メドゥーサが逝く   作:VISP

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FGO編 特異点F その7

 『――――バーサーカーは、強いね――――。』

 

 あの雪の日々を覚えている。

 若き日の様に狂気を付与されながら、しかし己の意思を保ちながら、己は何も出来なかった。

 守るべき少女を獣から守ろうとすれば、否、己が存在するだけで少女を傷つけ、血を流させる。

 その矛盾への憤りを、訓練のために放たれた獣へと咆哮と共に叩き付ける。

 静かになり、純白の中に鮮血の散った雪原で、少女は傍らに立つ己を見上げてそう言った。

 そうとも。

 君の召喚した従者たる己は、最強の英雄だ。

 だがしかし、今の己では生前程に強くはない。

 

 『流石に理性無くともヘラクレス、ですか。』

 

 生前の最も偉大な二人の師、その中でも己に多くを託して散った人が今度は敵として現れた。

 そして、良い様にあしらわれてしまった。

 当然だ。

 あの人は己の師匠であり、あの大魔獣に二人で立ち向かった相棒なのだ。

 理性を無くした己では、あの人を捉える事は不可能に近い。

 

 『――――バーサーカーは、強いんだから。』

 

 師匠と交戦した後、戻った城で己に抱き着きながら悔し気に呟く少女に、巨大な不甲斐無さを感じる。

 違う、違うのだ。

 本来の己なら、あんな無様は晒さない。

 本当の己なら、少女を慰める事も出来るのだ。

 本来の己なら……嘗ての願いを叶えられるのに。

 

 『………れい……じゅ………。』

 『え?』

 

 だからこそ、渾身の力で狂気へと抗った。 

 令呪、それは魔法の領域にすら届く三回限りの契約の証。

 これを伝えれば、己は今度こそ正しく少女を守る従者となり、先立ってしまった師に己の研鑚を報告する事が出来るのだ。

 

 『…! さっきのランサーが言ってた事!』

 

 思った通りに少女は聡く、正しい解答へと辿り着いた。

 

 『バーサーカー……。』

 

 しかし、そこに至ったが故に、少女は気弱な様子で問いかけてきた。

 

 『理性が戻っても、私の傍にいてくれる…?』 

 

 親も、兄弟も、友もなく。

 たった一人孤独に雪の城の中で過ごしていた少女は不安げに問い掛けてきた。

 

 『………。』

 『わ!』

 

 膝を突き、目線を合わせ、決して傷つけない様に細心の注意を払ってその柔らかな髪を撫でる。

 そして目で己の意思を伝える。

 己は決して貴女から離れず、貴方を守り続けると。

 

 『うん!これからも一緒にいようね!』

 

 己の意図は正しく伝わり、少女は安心した様に破顔した。

 

 『イリヤスフィール・フォン・アインツベルンが令呪を以て我が従者に告げます…。』

 

 『バーサーカー!理性を取り戻して!』

 

 『もう一回!バーサーカー、本当の貴方に戻って!』

 

 こうして、己の中から狂気は払われたのだ。

 

 

 『サーヴァント・バーサーカー。ヘラクレスだ。これより貴女の従者となり、共に歩む事を誓おう。』

 

 

 ……………

 

 

 魔槍ゲイ・ボルク。

 名称がゲイ・ボルガ、ゲイ・ブルグ、ゲイ・ブルガと幾つもあり、それを表す様に幾つも存在する。

 その多くはクー・フーリンの師匠たるスカサハが所持している様に、特定の宝具を指す言葉ではない。

 元々は紅海の魔獣又は怪魚、波濤の獣と言われるグリードとコインヘンが戦い、負けたグリードの頭骨が浜辺に打ち上げられ、それが紆余曲折を経てスカサハと次いでアイフェの下へと渡り、この二人が武器へと加工したものだった。

 そのため、ゲイ・ボルグはゲイ・アイフェとも呼称される。

 

 そしてもう一つ、そもそも武器ではなく足を用いた独特な投擲方法とされるものだ。

 この投擲方法を用いた際、投げれば30もの鏃となって敵軍へと降り注ぎ、必ず命中し、対象に様々な呪いを与えて死滅させると言う。

 とは言え、刺してもほぼ同じ効果が出るため、やはり槍の名称が一般的と考えられる。

 この後者の方をこそ、嘗てメドゥーサは友人関係となったスカサハに学び、鮭飛びの術と言われる極めて高度な跳躍術と共に身に着けた。

 そして、宝具の真名解放とは別に原作でもクー・フーリンがそうした様に、鮭飛びの術とこの投擲方法の合わせ技により、単なる投擲でありながら対軍級の火力を魔力消費無しに出す事が可能となった。

