春香「脱出ゲーム?」   作:人肉タルトレット

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第3の扉/Ⅰ.檻

次の部屋は、概ね全員の想像通りの部屋だった。

正方形の部屋。真正面にはあの鉄扉。扉の横にはモニター。

願わくば叶って欲しくなかった想像ではあったが。

しかし、これまでの部屋とは圧倒的に違う事が一つあった。

そこは椅子の部屋と同じような構造だったが、椅子等は無く、

代わりに両側の壁に五つずつ並んだ、狭い空間があったのだ。

そこには扉は無く、こちら側から中に入れるようになっていた。

その中は狭いが奥行きがあり、奥の壁が暗くて良く見えない程だった。

数人はその中を覗き込む等している。

しかし、そんな物には目もくれずに、春香は扉へと向かった。

このまま、誰も欠けずにここを出られる事を願って。

把手を掴んだ手が小刻みに震える。

お願い、開いて。

もう、誰も失いたくない―――。

しかし、その希求も空しく、その扉は動かない。

「・・・駄目だ、開かないよ」

春香は扉が開くことを期待する後方の者達に、その結果を伝えた。

「・・・そっか。って事は・・・また」

覚悟はしていたが、不安、焦燥という感情が再び心の中で頭を擡げ始める。

やはり、ここでも誰かが・・・。

そして、春香が把手から手を離すのとほぼ同時に、モニターが点灯した。

 

『貴女達が犠牲者として選んだ仲間、萩原雪歩様は死亡します。

 方法は、三浦あずさ様の場合と同じく、只今から毒瓦斯を撒布します。

 既に死亡するという事は御理解頂いている事と思いますので、映像は流しません。

 さて、この部屋から脱出する為には、一人一箇所ずつ、壁の空間の奥へ入って頂く必要があります。

 そうして頂いた後、ランダムに1名が犠牲者に選ばれます。

 制限時間は只今から30分とします。

 では、ご幸運を祈ります』

その文字の下では、30:00という表示が刻々と時を減らしていく。

「もう嫌っ・・・!早く返してよう・・・!」

「うっ・・・ひぐっ・・・」

やよい達は慟哭する。

気丈に振舞う真達も、口惜しそうに顔を顰めた。

この文章を、春香だけは静閑と見ていた。

大丈夫。雪歩達は死んでない。死なない。だって雪歩と約束したんだから。

死なないって。迎えに行くって。また逢おうって。

恐怖に圧し潰されそうに震える胸に彼女との誓いを反芻する。

私達は、死なない。誰も。

だから、進まなきゃ。

それを、伝えなきゃ。

 

春香は向き直り、皆に語り掛けた。

「みんな、落ち着いて。大丈夫、誰も死んでないよ。それに、今いる私達も死なない」

咄嗟に響が口を挟む。

「だ・・・だって・・・あの映像は・・・」

「だから、勝手に死んだって決め付けないで!急いで助けを呼べば助かるかも知れないでしょ!?」

「でも・・・」

「うん、春香の言う通りだ。今は、前に進む事だけ考えればいい。ボク達にはそれしか出来ないから」

猶も弱音を吐かんとする響を遮り、真が春香を肯定した。

思えば、此処まで全員が正気を保っていられたのは真が居たからこそかも知れない。

常に彼女達の先頭に立ち、奮起させ、励ましの声を掛け続ける真。

椅子の部屋での彼女の一喝が無ければ、彼女達の団結は崩れた儘であっただろう。

春香は再び真に感謝した。

「分かった・・・分かったぞ」

負の意識に苛まれていた響も、その言葉に啓発されたようだ。

「・・・そうだよね。ただ泣いてたってダメだよね」

「その通りよ、やよい。私達には、皆を救出する義務があるもの」

やよいや伊織も続く。

「・・・ここから出たら、犯人なんか八つ裂きだよ」

真美は何やら少々逸れた方向に執念を燃しているが、失意からは立ち直った。

「・・・さて、今回は小部屋に入れとの事ですが」

貴音が左右の小部屋に目配せしつつ言う。

彼女も此処まで冷静さを欠かず、正確な判断を出し続けている。

春香と貴音は特に会話を弾ませる間柄ではないが、この状況下ではお互いを庇護し合う。

貴音からすれば、春香とも協力せざるを得ないと言った所だろうか。

彼女も、残された2人の身を案じているのだろう。或いは、漂う死の気配に焦っているだけか・・・。

しかし今はそんな事など問題ではない。そう、此処を出る事が最優先だ―――。

 

