ソードアート・オンライン〜黒衣の双ケン士〜   作:卍恭也卍

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モノローグ sideユウキ ~ボクの長い闘病生活とあの人の功績~

ボクには好きな人がいる。元気に走り回れていた幼い頃からずっとあの人のことが好きだった。物心がついた頃にはあの人の後ろをずっと追いかけていて、名前を呼べば笑顔で振り向いて抱き上げてくれた。

大好きだったあの人、お母さん曰くお父さんよりも懐いていたらしい。何で好きになったのかは分からないけど、きっと一目惚れだったのだろう。けど、ボクの体のことが学校の皆に知られて転校することになった。

皆から冷たい視線を浴びて、罵声を受けて凄く辛かった。あの人も皆と同じ様にボクに冷たい目を向けて罵声を浴びせるんだろうなって考えると怖くて仕方がなかったんだ。だから何日も家の中に引きこもって家族以外の誰とも会わないようにしてあの人を遠ざけた。

あの人の冷たい視線を、怒鳴りつける様な罵声を想像するだけで全身が氷に包まれたように冷たくなった気がして、指先一つ動かすことが出来なくなった。ずっとここに入れば大丈夫、家にいればお母さん達が守ってくれる。そう思ってた。思い込んでいた。けど現実は非情だった。

大好きだった、会いたかった、でも会いたくなかったあの人がボクの部屋にきた。部屋に来たあの人はすごく怖い顔をしていて、でもそれ以上に悲しそうな顔をしてた。

ゆっくりボクの方へ歩いてくるあの人に、ボクは怖くなって後ずさるけど、ボクは女の子であの人は男の子で、それにボクは皆に体のことを知られてからは必要最低限しか体を動かしていない。あの人は友達といつも走り回って遊んでいる。要は歩幅が違うんだ。

ボクが一歩分後ずさってもあの人は二歩も三歩も距離を詰めてくる。そして、ボク達は部屋の中にいる。どれだけ逃げようとしても必ず壁にぶつかる。当時のボクはそんなことも考える余裕はなくて、あっという間に壁に追い込まれた。壁に背を押されていることも気付かずに必死で手と足を動かして逃げようとしてた。でも、壁に阻まれた時点でこれ以上逃げることが出来るはずが無かった、(もう逃げられない)そう悟ったボクの目の前であの人は立ち止まった。

「こな…いで………」

怯えを孕んだ震える声で紡いだ言葉はか細くて、小さくて届いて欲しい人に届いたかもわからない。でも、俯いてほとんど床しか見えていない視界の端に映るあの人の足が微かに震えた様に見えた。けど、それだけだった。それ以上の反応は無い、引き返すことも後ずさることもしない。ただそこで立っているだけ。ただ立っているだけなのにボクはどんどん気が動転していって、叫ぼうとした時

「ゆうき」

今まで想像していたどの声とも違う、冬の日のひだまりの様に暖かくて優しいいつもの声だった。

 

「おにい…さん………」

 

優しい声に引かれるようにゆっくり顔を上げるとそこには…。

目にいっぱいの涙を溜め、手は真っ赤になるほど握りしめて、全身を震わせていた大好きなあの人が立っていた。

 

「ごめん、ゆうき。気づかなくて、気づけなくてごめん」

 

優しかったあの人の声は震えていて、頬には溜まっていた涙が溢れる程に流れていた。

 

「お…にい…さん………」

 

泣いてるあの人を見た途端ボクの声に怯えの色は消え失せていて、でも震えていて、頬には熱い何かが伝っていた。

 

「おにい…さん………う、うぅ…」

 

涙が伝う感覚を感じた途端、心の底にどんよりと溜まっていた不安や不満が涙となって、我慢していたものが堰を切って溢れ出てきた。ボクが泣き出すとあの人は肩を引き寄せて抱きしめてくれた。

 

「ボク…ボクは…ボクはぁ…うぅ…ボクだって…すきで…すきでこんなからだに………

こんなからだにうまれたかったわけじゃ…ない………のに…うぅ………うわぁぁぁん!」

 

ボクは縋り付く様にあの人に抱きついて今まで溜め込んできた濁ったヘドロの様な不安や不満を叫ぶ様にあの人に吐露した。

どれくらい時間が経ったのかも分からないくらい泣き叫び続けたボクをあの人はずっと抱きしめてくれていて、落ち着いた頃にはあの人のシャツに大きな染みを作るほど涙を流していた。