 

 だがしかし、相手が悪すぎた。

 

 

 ……………

 

 

 「『射殺す百頭』―――ッ!」 

 

 射殺す百頭。

 それはヘラクレスが不死にして無限に増殖するヒュドラを相手に編み出した技を切っ掛けとした武術の総称である。

 例えどんな武器であっても放つ事の出来る彼固有の奥義であり、弓以外なら超高速の9連撃となり、弓で放てば対竜属性を帯びた追尾式レーザーに似た代物となる。

 そして、今現在の彼が使っているのは己を讃える神殿の柱となっていた巨大な斧剣である。

 即ち、放たれるのは超高速9連斬撃。

 それを上回る速さは最早完全同時の第二魔法の領域でしか有り得ない。

 加えて、宇宙最大の剛力無双の放つこの技は、一太刀一太刀がビルを両断し、城壁を貫き、山肌を抉り、地形を簡単に変えてしまう。

 そして、今回放たれたのは一撃一撃が対軍程度に加減された代物だった。

 

 「まぁこうなりますよね…。」

 

 強く諦観を滲ませた言葉と共に、己の投擲の威力が完全に掻き消され、未だ落下中の自身に向かってくる剣圧へと呑まれていく。

 

 「では、任せましたよ。」

 

 そして、ポンと軽い音と共に、ランサーは何の痕跡も残さず消えた。

 

 「いや、まだだ。」

 

 それを見届けながら一切の油断なく、ヘラクレスは上へと向けていた視線を下に向ける。

 そこには地面に描かれたルーン文字、それらを起点に構成された十重二十重の封印結界。

 魔術だけでなく陣地作成スキルまで併用する事で作成された極めて強固な結界が、ヘラクレスを捕えていた。

 

 「『虚・千山斬り拓く翠の地平と万海灼き祓う暁の水平』ッ!!」

 

 イガリマ&シュルシャガナ。

 そして、意識を足元へと向けていたヘラクレスの頭上からはメソポタミア神話における戦神たるザババの持つ巨大な二振りの剣が突如現れ、ヘラクレスを圧死させんと落下する。

 対魔力の低い者なら動く事もままならず、更に言えば筋力C以下なら問答無用で拘束してしまえるだけの高性能な結界と山すら切り崩す巨大な双剣の合わせ技。

 凡百の英霊なら、この時点で絶望し、死んでいく。

 しかし、相手はヘラクレスである。

 

 「ぬぅん!」

 

 ただ身体に力を込めた。

 それだけで結界が内側から弾け飛んだ。

 

 「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 迫り来る二振りの巨剣、それを大英雄は咆哮と共に『全力』で殴り飛ばし、木っ端微塵にしてしまう。

 

 「えぇ、貴方ならそうすると思ってました。」

 

 そして、何時の間にか消えていた筈のランサーが再び現れていた。

 二種の縮地に多重召喚スキルの恩恵である気配遮断、そしてもう一つの切り札で今の今まで隠れていたのだ。

 

 「さぁ、お膳立てはしましたよ。」

 「助かりました、ランサー。」

 

 そして、準備は整った。

 戦闘と同時に移動し、人気の無い外人墓地にまで誘導し、更に街へと被害の出ない射線を確保、更にその射線上にヘラクレスとイリヤスフィールを配置する。

 これだけのために、今までランサーは無茶をし続けたのだ。

 

 (全く、慎二に凛と士郎への指示を頼んで正解でした。)

 

 こういう咄嗟の連携を行う時、念話と言うものは実に便利である。

 まぁセイバーに関してはまともに契約を結べていないので、自分が隠れながら直接伝えたのだが。

 現状、ヘラクレスの守りを突破するにはセイバーの聖剣が最も有効であり、更に言えば一度直撃すれば複数の命のストックを確実に持って行ってくれる。

 止め役としてはこれ以上ないだろう

 

 「『約束された』…」

 「ぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…ッ!!」

 