「入ろう・・・全員で」

春香が全員を促す。

「そうだね」

さらに真が続く。

「本当に・・・」

「大丈夫・・・なのかな・・・」

先程の決起にも拘らず、不安にどよめく仲間達。

こんな異常事態では無理も無いが、春香は再度説得を試みた。

「大丈夫。誰も死なない。誰も死なせないよ」

「此処まで一度だって、目の前で死を見てきた訳じゃないだろ。

 あんな映像、信じられるもんか。仮に誰かが残る事になろうとも、絶対に救い出すから」

春香、真が再び諌める。

互いに、なるべく力強く、優しく。

「・・・うん、分かった」

「行こう!」

全員の意思が固まった。

「よっし。ボクは左手側の一番奥に行くよ」

真は先へと続く扉側に向かって左の壁の、一番奥の空間へと向かった。

「では、わたくしはその隣で」

貴音はその一つ手前に入る。

「・・・皆、入ろう、好きな所に。大丈夫だから」

何の保障も確証も無いのは明白だが、春香は皆を励ます言葉を掛けながら貴音の隣の空間に入っていった。

「私、春香の隣が良い・・・」

此処まで亜美・真美と共に春香に寄り添っていた千早はその隣を選んだ。

「大丈夫・・・大丈夫・・・」

呪文の様に呟きながら、亜美が選んだのは左の壁の一番手前。

そうして、10人は次々と空間に入っていく。

右の壁は、奥から順番に美希、響、伊織、やよい、真美が入った。

 

最も早く選択した真は、その空間の最奥を調べていた。

壁を触ったり、軽く手の甲で叩いたりしてみたが、スイッチ等の仕掛けがある様子は見られない。

何だ・・・?一体何が起こる・・・?

そう思い、視線を足元に落とすと、何か違和感を生じた。

「・・・ん?」

この奥まで蛍光灯の光が殆ど届かず、入口からは気付かなかったが、

目を凝らして見ると足元の混凝土の色が違う事が分かった。

凡そ30cm四方だろうか、正方形に赤み掛かっている。

「これか・・・?」

恐らく、何かが起こるとしたら、これだ。

あのモニターの文字、『空間の奥に入って頂く』と言うのは、この床の上に立てと言う事だろう。

その後、何らかの仕掛けが作動すると言う事か。

「皆、奥まで行った?」

全員に声を掛ける。

真の位置からは、両側の壁に視界を遮られて正面の美希しか確認できない。

そしてそれは、他のアイドル達も同様である。

「ねえ、床が赤いトコがあるけど、これ踏めばいいのかな?」

真っ先に2つ隣の春香が大声で返す。

春香の目の前には伊織。丁度、入って行く所だった。

「十中八九ね。それで何も起きなかったらお手上げだよ」

続いて貴音。

彼女も奇妙な床に気付いていた。

その向かいの響も、床に気が付いている様子だ。

「・・・入ったよ。赤色っぽい床がある・・・」

真や貴音から離れた位置からやよいが答えた。

「とにかく奥まで行ってみよう。それで何とかなるはず」

「うん・・・」

不安そうに頷く。

「真美も入ったよ。これで全員?」

一番右手前に入ったと思われる真美が声を上げた。

「さて・・・どうなるか」

貴音が怪訝そうな声で呟いた。

きっと、皆は未だ不安なんだろう。

「きっと、大した仕掛けは」

春香が皆の恐怖心を払拭しようと喋り出した、その刹那。

異変は訪れた。

 

「わっ!?」

突然、空間の出入り口近くの天井から、何かが「降りて」きた。

「な、何だ・・・?」

がらがらと轟音を響かせ、孤立した春香達の前に立ち塞がったそれは、拳一個分の間隔が空いた鉄柵だった。

「・・・柵?」

春香が不安気な含みを持った呟きを洩らす。

赤い床から離れ、そのまま鉄柵に向かってみたが、それが上がる気配は無い。

更にそれを掴んでみても、ひんやりとした感触が伝わるだけで、僅かな揺れすら生じない。

向かいの伊織も涙目になって鉄柵にしがみ付いている。

様々な方向から、「何なの!?」とか「ちょっと、これじゃあ出られないよ!」という声が聞こえてくる。

「・・・どうやら皆同じ状況のようですね」

奥の方から、貴音が呼び掛けた。

目の前の人間しか姿は見えないものの、声を聞く限り全員が同じ状況に陥っているらしい。

鉄柵にしがみ付き、助けを求める10人。

まるで、捕らえられた動物達の檻の様だ、と春香は思った。

「うーん・・・しかし、こっからどうすりゃいいんだろう?」

真が全員に言う。

確かに、全員閉じ込められたのでは、一人も鉄扉を抜ける事は出来ない。

犯人は、一体、何をさせたいのか・・・?

