時間無いけど来月からはもう少し頻繁に投稿できるかも?
指摘により、微修正しました。
今から2年程前の事だろうか。
初めてあの暗闇の底、蟲蔵の中に入ったのは。
その中で、僕は初めて間桐の魔術の修練を見た。
そこで僕は蟲に集られ、蟲に包まれ、蟲に貪られ、最早涙すら枯れ果てた妹の姿を見た。
妹は、桜は何も言わなかった。
そんな気力も、体力も、希望すらも、既に御爺様に奪われていた。
それでも暗がりの中で、あいつが口だけを僅かに動かすのが僕には見えた。
た す け て
その時の僕は逃げた。
余りの絶望に、余りの悍ましさに、余りの恐怖に逃げたんだ。
自分が憧れ、成ろうとしていたものが何だったのかを、大事な妹への仕打ちとしてはっきりと見せられたから。
それでも、あの時の光景が忘れられない。
瞼の裏に張り付いて、声無き助けを求めた妹の姿が消えてくれない。
だが、僕は無力だ。
魔術回路もなく、多少の知識があるだけで、あの怪物をどうにか出来る訳がない。
だから僕は、千載一遇の機会が来る事を待ち続けた。
父さんの様に何もかにも諦めて酒に逃げ、心身を壊してしまった様に。
僕もまた、日常に逃避する事で自分と桜の心を保つ形で、その機会がやってくる時を。
そして今夜、漸くその機会がやってきた。
……………
「さて、では慎二はこの聖杯戦争に関してどの様な認識を持っていますか?」
場所を地下から上階の屋敷の一室へと移し、召喚で消耗した桜を休ませた後、早速聖杯戦争に向けての話し合いが開かれた。
その美貌を外衣のフードで隠したランサーの問いに、慎二は疑問を抱いた。
「認識って……7組のバトルロイヤルだろ?」
「えぇそうです。で、各クラスの特性も把握していますね?」
「当然だろ。」
剣・槍・弓の三騎士。
そして騎・暗・術・狂の四騎。
この七騎とマスターでバトルロイヤルを行い、最後に残った一組へと景品として願望器たる聖杯が降臨する。
「さて、万能の願望器なんてものを欲する魔術師や英霊がまともな勝負などするとお思いで?」
「…まぁしないだろうな。」
慎二は聖杯とはまた別方向の願いがあるからこそ言えるが、不治の病にかかった身内の治療や過去の不幸の抹消等、誰かを殺してでも手に入れたいと思う者はいるだろう。
それこそ人倫を弄ぶ魔術師なら、それ位は当たり前の様に行う。
「さて、理解出来た所で私の特性を話すとしましょう。」
まるで出来の良い教え子を持った教師の様に、ランサーは話を切り出す。
否、本当にこちらの事をそう思っているのだろう。
多くの英雄英傑賢人名匠を育てた彼女にとって、慎二と言う仮初のマスターもその一人に過ぎないと言う事だろう。
「私は逸話の時点から女神であり、怪物であり、戦士であり、魔術師であり、料理人です。多くの神話に跨り存在し、多くの時代と地域で数多の技術と研鑚を積んできました。それの結果が『多重召喚』です。」
すっと、慎二の頭頂にランサーが手を翳すと、慎二の脳裏にランサーのステータス情報が浮かび上がった。
「マジかよ…!?」
「えぇ、私はクラス特性によるステータスの低下を受けません。」
無論、サーヴァントの霊基相応に弱体化はしていますが、と続けるランサーに、しかし慎二は開いた口が塞がらない。
通常のサーヴァントは、クラス毎にその英霊の該当する側面のみを切り取って召喚する。
この影響は宝具やステータスは勿論、人格にまで影響する。
そこまで弱体化させる事で、漸く英霊は魔術師に制御可能な兵器、サーヴァントとなるのだ。
しかし、このランサーは…否、メドゥーサは違うのだ。
スキル『多重召喚』。
その効果は『全てのクラス別スキルの保有。及びクラス毎のデメリットの無効。』
各サーヴァントはそれぞれの特色を生かした行動を最も得意とし、それに則った行動を取る場合、補正が入る。
高い騎乗スキルを持つライダーで例えると、単体の状態よりも乗り物に乗っている時の方がステータスが上昇し、降りていると下がる訳だ。
しかし、このメドゥーサの場合、その辺りのデメリットが一切無く、恩恵のみを受け取る事が出来ると言う。
