ある新鎮守府と料理人アイルー   作:塞翁が馬

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別に強くなったりはしない。


酔えば酔う程…

 執務室を後にしたサイファーと間宮は、早速調理場に移動し元帥にお披露目する料理の案を考え始めた。

 

「提督さんから聞いた話だと、その元帥さんという方は結構な年齢だそうニャ。という事は、若い女性である艦娘さん達とは、そもそも美味いと感じる味覚が違うと思うニャ」

 

「それは間違いないでしょう。普段吹雪さん達にお出ししている料理より、少し味を濃い目にした方が良いかもしれません。その上で、味の繊細さも出した方が良いと思います」

 

「濃くて繊細…完全に相反している内容ニャ」

 

「ですが、その相反している筈の内容をうまく融合させるのが料理人としての腕の見せ所ですよ」

 

「ニャ…。まあ、オトモ時代の時にもよく慎重に急げとか言われてたから、それと同じだと考えれば…」

 

「―――。微妙に違うような気もしますけど、とにかくまずは試作する為の案を幾らか考えてみましょう」

 

 間宮の言葉を皮切りに、サイファーと間宮はお互いの知恵を出し合い始める。こうして、二人は時に少し脱線しながらも、その日は一日中調理場に籠る事となった。

 

 

 

 

 

 翌日の朝に吹雪達は鎮守府に帰還した。結果だけ聞けば、どの鎮守府の艦隊相手にも惨敗を喫したそうだ。北方や南西に赴いて活躍している複数の鎮守府の合同演習の中に、まだ鎮守府近海でしか戦えてない艦隊で混ざったのだから当然と言えば当然の結果ではあるのだが。

 

 そんな中、熟練の戦艦や空母の艦娘達から撃沈判定を次々にもぎ取っていったサラトガとプリンツは、やはり群を抜いて上手なのだという事を内外に知らしめた。

 

「巧妙な艦載機への采配と、絶妙な攻撃回避術。流石としか言いようがありません。私も、早く貴女に近しい技量を身につけなければと、改めて心に誓いました」

 

「赤城さんに褒めて頂けるなんてI am honored.(光栄です。)ですが、私はもっともっとbest()を目指したいと考えています。あの強大な深海棲艦へのrematch(再戦)の為に…!」

 

「その意気や良し! せやかて、ウチらも負けへんで! な、赤城!?」

 

 龍驤の問いかけに赤城もしっかりと頷く。サラトガを含む三人の瞳には、ただ前へ進もうとする強い意志が見て取れた。

 

「プリンツさんも凄かったのです!」「相手の爆撃や砲撃を華麗に回避し、的確にクリティカルを叩き込んでいくその姿は、まさに歴戦の強者の証」「いや~、雷巡の私より魚雷の扱いが上手いって、ある意味反則レベルだよね~」「う、う~…。夜戦まであんな完璧にこなされたら、私の立場ないじゃん!」「あ~! オレも早く強くなってあんたみてぇに暴れてぇな~!!」「私も、もっともっと精進しなければいけませんね…」

 

「わ、わ!? 待って待って、私なんてまだまだだよ~! 未だに浅瀬とか苦手だし~…」

 

 サラトガが赤城と龍驤に称えられているのと同じく、プリンツもまた周囲の駆逐や軽巡に褒めそやされていた。とはいえ、赤城、龍驤の二人とは褒める勢いがまるで違ったため、当のプリンツは若干慌ててしまうが、それでも謙虚な反応を示す。

 

 この鎮守府に来た当初はサラトガもプリンツも少しよそよそしい雰囲気があったが、先の合同演習ですっかり意気投合出来た様だ。戦闘経験のみならず、こういう方面でも演習は役に立ったと言えよう。

 

「…ん? ポーラは?」

 

 徐々に騒がしさを増す多目的室内に於いて、艦娘達の中にポーラの姿が無い事に提督が気付く。そして、その気づきの直後、部屋の扉が開いた。

 

 そこにはベロベロに酔ったポーラと、それを支える大淀、夕立、多摩、球磨と、若干呆れの目でポーラを見つめているサイファーの姿が。そして、その姿を見た提督は瞬時にある予感が脳裏を過った。

 

「まさか…とは思うが、もしかして演習時もポーラは酔ってたのか?」

 

「お察しの通りです。先ほど調理場で水を頂いたのですが…」

 

 大淀の返答に提督は頭を押さえてしまった。サイファーが一緒にいるのは酷く酔っているポーラが心配になったからだろう。大淀の話から予想するに、昨日の演習時から今日の今に至るまでずっと酔っぱらっている事になる。それだけ酒を飲み続けているという事だから、心配にもなろうというものだ。

 

「でも、ポーラも凄かったっぽい!」

 

 そんな中、唐突にポーラを支えている夕立が声を張り上げる。とはいえ、顔を真っ赤にしながら「いへへへ~♪」などと笑っているポーラに凄みなど微塵も感じない。

 

「…吹雪、本当か?」

 

「え、ええ、まあ…。凄いと言えば凄くはありました。なにせ、演習に参加した艦娘達の中で、唯一一発も被弾していないですから…」

 

 提督の質問に吹雪も夕立の言葉を肯定するが、その奥歯に物が挟まった様な物言いに、提督とサイファーも不思議そうに首を傾げる。

 

「いや~、これこそ東洋の神秘ですね~。酔いながら戦える方法…まさに~私の為にあるような~戦法じゃないですか~。えへえへへっ♪」

 

「…それは、もしかして酔拳の事を言っているのか?」

 

 おもむろにポーラの口から飛び出した台詞に、提督が困惑気に反応する。そして、その提督の問いに「それです~!」と上機嫌に応えるポーラ。

 

