をオフにしようとしていたのだ。

 

 ところが、いざオフにしようとしても何故か機械が全く反応しない。どころか、何やら機械から明らかに異常が発生していると判断できる、異音が小さく聞こえてくる。どうやら、故障して操作を受け付けなくなっている様だ。

 

「「サイファー!!!」」

 

 機械が操作できない事に慌てる提督に、更に悲痛な二つの声が届く。振り向くと、サイファーの身体が宙高くに跳ね飛ばされ、その下でティガレックス亜種が突進を停止していた。そして、悲鳴を上げたのは扶桑と山城の二人の様だ。状況から察するに、遂にティガレックス亜種の突進がサイファーを捉えてしまったのだろう。

 

「サイファーさんっ!!」

 

 壊れたおもちゃの様に地面を転がっていくサイファーに、真っ先にその名を叫びながら駆け寄る吹雪。その後ろを扶桑と山城、そして他の面々が追いかけてくる。

 

『…ニャ…ニャぐぐぐ…』

 

 即座に立ち上がろうと懸命にもがくサイファーだったが、赤城の考察通りに大ダメージを負ったようで身体をうまく動かす事が出来ないようだ。

 

 と、ここでサイファーが懐から何かを取り出した。それは大きなドングリ…みたいな物体。そして、サイファーは躊躇いなくそのドングリにかぶりつき、一瞬で全て平らげてしまった。

 

 直後、先ほどまでの状態が嘘の様に勢い良く立ち上がったサイファー。

 

「い、今のは一体…?」「…私達で言うダメコンみたいなものかしら?」「…で、でもサイファーは艦娘じゃないクマ…?」

 

 サイファーの様子の急変に、戸惑う吹雪、予想する大淀と球磨。

 

「…! 全員サイファーから離れろぉっ!!!」

 

 しかし、それらの行動は提督の大声で強引に中断させられる。

 

 慌ててその指示に従う艦娘達。そして、その直後跳躍してきたらしいティガレックス亜種が、まだ回復したばかりで即座に反応できなかったサイファーの上に覆いかぶさった。

 

 そして、間髪入れずにその強靭な右前足でサイファーの身体を地面に押さえつけ、無防備となったサイファーの顔面に見るからに鋭い牙が連なる凶悪な顎で噛みついたのだ!

 

「あ、あああ…」「ひっ…!」

 

 終わった…とばかりの声を上げる雷と、瞬時に顔を逸らしてしまった暁。だが…、

 

「まだだっ! まだサイファーは諦めてないぞっ!!」

 

 そんな二人に深雪が活を入れる。見ると、確かにティガレックス亜種の顎はサイファーの頭部を捉えていたが、サイファーの被っている兜がサイファーの頭部を守っていてくれたのだ。

 

「あの化け物の顎でも砕けないなんて、凄く頑丈な兜ね…」

 

「…確か、ば、バルファルク…? 一式とか言うてたな…」

 

 サイファーの兜の防御力に、龍田が驚きの声を上げ、龍驤は少し前のサイファーとの会話を思い出す。

 

 とはいえ、兜から軋んだ音が聞こえているので、このままでは間もなく兜が砕かれるのは自明の理だ。そして、そんな事になったらすぐさまサイファーの身体と頭は離れる事となる。

 

 と、ここでサイファーが右前足から何とか抜け出した右手を使って、ティガレックス亜種の顔面に何かを叩きつけた。

 

 すると、ティガレックス亜種は悲鳴を上げながら後ろに仰け反ったではないか! その隙にサイファーはティガレックス亜種の戒めから脱出する。

 

「へ? へ!?」「な、何? 今何をしたの!?」

 

 あまりに突然の事に混乱する艦娘達。しかし、今サイファーが叩きつけた物を見た事がある弥生、吹雪、提督の三人は、

 

「…こやし玉」「…こやし玉…だよね」「…あの化け物とて、顔面にこやし玉をぶつけられるのには耐えられないか…」

 

 と妙に納得した様子で頷く。

 

『アイルーさん頑張ってーっ!』

 

 不意に聞こえる声援。声の方向を向くと、先ほどの女の子が岩場の陰から顔を出していた。

 

「なっ!? な、なにをして…!」

 

 しかし、この女の子の行為に赤城が驚愕に顔を歪める。と、同時にサイファーとティガレックス亜種の視線も女の子の方へ向いた。

 

 瞬間、ティガレックス亜種は一瞬の威嚇の声の後、女の子の方へ向かって突進を開始したのだ! 恐らく、目の前の得物よりこちらの方が相手取りやすいと判断したのだろう。

 

 勿論サイファーも即座に追いかけるが、勢いの乗ったティガレックス亜種に追いつく事が出来ない。

 

 あわや女の子に突進が命中するかと思われたその時だった!

