春香「脱出ゲーム?」   作:人肉タルトレット

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サブタイトル表記を変更・統一。あと、前話の誤植を一部修正。


第1の扉/Ⅱ.投票

その場の空気が、一瞬にして凍て付いた。

「いないって・・・誰が」

普段は無邪気で元気いっぱいの少女、我那覇響が初めて口を開き、弱々しく呟いた。

薄暗くて顔をよく確認出来なかった所為で気付かなかったのだ。

雪歩や美希、やよいは、訊きたくないとばかりに隅で蹲っていた。

「・・・あずさが、いない・・・?」

誰よりも早く姿の見えない人間の名を呼んだのは伊織だった。

その場の全員に、嫌な雰囲気が圧し掛かる。

室内は冷えていて少々肌寒い位なのにも係わらず、汗が全身から流れ出していた。

「な、なんであずささんが・・・?あずささんも居る筈だよね・・・?」

真が問う。

「ええ・・・そうでなければ、部屋が十二個ある意味も無いし、あのモニターにも名前が載って・・・」

其処まで言いかけて、千早が口を噤んだ。

まさか、と云うような顔をして。

「・・・さっきの投票って、こういうことだったんじゃ・・・」

先刻の煽りから一転してずっと沈黙を守っていた春香が、震える喉から声を絞り出した。

「・・・ちょ、『こういうこと』って何だよ・・・?」

青褪めた真が咄嗟に訊き返す。

半ば感付いているのだろうが、敢えて春香は言葉を続けた。

「さっきの投票・・・あれで一番多く選ばれた人は・・・部屋から出られないんじゃ・・・」

其処まで聞いた伊織が叫んだ。

「・・・あずさ!あずさ!!へ、返事をしなさいよ!居るんでしょ!?」

「・・・無駄だよ。自分たちの部屋に居た時も、外からの音は聞こえなかっただろ?」

「くっ・・・それは、そうだけど・・・!」

真が、務めて冷静に言い放った。

此処に居る誰もがその事には気付いていた。

伊織も呼び掛けを止め、悔しそうに俯いた。

「防音もバッチリってか・・・。くそっ」

唇を噛み締め、鉄扉に思い切り拳を打ち付ける真。

「でも、まだあずささんの身に何か起こるって決まった訳じゃないし・・・

今は私達が一刻も早く此処を出て、警察にでも連絡しよ!

それで、あずささんを助け出そう!最後は、全員一緒だよ!」

本当は、そう言う春香が誰よりも怯えている。

自分が投票しなければ、あずさが独りぼっちになる事は無かったかもしれないのに。

あの、誰にも優しくおっとりで癒し系なお姉さん、三浦あずさが。

必ずこの中の誰か一人が取り残されるというのなら、それが自分なら良かったのに。

少なくとも美希は自分を選んだと言っていたのだから、自分が取り残される可能性があった筈なのに。

(あずささんさえ選ばなければ・・・。私が・・・。私の所為で・・・)

「そうだよな・・・。よし、みんな!行こう!!」

自己嫌悪に陥りそうな春香には気付かず、彼女の言葉を受けた真が皆を決起させた。

ぞろぞろと部屋を出て行く仲間達。その後を追う春香。それに縋り付く双海姉妹と、寄り添う千早。

彼女達の心は一つだった。

誰も欠ける事無く、無事に此処を出る、と―――。

 