溜め込んでいた気持ちを吐き出したおかげでいつも以上に冷静になったボクが一番に気づいたのは、少し苦笑気味に笑うあの人の優しい笑顔だった。

 

「気づくのが遅れて本当にごめん。もっと早くに気づけてたら…」

 

「いいよ、どれだけおそくてもおにいさんはちゃんときづいてくれたから」

 

今になって思えば、あの時のあの人は本当に小学生だったのかと、疑いたくなる程に大人っぽい振る舞いをしてた。けど、当時のボクは逆にそれが嬉しくて、ありがたくて、凄く救われた。あの時あの人が来てくれなかったらきっと今のボクはここにはいなかったんだろうな。そう思えるくらいに、今も昔もあの人への気持ちはボクの心の大部分を占めていた。

 

「ゆうき。俺、決めたよ」

 

ボクはこの人のことが好きなんだって改めて、そして初めて実感して、でもボクの思いは伝えてはいけないって幼いながらも考えていた時、唐突にあの人がはっきりと告げた。

 

「俺。医者になってゆうきの病気を治してやる。絶対に」

 

「へ………?」

 

最初はあの人が何を言ってるのか全然わからなかった。

(イシャニナッテビョウキヲナオス?ボクの?)

あの人の決意表明にまた涙が目尻からゆっくりと溢れてきて、また泣いてしまった。

嬉しかった。すごく嬉しかった…けど、それがどれだけ難しいことなのかも分かっていたボクは、もう手遅れなんだって、後はゆっくり死を待つだけなんだって再認識してしまって、

悔しくて、悲しくて、なんでボクなんだろう、どうしてカミサマはボクにこんな思いをさせようとているんだろうって、自問自答を繰り返してそれでも分からなくて、それがまた辛くて再びあの人に縋り付くように抱きついて泣いた。

また泣き出したボクにあの人はあやす様にまた抱きしめてくれて、泣き止むまでずっと「大丈夫。俺が絶対に治すから」って頭を撫でながらずっと囁いてくれていた。

 

あの日からあの人は小学校六年生だったにも関わらず、ひたすらに、一途に「ボクのためだから」って医師を目指して元々全校生徒の中でトップクラスだった成績を更に伸ばして、歴代で最高とまで言われるほどに頑張り続けていた。そうして、半年立つ頃には学校創立以来初めての飛び級をして見せて、卒業していった。その後も、県内有数の私立中学校に途中入学、飛び級を利用して入学することすら難しい中学校を一年半という短い期間で卒業してみせた。元々頭の良かったあの人の本気を見て、ボクのことで陰鬱気味だった家の中の雰囲気も明るくなっていた。あの人のお母さんも自分の息子はやればここまで出来るんだって誇らしげに話してたって、ボクにお母さんが楽しそうに話してくれた。

それからまた一年で、今度は都内有数の私立高校に入学、飛び級で卒業。あの人は本当に凄い。小学校から高校卒業までほとんど十年で駆け抜けていった。

あの日から三年、あの人は小学校から高校卒業まで駆け抜けていく間にも、毎日ボクの家に訪ねてきてくれて、学校が終わってから夕飯までずっとボクの遊び相手になってくれた。

体調を崩した時はお母さん達に代わって看病までしてくれて、本当に嬉しかった。

ボクの体のことが皆に知れ渡った時には、お母さん達がボクのことを知らない学校に転校して、引越しもしようって話していたけど、今となってはそんな話題が挙がることも無くなっていた。と言うよりもボク自身が引越したくない、あの人の近くに居たいってお願いした。

お母さん達は「本当に木綿季は恭弥君のことが大好きね」って苦笑気味に笑って引越しすることは無くなった。

あの人が医療系の専門学校に通うことが決まってからは年に二回位しか会えなくなったけど、その代わりに毎日テレビ電話で話し相手になってくれた。

テレビ電話でお話する時は、たまにあの人が学校で仲良くなった友達の人も混じって話していたけど、それが逆にボクには新鮮で楽しかった。あの人曰く、仲良くなった友達の人も身内の人がボクと同じ病気に罹っていて、あの人と同じ様に悩んでいたらしい。医者を目指すきっかけは違ったらしいけど…。

それからあっという間に二年が過ぎて、あの人は専門学校を卒業した。

ボクは最初はどこかの病院に勤めるのかと思っていたけど全然違って、卒業と同時に医師と薬剤師の資格を取って、病気の研究をする為にって大学院に通いだした。あの人は簡単に取っていたけど、医師も薬剤師も調べてみると、素人のボクには何が書いてあるのか全くわからなかった。

