ガンッ! ギャリンッ! ドゴンッ! ゴガァッ!
人気の無い深夜の時間帯。
10年前、聖杯降臨の地となった冬木市市民会館跡地を中心とした冬木中央公園。
そこでは今夜、人ならざる者達が武器を振るい、矛を交えていた。
「っと!流石に理性無くともヘラクレス、ですか。」
「■■■■■■■■■ーーーッ!!!」
黒鉄の巨人の咆哮と暴威を、しかしランサーは涼し気な顔で受け流し、その暴風の様な一撃を全て回避し、捌き、往なしていく。
彼女にとって、理性と共に技の冴えを失った嘗ての弟子では脅威に足り得ない。
自身が冥府に落ちた後、更なる研鑚は積んだと言えど、それを忘却してしまっては意味が無い。
「バーサーカー、頑張って!」
「いや、相性的に無理でしょう。」
半ホムンクルスにして聖杯である少女の声に、ダメ出しをするのはランサーだ。
「ヘラクレスから宝具を減らして燃費を向上し、更に裏切り対策に理性を取り上げたのは良いですが…弱体化させ過ぎですね。これでは持ち味が台無しです。勝てるものも勝てません。」
無論、ランクBの彼女の槍ではヘラクレスの宝具を貫けないし、国殺しの奥義も魔力不足から威力が足りない。
その上、もう一つの宝具はそもそも攻撃用ではない。
そのせいで、既に一時間近く千日手とも取れる状況になっていた。
「ぴょんぴょん飛び跳ねて…!私のバーサーカーは強いんだから!」
「知ってますよ。まぁいい加減に飽きたので帰ります。そちらも退いて下さい。」
「! バーサーカー!」
「■■■■ッ!」
逃がすかと逸る少女に応える形で、ヘラクレスが暴威を増す。
しかし、その太刀筋には何処か「あ、これは逃げられますな」という諦観が感じられた事に、ほんの僅かにランサーは苦笑してしまう。
「ではアルケイデス、またの機会に。」
が、多少暴威を増しただけの嵐に、師たるランサーが圧される道理も無く。
彼女は体術の方の縮地であっさりと戦場を離脱した。
……………
(と言う訳で中央公園の神殿化の最中に、アインツベルンのバーサーカーであるヘラクレスと交戦しました。)
そんな報告を朝一の授業で聴かされた慎二は、頭を抱えたくなった。
(特性ほぼ全殺し状態でもお前が勝てないとかやっぱ大英雄ってとんでもないな…。)
(まー生前の状態なら生身で対界宝具相当の攻撃を出せますからね、彼。)
あの時は目が点になりましたよハッハッハと脳裏に響く念話に、慎二は改めて英霊と言う存在の出鱈目さ加減に眩暈がした。
ヘラクレス。
それはギリシャ神話の数多の英雄達の中でなお、最強を誇る大英雄だ。
12の試練を始め、数々の冒険と困難を果たし、最後は星座となって神々の列に加えられた英雄の中の英雄。
ギリシャ神話内で並び称されるアキレウスよりもなお経験と技量と言う点では勝るとも言われ、多くの英雄の象徴ともなった獅子狩りの元祖でもある。
(正直、相手に理性があったらその時点で負けてましたね。)
何せアサシン適正もありますからねー、と暢気にほざくランサーに、慎二は頭痛を堪えながら報告の続きを促した。
(で、霊地の確保は?)
(冬木市内の御三家の主要霊地を除いて、柳洞寺に中央公園他7か所の霊地を確保しました。)
とは言え、本格的な神殿化は出来ていない。
あくまで霊地とラインを結んで魔力の吸い上げているだけで、それにしたってキャスターやその適正を持った者なら割と簡単に妨害出来る程度のものだ。
まぁ、破壊されたらその時点でこちらに分かるし、相手に対して霊地の魔力が過剰かつ急激に逆流して魔術回路をパンクさせると言うトラップの役割もあるので、壊されたら壊されたで構わないのだが。
(OKだ。そのまま魔力を貯蓄しつつ、情報収集に徹してくれ。勿論、獲れるなら獲って構わない。)
(了解です。つきましては慎二、折り入ってお願いがあるのですが…。)
(? どうした?)
