春香「脱出ゲーム?」   作:人肉タルトレット

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第6の扉/救い

その部屋は、今まで通ってきた地下の部屋と似通っていた。

正方形の部屋、正面に扉、扉の横には久しぶりに見る、やや大き目のモニター。

そして部屋の中央には、謎のボタンが置かれた台。

「・・・何だろう」

春香が、疑問符を洩らした、その時だった。

突然、モニターが点灯した。

そこには━━━━。

「ま、真君!?」

真っ先に美希が声を上げた。

そこには、鉄製の壁に手足を括り付けられている真が、正面斜め上から映し出されていた。

「真・・・あの時確か、穴に落ちて・・・」

そういえばそうだ。

真は穴に落ちたが、何かに着地する音を聞いた。

あの時点で、真はまだ生きていたのだ。

縛り付けられた真に意識はあるようだが、こちらの声は聞こえていない。

その首の1メートルほど横の壁からは丸鋸の刃が突き出している。

その丸鋸が収まる溝は、ちょうど真の首の後ろを真っ直ぐに通り過ぎていた。

「・・・ノコギリ?あれってまさか・・・」

美希は震えるほどの悪寒を覚えた。

『えー、5つ目の扉を抜けた皆さん、さっきぶりです。私です』

再び、先ほどのアナウンスの声がモニターのスピーカーから響き渡った。

「ちょっと、これはどういうこと!? 早く真君をこっちに返してなの!!」

美希が憤慨して怒鳴る。

『はい、この部屋でやってもらうのは、ちょっとした思考実験です。たった1人を助けるために自分を含めた大勢を犠牲にできるか・・・っていう、ね』

「・・・えっ?」

『方法はすっごく簡単です。部屋の真ん中にあるボタンを押すと囚われのマコトクンを救出できます。救出とはもちろん彼女を無事に家に帰すことです』

「ほ、ホントに!?」

美希が嬉しそうな声を上げる。

それを春香が抑えに入る。

「美希、落ち着いて! 罠かもしれないから・・・」

「う、うん、分かってるけど・・・」

『ただし、マコトクンの救出は貴方達全員の命と引き換えです。押せばマコトクンの命は保証しますが、この部屋に毒ガスを撒いて貴方たちを殺します』

「・・・えっ?」

全員の鼓動が、どくん、と跳ねた。

『押す押さないの制限時間は5分! 5分間ボタンが押されなければ次の部屋への扉が空き、以降ボタンは押せなくなります。カウントダウンは私のアナウンスが終わった瞬間から』

全員の視線が真ん中のボタンと真の映像を行き来する。

『当然皆さんが次へ進むことを選べば、マコトクンは死んでしまいます。まあ一度は死んだと思ってた命ですから。今更見捨ててもどうってこと無いでしょう』

「なんてことを・・・」

美希の声が怒りに打ち震えている。

自分達の仲間への想いを踏み躙ったことへの憤慨だ。

「下衆の極みですね、あなたは」

貴音も深い憤りを隠しきれない様子だ。

 

『ではこの辺でシンキングタイムと行きましょう。自分達を犠牲にたった1人を救うか? 元々死んでいたはずの一人をもう一度殺して次に行くか! それではアデュー!』

そして、真の映るモニターの下に5分のカウントダウンが始まった。

それと同時に、真が映るモニターに異変が起きた。

「・・・うっ、うわぁぁぁああ!! やめろぉぉぉぉ!!!」

「いやっ、そんなっ!! やめてぇ!」

「いやぁぁぁあ!!」

叫ぶ真、美希、双海姉妹。

真の首の横、約1メートルの位置にある丸鋸が駆動し、緩慢な動きで、真の首目掛けて動き出したのだ。

ボタンを押せばあの丸鋸は停止し、春香達の部屋に毒ガスが撒かれる。

5分押さなければ丸鋸が容赦なく真の頚椎を切り裂くだろう。

「あぁ・・・嘘だろっ・・・」

泣き顔で戸惑うばかりの響。

「ふざけないで!! こんなの狂ってるよ! 今すぐ止めて!!」

依然として、美希は叫び続ける。

春香は黙っていた。

ボタンを押さないということは、真を見殺しにするのと同じだ。

ボタンを押すということは、自分を含め、ここにいる全員を殺すということだ。

ならば、私はどうする━━━━?

