ユグドラシル運営活動記 (完)   作:dokkakuhei

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2度目の最終日 前編

 ここはカッツェ平野。生き物の住める場所では無い荒涼たる大地。濃霧が立ち込め日が差さないこの場所は生き物では無いもの、アンデットが昼夜を問わず徘徊し、あらゆる生命を冒瀆している。

 

 普段であれはこの様な場所に立ち入ろうとする物好きは殆どいない。いるとすればアンデットの討伐依頼を受けた冒険者かワーカーぐらいなものだろう。

 

 しかし今は王国と帝国の軍勢、それも数万単位の兵士達が平野を埋めつくさんと陣を敷き、睨みを利かせていた。戦争である。

 

 この両者の戦争は今に始まった事ではない。何年もの間、領地の利権を争い大軍勢の角を突き合わせているのだ。カッツェ平野は両国の領土に隣接し尚且つ争いが起きても誰も文句をつけない、覇を競い合うにはもってこいの場所であった。

 

 ただ毎年続くこの戦争にも例年と違うところがあった。帝国はいつも秋、それも稲刈りの時期を狙って王国に宣戦布告をしている。これは王国の兵の大半が農民兵であり、帝国は王国に大量の兵を動員させることによって産業基盤にダメージを与え、国力を低下させることを真の目的としていたからである。しかし、今年になって帝国はいつもより一ヶ月早く戦争準備を始めた。

 

 王国兵達はこの変化に実は少なからず喜んでいた。いつもは仕事で一番の繁忙期に何の見返りもない戦争に駆り出されていたのだ。まだマシであると考えているものが多かった。一方、王国の王族や貴族達はこの変化に戦々恐々としていた。帝国は稲刈りの時期より前に戦争を仕掛けてきた。これは王国を併吞した後、速やかに税を徴収する為に統治から刈入れ迄のスケジュールを見越してのことではないかとの憶測が実しやかに飛び交った。帝国は今回本気で戦争をするつもりなのだと。

 

 その結果、王国がとった行動は兵の動員数をいつもより増やすということであった。平野には凡そ30万の兵士達が陣を組んでいる。これは今の王国の財政状況では到底考えられない数字である。これでは戦争の後は一回も戦える様な状況にはならないどころか王国の半年先の経済も怪しい。それほどに追い詰められていた。王国が生き延びるためにはカッツェ平野で帝国兵を打ち負かし、帝国領に攻め入る事が絶対条件である。

 

 ただ、悪い事ばかりだけでは無い。追い詰められたものというのは得てして普段では考えられない様な力を発揮するものだ。なんとも生き汚いというか、既得権益を守るためには戦うしかないと腹を括ったか、王国戦闘指揮所では有意義な戦術論が喧々諤々と繰り広げられている。貴族達は初めて一枚岩となり、いつもの愚かな対立はなりを潜めていた。

 

 

 ーーー

 

 

 帝国軍最前線、前線指揮をとっている帝国四騎士の一人ニンブルはこの時期に王国との戦端を開く原因になった人物の随伴をしていた。

 

「ここはいつも霧がかかっているのですが、不思議なもので戦争を始めるとなるとその時だけ晴れるのです。理由はわからないのですが。」

 

 恐る恐る隣の人物に話しかけた。相手は煩わしそうに一言だけ答える。

 

「ああ。」

 

 ニンブルは話しかけた相手の気の無い返事に少しの落胆と共に安堵する。この強大な魔術師ならば理由を教えてくれるのではないかという期待を裏切られたのと同時に、死を具現化した様な災禍との会話が早々に終わって。

 

 それにしても見れば見るほど恐ろしい。体格はそれほど大きくないが身体に塗り込められた魔力なのか、その体躯を何倍にも錯覚させる威圧感を放っている。この怪物を前にして自分が意識を手放していないのが不思議なぐらいだ。

 