専門学校で仲良くなった友達の人もあの人と同じ大学院に入学して、一度諦めた病気の治療方法を一緒に研究してる。

あの人が大学院に入学して少ししてからボクの容態が急変した。当たり前のことだけどどんどん病気が悪化していって、入院することになった。

入院するってあの人が聞いた時は、大学院の講義も研究も全て投げ捨ててボクの元へけつけてくれた。あの時のあの人の焦りようは不謹慎だけどすごく面白かった。

我慢しきれず吹き出したボクを恨めしげに見つめたあと、数日だけ一緒に過ごしてあの人はまた大学院の方にとんぼ帰りした。

あの人の研究の進捗はあまり芳しくなく、帰ってきた時に見た様子は焦っているようで、何もしてあげることが出来ない自分が凄く嫌で、時々黙り込んで難しい顔をしているのを見る度に凄く悔しかった。

それでもボクのために頑張ってくれているんだって思うと凄く嬉しくて、悔しさと嬉しさの板挟みになってもどかしかった。

あの人が大学院に帰ったあと、遅々として進まない研究に悩み苦しんでもがいている姿がボクにはやっぱり辛くて、見ていられなかった。

あの人があまりにももがき苦しんでいる姿を見て、ボクは耐えきれずに気持ちを伝えた。

 

「もういいんだよ?おにいさんがボクのためにここまでしてくれたのは凄く嬉しかった。でもボクはこれ以上おにいさんの苦しんでる姿は見たくない。ボクのことはもう忘れておにいさんは自分の幸せの為に生きてくれていいんだよ?」

 

ボクの思いを聞いたあの人は、テレビ越しにいつもの優しい笑みを浮かべて、

 

「大丈夫だよ。今は行き詰まってるけどもう少しなんだ、もう少しで出来そうだから。それに、木綿季は俺の幸せの為に辞めていいって言うけど、ここで辞めたら俺は逆に後悔するし、幸せにはなれないからな」

 

恥じらいも無く言い切ったプロポーズとも取れる言葉にボクは恥ずかしくなって俯いた。

それ以来は苦しんでいる様な難しい顔をボクの前で見せることは無くなって、専門学校の時から一緒にいる友達と大学院で知り合った二人の友達を時々交えながらも、日々あの人の研究が上手くいきますようにと願い日々を過ごしていた。

それからあっという間に二年の時が過ぎ、遂にあの人の研究が完成した。実験用のネズミさんで成果が見込めて、後は人で試すだけ。既に論文まで完成したっていう時に、あの人は現実世界から姿を消した。

それが後にSAO事件と呼ばれる、文明の利器、コンピューターを用いた中で人類史上最も凄惨で悪意に満ちた事件に巻き込まれていたと知ったのは、あの人が完成させた特効薬を服用し始めてから一年が過ぎた後だった。

SAO事件については色々な放送局でニュースをやっていたから知っていたけど、その事件にあの人が巻き込まれているとは思っていなかった。

初めて聞いた時には信じられなくて、でもナーヴギアを被って眠り続けるあの人の姿を見た後は信じるしかなくて、あの人のお母さんはずっとあの人の手を握って縋り付くように泣き続けていた。それ以来、あの人のお母さんは人が変わったように暗くなって、ボクの両親と姉ちゃんが亡くなった後二,三日に一回はボクの様子を見に来てくれていたけどそれも無くなって、ボク自身も心に大きな穴が空いたような空虚感をずっと感じていた。

生きる意味を失ったボクは、あの人が何年もかけて準備してやっと完成した薬を飲む気力が無くなって、ずっと虚脱感に苛まれていた。

あの時、あの人の友達が励ましてくれなければ、ボクはまた病状が悪化して最悪今この時まで生きていることが出来たかすらわからない。

そうして、何とか薬を飲んで、何時になるかわからないあの人の帰還をボクはずっと待ち続けている。

あの人の失踪からまた一年。

「ねぇ、おにいさんは今どこで何をしているの?迷宮みたいなダンジョンに挑んでるの?それとも街で帰還できる日を待ち望んでるの?それとも時々聞く"攻略組"って言うのに混じって最前線を駆け回ってるの?早く帰ってきてよ。ボクの病気は完治したんだよ。声を…聞かせてよおにいさん………とと、もう時間だ。それじゃあまたね。ボクは待ってるから早く帰ってきてね。恭弥さん」

 

そして、あの人が現実世界に帰還したと病院から連絡が着たのは、その日ボクが学校に行ってから何時間も後のことだった。

 

 




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