彼女達が進んだ扉の先は、長い廊下だった。

横に三人並ぶと窮屈な程に、両側の壁は近い。

相変わらず蛍光灯の灯りは薄暗い。

慎重に、少しずつ、壁に手をついて歩いてゆく。

「長いな・・・どこまで続いてるんだ」

先頭を切って歩く菊地真が呟く。その腕にぴったりとくっついているのは萩原雪歩だ。

この集団内の年長者であり比較的冷静な四条貴音が黙ってその後に続く。

高槻やよいや星井美希は「帰りたい・・・」とか「もう、何なの・・・」と嗚咽を漏らしながら後を追う。

我那覇響や水瀬伊織も元気で口数の多い平常時とは打って変って、先刻から一言も発さない。

殿(しんがり)は天海春香と、それに縋り付く双海亜美・真美、3人を見守る千早。

765プロいちのムードメーカーである双海姉妹さえ、この状況下ではおどける余裕も無いらしい。

萩原雪歩も最初の部屋で会った時から眼に涙を溜めて黙っている。

菊地真は彼女の怖がりな性格を知っていたので、その腕をきついくらいに組んで歩く。

当の真本人も心霊怪奇の類は苦手だが、周りの者を不安にさせまいという勇敢さ、持ち前の精悍さで恐怖心を抑え込んでいるようだ。

「・・・何で犯人は、私達にあんな投票をさせたんでしょうか」

歩きながら、やよいが疑問を口にした。

中々その疑問に答える声は上がらない。

やよいも、その質問を残して黙り込んでしまった。

沈黙の後、先頭を切る真が答えた。

「・・・さあね。少なくともそいつは根性の捻じ曲がったやつだよ」

「私達の知ってる人・・・じゃないよね?」

返答を待っていたかとばかりにやよいが再び問う。

「このような悪趣味な事を企てる知人がいらっしゃるのですか・・・?」

憔悴している様子の貴音が言い放つ。

その言葉の真意は差し詰め「そんな事は有り得ない」といった所だろう。

それは無論この場の全員が思った事だ。

「それは・・・そうじゃない、けど・・・」

「・・・そんな事、訊くまでもないよ」

言いながら真はやよいを一瞥し、直ぐに視線を前に戻した。

「じゃあ、あの投票は・・・」

「ねえ、もう止めようよ、犯人の話は。ここで幾等話したって水掛け論なの。それより・・・」

美希がやよいの言及を断ち、言葉を続けた。

「本当にあずさは、私達の選択のせいで、取り残されちゃったのかな・・・?」

「何が言いたいんだよ」

真が返す。

「えっと、たまたまあずさにたくさん投票が集まって、取り残されたのかな・・・?」

心なしか春香には、「たまたま」という単語を強調したように聞こえた。

美希は、恐らく全員が適当に選んだものと考えているのか、

或いは、仲間が意図的に苦手な人物を選んだという表現を避けたかったのだろう。

春香自身も、選び方自体は運否天賦だったものの、名前を見ている以上、罪悪感に似た感情は湧いている。

必ず誰かが残るとしても、見てさえいなければ、これ程まで自己嫌悪に苛まれる事は無かったのである。

そして春香と同じ様に、思いがけず名前を目視して選んでしまった者が居るのかも知れない。

ひょっとすると、美希も・・・。

 

咄嗟に真が返す。

「そんな事、訊いてどうするんだよ・・・?それ以外に理由が思いつく?」

「・・・みんな、適当に選んだの?」

誰もが一瞬、神妙な目をして、美希を見た。

「ボクは・・・春香に。押す前、他の人が同じような部屋にいるなら被らない方が良いかと思って・・・逆に嫌われなさそうな人を押そうって、考えたから」

やや、ばつの悪そうな調子で真が一言。

「・・・実は、わたくしも春香を。同様の理由で」

さらに貴音が言う。

投票者は違うものの、2人ほど投票されたという点に於いては春香が思い描いた通りだった。

しかし、春香のもう一つの予想は次の瞬間に覆された。

「・・・私は、あずささんに・・・」

消えそうな声で、千早が口を開いた。

まさか。千早ちゃんが、三浦あずさを選ぶなんて・・・。

春香はハッとした。

(そういえば、みんなで海に行ったとき、あずささんを見て悔しそうな顔、してたような・・・?)

まさか、今でもその事が・・・?

春香は、妙に複雑な心境になった。

「私も・・・私も、あずさを選んだ」

額に滲んだ汗を光らせて、進む先を見据えたままで伊織が告げた。

それは千早よりは想像に難くなかった。

一時期、いや今もかも知れないが、同じ竜宮小町として彼女の方向音痴やスローペースに手を焼いていたから。

「・・・後の皆は、名前を見ずに選んだの?」

美希が黙秘する親友達に回答を促すと、彼女達は黙って首を縦に振った。

「・・・ミキは・・・目を伏せて、適当に指したのが、春香だったの。

 皆と同じ様に見なければ良かったんだけど、其処まで気が回らなかった。

 誰も選びたくなかったし、誰が残されたって喜べないけどね。ごめんね、春香」

憂いと悔しさを帯びた口調で話す美希。対し冷めた口調の貴音。

「同じことですよ、見ようと見まいと。必ず誰か一人は残されていた。それは不可避です」

「・・・じゃあやっぱり、最も多く選ばれちゃったあずさが・・・」

此処まで聞いた春香は冷水が背中を伝う様な感覚を覚えた。

美希が殆ど自分と同じ行動、思案をしていたと言う事もあるが、

皆の告白を纏めると、少なくとも投票した相手が分かったのは自分も含め半分の6人。

そして、自分とその中の2人があずさを選択し、残りの3人が自分という事。

この時点で、自分とあずさの票数が同じなのである。

運否天賦に選ばれた残りの6票によっては、あずさではなく自分が落ちていたし、

そもそも自分があずさに投票をしなければ、まず間違い無く自分が落ちていたのだ。

此の時の春香には、「自分が多く選ばれた」という衝撃よりも、

「三浦あずさを蹴落として自分が脱出してしまった」という衝撃の方が遥かに勝っていた。

懸念していた不安が現実のものとなってしまうとは。

「・・・ごめん、あずささん」

無意識に謝罪の念が言葉となって漏れ出した。

それは余りにか細く小さな声で、前を行く者達には届かなかったが、千早だけが確かに聞いていた。

 

「・・・みんな、扉だ」

一連の会話を遮るかの如く、真が皆に声を掛けた。

確かにその視線の先には、またしても例の鉄扉が聳えていた。

「・・・もうすぐ出られるかな」

春香がやや明るめの調子で言う。

他人に、そして自分にも希望を持たせる様に。

「大丈夫さ、きっと。入るよ」

その扉は、鈍い音で軋み、ゆっくりと奥へ開いていった。

先頭から、続々と扉の奥へと飲み込まれて行く。

罪悪感と自己嫌悪を抱え、春香もそれに続いた。


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