 

 突然地面にティガレックス亜種をも飲み込めるほどの大穴が開き、その中にティガレックス亜種は落ちてしまったのだ!

 

「あ!?」「お、落とし穴!?」「…そ、そういえばサイファー、あの化け物が来る前にあの辺りに何かを仕掛けてたにゃ…」「素晴らしい手際の良さだな…」

 

 サイファーの持つ先見の明に感心する艦娘達。

 

 そして、訪れた千載一遇のチャンス! 一気に落とし穴まで距離を詰めたサイファーは、一体何処にそれだけの数を仕込んでいたのか? と、思えるほどの数の樽型爆弾を落とし穴の中に投げ込みまくる!

 

 この爆撃の雨あられには流石のティガレックス亜種も堪らず悲鳴を上げた。しかし、当然ながらサイファーは容赦しない。これが最後だと言わんばかりに巨大な樽型爆弾を持ち上げる。

 

 それは、かつて戦艦タ級を一撃で仕留めたあの爆弾だ。そして、それを落とし穴の中に落とし、即座に自分はその場から離れた。

 

 直後響く特大の爆発音。爆発の衝撃で落とし穴の周囲の地面が崩落してしまった程だ。

 

「や…やったああっ!」「な…何とか勝てたみたいだね……ふう……」

 

 勝利を確信した吹雪が喜びの声を上げ、望月が汗を拭いながら一息吐いた、のだが…。

 

 その直後、崩落した落とし穴から黒く巨大な物体が飛び出してきた。言わずもがな、ティガレックス亜種だ。

 

「…ちっ、やっぱそこまで甘くねえか…! ―――………ん?」

 

 地面に降り立ったティガレックス亜種を見ながら舌打ちをする天龍だったのだが、そのままティガレックス亜種の様子を観察している内に、再び様子がおかしくなっている事に気付く。

 

 前足に浮き出ていた赤い血管は消え、目の充血も消えている。ここまでなら変化が起こる前の状態に戻っただけだが、加えて口から大量の涎を垂らしていたのだ。

 

 更に、首を力なく左右に振り、人間の息継ぎの様に頭を上下させているという、見るからに疲労の症状が現れていた。

 

 しかし、そんな様子でもお構いなしに突進を仕掛けてくるティガレックス亜種。が、そのスピードは先ほどまでと比べてがた落ちしていた。

 

 対して、サイファーは岩壁を背にティガレックス亜種と相対し、突進をギリギリまで引き付けて横にかわす。すると、口を開けながらの突進をしていたティガレックス亜種の鋭い牙が、岩壁に突き刺さってしまった。

 

 顔が壁に引っ付いた状態となるティガレックス亜種。当然全身が無防備となる。その隙に、今度はティガレックス亜種の顔面の真横に先ほどの巨大な樽型爆弾を設置して、すぐさま身を翻すサイファー。

 

 少しの間の後、力任せに牙を引っこ抜いたティガレックス亜種だったが、その反動の所為で顔が爆弾の真正面に来てしまう。

 

 加えて、直後に爆弾が爆発したのだが、その衝撃と力任せに牙を抜いた負担が合わさり、今度は岩壁がティガレックス亜種に向かって崩落してくる。その岩雪崩にティガレックス亜種は飲み込まれてしまった。

 

『…ハァ…ハァ……』

 

 荒い息を吐きながらも、崩落した壁に向かって油断なく大剣を構えるサイファー。しかし、それを見守る艦娘達の思いはただ一つ。

 

 これで終わって! だ。

 

 そして、そんな艦娘達の願いが通じたのか崩落した瓦礫はピクリとも動かない。暫く大剣を構え続けていたサイファーも、全く反応しない瓦礫にゆっくりと大剣を背中に担ぎ直し、隠れていた少女の方へと歩み寄る。

 

 危なかったけど、何とか勝つ事が出来た…。誰しもがそう考えた、その直後だった!

 

 突然瓦礫の大半が弾け飛び、中から姿を現した血管が浮き彫り状態のティガレックス亜種が、サイファーに向かって突進を繰り出してきたのだ!

