ユグドラシル運営活動記 (完)   作:dokkakuhei

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お待たせしました。






2度目の最終日 中編

 彼は相手の出方を伺う。<伝言>を切られてしまってはゲームオーバーだ。彼我の戦力差は圧倒的、しかも制限時間付きの状況、彼は言葉という武器のみで相手の超位魔法の発動を止めなくてはならない。ゴクリと喉を鳴らしそうになるのを必死でこらえる。

 

「…カトウと言ったか。何の用だ。」

 

(乗ってきた!やはり相手はプレイヤーを探している。日本人名を使ったのは正解だった!)

 

 彼は慎重に、そして簡潔に要点を述べる。

 

「1つお願いがございまして。なに、単純な事です。あなたが今なさろうとしている事をお待ちになってはいただけませんか。」

 

「ほう。お前は私がやろうとしている事が分かるのか?」

 

 当然の質問だ。先のお願いは自分が『ユグドラシル』出身である事を隠そうともしない行動である。彼は元よりそのつもりだ。

 

「はい。超位魔法でございましょう?」

 

 

 

 暫し沈黙が流れる。ただ会話しているだけなのに酷い疲労感に襲われる。脳が軋み、喉が乾いてくる。双眼鏡で覗く相手に動きはない。ただ悠然と立っているだけだ。

 

(何の沈黙だ?何かミスをしたか?声は震えてなかっただろうな?)

 

 

 

「カトウとやら、お前は何者だ?」

 

 相手はかなりこちらに興味を抱いたようだ。彼は強気に出る。

 

「それにお答えするのは魔法を中止していただいてからです。」

 

「ふむ。」

 

 

 

 再度沈黙が流れる。

 

 強者との会話においては沈黙こそが一番恐ろしい。言葉があれば何らかの対応はできる。嘘があってもその理由を推察できる。しかし、沈黙は何も情報が得られない。それどころか、相手の思考を想像してしまう。相手を深く覗き込むあまりに、その暗闇に偏見を見てしまうのだ。それは予断を許さない状況で致命的な隙を生んでしまう。

 

 彼は耳に全神経を集中する。相手からは息遣いすら聞こえない。当然といえば当然、受話器の向こうは肉を持たない死神なのだから。

 

 これ以上の沈黙は耐えられない。彼は言葉を続けようとする。だが、静寂を破ったのはオーバーロードの声だった。

 

 

「まあ、いいだろう。」

 

 

 彼は信じられない、だが一番聞きたかった答えを耳にする。もしや自分が妄想した都合のいい幻聴かと思ったが、モモンガの周りの魔法陣が霧散するのを見て本当のことだと安堵する。

 

(ふう、第一関門突破か。結構すんなりいったな。さて次は戦場から興味をそらしつつ俺も脱出しなくちゃな。)

 

 

 

 

 しかし彼はモモンガの恐ろしさを侮っていた。

 

「…え?」

 

 かなり間抜けな声を出した。彼の目に映ったのはモモンガが新しい魔法陣を描きだしている姿だった。

 

 あろうことかモモンガは再度超位魔法を発動させたのだ。事の展開の早さに頭がついていかない。

 

 彼の周りでは珍しい見世物に王国兵達が浮き足立ち始めている。やれ突撃しろだの、陣形を崩すなだの号令が錯綜している。

 

(黙れ、俺の思考の邪魔をするな。)

 

 ぐちゃぐちゃになった頭に相手の声が響く。

 

「カトウとやら、一度魔法は中止してやったぞ。さあ、話の続きをしようか。」

 

<伝言>越しの骸骨は本当に食えない奴だ。彼は心の中で舌打ちをする。

 

「…何をしていらっしゃるのですか。」

 

 彼はもう一度強気に出る。まだ会話のペースを相手に持っていかれるわけにはいかない。

 

「何をしているとはあんまりな言い草だ。君の言う通りにしたんだ。今度はこちらの質問に答えてくれないか。お前は何者だ。」

 

「だからそれはですね_」「くどい!」

 

 怒気をはらんだ声。彼の背中を汗が伝う。どうやらモモンガはこちらに只ならぬ敵意を抱いているらしい。彼は交渉スタンスの変更を迫られる。

 

「お前が前から我々を監視している事は知っているんだ。私の仲間を洗脳したこともな。いいから姿を見せろ。」

 

(バレてたか。…ちょっと待て。奴は今なんと言った?)

