ある新鎮守府と料理人アイルー   作:塞翁が馬

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サイファーの過去、黒轟竜との死闘!

 サイファーの移動に合わせて景色が流れる事暫く、辿り着いた地は鉱脈火山という名に相応しく、幾つもの採掘道具が散見される山地だった。

 

 また、周囲の熱気が凄まじいのか至る所で陽炎が立ち上っている。映像なので艦娘達や提督には分からないが、どうやら辺りはかなりの高温の様だ。

 

 しかし、目を引くのはそれだけではない。前述の採掘道具だが何故かその辺に放り捨てられており、その一切が全く整理されていない。まるで、それらの持ち主が何かから慌てて逃げだし、その際に投げ捨てた…といった感じだ。

 

 そしてそれ以上に目を引き付けるのが、火山の入り口と思しき洞穴の横に刻まれた鋭い傷跡だ。

 

「…な、なによこれ…」

 

「―――つ、爪? で、でも、こんな大きな爪を持つ動物なんている訳が…」

 

 丈夫な岩盤でできている筈の壁面に付けられた見るからに凶悪な傷跡に、雷が狼狽気味に顔を青ざめさせながら呟き、吹雪も怯えた表情を浮かべながら傷跡の正体を看破する。

 

 と、その時だ! 突然洞穴の中からこの世の物とは思えない桁外れの声量を誇る轟音が轟いた!!

 

「ぐあっ!!?」

 

「きゃあっ!!?」

 

 現世の存在、その全てを圧し滅さん…と言わんばかりの鮮烈かつ無慈悲な轟音に、提督と艦娘達の全員が咄嗟に耳を押さえながら悲鳴を上げる。

 

『ニャハハ…。相変わらず物凄い咆哮ニャ』

 

 あまりに唐突な事に不安と恐怖で騒めき始める艦娘達を他所に、サイファーは乾いた笑みを浮かべながらポツリと呟く。が、この呟きに艦娘達は騒然となる。

 

「…は? 咆哮?」

 

「咆哮って事は、今のは生物の出した声って事なの?」

 

「一体、この洞穴の中に何がいるというの…!?」

 

 恐怖に打ち震えながら各々が言葉を漏らす。事ここに至り、今から尋常ならざるものを見せつけられると各艦娘が直感し始めたのだ。

 

 しかし、サイファーは何の躊躇もためらいもなく、不穏な気配をふんだんに発している目の前の洞穴に飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 火山と言われるだけあり、随所にマグマが流れる場所が確認できる山内。恐らく、息をするのも憚れる程の暑さだと思われるが、サイファーは平然とした表情で周りを確認しながらひた走る。

 

 その時、サイファーの目の前に小さな二つの影。目を凝らしてよく見ると、その影はまだ幼さの残る少女と、サイファーを更に小さくしたネコ…恐らくアイルーという種族の子供だと推測できる。

 

『ヒック…グス……』『…ニー……ニー…』

 

『見つけたニャ! 大丈夫ニャ!?』

 

 ぐずっている少女と子アイルーに急いで近づき、確認を取るサイファー。声を掛けられた瞬間こそ二人ともビクッと身体を竦ませたが、相手が意思疎通の出来る相手だと分かると大声で泣き叫びながらサイファーに駆け寄ってきた。

 

『う…うわあああぁぁん、怖かったよぉぉ!』『二―二―、ニャーン!!』

 

 顔をくしゃくしゃにしながらサイファーに抱き着く少女と子アイルー。だが、サイファーは瞬時に周囲を見回し、慌てて二人を引き剝がしながら近くの岩場を指差した。

 

『マズい、見つかったニャ!! 二人ともとにかくあの岩場に隠れるニャ! 何があっても絶対に出てきちゃ駄目ニャ!!』

 

『で、でも…』

 

『早くするニャ!!!』

 

 少女に有無を言わさず指示をするサイファー。その余裕の無さは、いつもの温厚なサイファーとは似ても似つかない物だ。

 

「…こんなサイファー、初めて見るよ」

 

「皆、油断しちゃ駄目よ…」

 

 少女と子アイルーが岩場に隠れたのを確認した後、その岩場付近の地面に何かを仕掛けているサイファーを見つめながら那珂が意外そうにつぶやき、龍田はサイファーの注意を真摯に受け取り注意深く周辺を窺いながら、他の艦娘達にも注意を促す。その声を受け、サイファーの近辺にいた他の艦娘や提督も辺りに視線を凝らす。