 セイバーの手の中、風の鞘から解放された聖剣に光が収束していく。

 あの剣こそ正に最強の聖剣。

 人の祈りの象徴、この星の最終防衛兵器、最強の幻想。

 

 「『勝利の剣』―――ッ!!!」

 

 その威力たるや、破格のランクA++の対城宝具。

 一撃で城を、魔獣を、軍勢の篭もる砦を滅相する殲滅兵器。

 

 「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 直撃すれば全ての命を間違いなく消費し切るであろう聖剣の光の。

 だが、その程度は見飽きているとヘラクレスは咆哮する。

 この程度など何するものぞ。

 決して後ろには通さない。

 何故ならば、自分は従者であり、後ろの彼女は主なのだから

 斧剣に魔力を巡らせ、渾身の力と共に激流となった大河が如き極光の奔流を、しかし正面から斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬!と切り裂き、穿ち、砕き、細分化し、散らしていく。

 1秒で7の斬撃を。

 3秒で23の斬撃を。

 5秒で37の斬撃を。

 その一撃一撃が対軍を超え、対城の領域に届こうかという程の大斬撃。

 大都市すら灰塵にし得る連撃に次ぐ連撃に、7秒も経つ頃には聖剣の威力は完全に相殺されていた。

 ものの5秒程の極光は、しかしセイバーとヘラクレスを結ぶ直線を除けば驚く程に周囲へと何も被害を与えずにただ無為に消えていた。

 

 「馬鹿な……。」

 

 セイバーは勿論、アーチャーすらあんぐりと口を開き、呆然としてしまう。

 個人が振るえる火力としては凡そ最上級と言って良い聖剣の光が、ただ一人の英霊の武技によって対応されてしまったのだ。

 それは負けず嫌いの常勝の騎士王から見ても、明確過ぎる敗北だった。

 

 「ふぅぅ……ふぅぅぅ………ッ!」

 

 だが、ヘラクレスもまた消耗していた。

 全身の筋肉は赤く染まって蒸気を立ち昇らせ、呼吸は乱れに乱れ、斧剣は刃毀れしている。

 だがしかし、それだけだ。

 最強の幻想を前にして、この大英雄は宝具に頼らずに己の力量のみで正面から凌ぎ切ったのだ。

 

 「なんて、化け物…。」

 

 呆然と呟く凛に、しかしランサーは動じずに何時の間にか回収していた槍を油断なく構える。

 まぁこれ位やるよね(遠い目)、と大魔獣の対界宝具級のブレスを前にしても更に前に出たヘラクレスなら当然だと言う風に納得していた。

 

 「見事、見事だ。まさか此処まで追い込まれるとは思わなかった。」

 

 生涯においてほぼ無敗であった大英雄は心底嬉しそうに、此処まで自分を梃子摺らせた英雄達を称賛した。

 

 「聖剣の騎士王に名も知れぬ弓兵、そして我が師。此度の召喚、実に実りあるものだ。」

 

 故に、だからこそ。

 

 「今宵これで終わると思うと、実に残念だ。」 

 

 ズン、と。

 物理的な圧力に感じられる程の殺気が空間に満ちる。

 此処からはもう楽しむ事はしない、本気で殺しにかかる。

 そう殺気を以て語り掛ける。

 

 「慎二、凛と士郎と共に全力で教会まで逃げて下さい。時間稼ぎ程度は出来ますので。」

 「……すまん、頼んだ。」

 「ちょ、慎二!?」

 「衛宮、夢を叶える事も出来ず、桜や藤村を残したまま死にたいか?」

 「ッ!?」

 「私も賛成。アーチャー、後はお願いね。」

 

 魔術師としての教養と知識のあるマスター達は素早く撤退を決断した。

 当然の事だった。

 彼らは皆生者であり、生前の無念や召喚者との縁のみでこの時代に存在するサーヴァントとは異なる。

 まぁ騎士王や鮮血の伯爵夫人の様な例外はいるものの、基本的に彼らは生者の方を優先する傾向にあるが。

 それは兎も角、彼らにはこのまま死ぬ事は断じて出来ないと思う程度には柵があるのだ。

 

 「申し訳ありません、シロウ。誓いを立てておきながらこの有り様です。貴方も二人と一緒に逃げて下さい。」

 「セイバー……。」

 

 別れを告げるセイバーに複雑そうな視線を向ける士郎。

 ほんの数刻程度の関係だが、それでも彼女が善性の存在である事を士郎は疑わない。

 だからこそ、こんな形での別れは嫌だった。

 

