ソードアート・オンライン〜黒衣の双ケン士〜   作:卍恭也卍

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前回の簡素な前書き、後書きは失礼しました。ここでお詫びします。

前回にてsideユウキ編は終了。今回よりオリ主である恭弥の視点のモノローグです。どうぞお楽しみください。


モノローグ side恭弥 ~あの娘との出会いと俺のその後~

 

俺があの娘と初めて会ったのは、家族ぐるみで付き合いのあったお隣さん。紺野家に二人目の女の子が生まれたという知らせが母親伝いに届いて、両親がノリノリで顔を見に行こうと言い出したのがきっかけだった。その頃の俺はまだ近所の友達との仲が良かったから、昼も遊ぶ約束をしていて、渋ってはいたが、母さんがどうしても見に行きたいと、すぐに帰るからと何度も訴えかけてきて、すぐに帰るならと仕方なく付いて行った。

結果的には大人のすぐは当てにならないという当時四歳にしては考えもつかない様な教訓を得ることとなった。

あの娘の母親と俺の母さんが世間話やら育児の話やらで盛り上がっている間、暇を持て余しぼんやりと空を眺めていると、視線を感じて振り返った。

振り返った先には母親に抱かれたあの娘が俺の方を見つめていて、何気なく小さく手を振ると、満面の笑みを浮かべて幼い小さな手を俺の方へと伸ばし、腕から身を乗り出そうとした。

対応に困ってどうしたものかと、あの娘の動きを眺めていると一瞬、このままじっとしていてはあの娘が母親の腕の中から落ちてしまうんじゃないかと直感した。

今思えば、本来そんなことは有り得ないはずなのだが当時の俺はその直感に従い、あの娘の手の届く所まで近づいていった。

 

「あら?恭弥どうしたの?」

 

唐突に動いた俺に母さんは不思議そうにこちらを見つめていたが、特に返事をすること無くあの娘を見つめていた。

手の届く範囲に近づいた俺にあの子は伸ばしていた手を戻し、そっと俺の頬に戻した小さな手を添えてまた笑った。

 

「えへへ」

 

触れた頬を遊ぶように手を閉じたり開いたりするのを俺は不思議と不快に感じることもなく、目を閉じてされるがままにしていると後ろから

 

「へぇ」

 

と母さんの意味深長な声とともに、ニヤニヤと笑う母さんの顔が脳裏を過ぎった。

あの娘の母親も「あらあら」と感心の篭った声を上げていた。

少しすると、それも飽きたのか頬に触れる柔らかい子供特有の暖かな感覚が遠ざかっていき、何故か寂しい気持ちになった。

目を開くと視線の先には、つまらないとでも言うようにふくれっ面になってこっちを見つめるあの子がいて、何気無しに手を伸ばし今度は俺からあの娘の頬を右手の人差し指で、壊れ物でも触るようにそっと触れて円を描くように手を動かすとまた笑ってくれた。

 

「うにゅ、んん、えへへ」

 

柔らかな頬をこねる様に優しく摘んだり、先程と同じ様に指先で円を描くように撫でていると、くすぐったそうに身をよじるがそれも楽しいのか、満面の笑みを浮かべていた。

 

「木綿季は恭弥君のこと気に入ったみたいね。抱いてみる?」

 

「いいんですか?」

 

「いいわよ。腕はこうして、支えられるようにしてね。」

 

あの娘の母親から了解を得てから受け取り、先程よりも近い距離で見つめると俺の首に腕を回すように手を伸ばして、抱きつくようにくっついてきた。

 

「そうそう、恭弥君上手ねぇ。いいお父さんになれるわよきっと。良かったねぇ、木綿季。おにいちゃんに抱っこしてもらって。」

 

あの娘の母親が、視線を合わせるように中腰になり微笑んであの娘に語りかける。

 

「んん」

 

あの娘は色々なものに興味があるようで、ただ抱いているのもすぐに飽きてしまったようだ。俺の方を何かしろとでも言いたげな目で見つめて、また頬を膨らませる。

あの娘は本当に生まれて間もなかったのだろうかと、疑いたくなるほどに感情表現が豊かで、きっと俺はあの頃からあの娘に惹かれ始めていたのだろう。

つまらなそうに頬を膨らませるあの娘の笑顔をまた見たくて、今度は身体全体を使って揺りかごの様に優しく、ゆっくり揺らすと最初は楽しそうにはしゃいでいたが、徐々に船を漕ぎ始め、そのまま眠ってしまった。

