『元』魔王の俺がヤンデレ女勇者と付き合っている件について 作:『向日葵』
なんやかんやでヤンデレ女勇者と恋人関係になってから、実に半年の時間が過ぎた。その時間の間で、それなりに女勇者ーーレイカのことを理解してきた俺の一言は、とりあえずこうである。
「は、放せこのヤンデレ女っ……!!」
「無駄な抵抗はっ、やめてっ、ください……っ!」
ーー毎朝俺の寝込みを襲ってくるのをやめろ。
「私たちっ、恋人同士っ、なんですよっ……!?」
「無理やりっ、させたんっ、だろうがっ……!!」
互いの両手と両手を合わせ、どこぞの白熱としたバトル漫画のワンシーンみたいに、朝から布団の上で取っ組み合いをする俺たち。ちなみに言うと下が俺で、上がレイカ。
何せ俺は寝ている状態の無防備な所を襲われたのだ、必然俺の方が劣勢にもなる。
しかもレイカの気配遮断は尋常なものではなく、俺自身、こいつが布団に触れるまで居たことに気付けなかったくらいのもの。
つまりこいつは寝ている俺に対して、先制攻撃を高確率で仕掛けることが出来るのだ。
「ふふっ。ほら、先程までの威勢はどうしたんですか、魔王様?」
「ーーっ!ぐっ、て、てめぇっ……!?」
そうこう言ってるうちに、お互いの拮抗が崩れてきた。無論、軍杯はレイカに上がっている。その証拠に、徐々に押されていく俺の体。
ーー俺は『元』と言え魔王だ。無論魔族としての身体能力も高く、初歩的な魔法だが、特に身体能力強化については『暴魔王』と呼ばれる通り、相当の自信がある。
……だが、そんな俺の自信は、この女にだけは通用しない。
何故ならこの女、身体能力系の魔法を極めているのだ。自分の身体能力を最大まで上げるのは朝飯前、更には相手の身体能力を極限まで下げるという魔法というか、最早呪いの類にまだ至ったものを使う。
ーーそして俺自身、そういった魔法に対しての耐性がない。
故に相性は最悪であり、その証拠に今の俺の身体能力は魔族としての身体能力しかなく、挙句に相手は身体能力に対して極振りをしている状態。
まぁ、とどのつまり。
「ふふふ……ほら、魔王様。普段はかっこいいですが、今は可愛いですよ、その姿」
ーー俺はこの女に、現時点でどう足掻いても勝てないわけだ。
両手をレイカの片手に抑えられて、上に挙げられる。両足は言わずもがなレイカの下半身によって抑えられており、まともに暴れることすらできない。文字通り、お手上げなわけだが……屈辱的だ。顔から火が出るくらい恥ずかしい。
「ねぇ、ねぇ、ねぇーー魔王様。顔を逸らさないでください、もっとよく見せてください。その凛々しく逞しい体も、純粋で汚れを知らない心も、だからこそこの行為で羞恥に頬を染めた顔もーーあぁ、あなたの全てが愛おしいです」
「う、くっ……!」
だ、ダメだ……この女、なんでこんな恥ずかしいセリフをスラスラと言えるんだ。こんな真っ直ぐに気持ちを伝えられたこともないせいか、こいつのそういった行動や発言だけで調子が狂う。
「ーーあぁ、可愛いです、魔王様……食べちゃいたいくらい」
だがそんな俺の様子など何処吹く風、と言わんばかりにマイペースなレイカは、残った片手で俺の頬を掴むと、向かい合わせになるように俺の顔を動かす。
必然、レイカの顔がどうしても目に入るわけで……俺と出会った頃の、勇者としての鎧姿ではなく、何の変哲もない寝巻きに身を包んだ彼女の顔なんて、半年も見ているはずなのに……やはり俺は恥ずかしくて、顔が赤くなる。なんとも情けない。
「ーーさぁ、魔王様」
熱っぽい吐息を吐いて、彼女の顔が俺の顔へと近付いていき。
「おはようのキスですよーーんっ」
ーー唇を無理やり奪われ、俺の朝はようやく始まりを告げる。
ーーー
ーー
ー
「……はぁ」
これみよがしにため息を一つ付いて、目の前のテーブルに項垂れる。
あぁ、わかっているのだ、本当は。何故なら毎朝毎朝繰り広げられるあの攻防は、俺の無駄な抵抗であり、結局はいつものように俺が力負けをして押し切られ、無理やりキスをされて終わりなのだから。
「はい、出来ましたよ魔王様!今日の朝ごはんはベーコンエッグです!!」
「……おう」
当の本人は、そんな俺のやるせない気持ちを知ってか知らずか……いや、恐らく後者だろう。でなければこんなにも幸せそうな笑顔にはならない。
まぁ今に始まったことではないため、それはそれとして。今とりあえず今楽しみなのは、レイカの作るご飯である。
レイカの作るご飯は、見たことないものばかりでとても新鮮だ。しかも上手い。
お陰で毎日違う、それでいて美味しいご飯を食べられている点に関しては……まぁ、その、なんだ。食べるのが好きな身としては、感謝してる。心から。
ーー絶対に本人には言わんがな!!
