×プリズマ☆イリヤ もしあの世界にゴルゴーンが存在したら
並行世界へと渡ったイリヤ達は、エインズワース家が当主たるジュリアン及び初代当主たるダリウスの目論見、即ちギリシャ神話におけるパンドラの箱の解放を阻止すべく、夜明けと共に再度の攻勢へと移った。
そこで、イリヤはエインズワース側の最大単体戦力たるベアトリスを倒すべく、バゼットと共に戦闘開始した。
『漸くか。待ち侘びたぞ?』
それを、酷薄な笑みと共に眺めている者がいる事を知らずに。
……………
戦闘は凡そ目論見通りの展開だった。
バーサーカー故に細かい権能こそ使用できないものの、北欧神話の農耕と雷を司る神霊トールのカードを持つベアトリスを相手に、こちらもバーサーカーだがギリシャ最大の英雄たるヘラクレスのカードでイリヤは戦う。
だが、スペックはほぼ互角と言えども、火力で一方的に劣るイリヤでは、ベアトリスには勝てない。
競り負け、夢幻召喚を解除されたイリヤをバゼットが支援し、その隙に次のカードを選ぶ。
ライダー・メドゥーサ。
同じくギリシャ神話出身の女神であり、二大怪獣の一角でもある存在。
それをヘラクレスの狂化を引き継ぎ、バーサーカーとして召喚する。
神霊への対抗策として、同格の怪物を当てる。
決して間違った策ではないし、手持ちの戦力では数少ない勝機でもあった。
だが、彼女達は一つだけ計算に入れていない要素があった。
「え…?」
夢幻召喚したと同時、イリヤの動きが止まる。
身体の自由が利かない。
魔術や魔眼等で動きを止められているのとは違う未知のものだった。
『いけません!イリヤさん、変身を解いて…』
マジカルステッキことマジカルルビーが警告するが、時は既に遅すぎる。
『うむ、器としては十二分だな。』
大人の女性の声がする。
母やバゼット達とは明らかに違う、艶やかな色香と悍ましさを内包した声だった。
『暫し借りるぞ。何、少し眠っているだけでよい。』
その声と同時、イリヤの意識は闇の中に消えた。
……………
「そんなんで、トールに勝てる訳がねぇだろうがァッ!!」
ベアトリスが巨大な右腕に握られた同じ程巨大な槌であるミョルニルを振り被り、棒立ちのイリヤへと突撃する。
北欧神話の実質的なNo.2に該当する神霊の力を宿した彼女にとって、たかが英霊程度は何の障害にもなり得ない。
だが、彼女の認識は甘すぎた。
単なるメドゥーサなら、料理と酒と学問を司る女神なら、或は半神にして多くの英霊達の師にして優れた魔術師であり戦士であるなら、こんな事態にはならなかっただろう。
「あ…?」
しかし、ここにいるのはギリシャ最大の怪物の双璧にして、人類悪の一角たり得る存在なのだ。
人間の中の愚かしさを憎み、それに従って動く人間を憎悪し、果てには殲滅しようとした神々すら圧倒され、ギリシャの英雄英傑達が一同に集まり協力した事で漸く打倒された大怪獣。
「人形風情が。私に敵うかよ。」
ゴルゴーンに乗っ取られたイリヤは、黄金鉄に覆われた左手でミョルニルを払い除け、ベアトリスの首を右手一本で掴み上げていた。
「己が力ではなく、他者の力を誇示するとは……愚かしい限りだ。」
「て、めェ…!」
ドカン!と、掴み上げられていたベアトリスが全身から放電し、周囲一帯を吹き飛ばす。
その衝撃で吹き飛ばされ、距離を取らされたイリヤは変わらず冷めた視線で猛るベアトリスを見つめている。
「もう遊びは抜きだ……全力出してやるから消し飛びやがれェェェェェェッ!!」
ベアトリスの全身から放たれる放電が更に激しくなっていく。
それは以前の戦闘の時よりも更に激しく、明らかに奥の手を出すつもりだった。
「ッ、イリヤスフィール!!」
ミョルニルの全力での真名解放の前兆に、ボロボロだったバゼットが警告を飛ばす。
だがイリヤは…否、ゴルゴーンは動かない。
皮肉気に口の端を歪め、面白そうにベアトリスを眺めている。
「消し飛べッ!!『万雷打ち貫く雷神の嵐』――ッ!!」
本来は全方位に雷撃の柱を発射する『万雷打ち轟く雷神の嵐』を、ただ一点へと集中させて放出する。
範囲こそ前者よりも狭いものの、その貫通力と威力たるや、通常使用の10倍近い。
それこそエクスカリバー級の最上位の宝具でもないと絶対に対抗できない様な、奥の手に相応しい一撃。
しゃくり
だが、余りにも相手が悪かった。
「は…?」