「てええーいっ!」

 

 突然、夕立がポーラの背後からパンチを繰り出したが、まるで見えていたかの様にそのパンチを千鳥足でかわすポーラ。

 

「うふふ~、当たりませんよ~」

 

「おおお…。本当に当たらないっぽい…」

 

 愉快そうに笑って余裕を見せるポーラに、夕立も感動の面持ちでポーラを見つめる。

 

「演習時もあの動きで相手の攻撃を悉く回避してたにゃ」「ある意味、極まってる動きだったクマ」

 

「…一応言っておくが、酔拳と言う拳法自体は実在するが、あくまで酔った様な不規則な動きで相手を惑わす拳法であって、本当に酔って戦う拳法ではないからな?」

 

 夕立と同じく、多摩と球磨も尊敬の眼差しをポーラに向けている。対して、提督は酔拳と言う拳法についての解説を簡単に行うが、

 

「酔いを極めた者の特権です~。これは~誰も真似できない~私だけのスイケンなんですよ~♪」

 

 自慢げに語るポーラ。確かに、こんな非現実的な戦法を会得してしまったポーラには賞賛があってもおかしくはないのだが、手放しに誉めるには何かが違う…と感じるのもまた事実だ。

 

「……ぐ……う…う………」

 

 何とも微妙な空気が流れる中、何やらくぐもった声が聞こえ始める。その場にいる全員がその声の出所を探ると、何故か俯いていてその所為で表情が分からなくなっている夕立が発声源だと分かった。

 

「お、おい、どうした夕立? どこか具合でも……!!?」

 

 心配になったらしい提督が夕立に駆け寄り声を掛けるが、その声掛けの途中で顔を勢いよく挙げた夕立の形相を見た提督は、驚きに立ち竦んだ。

 

 先ほどまで綺麗な緑色だった瞳が血の様な真っ赤な色に変色し、更に口元からは狂った獣の様に涎を垂らすという狂気を絵に描いたような形相だったからだ。

 

「ぐわおおおおーーーっ!!!」

 

 その形相のまま、夕立は雄たけびを上げ、獣が如く両手を前に突き出しながら俊敏な身のこなしでポーラに襲い掛かった!

 

「ひゃあああっ!?」「ま、待て、夕立!」

 

 流石に悲鳴を上げるポーラと、慌てて止めようとする提督。他の艦娘達やサイファーも夕立を止めようと動きかけたが、その瞬間、

 

「当たったっぽい!」

 

 といういつもの語尾と共に、身体が硬直してしまっていたポーラの脇腹辺りに、自分の拳を軽く触れさせている夕立の姿が。瞳の色も既に元に戻っている。

 

「…な、なんですか今のは~?」

 

 元の夕立に戻った事に全員が安堵する中、未だに少し怯えているポーラの問いに、夕立は自信満々にふんぞり返りながら、右手でピースサインを作って口を開いた。

 

「狂拳!! っぽい!!」

 

「まだ漢字には詳しくありませんけど~、字が間違っているから突っ込めと何処からか言われている気がします~…!」

 

 ニコニコと笑いながらポーラの問いに答える夕立だったが、ポーラはあたふたと周囲に視線を向けながら、少々意味不明な言葉を口走っている。

 

「夕立さん。あまり無茶をしてはいけませんよ」

 

「夕立も何か特殊な戦法を身に着けたいっぽい! ポーラみたいに酔うのは無理だけど、代わりに犬とかの動物ならいけるんじゃないかって思ったっぽい…」

 

 優しい声色で窘める大淀に夕立も反論はするが、言葉がどんどんと尻すぼみになっていく。どうやら、唐突に暴れ様とした事は反省しているみたいだ。ところが、

 

「それだったら、球磨は熊拳を会得するクマー! ガオーッ! グワーッ! クマーッ!!」

 

「なら多摩は猫拳にゃ。ニャンニャン! シャーッ! フーッ!!」

 

 何故か球磨と多摩が夕立に便乗して、球磨は両手を大きく頭上に掲げながら威嚇を、多摩もネコパンチを繰り出しながら同じく威嚇を始める。更に、

 

「それじゃ、ボクも見様見真似の似非ビースト変化の技ニャーッ! 二アァァオン、ニオォォオン!」

 

 サイファーまでもが釣られて変な奇声を上げ始める。ただ、妙に性的に聞こえるその鳴き声を聞く限り、サイファーは”ビースト”の意味を何か誤解している感じがする。

 

 こうして、一時は夕立の暴走で緊張が走った周囲の雰囲気が柔らかくなり、他の艦娘達も自分を動物に例えたりして楽しそうにはしゃぎ始める。

 

「ところでポーラ、その特殊な戦法を用いたのなら、それなりの撃沈数を稼げたのか?」

 

 そんな中、一時は夕立の行動で中断していた飲酒を再び始めたポーラに質問する提督。だったのが、

 

「いえ~、一回も相手から~撃沈判定は~取れませんでした~」

 

 ポーラから返ってきた予想外の答えに、思わず「は?」と抜けた声を出してしまう提督。

 

「だって提督~、こ~んなベロンベロンに酔った状態で~、まともに砲撃が当たると思います~? ウェヒヒヒ~♪」

 

 ゲラゲラ笑いながら飲酒を続けるポーラを前に、提督はただただ絶句する事しかできなかった。




 投稿が遅れて申し訳ありません。言い訳になりますが、実は少し前にsteam(ゲームを有料でダウンロードできるサイト)のアカウントを獲得し、何個かゲームをダウンロードしてしまったのが原因です。

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