 

 監視に気がついていたことにも驚きだが、それより聞き捨てならないことを言った。NPCの洗脳に関しては全く身に覚えがない。思い当たる節があるといえばあのシャルティアと呼ばれた吸血鬼の事だが、あれはどうやら自分のせいになっているらしい。

 

 この勘違いはマズイ。…いや、逆にチャンスかも知れない。戦場からモモンガの注意を引き離すのは思ったより簡単そうだ。自らの身の安全は想定よりずっと危険な状況だったが今は置いておく。何とか超位魔法を解くように誘導しなければ。

 

「誤解があるようなのですが、私はあなたがたに危害を加えたことなどありません。」

 

「…それを信じろと?では何故私とシャルティアが戦っていた場所にいた?」

 

 

 

(バレていたのはその辺りからか。どうやら大分泳がされていたらしい。それは俺じゃないとしらを切るか、正直に答えるか。)

 

「実は『ユグドラシル』プレイヤーを探しておりまして、目立つフルプレートの冒険者の噂を聞いて後をつけておりました。」

 

 モモンガの問いに彼は正直に答えた。下手な嘘は気づかれると不信感を強める。ここは核心の部分は上手く隠しつつ、当たり障りのない会話をすることにする。しかし、相手によってリズムを狂わされる。

 

「プレイヤーとは何だ?」

 

 ここにきて素っ頓狂な質問が返ってきた。敵意を向けて脅してきたと思えば、話の腰を折るモモンガに少し苛つく。

 

(畜生、何て白々しいんだこいつは! こちらに話させて素性を聞き出す気か。仕方ない、乗ってやる。)

 

「私やあなたみたいにこことは違うところから来た者の事ですよ。さあ、今度こそ超位魔法を止めてもらいます。」

 

 多少無理がある話題の転換だがこのまま押し通す。

 

 

 

「やけに拘るな。そんなに王国兵が大事かね。それとも誰か特定の人物かな。」

 

 彼は顔を歪める。この流れはダメだ。まんまと相手に乗せられる形となってしまった。

 

 今、相手は王国兵の人質としての価値を計ろうとしている。これではどんな譲歩を引き出されるかわからない。だが正直に答えざるを得ない。

 

「…あなたに殺されるのは困りますね。」

 

 顔は見えないが、ニヤリと相手が笑った気がした。王国兵の価値を悟られてしまった。嫌な寒気がする。

 

「お前が出て来たら王国兵を助けてやってもいいぞ。」

 

(来たな。明らかに挑発だ。)

 

 助けてやるという言質は取った。ただ相手が約束を守るという保証はない。

 

「是非そうしていただきたいですね。」

 

 勿論こちらも約束を守るつもりはない。売り言葉に買い言葉、適当に煙に巻いてやるつもりだ。

 

「そうかそうか。」

 

 相手は満足そうに相槌を打ち、そして腕を挙げた。その手には課金アイテムが握られている。その場にいる誰もがモモンガの手を見つめている。そして…

 

 

 

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 ーーー

 

 

 アインズは突然の<伝言>に多少驚きはしたが、差出人に思い当たりがあったからか、それともアンデットの特性か、すぐに落ち着きを取り戻した。ようやく現れた敵対者を逃すまいと<伝言>に応答する。

 

 その際、後ろ手にデミウルゴスに合図する。ハンドサインなど考えてもいないが、デミウルゴスなら勝手に解釈して良いように計らうだろう。

 

 デミウルゴスが何やら得心のいった様子を見せ、行動に移したのを確認すると<伝言>に集中する。超位魔法を発動させた状況でコンタクトを取って来たということはやはりこちらを近くで伺っているらしい。敵の発見は部下に任せて自分は時間を稼ぐためにあくまで自然体を装う。

 

 他のNPC達も<伝言>の相手が誰か察したようだ。アインズを囲うように周囲を警戒し、突然の戦闘に備える。

 

 コキュートスが落ち着かない様子で辺りを見渡す。パーティーの中で前衛はコキュートスだけだ。もし敵が攻めて来たら一番始めにブロックする役目を受け持たなければならない。上肢2つで斧と槌を抜き、残りで斬神皇刀の柄を握る。

 

 双子は攻撃の射線を塞ぐようにアインズを挟んで武器を構えている。一先ずは何があっても対応可能だろう。

 

 アインズは会話を進める。相手の印象はやはり慎重な人物といった感じで、あまりこちらの誘いに乗ってこない。ただ隠そうとはしているが王国軍に向けて魔法を放たれるのはかなり嫌がっているらしい。王国に与する人物だとは思うが、ともすれば本当に素性が知れない。

 

 こちらの張った網では王族・貴族、騎士がプレイヤーと接触しているという情報はない。ならばどこかの村の関係者か、完全に単独か。

 

 相手が<伝言>をしてきた目的がイマイチ掴めない。何故今まで直接に接触してこなかったのがここに来ていきなり方針を変えたのか。

 

 デミウルゴスに視線を送る。デミウルゴスはジェスチャーで、発見できずと返して来た。王国兵の中には紛れていない。これで自分の身を守るために魔法を止めたいのではない事がわかった。

 

(はぁー。もういいや。会話ではこれ以上引き出せないな。次行って見よう。)

 

「…クックック。」

 

 凄く面倒くさくなってきたし、こちらから行動を起こして相手の出方を見ることにする。悪い笑みが溢れてきた。アインズは手遊びで弄っている課金アイテムを見る。

 