 この骸の王は先日いきなり皇帝の執務室に現れたと思いきや王国との戦争を手伝ってやると言い出した。何か裏があってのことだろうが、その場で逆らえる者がいようはずもなく、済し崩し的に共同戦線を張ることになった。そしてニンブルは得体の知れぬ魔術師の目付け役としてここにいるのだ。

 

「はぁ。」

 

 ニンブルは初めて魔術師が帝国に来た日のことを思い出し、溜息をつく。帝国の騎士達が何も出来ず無残に殺された日のことを。もう少しすれば、戦いの宣誓がある。その後魔術師が力を見せる手筈になっているのだが、いったいどんなことをしでかすのか。頼むから間違っても帝国兵には被害を出さないで欲しい。

 

 

 ーーー

 

 

「王国兵の数が思っていたより多いな。」

 

 アインズは王国軍を眺める。眼に映るのは両翼に軍を広げた、数的有利を活かす陣形である。しかし、そんなものに興味はない。アインズが探しているのはナザリックの安寧を脅かすもののみである。

 

 あの忌まわしい、未だ正体の掴めない潜伏者がこれまで確認できたのは、シャルティア戦、ゲヘナ、そしてナザリック内部の三回である。行動の共通点から同一人物の可能性が高いだろう。そして、それぞれ時期が近いこと、下手人が一人であることから少なくともエ・ランテル周辺を主な活動拠点にしている事がわかる。

 

 犯人像が絞り込まれていく。相手は間違いなく『ユグドラシル』プレイヤー、それも上級と目される程の使い手だ。ギルドと同時に転移できなかったか、ソロで活動していたのか分からないが仲間がいないと考えられる。個でそこまで強い盗賊職のプレイヤーはアインズの記憶にないが、アインズが積極的に他者の情報を集めていたのはかなり昔の話だ。もしかしたら有名プレイヤーが来ているのかもしれない。

 

 ただ気になるのは相手の慎重さである。ギルドマスターであるアインズに攻撃を仕掛けられる機会は何度もあった割に、その全てを見送っているのだ。敵対する意思がないのか、いや、危険な存在であることには変わりない。

 

 今からやることはナザリックを表に出し、勢力圏を拡大していく改革の第一歩だ。ついでに支配地域を増やすことで不穏分子の捜索も捗るだろう。絶対に見つけてやる。

 

 そして、今迄ぴったりマークしていた相手がこんな一大イベントに偵察に来ていないはずはない。姿は隠しているだろうが、どこかでこちらを伺っているだろう。

 

「デミウルゴス。状況はどうだ?」

 

 ここには未知の敵との戦闘に備え、コキュートス、アウラ、マーレ、デミウルゴスを配置している。ナザリックの防衛にはシャルティア、ヴィクティム、アルベド、セバス以下プレイアデス、それに宝物殿からパンドラズ・アクターも呼び出し守備隊に組み込んで万全の防衛体制だ。ガルガンチュアも起動している。

 

 更にはカッツェ平野じゅうに隠密に長けたシモベを配置し、情報収集も怠らない。両軍の指揮官級の居処、戦闘指揮所、物見櫓に至るまで全て網羅している。戦争の動きが手に取るようにわかるのだ。それこそ王国貴族達が無駄な足掻きをしているところまで。

 

「仔細予定通りに進んでおります。しかし、彼のものらしき動きはまだありません。」

 

「そうか。だが問題はない。」

 

 見やれば、帝国兵が戦場の真ん中で書を読み上げている。そろそろ出番が回って来そうだ。

 

「さて、鬼が出るか蛇が出るか。」

 

 

 アインズは前に出て1つの魔法を唱える。

 

 

 ーーー

 

 

「おー、壮観だなあ。」

 

 彼はカッツェ平野に敷設された、街道へアンデットが出ないようにする為の盛土の法面に立っている。そこから見渡す何十万の人の波はまさに圧巻であった。

 

「これだけいるとプレイヤーが混じってるかもしれないな。」

 