 

「すぅ…すぅ……」

 

「あ、あの」

 

「ん?どうしたの恭弥…あらら」/「恭弥君どうかした?…あらあら」

 

会話に花を咲かせていた母親二人が、俺の呼びかけに気づいて揃ってこちらに視線を送ると、俺の腕の中で眠るあの娘を見て、感心したように呟いた。

 

「恭弥君は本当に子供の扱いが上手ねぇ。まだまだこんなに小さいのに」

 

「本当に誰に似たのかしらねぇ」

 

あの娘の母親は微笑んで俺の頭を撫でて、母さんはニヤニヤと含み笑いをしていた。

 

「木綿季の相手をしてくれてありがとうね。重いでしょ?」

 

「受け取るわ」と言ってあの娘と俺の腕の隙間に手を入れて抱き上げようとするが、

 

「んん、やぁ」

 

まるで、俺と離れることを嫌がるように身をよじらせて、俺にしがみついてくる。

 

「あらあら、本当にどうしたのかしら。いつもはすぐに離れてくれるのに…」

 

「あの、僕は大丈夫ですから。家に入るならまた別ですけど…」

 

何となく俺自身もあの娘と離れるのが嫌でそう言うと、

 

「あら、どうしたの恭弥?あんた最初は挨拶に行くの渋ってたくせに。もしかして…」

 

「あんたも木綿季ちゃんのこと気に入ったの?」耳元で囁く様に、終始変わらず俺のことを含み笑いで見ていた母さんが呟く。隣では、

 

「あらあら、そうだったの?この後何か用事でもあったの?大丈夫?」

 

「んな!ち、違う!」

 

俺は顔を真っ赤に染めて母さんに叫ぶ様に訴え、あの娘の母親は見当違いの質問をしてきていた。

 

「ちょっと、そんな大声で叫ぶと木綿季ちゃん起きちゃうでしょ」

 

呆れた様な表情で俺のことを窘めると少し強めに、でも愛おしさを感じさせるような優しい手付きで撫でる。

人前で頭を撫でられた俺は、気恥しさもあって何も言えなくなっていた。

その後も、母さんにまたからかわれて抗議の声を上げるとそのせいで、今度はあの娘が起きて泣き出してしまい窘められて、あの娘の母親があやして寝かせる頃には日が傾いていた。

日が傾き出すと、お互いの母親が夕飯の準備のためにその日は会話もそこそこに別れた。

帰路についた後も結局、母さんからはあの娘のことに対して根掘り葉掘り聞かれて、誤魔化そうとするとからかわれるという悪循環に陥っていた。

帰路と言ってもお隣なのだが…。

 

初めての出会いから数年。俺はあの日以来何故か無性にあの娘のことが気になって、ほとんど毎日、一度は紺野家へ顔を出すようになっていた。元々家族ぐるみで仲が良かったおかげか特に嫌がるような素振りも見せず、いつも歓迎してくれた。

そうして、あの娘と過ごすようになって数年。あの娘は一人で歩けるようになり、ある程度の言葉も話せるようになった頃。いつも暖かかった紺野家の雰囲気の中に、憎悪にも似た刺すような視線を俺は感じるようになっていた。

その日は、特に強い視線を感じて、感覚を頼りに視線を追うとそこには俺を睨みつけるように見つめている紺野家の長女で、俺と同じ年の少女、紺野藍子がいた。

視線の意味がわからず首を傾げると、鼻を鳴らして二階への階段をわざとやっているようにも聞こえるほど大きな音を立てて登って行った。

 

「ちょっと、藍子。音を立てて階段を登っちゃダメっていつも言ってるでしょう?」

 

いつもと違い、少し語気を強めて叱るがそれも無視して階段を登りきり、また大きな音を立てて部屋の扉を閉じていた。

 

「ごめんなさいね。藍子、最近恭弥君が来るとすぐあんな感じになるのよ。たぶん木綿季が恭弥君に懐いてるから拗ねてると思うの。大目に見てやってね」

 

「大丈夫ですよ。僕は気にしませんから。けど、これからは控えた方が良いですか?」

 

「そんなこと、恭弥君が気にしなくていいのよ。これもあの娘が自分で解決しなきゃいけないことだから。それにしても恭弥君は偉いわねぇ。そんなことにまで気を回して。本当にあの娘と同い年かしら」