全員が同じ疑問を抱いた時だった。

「いっ・・・嫌・・・嫌あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

何者かの絹を裂く悲鳴と、それに重なって地鳴りの様な音が部屋に響き渡った。

「えっ?えっ?」

「な・・・何・・・?」

どよめき出す、囚われの少女達。

「ちょっと!!どうしたの!?」

「ちょっと、誰!?何なの!!」

咄嗟にその悲鳴に返答したのは春香と真だった。

「い、嫌っ!嫌ぁぁっ!」

「おいっ!返事しろよ!何なんだよ!」

二人の声も全く耳に届いていないかの様に、金切り声を上げ続ける「誰か」。

その声は恐怖に引き攣っていて、誰のそれなのかは想像も出来なかった。

そして、彼女を代弁するかのように、別の声が上がった。

「はっ・・・春香っ・・・!」

泣き声交じりに叫ぶのは、春香の隣の人物。

「ち、千早ちゃん!何があったの!?」

如月千早だった。

かなり動揺しているらしい。

ひょっとしたら、千早の身に何か・・・?

春香の胸に凍て付く程の悪寒が走る。

 

彼女にとって千早は、誰よりも深く付き合ってきた唯一無二の親友である。

春香がニューイヤーライブ目前で心が折れてしまい仕事を休んだ時、千早は親身になって春香を支えた。

千早がゴシップ誌に過去を掲載されたショックで歌えなくなった時、春香は彼女の部屋を訪れ励まし続けた。

きっと、千早が居なくては、自分はまともにやって行けないだろうとさえ感じる程、千早は春香にとって大切な人物だったのだ。

雪歩と誓った春香だったが、千早には、千早にだけは残って欲しく無かった。

普段クールな彼女が怖がりで寂しがりやな部分を隠している事は重々知っている。

残って欲しい者など誰一人として居ないはず━━━━なのに、春香は願ってしまった。

お願い、千早ちゃんだけは無事でいて・・・。

 

そんな願いの最中、千早は言葉を続けた。

「た、高槻さん・・・高槻さんが・・・!」

慌てふためきながら、千早はその名を発した。

「えっ・・・?やよい・・・!?」

「やよいだって・・・!?」

「やよいっち・・・?」

勿論、その名は誰もが知っている。

高槻やよい。

春香は考えた。

自分の右隣は如月千早。

正面は水瀬伊織。

そして、伊織があの檻に入っていった後に、高槻やよいが檻に入ったと言った。

出口側から順に入って行っている筈だから、今、千早の正面に居るのはやよいだ。

そして、まさに今、千早が、自分自身では無く唯一目視できる正面のやよいの名を呼んでいる。

他の者も、千早ややよいの身を案じている。

つまり、何かが起きたのだ。

やよいの身に、何か。

この時、春香はまた別の理由で背筋が寒気立っていた。

―――安堵、している・・・?

千早が危機に曝されているのでは無いと理解した、その時。

息を、ついてしまったのだ。

私は、ホッとしたの・・・?

千早ちゃんじゃなかったってだけで・・・?

今、この瞬間に、仲間が苦しんでいるのに・・・?

 

「助けてぇ!!」

依然、絶叫は響き続ける。

この声は、高槻やよいのものだったのか。

普段の、柔らかでのほほんとした喋り方からは想像し難い程に変わり果てた声になっていて気付かなかった。

そして謎の地鳴りも止まない。

我に返り、春香が慌てて聞き返す。

「やよい・・・やよいがどうしたの!?」

千早は、恐る恐る目の当たりにしている事象を口にした。

「高槻さんの上の・・・、天井、天井が・・・、さ、下がって、来てる・・・!」

千早が、必死に、出来るだけ声を張り上げ、言葉を絞り出す。

「はあ・・・?天井っ・・・!?」

「そ、それって・・・」

真や伊織がぎょっとしたような声を上げる。

 

姿こそ見えないものの、やよいを除く9人は理解した。

今この瞬間に、何が起こっているかを。

そして、予感した。

そう遠くない未来に訪れる惨劇を。


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