『元』魔王の俺がヤンデレ女勇者と付き合っている件について 作:『向日葵』
ーー俺こと『クルト・グランツェフ』は『元』魔王である。
ここ、『ベルトナム』という名の大陸に住む人間達にとって、倒すべき敵である種族……それは魔族。俺はその魔族の頂点に君臨していた。まぁ、『元』の話であるが。
そう、『元』魔王。あえて強調して言うが、『元』なのだ。
端的に言うなら約半年前、俺はある一人の人間に敗れた。ーー所謂、勇者という存在に、相性の問題もあったが、手も足も出せずに負けたのだ。
必然、魔王である俺がやられたことにより魔族は皆散り散りに逃げ、人間を襲うこともなくなり、この大陸は平和となった。めでたしめでたし。
「ーーねぇ、魔王様。これなんてどうでしょうか?」
悪は正義の前に滅びる運命。そんな言葉があるが、まさにその通りだろう。現に俺という悪は破られ、勇者という正義はこの世の中の平和の象徴となっている。
現実が全てを物語っているのだ。敗れた俺としては、最早何も言えまい。いや、言う資格すらない……言ったところで負け犬の遠吠えにしかならないのだから。
「ふふっ、やはりとても似合ってますよ、魔王様。私の運命の人」
この際負けたことについては何も言わないさ。煮るなり焼くなり好きにしろと言ったのは他でもない俺だし、魔王に二言はない。
勇者が女だったことについても何も言わないさ。別に勇者は男と相場が決まってるわけでもないし、女に完膚無きまでに負けたのは惨めだったが、まぁ実力者と言うことで認めたさ。やつの力を。
……だが、これだけは言わせて欲しい。どの世界の魔王が思うだろうか。
「ーーあぁでも、いけませんよね」
その女勇者が自分に恋をしていて、
「ーーこんなに似合ってたら、やっぱりいけませんよ」
俺に近付きやすいからという理由だけで勇者になった、
「ーー私の、私だけの魔王様に、悪い虫が寄ってきますからね?ねぇ、ま・お・う・さ・まっ?」
今も尚狂気に満ちたような笑顔でそう言ってくる、ヤンデレ女勇者だったなんて。
ーーー
ーー
ー
ーー事の始まりはこうだった。
『魔王様、私のーー私だけの魔王様になってください!!』
関口一番、女勇者が俺に放った言葉がそれである。この時点でもう俺は放心状態、現状を何も掴めずにぽかんとすることしかできなかった。
金色の光沢を放つ長い髪を三つ編みに、整った顔立ちを隠すかのようにメガネを掛けた彼女の姿は、悪く言えば地味、良くいえば真面目な勇者と言った印象を受ける。……俺を見た瞬間、鼻息を荒くしてなければの話だが。
『あ、あー……こほんっ。よ、良くぞここまで来たな、勇者よ!!まさか貴様が女の身であることには驚愕であるが、ここまで来たのだ、実力は確かなものと見た!!』
『あぁっ、かっこいいです……!』
とりあえず最初に言われた言葉は何かの戯言だろうと思い、咳払いを一つしてから仕切り直す。……何故か勇者が更に鼻息を荒くしている気がするが、見て見ぬふりをしておく。怖いからだ。
『ふっ、ところで勇者よ。少し交渉があるのだが……どうだ?このベルトナムの半分をお前にやる、私と一緒にこの地を統括してみないか?お前と俺が揃えば最強だ、敵なしだ!』
両手を大きく広げ、声高らかに勇者にそう告げる。キャラ作りをしているためか少し演技めいて聞こえるが、うん、そうそうこんな感じ。魔王と勇者って言うのは、やはりこんな感じでなければ。
さて、雰囲気も良くなってきたことだし、最早わかりきっていることだが、この誘いを断るであろう勇者との戦いを楽しもうか。
『ーー喜んでその誘いを受けます!!』
……いや、まぁ、俺も魔族としてかなりの年月を生きてきたからかな。最近ちょっと耳が遠かったりすることがあるのだ、うん。
あぁ、それか俺が先程の言葉を言ったと勘違いしているのか。いかんな、ボケるのはまだ早いと思うのだが。
よし、仕切り直そう。