 

 だが、”それ”は唐突にやってきた。サイファー以外の誰もが想像しなかった、空中から急降下してくるというまさに奇襲の様な形で。

 

 突然の地響きで提督と艦娘達全員が不意を突かれた格好となったが、突如急降下してきた”それ”はいきなり襲い掛かってくるという事はしなかった。のだが…。

 

「―――………へ?」

 

 ”それ”の姿を確認した磯風が、頓狂な声を上げる。が、その姿は彼女の…そして彼女以外の艦娘達の想像を遥かに上回る異常、且つ脅威そのものだったので無理もない。

 

 サイファーは勿論、通常の人間をはるかに上回る圧倒的な巨体に加え、漆黒の肌に異様にギラついた瞳、口から覗く全てを噛み砕けそうな鋭い牙、見るからに強靭そうな四肢と頑健そうな巨爪…恐らくこれが洞穴入り口に刻まれた傷跡の正体なのだろう。

 

 なにより、恐竜に酷似した原始的な風貌から発せられる途方もない威圧感は、気の弱い者ならそれだけで気絶してしまいそうな域に達している。

 

 暴虐、という言葉を体現したかのような目の前の存在には、百戦錬磨である筈のプリンツ・オイゲン、サラトガ、ポーラでさえ、

 

「………じょ、冗談…だよね?」

 

「…ええ、black joke(質の悪い冗談)だと信じたいわ…」

 

「…よ、酔いが醒めちゃいました~…」

 

 と、引き攣った笑みを浮かべながら後ずさる程だ。当然、提督を含む他の艦娘達もその極悪な雰囲気に完全に吞まれてしまっており、暁、文月、電などは今にも泣きそうなほどに顔を歪ませながら提督に抱き付いている。

 

 そんな中、地面に何かの細工をしていたサイファーがいつの間にかその作業を終え、背中に担いでいた大剣を構えて目の前の怪物…この怪物がティガレックス亜種と言う奴なのだろう…と相対する。

 

 対して、ティガレックス亜種は大きく息を吸い込み………口を開いた!

 

 轟く咆哮! 歪む空間!! はじけ飛ぶ周囲の小石!!! あまりの音の衝撃に、駆逐艦娘の内の何人かは後方に転倒してしまったほどだ。

 

 その轟音は、最早声の域を逸脱した立派な凶器。並の人間では、本当にこの咆哮だけで殺されかねない。

 

「く、うう…み、耳の感覚が……」

 

 響が両耳を庇いながら辛そうな声を上げる。必死に両手で押さえて咆哮の轟音を防ごうとしているのだが、そんなものはない、と言わんばかりに轟音は手という防壁を貫通し、鼓膜を攻撃してくる。

 

 しかし、恐怖はここからが始まりだったのだ。

 

 けたたましい叫び声と同時に、ティガレックス亜種はその強靭な四肢を振りかぶり、サイファー目がけて突進してきたのだ!

 

 巨体からは考えられないスピードもさることながら、口を大きく開け顔を左右に激しく揺らしながら迫ってくるティガレックス亜種の姿は、筆舌に尽くしがたいほどのおぞましさだ。

 

 慌てて突進の射線から離れようとする提督と艦娘達だったが、未だに転倒したままの子日が何故か微動だにしないのだ。

 

「う、あ…立てない…こ、腰が抜け…」

 

「子日っ!!」「子日ちゃんっ!!!」

 

 子日の様子に気が付いた提督と白雪が必死に助けに入ろうとするが、既にティガレックス亜種は子日の目の前にまで移動しており、間に合わない!

 

「っ!!!」

 

 観念して両目をきつく閉じる子日。だが、突如ティガレックス亜種の顔が爆発したかと思うと、ティガレックス亜種の突進は子日の身体をすり抜けてしまった。

 

「…あれ?」

 

「そ、そうか。これは映像だったな。あまりに予想外の状況が続きすぎてすっかり忘れていた…」

 

 涙目になりながらも不思議そうな声を上げる白雪と、状況を再確認しながら急いで子日に近づく提督。そして、子日の身体を抱き起すが全く反応がない。どうやら、気絶している様だ。

 

「…姿こそ小さいが、彼女は艦娘だ。戦うために生まれてきた存在なんだ。その艦娘を、映像と音だけで気絶させてしまうとは、本当にとんでもない化け物だな…!」

 