最悪の救出劇が幕を開けた。

 

1分が経過した。

全員が他のアイドルの顔を気まずそうに見遣る。そこに一切の会話はない。

美希も真の名を呼ぶのをやめ、鋭い眼差しでボタンを見据えている。

真の悲痛な叫び声だけが谺する。

 

2分が経過した。

相変わらずの雰囲気。誰も動こうとはしない。

 

3分が経過したとき、美希の足がゆっくりと動き出した。

全員がぎょっとした顔で美希を見つめる。

「・・・ミキ、このボタンを、押す」

そう美希が呟いた瞬間、咄嗟に伊織が美希を突き飛ばした。

「きゃっ」

「・・・あんた、何考えてんの?・・・バカじゃないの?」

きっと伊織を睨み返し、美希は言う。

「・・・この先、ミキたち全員が生き残る保証はない。でもミキが今これを押せば、少なくとも真君だけは助かるの」

その言葉に、春香は、はっとした。

確かにそうだ。

この先の部屋で4人死ねば、それでもうアウトなのだ。

しかし、今、確実に一人助けられる人間が居る。そういうことだ。

「はっ、それこそタワゴトじゃない。あんな狂人の言葉を鵜呑みにするの? いいじゃない、あいつはもう一度死んだようなもんだし」

「・・・伊織は、ただ自分が助かりたいだけでしょ?」

冷淡に美希が言い放つと、鼻を鳴らして伊織が言い返した。

「ええ、そうよ。私は由緒正しい水瀬家の令嬢なの。こんな所でくたばる訳には行かないのよ。日本にとって計り知れない損失だわ」

「あっそ、じゃあミキ押すね」

再び立ち上がり、美希がボタンに手を伸ばす。

「させませんよ」

しかし今度は貴音がそれを制止した。

「ぐぅっ!!」

美希の背後から襲いかかり、羽交い締めにする。

「・・・申し訳ありません。美希の気持ちも痛いほど分かりますが、此処はどうか我慢を」

「貴音っ・・・! 何が我慢なの!? 綺麗事ばっかり!! 生き残りたいだけのくせに! クズ、クズっ! クズばっかりなのっ!!」

いつもの口調から豹変し、彼女とは思えぬ悪態を吐く。

「そのボタンを押すってことは美希! あんたが私達七人を殺すのと同じ事なのよ! 解ってんの!? 正気になりなさいよ! 人殺しになる気!?」

怒声で返す伊織。

春香と千早、それに双海姉妹は、茫然とそれを眺めているしか無かった。

響が弱々しく呟く。

「ごめん、美希、真・・・自分達は、真を救えないんだ・・・分かってよ・・・」

「ふざけんなっ! この卑怯者!!」

拘束されながら、美希は春香に訴えかける。

「春香! 押して! 私の代わりにっ! 春香もきっと、私と同じ考えだよねっ!?」

「えっ・・・あ・・・わ、私・・・」

思わぬ名指しを受け、戸惑ってしまう春香。

「春香・・・分かっているわね?」

「押したとて、真が救出される確証は無いのですよ」

釘を刺す、伊織と貴音。

「で、でも・・・僅かでもあるんだよね?押さないよりは、真が助かる可能性・・・」

「そうなの、春香! だから、だから早くボタンを!! 早くぅっ!!」

必死に泣き叫ぶ美希を見ていると、ボタンを押さなければ・・・そんな気になってくる。

春香自身も、ボタンを押すか否かで揺らいでいたのだ。

どうせこの先生き残る保障がないのなら、いっそ押してしまえば・・・と。

「嫌だぁ!! 誰か、誰か助けて!! 何でもするから!! 死にたくないよ!!」

真は失禁していた。

精悍な顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら叫ぶ。

真を他の誰よりも慕っていた萩原雪歩なら、迷うことなくボタンを押すほどの光景だろう。

丸鋸は、いよいよその首の皮を切る寸前まで迫っていた。

 

