これは夢だ。
それが分かっていても、僕はあの瞬間を夢に見続けている。
『また会いましょう、皆さん。』
降り注ぐ瓦礫の中、ランサーは微笑みながら手を振っている。
自分はそれを何も出来ず、遠ざかりながら見つめるだけだった。
後ろからは衛宮や桜、藤丸が何かを叫んでいるが、その内容は覚えていない。
覚えているのは、肩の荷が下りたとでも言う様に爽やかに微笑む彼女の最後の言葉だけ。
『諦めずに前を向いてください。』
再会を約束した。
そのための触媒も貰った。
それでも、それでも。
桜を、士郎を、自分を救ってくれた人に、何も返す事が出来なかった。
『此処からは、貴方達の物語なのですから。』
故に間桐慎二にとって、あの戦いは間違いなく敗北だった。
……………
「よし、皆集まったね。じゃぁ確認のためにもう一度説明しよう。」
カルデア内の英霊召喚システムたるシステム・フェイトの設置された区画の一室にて。
そこでモナリザそっくりの姿に自己改造した万能の天才が常の通りに飄々とした様子で説明を始めた。
「我々が特異点を修復するに辺り、現地のその時代にレイシフトし、歴史改変の原因となっているものを排除する。これには冬木の時と同様に聖杯が存在し、それを使用する者がいる筈だ。そして、そんな連中が戦力としているのが英霊だ。なら、こっちも英霊だ。」
そこまで言って、背後に置いてあったホワイトボードが提示される。
「とは言え、完全な英霊を使役する事は人間側が持たない。よって、クラスの枠に嵌めてその一側面のみを抽出して召喚するのがサーヴァントだ。弱体化しているとは言え、サーヴァントは人類が扱える兵器の中で最強だ。無論、ピンキリだし制約も多いけどね。」
そこには、サーヴァントの各クラスの特性が書かれていた。
今更であるが、素人の藤丸と素人同然の士郎や桜もいるので纏めたものだ。
セイバー……剣の騎士。知名度・ステータス・宝具全てが高い大英雄しか呼ばれず、高い対魔力を有する。
ランサー……槍の騎士。セイバーよりも間口が広いが、敏捷性に優れた英雄が多く、対魔力を有する。
アーチャー……弓の騎士、ではない。遠距離攻撃を得意とする英霊が該当し、単独行動スキルによってマスターから独立して行動可能で基本燃費が良い。対魔力を有する。
ライダー……騎乗兵。主に乗り物を宝具として機動性が高いが、他にも多数の宝具を持つ。が、そのために燃費はやや悪い。
アサシン……暗殺者。気配遮断スキルにより、戦闘よりも暗殺・諜報・各種工作等の非正規戦を専門とする。存在そのものが他よりも希薄なため、燃費が良い。
キャスター……魔術師。魔術に優れ、回復・索敵・強化・弱体化等の支援能力に優れる。また、陣地作成・道具作成により時間がかかるが自陣営を強化できる。が、基本的に戦闘能力は低いし、燃費と言うか累計コストが酷い者もいる。
バーサーカー……狂戦士。理性を奪い、ステータスを強引に引き上げ、暴れるだけ。正に兵器。扱いは難しく、燃費も悪い上に狂っているため基本的に宝具の真名解放が出来ない。但し、コミュの必要無し。
「とまぁ、各クラスの特性はこんなものだ。中には複数のクラス適正を持った者やスキルによって複合した状態で召喚される英霊もいる。君達の知るあのランサーなんかがそうだね。」
ダヴィンチの言葉によって思い出すのは、あのメドゥーサだった。
いつものほほんとしてて、かと思ったら唐突にネタをぶっ込んできて、それでいてとても頼りになる不思議な人だった。
「彼女は世にも稀な全クラス適正持ちにして全クラス複合サーヴァントだった。正直、サーヴァントとしては人格・能力・宝具に知名度全てにおいて最上級の一角だ。実際、狂ってないヘラクレスすら撃破した訳だし。」
まぁそれはともかく、とダヴィンチは続ける。
「君達にはこれより英霊召喚をしてもらう。当カルデアの守護英霊召喚システム・フェイトによる補助で召喚可能だが、その現界維持魔力は君達の魔力及びカルデアの生産する電力を魔力へと変換して供給する。だがしかし、宝具等の急激な魔力消費は供給が追い付かない場合、君達の魔力だけで賄う事もあるので、連発は要注意だ。」
「質問いい?」
そこで慎二が手を上げる。
他のオルガマリーを除いた面々は今の説明を飲み込むので精一杯の様子だ。
「このシステム、召喚される基準は?」
「原則、人理守護に賛同する英霊のみが召喚される。その中でも、君達と縁を繋いだ事のある存在が優先されるね。」
「触媒の使用は?」