 険しい表情で言い放ちながら、提督は振り返る。そこには、激闘を繰り広げるサイファーとティガレックス亜種の姿があった。

 

 執拗なまでの突進に次ぐ突進で、サイファーを追い詰めようとするティガレックス亜種。時に勢いの乗った巨体をその強靭な四肢を駆使して強引に反転させるという荒業を見せ、時にサイファーの目の前で同じく四肢を使い無理矢理巨体を急停止させるというフェイントを行う、見た目にそぐわない頭脳プレーも見せる。

 

 だが、サイファーも負けてはいない。全ての突進を紙一重でかわし、カウンターといわんばかりに突進の進路上に小さな樽型の爆弾をお見舞いしていく。恐らく、先ほど急にティガレックス亜種の顔が爆発したのも、この樽型の爆弾が原因だろう。

 

 勿論、強引な軌道変換にも、フェイント急停止にも見事に対応していた。

 

 そして、突進の終了間際の一瞬の隙を突いてティガレックス亜種の身体を手に持った大剣で斬っていく。正直、爆弾を当てようが大剣で斬りつけようが今の今まで一切ティガレックス亜種は動じていないので、ダメージは雀の涙程なのだろう。が、それでも諦めずにサイファーは攻撃をし続けた。

 

「一見善戦している様に見えるが、やはり厳しいか…?」

 

「目を覆いたくなるくらい厳しい…いえ、最早無謀といっても過言ではないというレベルですね…」

 

 ポツリと漏らした提督の言葉に、隣に移動していた赤城が苦悶の表情と共に返す。

 

「確かに、サイファーの戦闘技術は完全に神業レベルに達しています。全ての攻撃を紙一重でかわす術といい、的確に攻撃を当てていく技といい、完璧という他ありません」

 

 サイファーの戦いぶりをべた褒めする赤城ではあったが、その言葉に反し表情は苦悶のままだ。

 

「ですが、とにかく体格に差がありすぎます。こちらは、何十回何百回と攻撃しても明確なダメージが与えられるか分からないというのに対し、相手は一度の命中で大打撃…下手をしたら一撃で即死すらあり得るのですから」

 

「まさに、死に対して懸命に抗っているって感じだね。…私も艦娘としての自覚は持ってるつもりだけど、流石にあれはもう見てるだけで心が折れそうになるわ…」

 

 赤城の考察に北上が反応する。が、大量の冷や汗で服まで濡れ始めているその姿からは、いつもの飄々とした態度はすっかり鳴りを潜めてしまっていた。

 

「サイファーさん、頑張ってください!!」「サイファー…頑張って!」

 

 決死の形相で絶望的な相手に応戦するサイファーを、懸命に応援する吹雪と弥生。そのほかの艦娘達も、声には出さねど同じ思いを籠めてサイファーの激闘を見守っている。

 

 そしてその意思が届いたのか、もう何度目かもわからない爆弾攻撃で、遂にティガレックス亜種が身体を仰け反らせるとともに、今までの極悪な威嚇の声ではなく、明確な悲鳴を上げた!

 

「うおおおおっ! やったぜサイファー!!」「凄い…! 一瞬とはいえ、あの化け物を押し返すなんて…!!」

 

 確かな功を奏した事に、天龍が快哉を上げ大淀も口に手を当てて驚いている。

 

「…あ、な、なんやあれ…?」

 

 が、その直後ティガレックス亜種の様子がおかしい事に龍驤が気付いた。釣られて、全員の視線がティガレックス亜種に注がれる。

 

 今まで黒だけだった二本の前肢に、まるで血管の様に真っ赤な線が浮かび上がり、その線は顔にまで続いている。そして、ただでさえギラついていた瞳が、加えてこれでもかという程に血走り始める。その形相は、最早現実の物とはとても思えない、悪魔という言葉ですら生温いものだ。

 

「…う、ああ……」「ひい……」

 

 その、悪夢と言われても信じてしまいそうな程の酷すぎる形相に、殆どの艦娘は金縛りにあったかのように動く事すら叶わず、口から微かな悲鳴が漏れるのみだ。

 

 変化を終えたティガレックス亜種は、一旦サイファーと距離を取り再び咆哮を発した。それは、先ほどの咆哮をも上回る怒りの咆哮。

 

 死闘は、いよいよレッドゾーンへ突入しようとしている。




 やばい…。このままティガ亜種さんに暴れまわられると、冗談抜きで映像と音だけで鎮守府が半壊するかもしれん…。

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