春香「脱出ゲーム?」   作:人肉タルトレット

24 / 27
第13の扉/Ⅰ.絶望

「なにこれ? どうなってるの?」

「あれ? えっ? どういうこと?」

「帰って・・・きたのか?」

「・・・事務所だ」

その部屋は、765プロの事務所そのものだった。

窓はあるが、外は真っ暗だ。

ただし、それは夜の暗さではなく、「黒」で塗りつぶされたような光景。

窓の外には何もなく、まるで星のない宇宙の様だった。

蛍光灯は点っているのに、まるで時間ごと凍り付いているかのような不気味さだ。

 

「あれ・・・外、なんかおかしくない? 夜っていうか・・・何もないんだけど」

「え、ていうか入口から入ってきたのに・・・どうやって出ればいいの?」

「・・・なんか、変だよ。誰か、誰かいないのか・・・?」

その響の声に、ぱちぱちぱち、と拍手の音が返ってきた。

もちろん、五人の内の誰のものでもない。

生還を確信していた彼女たちに、再び緊張感が走る。

この部屋に、私たち以外の誰かがいる。

犯人か・・・?

思わず、春香は懐に手を伸ばしていた。

「いるわね。奥に誰か。出てきなさいよ」

伊織が一歩前に出て、強い口調で尋ねる。

「コングラチュレイション。よく頑張りましたね、みんな」

その人物が仕切りの奥、仕事机の方からこつこつと足音を鳴らし、姿を現した。

緑のショートヘアーにインカムを装着した、その女性。

この場にいる全員が、その顔を知っている。忘れる訳もない。

多くのアイドル達が駆け出しのころから陰で支えてきた彼女。

時折暴走しがちな妄想癖が玉に瑕だが、歌も上手で、親身にアイドルに寄りそう存在。

765プロの事務員、音無小鳥だった。

「なっ・・・んで・・・」

「ピヨちゃん!?」

「小鳥・・・!? なんであんたがこんなとこにいんのよ・・・」

「ずっと見てましたよ。私の演技、どうでしたか? なかなか迫真だったでしょ?」

震える声で春香が訊ねる。

「も、もしかして、あのアナウンスの声は・・・」

「そう、ここで私がずっと喋っていたのよ。でも、これはもう必要ないわね」

そう言いながらインカムを外し、机の上にぶっきらぼうに投げる。

その顔は、まるで空虚な笑顔とでも言うのだろうか。

なんとも心情の掴めない表情だ。

まさか、あのアナウンスが小鳥さんだったなんて。

春香は冷や汗が自分の背中を伝っていくのを感じていた。

私が復讐を果たすとしたら、このアナウンスの人物も・・・、と考えていた。

まさか私たちの仲間が、私たちを死へ導く案内をしていただなんて誰が思うだろうか。

私が復讐を果たすべき相手はどこにいるんだ。

「・・・質問に答えて。なんであんたがいるの?」

怒りとも戸惑いともつかない複雑な表情の伊織の質問は無視して、小鳥が寂しげに答える。

「ごめんね。辛かったでしょう。でも、この部屋で終わりよ。もう扉はない」

「ピヨちゃんが・・・犯人なの?」

「違うよね・・・? ピヨちゃんも、無理やりやらされてたんだよね?」

「ピヨ子があんなひどい事できる訳ないだろ! そうに決まってるぞ!」

必死の形相で小鳥に縋りつくが、当の彼女は全く意に介さず、ぽん、と手を叩いた。

「最後に、私と一つゲームをしません?」

「え?」

「ゲ、ゲームぅ?」

唐突な提案。

「好きでしょ。ゲーム。ここはもうすぐ消えてなくなる。それまでの暇つぶしです」

「ちょ・・・小鳥、ちょっと待って! 今なんて!?」

またも無視。机の中から古めかしい回転式拳銃を取り出した。

全員の顔色が、数時間前の様に青褪めていく。

「さあ、ルールを説明しましょう。ここにリボルバーがあります。これ凄いのよ、なんと装弾数20発なんですって」

カラララララ、と嫌な金属音を鳴らして、シリンダーが回る。

「無視しないで!! ちゃんと説明してちょうだい! 消えるってどういう事!?」

好き勝手に話を進める小鳥に堪らず掴みかかる伊織。

しかし。

その額に銃口を向けて、小鳥が拳銃の引き金を引いた。

カシンッ。

「ひッ・・・!?」

思わず飛びのく。

「ロシアンルーレット。知ってますよね、有名なギャンブルですもの。弾は4発。あなたたちが全員死んだら私の勝ち、私が死んだらみんなの勝ち。ただし引き金はすべて私が引くものとします」

春香がとっさに前に出て伊織を庇う。

まさかこうもあっさり、引き金を引くなんて。

何故だ。なんでこんなことを続ける必要がある。

「も・・・もう終わったはずでしょ!! こんなことは!!」

「ええ、ゲームは終わったし扉はもうない。これは余興みたいなものですね」

言いながら春香に拳銃を向ける。

躊躇いなく引き金を引く。

カシンッ。

「きゃあああっ!!」

思わず目を伏せる。

またも空。

「次は響ちゃんにしようかしら。おいで、響ちゃん」

「うあぁあぁああ! く、狂ってるぞピヨ子!!」

入ってきた入口の方へと逃げ出す響。

しかしドアは開かない。

「残念、途中退場は認められないわ」

パンッ、という音が聞こえたのと同時に、ドアへと追い詰められていた響の中身が、花火の様に炸裂してドアを色づけた。

彼女の顔、上顎の辺りを砕いた弾丸は、肉の壁を抉りながら首の後ろへと貫通したようだ。

そのままずるりと赤い線を引いてドアの横に崩れ落ちる。

誰の目から見ても即死だった。

「ひっ・・・響ぃ!!」

「響ちゃんっ!!!」

「ひびきんっ!!!! 嫌あぁぁ!!!」

「3発目で当たりを引くなんて、やるじゃない。次は・・・亜美ちゃんにしましょう」

カシンッ。

「はずれ。次は真美ちゃんですよ」

カシンッ。

「ひあぁぁあ!!」

「助けてええええ!!!」

隅へと這いずる亜美真美をかばうように、伊織が盾になって叫ぶ。

「あんた頭おかしいんじゃないの!? いいからさっさとそれを下ろしなさい!!」

「そして・・・最後はもちろん自分に向けて引かなきゃいけませんよね。あーん…」

言いながら、自分の口に銃を銜え、親指で引き金を引く。

カシンッ。

「ひぃぃ!!!」

「素晴らしく運がいいみたい、私。さあ次はもう一度伊織ちゃんからよ」

・・・なんだ、この女は。

まるでおもちゃの水鉄砲で遊ぶ子供のように、無邪気に引き金を引いた。

人を撃った。

本当に撃った。

春香は懐の拳銃に手を伸ばしていた。

やらなきゃやられる。

相手がどうとかという問題ではない。

殺されてしまう。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。