 

「むぅ〜。おにいちゃん!」

 

家を訪ねてからあの娘の母親との会話が終わるまでの間ずっと抱きついて離れようとしなかったあの娘だったが、我慢出来なくなったのか俺の服の裾を掴み自分の存在をアピールするように引っ張り声を上げる。

 

「あぁ、ごめんごめん」

 

「むぅ。ぼくが一番最初に来たのに…ママ達ばっかりずるい!」

 

「あらあら、ごめんなさいね。木綿季の大好きなお兄ちゃん取っちゃって」

 

「ほぇ!?だいす…ふにゅう」

 

母親の『大好き』という言葉に反応して顔を真っ赤に染めると、先程までの威勢は霞の様に霧散して、うつむきがちに俺の服の裾を握る手を緩めてしおらしくなってしまった。

 

「ごめんな、ゆうき。今日は何して遊ぼうか」

 

「ボール遊び」

 

「わかった。じゃあ、近くの公園にでも行こうか」

 

うつむいたまま小さく呟いたあの娘の言葉に了承の意を込めて頷き、先導するように服の裾を握る手を優しく握って、公園へ向けて歩き出した。

途中で自宅に寄り、ぶつけても痛くないように少しでも柔らかいボールを選んで、それを持って公園で日が傾き始めるまで遊んだ。公園に着くまではずっと下を向いて恥ずかしそうにしていたあの娘も、遊び始める頃にはいつもの調子を取り戻して楽しそうに公園を走り回っていた。

そして、穏やかだった日々がその日で一度終わりを告げた。

 

翌日。

俺はいつも通り小学校へ向かい、自分の教室に入ると教室にいたクラスメイト達全員から一斉に好奇の視線を向けられた。俺に向けられた何十もの視線に思わずたじろぐが、すぐに気を取り直して自分の席に向かうと、また別の意味で困惑した。

机には、子供の思いつく限りの罵詈雑言が、恐らく油性ペンだと思われるもので端から端まで落書きされ、『ぺド』だの『へんたい』だのとご丁寧に机に彫ってあるものもあった。

悪戯が机の上だけで終わるはずがなく、確認の意味も込めて中に入っていた道具類を取り出すとそれにも机に書かれていたものと似たような罵詈雑言がそこかしこに落書きされ、

学校から配布されていた、糊や絵の具も全て絞り出されてドロドロになっていた。

 

「はぁ…」

 

ため息をついて周りを見渡すと、現在クラスにいるほぼ全員が俺と視線を合わせた瞬間に目を逸らした。唯一一人、紺野藍子だけがそっぽを向いていた。ギリギリ見えた口元だけがほくそ笑む様に歪んでいた様にも見えて、何となく誰がやったのかも検討がついた。

ただ、俺もそれ以上のことはせず、何も確認せずに椅子に座ったが、椅子からも滑りと湿った感じの感触がして、再びため息をついて立ち上がとタイミングが悪く、始業を示す鐘が鳴りそれと同時にクラスの担任教師が現れた。

 

「どうした鷹宮」

 

「いえ、何でもないです」

 

普段、授業中に立ち歩くことの無い俺の行動を訝しむ様に見ていたが、なにかに気がついたのか、視線が険しいものとなった。

 

「鷹宮、その机はどうしたんだ?」

 

「朝来た時にはこうなってました。椅子も含めて。中身も全滅です。」

 

担任の厳しく咎める口調に俺は事実だけを簡潔に述べ、それ以上はどうでもいいとでも言うようにそっぽを向いた。

 

「その机では授業が受けられないだろう。後で補足してやるから机と椅子を空き教室から取ってきなさい」

 

「なぜ僕がしなきゃいけないんですか?これをした奴にやらせればいいでしょう?」

「誰がやったかも分からないのに、出来るわけがないだろう。それとも鷹宮は誰がやったか分かっているのか?」

 

担任教師はどうしても俺にやらせたいのか、正論ばかりを並べ立て反論できないようにしてくる。

 

「分かりました。もういいです」

 

これ以上は時間の無駄だと悟り、静かに立ち上がってわざと机と椅子を引き摺るようにして教室から運び出し、空き教室へ向けて歩き出した。

 

「おい、鷹宮!引き摺って持っていくな!周りに迷惑だろう!」

 