その声は誰のものだったのか、バゼットかベアトリスのものか定かではない。
先程まで網膜を焼いていた雷光が消えていた。
二人の視線の先には、もごもごと口を動かしているイリヤもといゴルゴーン。
「けぷ」
そして、響くのは可愛らしいげっぷ。
「「く」」
「ご馳走様。」
「「食ったー!?」」
バーサーカーなベアトリスとバーサーカー女なバゼットの声が響く。
「アホか!?雷神トールの雷だぞ!腹壊すぞフツー!?」
「おかわり。」
「更におかわり要求ッ!?」
余りの事態にカオスが広がるが、そんな人間達の混乱を、怪物が考慮する必要などある筈もない。
「シャァ!」
「ッ!」
突如背中から翼を生やしたゴルゴーンは、その見た目に恥じない程の高速でベアトリスへと接近、戦闘を再開した。
「こ、のアマァッ!」
力任せにミョルニルを振り回すが、素早いゴルゴーンには当たらず、寧ろ隙を晒したベアトリスに一撃二撃と爪の攻撃が入っていく。
バーサーカー同士であっても、神霊故のスペックでゴリ押ししてきたベアトリスに対して、生涯を研鑚と強化に費やしてきたゴルゴーンは互角のスペックに加えて経験と技量によって有利に立ち回る。
しかも、先程の様に雷撃の類は嘗てギリシャの主神であるゼウスの雷霆すら吸収してみせたゴルゴーンにとって、単なる餌にしかならない。
加えて、先の戦闘で力を倍化させるメギンギョルズと防具であるヤールングレイブルを破壊されている。
此処まで来れば、どちらが有利か等は言うまでもない。
それを認められないベアトリスは更に力任せにミョルニルを振るい、纏わりつくゴルゴーンを引き剥がそうとするが出来ず、更に消耗を重ねていく。
「ガアアアアア嗚呼ああああああああああッ!!」
それが認められないベアトリスは、使い慣れた放電による全方位攻撃を行ってしまう。
余りにも便利なソレに頼る事を覚えてしまった彼女は、バーサーカーの狂化と元々の理性の低さも相まって、既に冷静な判断力を無くしていた。
経験も、技量も、理性も無い。
高いスペックと闘争心による高い戦闘能力に全てを注いでしまった。
それが、彼女の敗因だった。
「真の怪物は眼で殺す。」
正に蛇の如く、雷光を吸収しつつ一瞬の閃光に紛れたゴルゴーンは、ベアトリスの懐に入り込み、ゼロ距離からの奥義で以て決着とした。
「『梵天よ、地に沈め』。」
その魔眼の視線に乗せて放たれた奥義によって、ベアトリスは成す術無く国殺しの絶技に呑まれていった。
……………
「あ……ぐ……。」
「何処へ行く。」
夢幻召喚を解かれ、死に体のまま這いずって逃げようとするベアトリスの背を、ゴルゴーンは無慈悲に踏みつけ、動きを止めた。
「まぁ良い。貴様の生はここまでだ。」
「ぁ、じゅ…あんさ」
ベアトリスが言えたのはそこまでだった。
がぶりと、ゴルゴンの髪が変じた蛇がその全身に食らい付き、一瞬にしてその血液と魔力、霊体と魂を吸い尽くした。
直後、その姿は単なる壊れたマネキンへと変じた。
ベアトリス・フラワーチャイルドと呼ばれた人形の、呆気ない終わりだった。
「さて」
何時の間に回収していたバーサーカーの二枚目のカードを、ゴルゴーンはスナック菓子の様に口へと放った。
ガリガリバキバキと、硬質な音と共にカードが噛み砕かれ、飲み込まれる。
僅かに聞こえた気のする悲鳴は、トールのものだったのかは分からない。
確かなのは、ゴルゴーンが更に魔力を獲得したと言う事実だ。
ばきばきごきごき…。
生々しい音と共に、イリヤの姿だったゴルゴーンが瞬く間に変化していく。
ものの1分程で、サイズは兎も角成熟した女性の肢体に黄金の鱗と一対の翼、身長の倍以上の長さの尾を持った、生前に近しい姿へとなっていた。
自己改造EXによる、自分自身の改造。
これにより、最早まともな英霊ではどうしようも無い程に、ゴルゴーンは強大となっていた。
「この程度ではやはり足りぬか…。」
そして、その視線は聳え立つ巨大な黒い箱へ、その中に保管された超高濃度の神秘と向けられた。
「ふふ、お誂え向きだな。汚物が如き神々になど感謝はせぬが、この娘には感謝しておくとしよう。」
そう言って、ゴルゴーンは翼を羽ばたかせて、パンドラの箱目指して飛翔した。
……………
ありとあらゆる災いの詰められた「パンドラの箱」を開けんと禁忌へ手を染めたエインズワース家。
その企みは成功しなかった。