「なんだってそんな状態で…。」
「それは無論、私がどのクラスで呼ばれても十全に戦えるようにです。」
何せどのクラスで呼ばれるか分かりませんからね、としれっと言ってのける大英霊に、慎二は頭が痛くなった。
それはつまり、聖杯戦争のシステムそのものに対し干渉し、成功したと言っているに等しい。
流石は魔術の女神に弟子入りし、数々の知啓を得た元女神である。
彼女かそれに匹敵する腕前の者しか出来ない無茶苦茶な裏技だった。
「マジか……マジかー。」
「とは言え、宝具に関しては2つしかありません。まぁ技と戦い方で火力は補えますが、それにしたって魔力の問題があります。」
現状、この陣営で魔力を生産しているのは桜だが、彼女は体内に寄生する蟲に魔力の過半を取られているので、余り役に立たないと言える。
となると、別途に魔力供給源を確保しなければならない。
「まさかとは思うが魂喰……」
ヒタリ、と全てを言い切る前に慎二の喉元に槍の穂先が触れた。
「初回なので見逃しますが、次はありませんよ?」
「アッハイ。」
何時の間にか握られている槍と(嫌な方向で)極上の笑みを向けられた慎二はそう返すので精一杯だった。
「この街の霊脈を探索し、見つけ次第こちらの神殿にしてしまいましょう。奪われてもブービートラップ仕掛けておけば良いですし、敵がいたらいたで威力偵察になりますし。」
どの道一当てして情報を収集しなければなりませんからね、と宣うランサー。
キャスター並の陣地構築力と高い技量と経験が織り成す悪辣な戦法に、慎二は一瞬頭が痛くなりかけた。
しかし、ランサーを十全の状態にするのは慎二の目的としても都合が良い。
(それに、桜を助けるためにも必要ですよ。)
突然の念話。
先程仮マスターとして登録した時にラインが繋がったのか、頭の中でランサーの声が響く。
成程、どうやらこの英霊は凡そ全て解っているらしい。
そう言えば、先程桜を抱えていた時、妙に冷たい雰囲気だったが……あれは桜に寄生する蟲に対してのものだったのか。
「とは言え、今夜はもう遅すぎます。召喚で疲れたでしょうし、今夜はもう休んでください。」
……………
「いますか、臓硯。」
慎二も桜も寝静まった後、ランサーは蟲蔵へと来ていた。
「何だ、サーヴァントが。生憎と儂は暇ではないぞ。」
「そう手間ではありません。えぇ、一言で済みますので。」
フードの下、その美貌を隠しながら、ランサーは間桐臓硯にとって、決して無視できない『力ある言葉』を告げた。
「『思い出せねば破滅する』。」
「ッ!貴様…ッ!」
スキル『予知:E』
本来は未来視を持たぬ彼女が天気や疫病の流行、そして大魔獣の復活等を予言(正確には予測)した事から付加されたスキル。
とは言え予知は予知、彼女は極めて限定的ながらも未来を見通し、予言を成す。
その結果、この老人は破滅の未来が存在する事が定まってしまった。
老人の激情に応じ、蟲達が侵入者へと牙を剥く。
しかし、飛び掛かってはこない。
彼らには本能的に分かるのだ。
目の前の存在が、自分達が何万何億何兆と集まれど、決して敵わない存在なのだと。
「確かに伝えましたよ。出来れば、貴方がソレを思い出す事を願っています。」
思い出しさえすれば、きっと貴方の夢は叶うでしょう、と。
言うだけ言って、ランサーは霊体化して去って行った。
残された臓硯は、蟲の海の中でその皺の寄った顔を更に歪ませ、困惑していた。
「儂は……この臓硯が、一体何を忘れておると言うのだ…?」
遠き日の夢、冬の聖女への慕情、忘れ得ぬ筈の理想。
蟲の妖怪となり、500年もの歳月から来る魂の腐敗による苦痛により、全てを無くして不死にしがみ付いている彼に答えられる者はいなかった。
メドゥーサ(槍)のステータス
筋力C 耐久D 敏捷A 魔力D 幸運C
魔力不足により、幸運を除く各ステータスが1ランクダウン中。
スキル
多重存在…全クラススキルの獲得及びクラスによるデメリットの無効。
予知E…極めて限定的な未来予知。戦闘中には使えないし、見る内容は選べない。
以降の情報は追加予定。