『ふっ、ところで勇者よ。少し交渉があるのだーー『喜んでその誘いを受けます!!』ーーちくしょう台無しだよ!!』
ダメだこの女、早くなんとかしないと!どこの世界に魔王の誘いを受け入れる勇者がいるんだ!ーーあぁ、ここにいましたね。
目を見れば大体わかってしまう。修羅場をくぐり抜けてきたが故に、見えてしまうのだ。この女は、嘘をついていない、と。
ーーつまり、本気で俺の誘いを受け入れるつもりなのだ。
『……お、お前、勇者、なんだよな?』
『?はい、そうですよ?』
思わず素の状態で問いかけてしまったが、対する彼女は何を当たり前のことを、と言わんばかりにキョトンとしている。……少し可愛いと思った自分を殴ってやりたい。
『いや、勇者ならば余計ダメだろ!魔王の誘いを受けちゃ!』
『?それこそ、何故ですか?』
ーーだって私は、あなたのことが好きなのですから。
『……はぇ?』
なんとも間の抜けた声だと、今になって思う。だって告白されたことなど、俺の魔族としての人生の中で一度もなかったのだから。いや、それ以前に、命を狙われるべきである勇者に魔王がーー恋をされるとは、思わないではないか。
『好きな人の力になりたいのは、当たり前のことじゃないですか!』
『ちょ、お、おまっ、はぁ!?じゃあなんでお前は勇者なんてやってるんだよ!?』
『勇者になった方が、魔王を倒すっていう口実で合法的に魔王様に会いに行けるとおもったので!』
『お前勇者をなんだと思ってるんだ!?』
嘘だ!俺を倒しに……倒しに来たのか?いや、とにかく、こんな奴が勇者だなんて嘘だと言ってくれ!!人間達もなんだってこんな奴を勇者にしたんだ!!
『私、魔王様に会うために頑張ってきたので……えへへ』
『いや褒めてねぇから!照れるな顔を朱に染めるなこのエセ勇者!今すぐ帰れ!!』
ーーピタッ、と。頬に両手を当ててモジモジしてた彼女の動きが、唐突に止まった。それこそ、あぁ、いっそ不気味な程に。
途端に我が身を襲う悪寒。ぶるりと、体が震えた。数々の修羅場をくぐり抜け、幾千の勝ちをもぎ取ってきた、『暴魔王』と呼ばれた俺が、である。
『ーーどうして、ですか?』
『お、おい……どうしたんだよ、急にーーっ!?』
『どうしてどうしてどうしてどうして、どうしてなんですか?私、あなたに会うために死にものぐるいで頑張って来ましたよ?なのに、どうして……私を、否定するんですか?』
『んにゃろ……!!』
一瞬だった。ほんの瞬きをする間に、彼女は俺のすぐ目の前にまで迫ってきて、いつの間にか抜いていたであろう剣を振るってきた。
紙一重でそれを避け彼女と距離を取り、愛用の長メイスを空間から呼び出して臨戦態勢を取る。……あぁ、なるほど。こいつは、確かにーー勇者だ。
彼女の強さの一端を見て、笑みを一つこぼす。強者との戦いに、胸の鼓動が、期待が隠せない。
『ーーへへっ。んだよ、やっぱり最初からこうしてればよかったじゃねぇか。変なキャラ作りして悪かったな、勇者。……つーわけで、まぁ、改めましてーー『暴魔王』クルト・グランツェフだ。お前の名は?』
『あぁ、あぁ……!愛しい、愛しい魔王様!名前を教えてれるということは、やっぱり私を受け入れてくれるんですね!!嬉しいです!!……申し遅れました!私の名は、『ヤシロ・レイカ』です。これからよろしくお願いしますね、未来の旦那様!ーーいいえ、今から旦那様です!!』
相も変わらずとち狂ったことを言う彼女に持っている長メイスを振り上げ、戦いは始まったーー
が、結果は知っての通り、俺の完敗。仰向けになり、煮るなり焼くなり好きにしろと言った瞬間唇を奪われ、更には強力な呪いのある契約書にサインまで書かされ、俺は彼女と強制的に恋人関係になることとなった。
『ーーあなたはもう私のものですよ、ま・お・う・さ・ま♡』
ーー所謂、俺にとって波乱の幕開け、というやつである。
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