 

 完全に不意を突かれたサイファーは反応する事も出来ずにまともに突進を喰らってしまう。

 

 思い切り跳ね飛ばされた後、ボロぞうきんの様に地面を転がるサイファー。無論、すぐに先ほどのドングリを食べようと動き出したのだが、流石に二回も回復を許してしまう程ティガレックス亜種は優しい相手ではなかった。

 

 今まさに食べようとした瞬間、サイファーに向かってサイファーよりも大きな岩石を飛ばしてきたのだ。ドングリを食べるために動きが止まっていたサイファーは、この攻撃を顔面にまともに受け吹き飛ばされてしまう。

 

 再び地面を転がっていくサイファー。だが、先ほどと違い動きが止まってもサイファーはピクリとも動かない。

 

 慌ててサイファーに駆け寄る艦娘達と提督。

 

「サイファーさん、起きて…起きて下さい!!」「おきてーっ! おきてよサイファーっ!!」「こら、起きろ! 起きろって言ってんのよこのグズ!! さっさと…さっさと起きなさいよぉ!!」

 

 吹雪、文月、霞の三人が必死にサイファーに呼びかけるが全く反応がない。そして、そんなサイファーに向かって止めとばかりに再び突進を仕掛けるティガレックス亜種。

 

「この、このぉ!」「サイファーにちかづくなーっ!」「寄るなこの化け物ぉ!!」

 

 ティガレックス亜種に向かって思わず砲撃をしてしまう三人だったが、当然砲弾はティガレックス亜種の身体を素通りしてしまう。

 

 そして、ティガレックス亜種の巨体がサイファーを轢き潰そうとした正にその時だった。

 

 突然立ち上がったサイファーが、同時に懐から三度あの巨大な樽爆弾を取り出し抱えたのだ。あまりに唐突な事にティガレックス亜種は止まる事が出来ない。その無防備に開けられていた口の中に、サイファーは特大樽爆弾ごと特攻を仕掛けた!

 

 口内を中心に起こる大爆発。その爆炎にティガレックス亜種は覆われ、サイファーも爆風で吹き飛ばされてしまう。

 

 そのまま岩壁に強く体を打ち付け、地面に倒れるサイファー。その後を急いで追う艦娘達だったが、手足を痙攣させているサイファーはもう見るからに致命傷一歩手前の重体の状態だ。

 

 加えて、視線こそティガレックス亜種に向けてはいるが、周囲の景色が暗くなっていっている。恐らく、今にも飛びそうな意識を必死に保っているのだろう。

 

「もうこれ以上の戦闘続行は不可能だ…!」「お願い、これで決まって…!」

 

 顔を歪めながら判断する磯風と、悲痛な表情で祈るように言葉を絞り出す大淀。

 

 だが、無情にも黒煙の中から聞こえてくるティガレックス亜種の唸り声。そして、黒煙が晴れると、その異形の姿が露わになる。

 

 体中も勿論傷だらけなのだが、特に頭部の損傷が筆舌に尽くしがたいほど酷く、何故これで生きているのか? と純粋に疑問に思えるほどだ。

 

 だが、最早損傷により片方しか残されていない凶眼は、明らかにサイファーに向かっている。

 

「………そ……そんなぁ……」「…まさか、このmonster(化け物)Invulnerability(不死身)なの?」

 

 絶望の声を上げる吹雪とサラトガ。そんな中、ティガレックス亜種はゆっくりとサイファーに近づいていく。

 

 そのふらついている足取りを見る限り、恐らく突進を行う余力さえもう残ってはいないのだろう。だが、その傷だらけの姿はかえって恐怖心を煽りだすに十分な迫力を宿していた。

 

 そして、サイファーの目の前まで来ると、その体をかみ砕かんとおもむろにその大きな口を限界まで開き、サイファーに向かって顔を突き出した!

 

「っ!!!」

 

 咄嗟に艦娘達は顔を背けてしまう。

 

 だが、聞こえてきたのはサイファーの悲鳴ではなく、何かが勢いよく地面に崩れ落ちた音。恐る恐る艦娘達が背けた視線を元に戻してみると、そこにはサイファーと同じく地面に完全にうつ伏せで倒れているティガレックス亜種の姿があった。

 

「………へ?」「………は?」

 

 予想外の事に頓狂な声を出す吹雪と提督。しかし、その直後サイファーの意識も落ちてしまったらしく、周囲の景色は完全に真っ暗になってしまった。


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