今後は地道に投下していく予定。
「皆、申し訳ないけど急遽出撃が決定しました。」
今日で冬木から帰還して丁度12日。
会議室の一つ、そこにはカルデアの最後のマスター達と各々のサーヴァント達が集まっていた。
「今から2時間前、フランスでの特異点の観測に成功しました。時代は西暦1431年のフランス。百年戦争、その休戦期の一つに当たる時期です。」
会議室の正面に設置されたモニター、そこにはフランス全土の地図が表示された。
「この時期は彼の聖女ジャンヌ・ダルクが処刑されて少々の期間が過ぎた頃です。ほぼ間違いなく、フランス並びジャンヌ・ダルクに関する英霊が召喚されていると予想されます。」
すると、予想される数多くの英霊の名前が表示されていく。
ジャンヌに啓示を与えたとされる聖女マルタ。
円卓最優にして、裏切りの騎士ランスロット。
ジャンヌと共に戦い、フランスを救った救国の英雄ジル・ド・レェ。
フランス王室最後にして最愛の王妃マリー・アントワネット。
現代まで語り継がれる音楽の天才ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。
不可能の文字無き皇帝ナポレオン・ボナパルト。
世紀の予言者ノストラダムス。
他にも多くの著名な人物がその名を連ねていた。
「とは言え、今の我々にこれ以上の議論をしている余裕がありません。準備が出来次第直ぐにレイシフトを行います。」
「あの、余裕が無いってどういう事ですか?」
そこに藤丸が手を挙げて質問する。
もっともな疑問だが、以前のオルガマリーならこれから説明すると喚き散らしていただろうが、寄り掛かれる相手に思う存分吐き出して甘えた後だからか、彼女はあくまで所長として冷静に対処できていた。
「おっと、そこから先は私が説明させてもらうよ。」
そこで技術顧問のダヴィンチが口を開いた。
「現在、フランスの観測が予想以上に不安定になっている。これは推測混じりだが、フランスの特異点が人類史を完全に否定しつつあるとみている。また、そうでなくともまた安定するまでどれ位かかるか分からない以上、ここでレイシフトしない訳にはいかない。」
もし座したままなら、特異点は崩壊し、今度こそ人類史は焼却されるだろう。
静かに続けられた言葉に、全員が押し黙った。
「出発は今から30分後です。各自、準備をして中央管制室へ。」
遂に、彼らの旅路が始まる。
「お、お母さま!大丈夫だったかしら!?私変じゃなかった!?」
「えぇ、大丈夫です。とても立派に将としての務めを果たしていましたよ。母はしっかりこの目で確かめていましたから。」
「よ、良かったぁ…。」
「ふふふ、頑張りましたね。いい子いい子。」
なお、所長と頼光のあれそれは所員全員が見て見ぬふりをしている模様。
……………
「っと、レイシフト完了を確認。皆、状況報告!」
百年戦争時のフランス、ラ・シャリテの街だった場所。
そこは既に人気のない廃墟と化していた。
「こちらキリエライト、マスターと共に全員無事です!」
「こっちはオレと桜、セイバーとライダーも無事だ!」
「こっちもだ。キャスターも無事だ。」
何とか全員が同じ場所にレイシフトする事に成功していた。
『よし、無事に辿り着けた様だね。』
透かさず、カルデアからロマンが通信を送る。
しかし、その通信にはノイズが混ざっており、未だ安定しているとは言えなかった。
「ロマン、最寄りの霊脈は?」
『ちょ……待……………不a………』
それきり、カルデアからの通信は切れた。
「カルデアからの情報支援は当てに出来ないわね…キャスター!」
「はいはい。」
「最寄りの霊脈は?」
「少々か細いですが、この街の郊外にありますね。もっと言えば、この街の近くの山を越えて、山脈沿いの森にいけばもっと大きな霊脈があるんですが…。」