(度肝を抜いてやるぞ。)

 

 アインズは魔法を発動した。

 

 

 ーーー

 

 

 誰も動く事はできなかった。アインズ・ウール・ゴウンなる魔導士が何かをしたことはわかった。しかし何をしたかを理解できたものは少なくとも人間では誰1人いなかった。人知を超えた神の如き御技に場は呑まれてしまった。

 

 しかし、()()()()()()()()()()()()()

 

 いったい何が起こったのか。

 

 カッツェ平野は一面赤茶けた大地のはずだったが、今は一部、王国軍が陣を敷いていたところだけ、場違いに白く塗られている。突然地面が凍ったのだ。馬車の車輪が、脚甲が、革靴が、氷にとられて足を上げることすらままならない。ただ、微動だに出来ないのは足元に突然現れた氷のせいではない。

 

 これをたった1人で引き起こした者が同じ戦場にいる。一瞬で5km四方の景色を変えてしまった者が。その恐怖が体の芯まで凍りつかせてしまったかのように身じろぐ事すら許さないのだ。

 

 魔法の範囲の外だった帝国兵もまた同じく魔導士の背を見つめる以外の事は出来るはずもなかった。圧倒的な力が、恐怖が、混乱が、戦場を支配してしまったのだ。それは戦争の傍観者も例外ではない。

 

 

 彼は茫然としていた。突如モモンガが魔法を発動した驚き。予想が外れた驚き。多くのことが起こりすぎて目を白黒させるばかり、頭は何かを考えてはいるが、思考は形になる前に解けてしまう。

 

「<黒き豊穣の貢>じゃなく、<天地改変>だった…?」

 

 ポツリとうわ言のように呟いた。明らかに動揺している。

 

 それを見逃す<伝言>相手ではない。

 

「さあ、約束を守って貰うぞ。」

 

 約束。モモンガは王国兵を助ける代わりに姿を見せろといった。

 

「1つ忠告しておくが、お前が約束を破ったら当初の予定通りにするからな。」

 

 少しずつ彼は平静を取り戻し、モモンガの言葉を噛み砕く。

 

(当初の予定。つまり本当は虐殺をするつもりだったが闖入者が出てきたから放つ魔法を変えた?一度超位魔法を解除した時か?あの時<黒き豊穣の貢>から<天地改変>に変えたのか。)

 

 戦場は凍りついている。文字通りモモンガは王国兵を捕まえてしまった。煮るも焼くもモモンガ次第というわけだ。モモンガの不況を買えば何をされるかわからない。もう逃げる事は出来ない。ここで逃げたら…。

 

 彼に戦慄が走る。自分は全く油断なく<伝言>を唱えた。多少の不利は自覚していた。いや、自覚していたつもりだった。モモンガは2、3言葉を交わしただけでここまでの展開を読んでいたのだ。なんという卓越した駆引きの能力。これが『ユグドラシル』トッププレイヤーの1人なのか。

 

 喧嘩を売る相手を間違えた。初めから御せる相手ではなかったのだ。もう取れる方法は1つしかない。

 

「おい、だんまりか?」

 

 痺れを切らせた死神が最後通告を突きつけてくる。

 

「残念だよ。では<黒き豊穣の…」

 

「…あなたから見て2時の方角。10秒後に5秒間姿を見せます。その後はそこから動きません。」

 

「クク、いいだろう。」

 

 まんまと引き摺り出されてしまった。

 

 

 ーーー

 

 

 アインズは言われた方角に1人の人物を認めた。やっと見つけた。そんな姿をしていたのか。初期アバターとはふざけた奴だ。

 

「デミウルゴス。シャルティアを呼んでやれ。あいつが一番借りを返したがっているだろうからな。全員位置は確認したな。移動するぞ。」

 

 アインズは僕に命じると戦闘準備を始める。

 

「ニンブル。あとは帝国兵でどうとでもせよ。」

 

 王国兵は足が凍って進軍も退避も出来ない。最早帝国兵だけで、それこそ作物を刈り取るように容易く勝てる。

 

 しかしニンブルはアインズが去った後もまるで自分も魔法にかかったかのように動く事は出来なかった。

 

 

 ーーー

 

 

 もう少しでモモンガが来る。彼は覚悟を決めた。

 

 死ぬ覚悟と戦う覚悟。そしてもう1つの覚悟。

 

「<アイテム検索>。」

 

 取り出したるは、流れ星が描かれた指輪、自分の尾を咥えた蛇をかたどった腕輪、一本の槍。

 

「守ってみせる。」

 

 彼は自分に言い聞かせた。

 

 モモンガが近づいて来る。我ながら愚かだと思う。一度間合に入ればモモンガは絶対に逃がしてはくれない。いっそモモンガがすることなんか放って置いて何処ぞへ行ってしまったほうがいい。

 

 しかしもう覚悟を決めてしまったのだ。

 

 自分の職務に殉じる覚悟を。

 

 

 ーーー

 

 

 


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