「はーい。わかりましたー」

 

怒鳴る担任教師をうっとおしく思いながら適当に返事をして、先程よりも大きな音を立て引き摺って再度空き教室へ向かった。

 

「―――!―――!!」

 

まだ何か叫んでいるようだが、椅子と机を引き摺る音に掻き消えて何も聞こえなかった。

 

その日の翌日から俺を取り巻く環境のほぼ全てが変わった。

机と椅子は変える度に落書きや傷を付けられ、ノート以外無事なものは何も無かった。

度重なる机と椅子の落書きと傷に、教師達は段々と俺を疑うようになり、数ヶ月経つ頃には何かあれば全て俺が関わっているような扱いになり、何かある度に呼び出され、親への連絡と意味の無い反省文を書かされ続けた。

変わらなかったのは、俺の両親とあの娘とその両親だけだった。

度重なる苦情の電話に俺の両親と、その両親の愚痴を聞いてくれていた紺野家の両親はストレスを溜めていき、俺とあの娘の前では何も変わらなかったが、俺達が消えるとすぐに苛立ちを吐き出すようになっていた。俺とあの娘の家族の中で唯一藍子だけが、俺を鼻で笑い見下すような目を向けていた。

そうして、一年。俺は生きる意味をほとんど見失っていた。唯一と言っても過言ではなかった俺と紺野家の両親も一年近い苦情の電話に悩まされ、ストレスでやつれ始めていた。最初は俺の味方でいてくれたことが嬉しかったが、痩せこけた頬や綺麗で艶のあった髪が傷み、父親に関しては所々白髪まで目立つようになってしまい、それが見ていられなくて嬉しさ以上の申し訳なさが身に染みていた。

何故もっと上手く立ち回れなかったのか自問自答しては自責の念に駆られ、知らず知らずのうちに、自分もストレスを溜めていた。

唯一あの娘の笑顔だけが俺の癒しと、あの娘を泣かせたくないという思いだけが生きる意味になっていた。

当然、そんな廃人の様な生き方が長く続くことはなく、終わりは唐突に訪れた。

その日はあの娘と公園でボールを蹴って遊んでいた。その時、あの娘が蹴ったボールが明後日の方向に飛んでいき、急いで取りに行こうとしたがそれも間に合わず公園から転がり出ていった。

 

「あ!お兄ちゃん。ごめんなさい」

 

「あぁ、良いよ。取ってくるからゆうきは待ってて」

 

「うん」

 

申し訳なさそうにしているあの娘を待たせて、公園と道路を挟んだ反対側の家の前にまで転がっていたボールを取りに行こうと、公園から飛び出したその時、おおよそ住宅街で出すような速度じゃないと子供の頃の俺でも分かるようなスピードで大型のトラックが俺の方へと近づいてくる。公園から飛び出し、道路の真ん中で硬直している俺の方へと。

死の直前の加速する思考の中、微かに見えた運転席では特に驚いた様でもなく、ほとんど真下を向いている運転手が座っていた。居眠り運転をしている時点でトラックが減速するはずがなく、一定の速度を保つトラックが徐々に迫り来る様をスローモーションの様に呆然と俺は眺めていた。この時俺は悟った。(あぁ、ここで俺は死ぬのか)とそして同時にここにいるのがあの娘じゃなくて良かったと。迫り来るトラックに自分は逃れる術は無いと悟るとあの娘の方を見た。驚いているだろうか?泣いているだろうか?そう思っていると、あの娘はこちらへ向けて両手を伸ばし、両の目にいっぱいの涙を溜めてこちらへ走ってきていた。

 

「―――!―――――!」

 

空間を割る様に空気をかき分けて進むトラックの走行音にかき消され、あの娘の声は届かなかったが、口の動きからして「行かないで、お兄ちゃん」だろうか?

泣いて走り寄ろうとするあの娘に俺は

 

「ごめん」

元々距離もあるうえに暴走トラックの轟音で聞こえるはずのない言葉をあの娘へ向けて呟くと、それを最後に肉の潰れる音を聞いてから俺の意識は途絶えた。

 

 




読者の皆様の貴重なお時間を私の作品に使っていただきありがとうございました。ひとまずここで恭弥編モノローグ1は終了です。
現在次話を鋭意制作中ですのでペースが良ければ近いうちに投稿できると思います。
ここまで閲覧いただき本当にありがとうございました。

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