気づくと春香は立ち上がっていた。

経過時間はもう4分20秒。5分になってしまえば、もう真を救う術はない。

悩んでいる余裕など、無かった。

ボタンに歩み寄ろうとした、そのとき。

ふいに後ろから抱きしめられた。

千早だった。

「・・・駄目。行かないで」

「ち、千早・・・ちゃん」

「お願い早くぅ! 誰でも良いから押して!!」

部屋いっぱいに、届かぬ思いが、交錯する。

 

━━━━そして、5分が経過した。

ボタンは、押されなかった。

 

「ぐっううううう゛う゛う゛・・・」

直後、鋸によって、パンケーキのごとく容易く真の喉が切られていく。

傷口から止め処なく溢れ出していく血液は、まるで勢いよく瓶から吹き出す炭酸飲料だった。

「真君! 真君! いやあぁあぁぁあぁあ!!」

「ま・・・まこ・・・まこちんが・・・」

「ごめん、ごめん、ごめん、ごめん・・・自分、助けられなくてごめん・・・!」

気付けば刃は頚椎を切断し、後は反対側の皮を残すのみとなった。

言うまでもなく、既に菊地真の生命は終わっていた。

やがて、真の頭部はその重みによって、残った皮をちぎって落ちた。

ごとん、と鈍い音を立てて。

 

貴音がようやく美希を羽交い締めしていた手を緩める。

その瞬間、美希の右手が貴音に振り上げられていた。

「ぐっ!!」

強烈な殴打を受け、よろめく貴音。

「なんで!? なんで止めたの! 目を覚ましてよ! なんでこんな馬鹿なこと、繰り返そうとするの!? ボタンを押せば、真君が助かって、全部終わったじゃない!!」

へたり込む貴音に怒鳴り散らす美希。

その横から伊織が割り込み、美希の頬に強烈なビンタを浴びせた。

「つっ!! ・・・伊織、あなたも同じなの! どうして・・・!」

「目を覚ますのはあんたの方よ、美希! 自殺願望は勝手だけど、私たちを巻き込まないで!! 死ねば丸く収まるなんて、それこそバカの考え方よ!!」

「もう・・・もうやめてよ! どうして助けられた私達が言い争わなくちゃいけないの!?」

春香が涙目で全員に訴えかける。

千早はそれに続けた。

「こういう醜い言い争いこそ犯人の思う壺だって、もう分かりきったことでしょう。起きてしまったことはしょうがない。生きてる私たちで、なんとか進むしかないのよ」

「ふうん、随分偉そうに言うわね、千早。ずっと春香の陰にコソコソ隠れてる分際で!」

怒りの収まらない伊織は千早までもを痛烈に批難する。

しかし千早は目を逸らし、次の部屋へと春香を促した。

「私達は、真に救われた・・・そう言い張るしかない。とにかく、進みましょう。さあ」

「う、うん・・・」

そう思わなければ、頭がおかしくなりそうだから。

(・・・ごめんね、雪歩。私は・・・━━━━)

双海姉妹や我那覇響も、この途轍もなく険悪な雰囲気に、ただ沈黙している他なかった。

おずおずと立ち上がり、扉へ歩き出す。

「・・・ふん。一人の命も八人の命も同じよ、馬鹿ね・・・」

伊織と貴音も続く。

「真君、ごめんね・・・助けられなかったよ、ミキじゃ・・・」

膝をつき、依然としてモニターに映し出されている真に深く頭を下げ、懺悔の姿勢を取った。

そして、まるで糸に操られる人形のぎこちなさで扉へと向かった。

もはやこれまでに置き去りしてきた萩原雪歩や三浦あずさが生きていると信じている者など誰一人として居ない。

彼女達の強かったはずの絆は、この時、壊れかけていた。

 


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