「現代で言うモルヴァン自然公園ね。では先ずはそこを」
「『闇天触射/タウロポロス・スキア・セルモクラスィア』。」
その瞬間、一同の頭上へと千を優に超える矢弾の雨が降り注いだ。
……………
「Grrrr……!」
ラ・シャリテの街の外。
近くの山の中腹に、その魔獣はいた。
獅子の耳と牙に四肢、左肩には魔猪の頭、背に竜が如き翼、そして獅子のそれから大蛇へと変じた尾。
彼女が討った魔猪が飲み込んだゴルゴーンの眷属により操られるまま、今度はアタランテへと憑りついたのがこの姿だった。
そんな異形の身でありながら、その弓矢を扱う技術は卓越し、しかし一切の理性を感じさせない。
彼女の真名はアタランテ。ギリシャ神話に名高き俊足にして弓矢の名手、狩人にして乙女の英霊。
その顔と胴体だけは未だ乙女の名残を見せるが、それ以外は魔獣そのもののサーヴァント。
謂わばアタランテ・オルタというべき存在は、今しがた現れた友軍ではないサーヴァントへと不意を衝く形で現在の自身が放てる最大火力である宝具を放ち、その効果を確認していた。
本来ならアーチャーのクラスで放たれる「訴状の矢文/ポイボス・カタストロフェ」に、自身の汚染された魔力を注ぎ更に威力を強化したものが「闇天触射/タウロポロス・スキア・セルモクラスィア」となる。
威力と貫通力だけなら、拡散ではなく収束した一射で放った方が遥かに高いのだが、バーサーカーである今の彼女にはそこまで考える理性がない。
今の彼女は幼い頃に狩猟と月の処女神アルテミスとその聖獣である母熊に育てられた頃の本能に加え、トロイア戦争において憑りつかれたゴルゴーンの眷属による汚染を受けた状態にある。
理性なんて期待できないし、善悪なんて以ての外。
畜生としての理に生きる、単なる魔に過ぎない。
腹が空けば喰らい、腹が立てば殺し、欲すれば奪い、弱ければ狩る。
ただその程度の、神話や伝承ではよくいる類の物の怪だ。
実際、トロイア戦争でも彼女により多くの血が流れ、命が無作為に狩られた。
「…!」
だが、そんな本能に生きる魔獣だからこそ、彼女はその一射を避ける事が出来た。
バチバチと雷を纏いながら飛来した破魔矢の一撃、それは彼女が先程まで乗っていた樹を一撃で炭化させながら、広範囲に放電する事で漸く消えていく。
「到着早々歓迎とは楽しませてくれるじゃねぇか。」
「ッ!?」
己に追随できるのはあの小僧っ子だけ。
狂気の中でどこかそう思っていた彼女は、近くから聞こえた声に背筋を泡立たせ、その方向へと左手の爪を振るう。
その軌跡の延長線上10m程が切り裂かれるが、既に標的はそこにいない。
だが、背筋に走る悪寒は未だ消えない。
「■■■■■■■■■■■■ッ!」
「おおっと!」
魔力を載せた咆哮による疑似的な魔力放出。
それによる全方位への攻撃に、鮭跳びの術で一気に接近した槍兵が距離を取る。
先はまだ長いのに、ここで詰まらない手傷を負って離脱したくはなかったからだ。
「ガァァァァァァ!」
漸く視認した敵の姿に、魔獣となったアタランテは矢を乱射しながら接近する。
「すまねぇな。飛び道具は効かねぇんだわ。」
「ッ!?」
矢除けの加護B。
生来持っていたこの加護により、彼には飛び道具の類は一切効かない。
「グルぁ!!」
ならば爪牙で以て引き裂くまで。
牙をむき出しにし、Aランクの筋力と地上最速たるアキレウスに匹敵する敏捷というバーサーカーらしいステータスの暴力で以てアタランテがクー・フーリンへと襲い掛かる。
「間抜け。」
だが、相手は百戦錬磨にして修羅道ケルト神話において尚最強を誇った大英雄である。
超高速の戦闘など当然の事であり、己より早い相手の対処法など当然の様に心得ている。
当たり前の様に迫り来る爪に反応し、紙一重でそれを回避し、反撃に呪いの魔槍による刺突が贈られる。
