「なにこれ? どうなってるの?」
「あれ? えっ? どういうこと?」
「帰って・・・きたのか?」
「・・・事務所だ」
その部屋は、765プロの事務所そのものだった。
窓はあるが、外は真っ暗だ。
ただし、それは夜の暗さではなく、「黒」で塗りつぶされたような光景。
窓の外には何もなく、まるで星のない宇宙の様だった。
蛍光灯は点っているのに、まるで時間ごと凍り付いているかのような不気味さだ。
「あれ・・・外、なんかおかしくない? 夜っていうか・・・何もないんだけど」
「え、ていうか入口から入ってきたのに・・・どうやって出ればいいの?」
「・・・なんか、変だよ。誰か、誰かいないのか・・・?」
その響の声に、ぱちぱちぱち、と拍手の音が返ってきた。
もちろん、五人の内の誰のものでもない。
生還を確信していた彼女たちに、再び緊張感が走る。
この部屋に、私たち以外の誰かがいる。
犯人か・・・?
思わず、春香は懐に手を伸ばしていた。
「いるわね。奥に誰か。出てきなさいよ」
伊織が一歩前に出て、強い口調で尋ねる。
「コングラチュレイション。よく頑張りましたね、みんな」
その人物が仕切りの奥、仕事机の方からこつこつと足音を鳴らし、姿を現した。
緑のショートヘアーにインカムを装着した、その女性。
この場にいる全員が、その顔を知っている。忘れる訳もない。
多くのアイドル達が駆け出しのころから陰で支えてきた彼女。
時折暴走しがちな妄想癖が玉に瑕だが、歌も上手で、親身にアイドルに寄りそう存在。
765プロの事務員、音無小鳥だった。
「なっ・・・んで・・・」
「ピヨちゃん!?」
「小鳥・・・!? なんであんたがこんなとこにいんのよ・・・」
「ずっと見てましたよ。私の演技、どうでしたか? なかなか迫真だったでしょ?」
震える声で春香が訊ねる。
「も、もしかして、あのアナウンスの声は・・・」
「そう、ここで私がずっと喋っていたのよ。でも、これはもう必要ないわね」
そう言いながらインカムを外し、机の上にぶっきらぼうに投げる。
その顔は、まるで空虚な笑顔とでも言うのだろうか。
なんとも心情の掴めない表情だ。
まさか、あのアナウンスが小鳥さんだったなんて。
春香は冷や汗が自分の背中を伝っていくのを感じていた。
私が復讐を果たすとしたら、このアナウンスの人物も・・・、と考えていた。
まさか私たちの仲間が、私たちを死へ導く案内をしていただなんて誰が思うだろうか。
私が復讐を果たすべき相手はどこにいるんだ。
「・・・質問に答えて。なんであんたがいるの?」
怒りとも戸惑いともつかない複雑な表情の伊織の質問は無視して、小鳥が寂しげに答える。
「ごめんね。辛かったでしょう。でも、この部屋で終わりよ。もう扉はない」
「ピヨちゃんが・・・犯人なの?」
「違うよね・・・? ピヨちゃんも、無理やりやらされてたんだよね?」
「ピヨ子があんなひどい事できる訳ないだろ! そうに決まってるぞ!」
必死の形相で小鳥に縋りつくが、当の彼女は全く意に介さず、ぽん、と手を叩いた。
「最後に、私と一つゲームをしません?」
「え?」
「ゲ、ゲームぅ?」
唐突な提案。
「好きでしょ。ゲーム。ここはもうすぐ消えてなくなる。それまでの暇つぶしです」
「ちょ・・・小鳥、ちょっと待って! 今なんて!?」
またも無視。机の中から古めかしい回転式拳銃を取り出した。
全員の顔色が、数時間前の様に青褪めていく。
「さあ、ルールを説明しましょう。ここにリボルバーがあります。これ凄いのよ、なんと装弾数20発なんですって」
カラララララ、と嫌な金属音を鳴らして、シリンダーが回る。
「無視しないで!! ちゃんと説明してちょうだい! 消えるってどういう事!?」
好き勝手に話を進める小鳥に堪らず掴みかかる伊織。
しかし。
その額に銃口を向けて、小鳥が拳銃の引き金を引いた。
カシンッ。
「ひッ・・・!?」
思わず飛びのく。
「ロシアンルーレット。知ってますよね、有名なギャンブルですもの。弾は4発。あなたたちが全員死んだら私の勝ち、私が死んだらみんなの勝ち。ただし引き金はすべて私が引くものとします」
春香がとっさに前に出て伊織を庇う。
まさかこうもあっさり、引き金を引くなんて。
何故だ。なんでこんなことを続ける必要がある。
「も・・・もう終わったはずでしょ!! こんなことは!!」
「ええ、ゲームは終わったし扉はもうない。これは余興みたいなものですね」
言いながら春香に拳銃を向ける。
躊躇いなく引き金を引く。
カシンッ。
「きゃあああっ!!」
思わず目を伏せる。
またも空。
「次は響ちゃんにしようかしら。おいで、響ちゃん」
「うあぁあぁああ! く、狂ってるぞピヨ子!!」
入ってきた入口の方へと逃げ出す響。
しかしドアは開かない。
「残念、途中退場は認められないわ」
パンッ、という音が聞こえたのと同時に、ドアへと追い詰められていた響の中身が、花火の様に炸裂してドアを色づけた。
彼女の顔、上顎の辺りを砕いた弾丸は、肉の壁を抉りながら首の後ろへと貫通したようだ。
そのままずるりと赤い線を引いてドアの横に崩れ落ちる。
誰の目から見ても即死だった。
「ひっ・・・響ぃ!!」
「響ちゃんっ!!!」
「ひびきんっ!!!! 嫌あぁぁ!!!」
「3発目で当たりを引くなんて、やるじゃない。次は・・・亜美ちゃんにしましょう」
カシンッ。
「はずれ。次は真美ちゃんですよ」
カシンッ。
「ひあぁぁあ!!」
「助けてええええ!!!」
隅へと這いずる亜美真美をかばうように、伊織が盾になって叫ぶ。
「あんた頭おかしいんじゃないの!? いいからさっさとそれを下ろしなさい!!」
「そして・・・最後はもちろん自分に向けて引かなきゃいけませんよね。あーん…」
言いながら、自分の口に銃を銜え、親指で引き金を引く。
カシンッ。
「ひぃぃ!!!」
「素晴らしく運がいいみたい、私。さあ次はもう一度伊織ちゃんからよ」
・・・なんだ、この女は。
まるでおもちゃの水鉄砲で遊ぶ子供のように、無邪気に引き金を引いた。
人を撃った。
本当に撃った。
春香は懐の拳銃に手を伸ばしていた。
やらなきゃやられる。
相手がどうとかという問題ではない。
殺されてしまう。