彼らと彼らが敵対する者達がこの世に招いてしまった怪物、ゴルゴーンが箱の中身全てを飲み干してしまったが故に。
完全に復活し、この世界におけるビーストⅠとして覚醒したゴルゴーンを相手に誰もが膝を突き、絶望に伏していった。
「とは言え、まだ希望はあるのです。」
「だだだだだだだ誰ですかー!?」
所変わって何処か知らない暗い空間で、イリヤはある女性と出会っていた。
「何だか私の暗黒面と言うか半身が皆さんに迷惑をかけている様でして…。」
「は、はぁ…。」
「それを貴方に退治してほしいのです。」
「うぇぇ!?それ、お姉さんは大丈夫なんですか!?」
ギル君の例からも、英霊は例え別たれようとも密接に関係している事を知ったイリヤは、この目の前のちょっと天然気味なお姉さんが外で暴れていると言う暗黒面だか半身だかが倒された際の影響を慮って叫んだ。
そんな幼女の様子に、女性は微笑まし気に思いながら説明する。
「問題ないですよ。どうせ事が終われば座に戻るつもりですし。と言う訳で、後ろの私の弟子と共に頑張ってくださいね。」
「心得た、わが師よ。」
「うひゃぁ!?おっきくて背景だと思ってた!」
そしてのっそりと、背後で今まで黙っていた筋肉の塊、否、ヘラクレスが重厚な声で了承した。
「彼、ヘラクレスと共に戦ってください。霊基を改造してランサーにしますから、私の半身相手なら有利に戦えるでしょう。」
「は、はぁ…。」
「ただ燃費が底抜けに悪いと言うか、タンクに穴空いてるって言うか…今の貴方では1分持たないでしょうねぇ。」
「ダメじゃないですか!?」
流石はバーサーカーの方が宝具減ってるだけ燃費が向上してるとか言われちゃう大英雄である。
「そこで、この『希望』です。」
そして女性が取り出したのが、光輝く球体だった。
「! それってまさか!」
「そう、エインズワース家が求めていたもの。箱に残った最後の希望、エルピスです。」
それはエインズワース家が始祖の頃から求めたと言う人類救済のための答え。
パンドラが開け損なった災いの箱と共に眠っていた、最後の希望。
「これを貴方に与えます。これならば、魔力切れする事は無いでしょう。」
「それなら…!」
「但し、後で副作用として暫くの間『お相撲さんのボディプレスと箪笥に小指をぶつけたのと足攣ったのと10tトラックに正面衝突したのと全身の生皮を一気に剥がされたの』が合わさった様な痛みが襲い掛かります。」
「とんでもない副作用来ちゃったー!?」
悩むイリヤ。
小学生にそんな痛みなんて無理に決まっています。
しかし、彼女は以前にも暴走状態のギルガメッシュ相手にマジカルステッキ二本で大暴れした事もある幼女。
覚悟完了、もとい腹を括るのは直ぐでした。
「分かった。お願いしますお姉さん。」
「良い覚悟です。私もサポートしますから、どうか勝って生き延びてくださいね。」
「微力ながら、私も協力しよう。我が武芸、我が宝具、我が五体。存分に使い倒すと良い。」
「うん!ありがとうお姉さんにヘラクレス!」
少女の満面の笑みに、神霊としての属性も持つヘラクレスの此処ではない何処かの記憶が刺激される。
あの酷薄に微笑む少女が、親の愛情と友人の友情を受けて育てばこんなにも年相応の笑みを浮かべるのかと思うと、ついつい緩みそうになる涙腺に力を込めて堰き止める。
今は己の感傷等は捨て置くべき状況だ。
「ではイリヤスフィールさん。これを飲んでください。」
「はい?」
イリヤは見る。
エルピスはどう見てもイリヤの頭と同じ位の球体だ。
例えイリヤの口が蛇みたく関節を外して大きく開いたとしても、絶対に入る事は無いと断言できる。
「飲んでください。」
「え、あの」
「飲んでください。」
「ちょ、ま」
「はいはい飲みましょうね~。」
「あ、や、お兄ちゃー……!?」
必要な事だから。
ヘラクレスはそう思い、そっとイリヤと師から視線を逸らすのだった。
「もがごがげ……!」
「はい、後ちょっとですよ~。」
「うべっ」
笑顔で少女の口に光る球体(熱くないのだろうか?)を突っ込む師匠なんて見てない。
少女の口が限界以上に開かれて、殆どグロ画像みたいな事になっているなんて知らない。
ヘラクレスは瞼をきつく閉じ、両耳を塞いで、事が進むのを待つのだった。
???「『希望』は概念的なものなので、窒息したりしませんよ。」