「可能だ。だが、触媒があると言えど絶対じゃない事は頭に入れておいてほしい。」
「いや、十分だ。ありがとう。」
可能性が高いのなら、それで十分だった。
元々慎二だけでなく、縁だけで呼んだ桜もいるので、これで成功する確率はかなり高くなった。
「まぁ余程の事がない限り、召喚=契約だから、そう肩肘張らずにいってみようか。」
というわけで、英霊召喚をする事となった。
……………
トップバッターは士郎だった。
召喚サークルの前に立ち、システムを起動する。
すると、眩いエーテルの光と共に、一騎のサーヴァントが召喚された。
眩い金髪、涼やかな碧の瞳、清廉な気配。
彼女こそ世界に名だたるブリテンの騎士達の王。
「サーヴァント・セイバー。召喚に応じ参上しました。貴方が私のマス、ター……か………。」
呼び出されたのは、冬木でも召喚された騎士王だった。
彼女は士郎を見るとあんぐりと口を開いて硬直し……
「ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃ!!」
次いで、泣きながら土下座した。
「せ、セイバー!?」
「ひいいいいいいぃぃぃぃぃ!?またアーサー王がぁぁぁぁぁぁぁ!?」
そして見ていたオルガマリーも先日の戦闘で負ったPTSDにより悲鳴を上げた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!大河を守れなかった上に自分の妄執にかまけて裏切ったりしてごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!」
「怒ってない!もう怒ってないから!だから泣き止もう、な!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……。」
すすり泣きながら謝罪を連呼するセイバーを引きずって、士郎が部屋の隅へと下がる。
初っ端から大波乱だった。
「つ、次は俺の番だね。」
少し顔を引きつらせながら、今度は立香が召喚サークルの前に出る。
頼むからまともな英霊来てください。
そう願いながら召喚を開始する。
「よぅ、サーヴァント・ランサーだ。召喚に応じ参上した。ま、気楽にやろうぜ。」
怪人青タイツもとい槍を持った方のクー・フーリンだった。
これでもう、麺のないラーメンなんて呼ばせない…!
「うん!こちらこそよろしく、クー・フーリン!」
正統派の大英雄にして、自分の事を覚えていないだろうがキャスターとは言え頼れる姿を見せつけてくれた彼の姿に、立香は心底ほっとしながら笑顔で挨拶を交わした。
「っと、後が痞えてるんだった。ちょっとどいてね。」
「おう。ってかあの騎士王様は何やってんだ?」
「うん、まぁ、色々。触れずにいてやってね。」
立香とクー・フーリン(五次ニキ)が退くと、次に立ったのは桜だった。
「すーはー、すーはー……よし、間桐桜、行きます!」
そして召喚サークルが起動する。
すると、そこには見慣れた様で見慣れない姿があった。
「サーヴァント・ライダー、召喚に応じ参上しました。余り、良い趣味とは言えませんね…。」
紫の長髪、白磁の肌、女神そのものの美貌、そして僅かに漏れ出る魔性の気配。
だが、その恰好は露出の多い黒と紫のボディコンの様な衣服に独特の眼帯だ。
その姿は衣装こそ違うものの、紛う事なく冬木でこの場の面々を最後の瞬間まで助け続けた彼女だった。
「メドゥーサ!?」
「如何にも。とは言え、貴方達の出会ったランサーとはまた別側面ですが。」
あっちは中立中庸、私は混沌善です。
そう言ってのける彼女からは、ランサー時にはあった他者への配慮や柔らかさが消えている。
この辺り、やはり別側面と言う事なのだろうが、彼女の発言に何とか落ち着きを取り戻していたオルガマリーが反応する。
「ちょっと待って。貴方、セイバーもそうだったけど、冬木での記憶を継承してるの?」
「断片的ですが、大まかな事情は。大変な事態だとの事で、本体と抑止力から半ば無理やり押し付けられました。」
そう返答する声音からは、何処かげんなりとした気配がする。
やはり根っこは同一人物らしく、自身の趣味の方が基本は優先の様だ。
「じゃぁ私の事も…。」
「えぇ、ちゃんと貴方と認識できていますよ、桜。」
自身のマスターにライダー・メドゥーサが答える。
その声音は露骨に優しく、穏やかな雰囲気に満ちている。
コミュ能力はランサー時と比較して低いが、主従関係には問題なさそうだった。