 そんな事を呟きながら、双眼鏡を取り出して本命の位置を探す。この双眼鏡はエンチャントのない普通のものだ。カウンターディテクトの心配は無い。

 

「お、いるいる。」

 

 目当ての人物はすぐに見つかった。戦列の一番前にいて、そのうえ神話級アイテムで身を包んだトンデモ骸骨だ。いやでも目立つ。

 

 モモンガが帝国に働きかけて戦争を始めたと聞いた時には遂に本格的に国取りに乗り出して来たかと思ったが、何故か他国と共同戦線を張っているのが気になった。

 

 帝国がアインズ・ウール・ゴウンにうまく取り入ったのか?多分あり得ないだろう。帝国はこちらの世界では国として高水準であるが、それはあくまでこちらの世界ではという事。目を引くような交渉材料となるものは考えられない。ならばモモンガが打算で帝国を駒として扱っているに過ぎないという方がしっくりくる。

 

 どうせ武力による特権外交、もとい「突剣」外交でもやったのだろう。皇帝かわいそう。

 

 哀れな皇帝の姿を瞼の裏に思い浮かべながら戦列に目を戻すと、目の玉が飛び出そうになる光景が見えた。

 

 

モモンガが1人前に出て青い魔法陣を展開していたのだ。

 

「ーーッ! 嘘ォ! マジかよ! ここで超位魔法!?」

 

 大衆の注目のある前で超位魔法を準備するという『ユグドラシル』では奇行に属する行動に度肝を抜かれる。同時にモモンガがなぜ帝国と共同戦線を張っているか理解した。戦争被害の政治的非難を帝国に押し付ける気だ。皇帝ほんとかわいそう。

 

 それにしてもモモンガはこの世界に来てテンション上がっているのか、やりたい放題しやがる。魔法効果範囲の実験でもするつもりか。

 

「…いや、違う。」

 

 彼は違和感を感じる。モモンガはPVPで驚異の勝率を誇る神算鬼謀のプレイヤーだ。思いつきで無軌道な行動はしない。では何のためだ?

 

 彼はモモンガの行動を思い返す。変装して街で情報収集していた時のような受け身での行動とは違い、今回は明確な目的を持って行動しているように思える。ここまでスタンスが変わった理由は何だ。ただ一時的なものか、若しくは今迄機を伺っていて、それが熟したので行動に移ったとも取れる。

 

 最前線で超位魔法を準備するという行為は『ユグドラシル』では完全な挑発行為だ。重要なのはそれが誰宛てかだ。

 

「…相手も他のプレイヤー、それも敵対者を探している?」

 

 自ら囮になって何者かが攻撃を仕掛けてくるのを待っているのか。彼は王国軍を見渡す。しかし、何か行動を起こそうとする者はいない。皆呆けて青い光が作り出す幾何学模様に見入っているだけだ。『ユグドラシル』なら直ぐさま攻撃、若しくは退避行動をするだろう。やはりプレイヤーは王国軍内にはいないのか?

 

 いや、この状況では仮に攻撃チャンスでも迂闊には動けない。モモンガの周りにはご丁寧にワールドアイテムまで持った高レベルNPCが固めており鉄壁の様相だ。退避しようにも監視の目がどこにあるか分からず、怪しい動きは敵に自分がプレイヤーだと悟らせてしまう事になりかねない。上手い一手だ。

 

 かといって彼にとってはこのままモモンガに超位魔法を撃たせるのはまずい。王国軍にプレイヤーがいるとすれば接触する前にモモンガに消し飛ばされては寝覚めが悪い。せめて確認するまでは待ってほしい。

 

 モモンガを見ると超位魔法を即時発動させる課金アイテムを手に持っている。

 

「クソッ。誰か止めろよ!」

 

 もういつ発動してもおかしく無い。いっそ自分がいって超位魔法の発動を止めるか?