 「別れは済ませたな。では……。」

 「えぇ、では……。」

 

 ギシリ、と先程も見せた様にランサーとヘラクレスが前傾姿勢を取る。

 連携の形としては、時間稼ぎを優先するために、ランサーがメインで純粋な前衛であり、タンク兼アタッカーがセイバー、後衛がアーチャーなのが理想形だろう。

 無論、10秒もあればヘラクレスならば既に見抜いているアーチャーの潜伏場所まで直ぐに走破出来るため、油断は禁物だが。

 そして、

 

 「「シッ!」」

 

 師弟は仲良く事態を安心して観戦していたイリヤスフィール目掛けて己の得物を投擲した。

 

 「ぐぎゃあ嗚呼アア!?」

 「きゃぁ!?」

 

 そして、冥府の槍と斧剣はほぼ同時にイリヤスフィールの背後から忍び寄っていた痩身の黒尽くめへと命中し、威力余ってその上半身と下半身を泣き別れさせた。

 

 「な、アサシン!?」

 

 まぁ住宅街の只中で遭遇して移動しながら戦闘していれば、そりゃー発見されるだろう。

 そして三騎士対最強の狂戦士が戦いに熱中しているとなれば、それはバトルロイヤルと言う聖杯戦争の形式上、介入するには絶好のチャンスだ。

 特に正面戦闘ではなく暗殺に秀でたアサシンであれば尚の事。

 

 「見事な隠形だが、色を出し過ぎたな。」

 「申し訳ありませんが、周囲にはルーンでの結界を敷いていますので、初めから気づいてました。」

 

 それでも二人は偵察に徹するのなら見逃す事にしていたのだ。

 逃すと面倒だが、目の前の相手への警戒こそが最優先だと。

 だが、アサシンかそのマスターかは知らないが、彼らは欲を出し、イリヤを殺そうとした。

 そして、その視線や殺気に気付かない程、大英雄は鈍くはない。

 

 「邪魔が入りましたねぇ…。」

 「ぬぅぅぅ……致し方ない。マスター、今宵はここまでにしよう。」

 

 だが、それが契機となったのか、ギリシャ大英雄組のやる気がすっかり霧散してしまった。

 

 「ちょっと!何勝手に決めてるの!」

 「イリヤよ、我が師は不利でありながら君を気遣い守ろうとしたのだ。此処で彼らを討てば悪の誹りは免れん。それに、どうせだからこの街を観光してからでも遅くあるまい。道中での甘味も美味かった事だし、な?」

 「うぅぅ~~~~!」

 

 私情と義理の言葉に、納得は出来なくとも理解は出来るイリヤは唸りを上げる。

 まるで幼子をあやす父親の様なヘラクレスは穏やかな目で主人の判断を待つ。

 まぁ彼の生前を思えば、イリヤは孫位の年齢なので当然と言えば当然なのだが。

 

 「もう!レディの買い物は大変なんだからね!ちゃんと付き合ってね!」

 「無論だとも。」

 「バーサーカーが一番だって証明も出来たし……じゃーねお兄ちゃん達!次は見逃さないからねー!」

 

 そうして、今次聖杯戦争最強の主従はあっさりと帰っていったのだった。

 

 「………何とか生き延びられましたね。」

 

 げんなりと疲労感を隠す事なく、絶句する一同を余所にランサーが呟いた。

 

 「……取り敢えず、衛宮邸まで帰って朝まで休みましょう。情報共有とか今後の方針は起きてからと言う事で。」

 

 合流したアーチャー含む全員が無言で頷く。

 誰だってそう思うオレだってそう思う。

 この状態から休息無しで奮起するのってそれこそバーサーカーでも無理だと思う。

 え、婦長?あれは例外でお願いします。

 

 「やる事が山程増えましたねぇ……。」

 

 うふふふふふふ…と遠い目になりながら、その場の6人は疲労困憊の身体を引き摺る様に衛宮邸へととぼとぼと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (あ、慎二。明日か明後日にでも桜の身体を治すので、準備とか色々お願いします。)

 (ファッ!?)

 

 

 

 




ヘラクレス(これを機に人並みの生活をしてほしい。後、出来ればご両親の墓参りとかもさせてあげたい。)

大英雄の良心に救われたお話でした。

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