で、この二人が退いた後、遂に慎二の番となった。
「よし、次は僕だな。」
その手に握るのはランサー・メドゥーサから貰った鎖の一部である環。
彼女の髪の毛が変化したそれは、相性ばっちりの触媒となる。
「来い、メドゥーサ!」
その叫びと共に、召喚サークルが今までに無い程に活性化する。
「おお!この反応は間違いなくSSR…!」
「ロマニ、ガチャじゃないんだからはしゃがない!」
はしゃぐロマニにオルガマリーが叱咤する。
だが、この場の全員が期待していた。
冬木で大活躍だったランサーのメドゥーサ、彼女が来る事を。
『おや、貴方でしたか。良いでしょう、その声に応えます。』
慎二の脳裏に声なき声が響く。
ランサーと幾度も使った念話の感覚に、知らず拳を握りしめる。
そして、部屋に光が満ちた。
「サーヴァント・キャスター、召喚に従い参上しました。」
召喚サークルの上、そこには黒いフードを被った明らかに小柄な、少女の人影があった。
フードに隠れてはいるが紫の長髪に白磁の肌、そして感じ取れる神性の気配に、間違いなく彼女がメドゥーサなのだと物語っていた。
「メドゥ………サ……?」
「えぇ。先日は槍を持った私と共に戦った様ですね。」
フードの下から僅かに望む美貌は、確かに彼女が将来美女のメドゥーサとなる事を約束していた。
「この姿は私が女神であった頃。未だ神性を保持し、修行の旅をしていた頃の姿です。見た目こそ未熟ですが、技量や経験に関しては差がありませんのでご安心を。」
そう言ってシャンシャンと錫杖を振るう姿は何処か愛らしい。
しかし、その身を構成する濃密なまでの神秘は、魔術師なら無条件で納得できるものがあった。
「おや、別の私ですか。」
「あら、ライダーの私ですか。」
自分の他の側面が召喚されたのに気付いたのか、壁の花となっていたライダーのメドゥーサが寄ってくる。
そして、じっと眼帯とフード越しに視線を合わせる。
「良かった。今の貴方なら大丈夫そうですね。」
「えぇ。これからよろしくお願いします。」
ぺこりぺこりと成長前と後の自分同士で頭を下げ合う姿は実にシュールだった。
後、会話内容の不穏さに気付いているのが、この場ではロマンとダ・ヴィンチに慎二だけだった。
「さ、話し合いは後にして、次の召喚にしましょう。」
そして最後、遂に我らが所長オルガマリーの番だった。
「漸く、漸くなのね……。」
召喚サークルの前で、オルガマリーは顔を俯けて肩を震わせていた。
「若輩だから、マスター適正が無いから、レイシフトできないからと馬鹿にされ続けた私が、遂に自分の手で召喚し、共にレイシフトできる……!」
思い出すのは時計塔の他のロードや派閥の鼻持ちならない魔術師達。
そしてカルデア内の自身に陰口を叩く職員達。
後者はレフの爆破テロによって纏めて吹き飛んだのでもう二度と顔を合わせなくて済むが、それはさておき。
「遂に、遂に!私による、私のための、私だけのサーヴァントを召喚できるのね!私を信じて支えて守ってくれるサーヴァントを!」
そして、今までの鬱憤を晴らすかの様に叫んだ。
その内容に、その場にいた全員がドン引きした。
変わり者の多いサーヴァント一同も露骨に呆れていた。
「来て!私のサーヴァント!」
そして召喚サークルが輝き出す。
正直、その雇用条件で来る英霊っているの?と皆が疑問に思う中、先程のキャスターのメドゥーサの時と同様に召喚サークルが激しく輝き出す。
「嘘ぉ!?今ので来ちゃうの!?」
「ロマニ、後で貴方酷いからね!」
そして、遂に最後のサーヴァントがその姿を現した。
「こんにちは、愛らしい魔術師さん。サーヴァント、セイバー……あら?あれ? えぇと、サーヴァント・バーサーカー、源頼光と申します。大将として未だ至らぬ身ですが、よろしくお願いしますね。」
そう言って現れたのは長い黒髪に自己主張の激しい肢体と美貌、そして包容力を感じさせる大人の女性だった。
その腰に差した刀と矢筒、背負った弓さえ無ければ、とても彼女が神秘殺しで名高い日本の武将とはとても思えなかった。
一同が騎士王に続く女体化にあんぐりと口を開いて驚く中、二人だけが内心でこんな事を思っていた。
((承認欲求マシマシの所長が母性の塊を召喚するとか、何と言う割れ鍋に綴じ蓋。))
所長の願望を思うと、召喚に応じそうなのがバーサーカー系しか思い当たらず……。
ただ、頼光だと成長の機会を奪いそうな程強力だし……
よっしゃ、他の特異点もちゃんと強化しちゃろ!
なお、次回はそれぞれのコミュ回。