 

 無理だ。自分のパラメータでは今から行動して超位魔法の発動を解除させるほどのダメージを与えるのは不可能だ。アイテムを使ってダメージを与える方法は無いこともないが成功するとは思えない。それにNPCに阻まれるのがオチだろう。

 

 王国兵全てを退避させる手段は考え付かない。こうなれば直接魔法を防御する手立てを考えるしかない。だがそれには相手が撃つ魔法を特定する必要がある。

 

 何を撃つつもりだ?<失墜する天空>?それとも<終焉の大地>?魔法の発動タイミングと範囲さえ分かれば、ヘイトを無理矢理稼ぐアイテムを使ってなんとか大損害は抑えられるかもしれない。魔法の属性さえ分かれば、反対属性をぶつけて相殺できるかもしれない。彼は必死で考える。

 

 プレイヤーを助けなければ。

 

 彼はふと、あの月が輝いていた夜のことを思い出す。ゲヘナの炎が街を照らし出した日のことを。そしてあの惨状を思い出す。

 

「あれ、か…?あれをするつもりなのか?モモンガ…。」

 

『ユグドラシル』で人気魔法の1つである、<黒き豊穣の貢>。大量の命を贄にして悍ましい化け物を産む魔法。半ば確信があった。あの惨状を作ったモモンガならばまた繰り返すだろう。この限りなくリアルに近い世界でまた地獄をやるつもりなのか。とても人間のする所業ではない。

 

 生物のなり損ないのような黒い羊達が右に左に駆け回り、奈落の底から響くような声で己が生まれたことへの喜びを叫ぶ。醜い脚で踏みしめるのは土ではなく、人間の肉と臓物が撒き散らされた大地。幾万と積み重なった屍の上で骸骨が嗤っている。そんな光景を幻視した。

 

 楽観視していられる状況はもう過ぎているのかもしれない。我を通すにはリスクを覚悟しなければ。

 

 彼の中で衝動が沸き起こる。

 

 

 

 

 

 プレイヤーを助けなければ。

 プレイヤーを守らなければ。

 プレイヤーを救わなければ。

 プレイヤーを。

 

 

 

 

 

 彼は深く呼吸をして1つの魔法を唱える。

 

 

 ーーー

 

 

 アインズは油断なく王国兵の様子を観察する。何かあれば即座に行動に移せるよう詠唱短縮アイテムを握りしめるが、敵も味方も奇異の目でこちらを伺うばかりで何も起こらない。場の主導権は完全に自分が握っているようだ。

 

「釣れんな。デミウルゴス、何か動きはあったか?」

 

 アインズは側に控える悪魔に確認を取る。悪魔は一拍した後、襟を正しながら答える。

 

「いえ、どのシモベもめぼしい情報は掴んでおりません。」

 

「アウラ。」

 

 続いて感知魔法を使っているダークエルフの少女に問う。

 

「こちらの警戒網も異常なしです。」

 

 即座に鈴のなるような声で回答がある。これといって収穫は無いようだ。

 

「そうか。慎重な奴だ、これぐらいでは姿を現さんか。」

 

 ドーム状の青い光に包まれたオーバーロードは残念そうに呟き、手にした砂時計を割ろうとした。しかしその時。

 

「む。」

 

 アインズに一通の<伝言>が入る。

 

 予定にない事態にシモベ達の間に緊張が走る。通常連絡ならデミウルゴスが管理しており、アインズに直接連絡が入るのは緊急事態のみだ。すわナザリックに異変があったかとシモベ達は身構えた。アインズはそれを手で制すると、<伝言>に出ようとする。

 

「…差出人不明?」

 

 アインズは訝しむ。てっきりアルベドあたりかと思っていたが、ナザリック内の者ではないらしい。勿論昔のギルドメンバーとも違う。だが、アインズは迷いなく応答する。

 

 

 

「誰だ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「突然申し訳ありません。私、カトウと申します。」

 

 

 ーーー

 

 

 




やっと主人公がアインズと接触。でも次最終回

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