そんなこんなで、今回も俺の知らない料理が出てきた。名前は、べーこんえっぐ?と言ったかな。
何やら黄金の色をした丸いものを真ん中に、周りを白いスライムを浸したようなもので囲われており、更にその周りを肉で固めている……うむ、実に美味しそうだ。
早速一口。ーーうむ、やはり美味しい。俺の中のレイカに対する評価が一つ上がった気がする。……まぁ、気がするだけで、上がるわけないのだが。居心地が良いなんて感じてないからな、絶対。
「ーーあ、魔王様。そんなに急がなくても、私の料理は無くなったりしませんよ。……ほら、お口にベーコンの欠片が」
「う、うむ?うむ」
そ、そんなに急いで食べてたのだろうか。魔王として有るまじき姿……あぁいや、『元』だからいいのか?
そんな訳の分からない現実逃避をしながら、ハンカチを持ってきたレイカに口元を拭われる。……うむ、なかなか。こんな子に世話をされるのも悪い気はーーはっ!?
「あ、危ねぇ!!」
「?どうしました、魔王様?」
キョトンとした顔でこちらを見上げるこの女に、戦慄を隠せない。前々からやばいやばいとは思っていたが、まさかここまでだったとは!
ーーこいつ、無意識の内に俺を調教していやがる!!
ええい、まさかこの俺が、毎朝行われる強姦に近い行為に対して屈したのをいいことに、いつの間にか餌付けまでされて飼い慣らされていたとは。ぱくっ。ーーくそ、美味しい。おかわりだ。
「変な魔王様ですねー。ふふ、今すぐお持ちしますよ」
そう言ってレイカは、キッチンへとスキップで向かっていった。その様子を眺めた後、俺は再度テーブルに項垂れる。
ーーあぁ、認めよう。無理やり恋人関係にさせられてからのこの生活……なんやかんやで楽しんでいる自分がいる。
魔王であった頃、とにかく俺は孤独というかなんというか、いつも一人であった。周りの者は皆俺を恐れていたから、当然近付いてくるやつも居なく……そんな生活に嫌気が刺していた。
だからこそレイカが現れ俺を打ち破り、生活等がガラリと変わって、最初は戸惑っていた俺も、段々楽しんでいくようになった。
朝起きたらくだらない騒ぎを起こして、ご飯を一緒に食べて、他愛もない話をして、また騒ぎを起こしてため息をついて……あぁ、毎日充実してるさ、良くも悪くもレイカのお陰で。
ーーだが、だからこそ。だからこそ、レイカの愛に応えられない。
そもそも俺はレイカとあの時初めて会ったわけで、確かに可愛いとは思ったが、別にそれは恋愛感情でも何でもなく……そもそも、恋愛感情というものを生まれて一度も抱いたことない俺としては、愛だの恋だのよくわからないのだ。
無理やり恋人関係になってから半年が経った今でもそれは変わらず、俺はレイカのことを相変わらず理解することができない。
故に、申し訳がない。レイカは明らかに見て分かる通りの愛情を俺に注いでいるだろうにも関わらず、対して俺はレイカに何一つ注げない。注ぐためのものがない、わからない。
そんなことをずっと考えていると、キッチンからべーこんえっぐのお代わりを持ってレイカがやって来た。
「ーーはい、お待たせしました魔王様。お気に召したようでよかったです!」
屈託のない、心の底から嬉しそうに笑顔でそう言うレイカの姿を見ると、こっちがなんだか恥ずかしくなって……ぷい、と顔を逸らしてしまう。
……俺はレイカのことをどう思っているのだろうか。彼女が俺に注いでくれるものは、確かに理解出来ないが、しかし嫌とも感じない。
こんな中途半端でいいわけがない。一方的な愛ではあるが……それでも、レイカに失礼だろう。
ーーいつかは俺も、理解するのだろうか、その感情を。それがレイカに対してなのかどうかはわからないが、うん……それでも理解は、したいと思った。
「魔王様魔王様……あぁ魔王様。ご飯を食べてるその姿も最高にかっこいいです、可愛いです。そんな魔王様が私の、私だけのもの……ずーっとあなたのことを想って、身体能力系の魔法を極めてよかったです」
ーーその気持ちは理解しなくていいと真面目に思った。
自分で書いといてなんですが、この魔王、なんとも受けである……!
メガネかけてて金髪三つ編みの可愛い地味系女子って、良くないですか!?
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