では、どうぞ。
ーー俺はいつも一人だった。いや、独りだった。
学校にいるときはいつも学校の図書室や近所の図書館で借りた本を読んでいる。元から人と関わるよりも一人でいるほうが好きな俺は、クラスメイトとは必要最低限しか喋らないし関わりもしない。というよりどちらかというと俺から関わりを避けているだけではなくて向こうから俺との関わりを避けているのだ。
女子には目があっただけでキモいと言われ、落ちた消しゴムなどを拾って渡すと「あ、ありがとう…」と苦笑いを浮かべられたりひどいときには泣きそうな顔をされる。男子はというと俺のことを「比企谷菌」と呼んで笑う、そんな毎日で。
そんな学校には昔から友達と呼べる人どころか話をする相手は一人もいなかった。担任は皆毎年のように二者面談のときに友達友達と言うが、元から大勢より一人を好む俺は今更この現状を変えてまで誰かと仲良くしたいと思わなかった。
家に帰っても平日は仕事で帰りの遅い両親はおらず、夕飯は俺が調理をするか買ってきた弁当を二つ年下の妹と二人で食べる。妹の小町は俺と違い明るくて要領もよく、いつ見ても楽しそうに笑っている小町の回りには何人も友達がいる。両親、特に親父はそんなどこに出しても皆に好かれる妹を溺愛とも言えるほどに可愛がっていた。
一方、人との関わりもあまり得意ではない一匹狼な性格の俺は、妹とは違い放任主義といった感じで育てられてきた。それに、何かしようとすると「お兄ちゃんなんだから」と何だかんだいってよく後回しにされる。
そんな毎日で俺は学んだ。俺はきっと、なにをしていても周りから見たら"そこにいるだけの邪魔な存在"なのだと。例えば道端に落ちている石や雑草のような、そこにはあるけどあまり気にされないような存在。
だから学校ではこれ以上ウザがられないようにかつ面倒事に巻き込まれないように静かに、目立たないように生活をした。家では親から頼まれたことを完璧にこなせるように動き回る。親に認められるようにテストでは良い点をとれるように、成績はなるべく上位をキープできるようにただただ勉強した。
そんな毎日だから学校でも家でものんびりできることはあまりなかった。
そんな日々に疲れた俺が放課後によく行く少し息抜きできる場所がある。それは学校にある図書室と桜の木の下のベンチ。
俺の通う小学校にある図書室はそこそこ大きいため校舎と別に建てられている。様々なジャンルのたくさんの本が所蔵されているそこは本を読むのが好きな俺にとって、どの本を読もうかどの本が面白いかとわくわくできる場所だ。
そして図書室の隣には校庭の他の木々よりもひときわ大きな桜の木が植えられていて、その近くにはいつかの児童が図工の授業で作ったらしいどこか暖かみのある木製のベンチが置かれている。図書室の裏手にあるからか、普段その辺りにはあまり児童がいない。そのベンチに座って静かに目を閉じると、辺りの木々の葉が風でなびく音が俺を包み込んできて落ち着ける。俺は図書室で借りた本や自分で持ってきた本をそのベンチで読むのが好きで、お昼休みや放課後になるとよくそこに居た。
そしてたまに、校庭で遊んでいた児童がが下校して人がいなくなってからその桜の木にその日あった嫌なことや辛かったこと、たまにある嬉しかったことを話し掛けていた。頭おかしい人の様に聞こえるかもしれないが、妹しか毎日喋る相手がいない俺にとって話し掛けるとまるで頷いて返事をしてくれているように風で揺れる葉のサラサラという音を聞いていると心の中のモヤモヤが少し晴れて楽になれる気がしていた。
~・~・~・~
新しい学年が始まりしばらく経った四月下旬。始業式や入学式の時には新しく小学生になった一年生の家族写真のスポットにもなっていた満開の桜はもう大分散ってしまったが、その分緑色の葉が青空に映えていた。放課後やっと授業から解放された俺はいつものようにベンチに腰掛けて本を読み始めた。