その一撃を、アタランテもまた本能と敏捷任せに回避する。
「……。」
このまま時間を費やせば包囲されて死ぬ。
形勢不利と判断したのか、はたまた獣の直感か、アタランテは撤退行動へと移る。
矢を乱射し、クー・フーリンではなくその周囲の物体へと乱雑に狙いを付けて、威力よりも手数を重視して連射する。
「逃がすかよ!」
だが、この男相手にそれは悪手だった。
アイルランドの大英雄、光の御子クー・フーリン。
彼の本領は正面からの戦闘だけでなく、10年間休みなくゲリラ戦をし続ける程の戦略・戦術眼にこそある。
如何に強くても、如何に不死でも、如何に偉大でも、それだけでは何時か限界が来る。
その限界を知恵と機転によって覆し、10年もの間女王メイヴの無尽蔵の軍勢から国を守り通したのがクー・フーリンなのだ。
そんな彼が、逃げる敵を理由もなく逃す筈もない。
況してや相手をここで確実に仕留めるべきと判断すれば猶更の事。
「エワズ!ライゾー!」
クー・フーリンの18のルーンの内、どちらも敏捷性を強化できるルーンだ。
それを両の腿へと刻み、唯でさえ優れた敏捷性が更に高まり、アタランテへと追従する領域となる。
「グゥゥゥ……!!」
日光の遮られた森の中を、出鱈目に走り続ける。
木の幹や枝、果ては散った葉すら足場としながら、魔獣は追跡者から逃れるべく駆け続ける。
だが、相手は古今無双の大英雄、死後己の力で蘇ったという死すら超越した太陽神の息子。
逃れる事は出来ない。
「ガぁ!?」
そして、気づけば周辺をルーン魔術による結界によって覆われていた。
「申し訳ありませんねアタランテ。今の貴女は見過ごせないのです。」
それは今の今まで一切の気配なく、超音速で機動する二騎の英霊を先回りし、結界を構築していたキャスターの言葉だった。
「ぐ、あああああああああああああああああああ!!!」
その声に自身が詰んだ事を察したアタランテは、自らの霊基が自壊する程の魔力を込め、宝具を開放する。
今度は収束型での使用。
現状のカルデアのサーヴァント達ではキャスター位しか防げない、途中にある全てを貫通してマスター全員を殲滅するに足る威力だ。
今からマシュが宝具を展開しても、キャスターが転移して城壁を展開しても、アタランテの持つ「追い込みの美学」がそれをさせない。
生前の彼女が持つ「求婚してきた男を先に走り出させた後に追い抜き、射殺す」という逸話により、常に彼女は敵の行動を確認した上で先手を取る事が出来る。
故に防御も回避も不可能だった。
だが、この場には一人だけ、それを超える権能を扱える男がいた。
「『刺し穿つ/ゲイ』…」
因果逆転。
先に結果を作り、その後に原因を齎す。
「『死棘の槍/ボルク』!」
生前においてはコノートの戦士達、そして彼の親友と息子、最後には彼自身の命すら奪った一撃必殺の呪いの朱槍。
その一刺しが、魔獣へ堕ちた乙女の心臓を貫いていた。
「が、ぱ……?」
己の胸を貫く真紅の魔槍に不思議そうな顔をしてから、アタランテは仰向けに倒れた。
「あばよ。次は素のアンタと会いたいもんだな。」
「すまん、光の御子よ。恩に……きr」
そこまで言って、堕ちた魔獣にして乙女はエーテルとなって消えていった。
「さようならアタランテ。叶うなら、次は味方として再会しましょう。」
それを見守っていたヘカテーのシビュレは、冥府に連なる者として、静かに祈りを捧げた。
Q なんで初手アタランテなん?
A 他のと乱戦中にこいつにヒット&アウェイされるとその時点で詰むから。
Q アタランテが何故にトロイア戦争?
A 待たれよ第三特異点(難易度第六相当)。
Q アタランテ弱くね?
A 天敵(矢避けの加護・魔性特攻・生前の知り合い)が多数いたから仕方ないネ。