このランサーがこう言うからには余程重要なものなのだろうと慎二は思考を巡らせ……
(お金貸して下さい。)
「へ?」
「どーしたのー間桐くーん?」
「あ、いや、何でもないです!」
うっかり漏れ出た声が英語教師の藤村女史にまで届いてしまい、醜態を晒すのだった。
…………
「いやーやっぱり現世観光は良いですねー。」
そう言って眼鏡をかけた外人美女ことランサーは現代の青のジーンズと黒のセーター、そして茶のコートと野暮ったい恰好であり、抱えた紙袋から先程購入したばかりの焼き立て今川焼を頬張りながら、マウント深山を散策していた。
慎二から強請った資金を元に、彼女はこの機会を逃すなとばかりに現世観光を楽しんでいた。
「冥府だと文明の発展とか全然進みませんし、何より活気がありませんからね。召喚されたからには、こうして食べ歩きの一つ位したかったのです。」
無論、代価として慎二と桜への神代魔術のお勉強及び元料理の女神からのお料理教室を開く事にはなったが。
そんな上機嫌な彼女を商店街の人々は目を丸くして見つめていた。
何せ神代でも美女と語られた元女神。
その装いが洒落っ気の全くないものであっても、人々の目を惹くのは当然の事だった。
「ふふふふふふ……冥府だといっつも研究か料理か寝床(強制)ですからね……あ、レパートリーも増やしておきましょうか。」
停滞したギリシャの冥府、既に世界の裏側へと格納されたそこでは基本死者しかおらず、後は冥府の神々のみ。
娯楽らしい娯楽は既存のものを除けば、自分で生み出す位しかなく、そうなるとどうしてもメドゥーサ作の料理や各種ボード・カードゲーム等への比重が大きくなる。
ヘカテーやメディア等は魔術の研究でそうでもないが、この二人の場合はメドゥーサを性的に食べる事が多々あるので、寧ろ負担はこの二人相手の方がデカい。
その上、全会一致で冥府の神々の料理長に就任させられてから今日まで、毎日ほぼ休みなく頑張っている本体に代わり、この時ばかりは全力で現世を楽しむ事にランサーは決めていた。
ふんふんふーんと彼女は鼻歌を歌いながら機嫌良く今川焼を楽しんだ後、目についた洋食屋へと軽やかなベルの音と共に入店するのだった。
なお、そこの店主兼料理人がぎっくり腰で倒れ、代役を務めるまで後27分17秒。
…………
そしてまた深夜の冬木中央公園にて。
仕掛けていた罠の破壊を感知し、様子を見に来たランサーの前に一組の主従がいた。
片や男もののスーツに身を包んだ、泣き黒子がアクセントの凛々しい女性。
片や水色のフードを被り、杖を片手に持つ英霊。
女性の方は朧げな前世の記憶から大体当たりを付けられたが、もう一人の英霊、恐らくキャスターである男性に対しては、ついつい二度見してしまった。
「っぷ」
高い神性の証たる赤い瞳、そして濃い青の髪、力強さの中に年季も感じられるまでに成長した精悍な顔つき。
どう見ても友人の弟子のアイルランドの光の御子です、本当にありがとうございました。
「おい、おい」
「アハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
そう認識した瞬間、ランサーはお腹を抱えて指を指して爆笑していた。
それに相手のキャスターは怒りに顔を歪め、マスターの方は凛々しい美貌をきょとんと可愛らしく驚かせていた。
「槍…!槍の無いクー・フーリンとか、麺のないラーメンですか…!?」
「うるせェぇェェェェェェ!オレだってなぁ、キャスターでなんて呼ばれたくなかったんだよォォぉォぉォ!!ってかアンタがランサー枠じゃなかったらオレが納まってたんだぞ!?」
「おや、負け犬の遠吠えとは。これはまた犬らしくなりましたねセタンタ。」
「犬じゃねぇェェェェェェェ!!」
「ブッホォwwwwwww」
「あの、キャスター、その……申し訳ありません…。」
壺に入ったらしく全力で草を生やして爆笑するランサーと激怒するキャスターを前にして、マスターである女性は本当に申し訳なさそうに謝罪してきた。
「あいつの戯言は気にすんな!どうせ冥府で暇してるおばはんの一人だ。」
「あ、今本体通して貴方の師匠に今の一言伝えておきましたから。『次会ったら覚悟しておけよ馬鹿弟子』だそうです。」
「………。」
その言葉に、クー・フーリンは顔を両手で覆ってしゃがみ込んだ。
本体なら兎も角、分霊の彼にとってそれは死刑宣告に他ならない。
内心で絶対に出くわす前に座に帰ろうと誓うのだった。
「で、あんたも呼ばれてたのかよ?」
「えぇ、まぁ。今回はランサーです。羨ましいでしょう?」
「うるせー。オレはオレのマスターを気に入ってんだ。侮辱すればアンタでもタダじゃおかん。」
「おや怖い。」
くすくすと微笑む様は先程の爆笑ぶりを見ていなかったら確実に騙される美しさを持っていた。
そして、その美しさの奥に潜む気位と
「さーてと、サーヴァント同士が出くわしたんだ。やるんだろう?」
「あ、ちょっと待って下さいね。今本体が神霊チャットでスレ立てしてますから。」
「よし殺すさぁ殺す今直ぐ殺す。」
「はっはっは、今の貴方じゃ無理ですねぇ。」
そんなこんなで、第一戦に引き続き、またもこの場所で聖杯戦争第二戦が開始されるのだった。
【実況】第五次聖杯戦争なう【生中継】 神霊ちゃんねる版
メドゥーサ(本霊)の立てたスレ。
シビュレ(槍)の見聞きした事実をスレに流してるぞ!
戦闘映像こそ動画だが、書き込み内容の多くは現世観光と相手鯖やマスターとのコミュ内容だ!
なお、英霊ちゃんねる版は他の人が立ててるので、英霊の皆はそっちを主に見てるぞ!