しばらく読んでからふと顔をあげて辺りを見渡すと、校庭で遊んでいた他の児童は既に下校したのか静かになっていたので、俺は周囲に人がいないか確認してから桜の木を見上げながらぽつりぽつりと話はじめた。今日は色々あって今まで溜めていたモヤモヤを吐き出したかったのだ。
「…学年が上がってクラスが変わればなにか変わるかもって思ったけど変わらなかったな…男子も女子も。お前は花を咲かせるとみんなに喜ばれて好かれて良いよな…俺もお前みたいに静かにそこにいるってだけなんだがな…」
クラス替えでクラスメイトは変わったが今までのいじりなどは少しも収まらなかった。ほんの少しでも何か変わると期待した俺が間違っていたのかも知れない。まあもうこの環境には慣れっこだが。
そう思いながら桜の木を見上げる。そいつはいつものように風に枝を揺らしてサラサラと葉音をたてていた。見上げたままふっとため息をついたそのとき、急に吹いた強い風により枝が大きく揺れたので砂ぼこりなどが目に入らないようとっさに目を閉じる。風が弱まったのを確認してからゆっくりと目を開けて息をつきながらふと横を見ると、いままで自分しかいなかったはずのベンチに少し離れて同じように木を見上げている少女が座っているのに気付いた。顔を見た感じおそらく同級生ではないだろう。
「えっと…」
目を閉じていた少しの間に突然現れた謎の少女に声をかける。肩下くらいまで伸びた綺麗な黒髪に、つい先週まで咲いていた桜の花に似た色のワンピースを着て薄手の白いカーディガンを羽織っている。身長は俺より少し小さいくらいの綺麗というよりもかわいいという言い方がしっくり来る少女だ。と、ゆっくりと顔をこちらに向けながら少女が答えてくれた。
「こんにちは。私は…この桜の木の守り神?的な感じです」
「は?」
「ずっと人目の前に出てなかったので…人と話すのも久しぶりだ…ずっとこの桜の木の回りにはいたんですが…」
「…?」
少女はいたって真面目な顔をしながらそう言った。あまりに真面目に答えるので聞き間違いかと思わず聞き返してしまう。
「桜の木の…守り神…って言ったか?」
「はい!ずっとこの桜の木とここに来る人のことを見守っているんです!」
あかんこいつやばいやつだ…と俺が一人考えていることに気付いていないのか、自称守り神は桜の木を見上げながら続ける。
「この桜ってよく咲くから好きで…だからここで守り神しているんですよ」
「…はあ」
まだ追い付かない頭を必死に稼働させて情報を処理しながらとりあえず質問しておこうと考え口を開く。
「てかどうして急にここに?」
「さっき木に話し掛けていたあなたの顔が少し寂しそうだったので…気にしていたらなんとかなりそうだったので人前に出てみました!まあ恐らくあなたににしか見えてないでしょうが…」
「…なるほど」
話を聞く限りはとても優しそうな少女だ。まあまだ頭は追い付いてないけどねっ!うん、キモいな。と、脳内で一人ノリツッコミをしていると少女が口を開いた。
「あの…あなたのお名前は?」
「比企谷八幡。お前は?」
「聞いといて何なんですが…特に決まっていません。桜の神でも桜の妖精でも桜でもなんとでも呼んでください」
聞いたくせにと脳内で突っ込みながら桜の神をもう一回よく見る。うん、よく分からないが知り合いになりました(雑かな?)。
「ところで…もうこんな時間ですが帰らなくて大丈夫ですか?」
「あっやべ…帰らなきゃ」
時間をすっかり忘れていたが結構いい時間になっていたのでランドセルを背負いベンチから降りて桜の神を振り返る。
「じゃまたいつか」
「はい!またここに来たときにでもお話ししましょう!」
「…おう」
笑顔で手を振ってくる桜の神に別れを告げて校門へ向かって歩いていく。校門のところで振り返ってみるが桜の神はもうおらず、いつもと同じように校庭の木々の枝葉が風になびく音だけが響いていた。
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