このろくでもない世界に救いの手を!   作:あべかわもち

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幕間が続いてすみません。幕間なのに最も文字数が多いって・・・


幕間 カエル顔の医者は可愛らしい友人を得る

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「そういえば、先生にはご家族っていらっしゃるんですかぁ?」

 

 

プライベートな質問が飛び出たのは、珍しく患者が少ない9月28日のお昼の休憩時間のこと。とある世界の学園都市第7学区にある病院の『カエル顔の医者』の診療室で、今日、初めて顔を合わせた新人の看護師と束の間の歓談をしている最中だった。

 

今朝、看護師長に聞いた話によれば、彼女は今年の春に看護学校を卒業したばかりだそうで、自分とは大きく歳が離れている事実を知って、その場で苦笑いしてしまったのが思い出される。

 

彼女の背丈はだいたい160cm程度だが、そのスタイルはどこぞの聖人ねーちんほどではないにせよ、十分モデルで通用するくらいには豊かだった。髪型は緩くウエーブのかかった茶色のショートボブで、非常に整った顔立ちをしている。また、その瞳はまだ世の中の汚さに染まりきっていないとばかりに綺麗に輝いている。

 

喋り方は若干間延びしていて、年上相手に相応しいものではなかったが、その無邪気さえゆえか、全く不遜には感じられなかった。俗にいう男性受けのいい小悪魔的な女性といえばいいだろうか。さぞかし、世の男性たちに人気であることだろう。

 

彼は、そういえば看護師長が「彼女が担当になると患者さんがすぐに元気になるのは、とてもいいことなんですけどねぇ」と複雑な表情をしていたことを改めて思い出した。もっとも、彼としては「人に愛されることも一つの才能だね?」くらいにしか思わなかったが。さすが冥途帰しは格が違う。

 

そんな彼女からの質問だけに、特に深い意図などはなく、ただ、この年上の医者に、暇つぶしがてら聞いてみたということだろう。そもそも彼女はここにいる必要がなく、看護師が集まるナースステーションにいればいいのだが、なぜかここで過ごすことにしたらしい。偏見をもっていえば、現代っ子らしい気まぐれな人物のようだった。

 

さてどうしたものかと考えながら、カエル顔の医者はこの子もすぐに飽きるだろうと思い、お茶を濁す回答をすることにした。

 

 

「さぁ、どうだろうね?」

 

「あーなんか意味深ですねぇ。もしかして、人には言えない何かがあるとか!?・・・わたし、一昨日の夜に夜勤だったから見ちゃったんですけど、すごく綺麗な人が訪ねて来てましたよねぇ」

 

 

さすがの冥途帰しも、いきなりの彼女の言葉に、飲みかけの日本茶にむせかえってしまう。

 

 

「!?ゴホゴホ!!」

 

「先生!大丈夫ですかぁ!?」

 

 

お茶が変なところに入りむせ返っていた彼だったが、駆け寄ってきた彼女に背中をさすってもらったからか、すぐに苦しさが薄れて落ち着きを取り戻した。彼は、看護師長が言っていたことは、あながち嫌味だけではなかったのかもしれないと思った。

 

 

「どうです?落ち着きましたか?」

 

「あ、あぁ、ありがとう。君は患者を落ち着かせるのが得意なんだね?」

 

「もっちろんです!わたし、看護だけは得意なんですよ!」

 

 

えっへん!と胸を張るその態度はかなり幼く、自分の手柄を褒めてほしい子供のようでもあった。

 

 

「どうやらそうみたいだね?頼りにしてるね?もっとも今日は患者が少ないからか、君も随分元気が余っているみたいだね?」

 

「す、すみません。わたし、ちょっと調子に乗りすぎました?」

 

「いや、患者にとっては君のように明るい方がいいだろうね?ただ、いざという時は切り替えてくれないと、僕も考えを改めることになるだろうけどね」

 

「あ、あははは。肝に銘じておきます・・・それより!一昨日の夜の女性とはどんな関係なんですか!?」

 

 

彼女もさすがにたじろいでいるようだったが、さっき流れた話題を再度持ち出す。うまくその話題を逸らしたと思っていた冥途帰しは、ほんの少し、この目の前の新人看護師の評価を改めていた。もっとも、ただ男女のあれこれの浮いた話に関心があるだけかもしれないが。

 

彼はここではぐらかすという選択肢を選ばなかった。それを選ぶのが誠実な対応でないと思ったからだ。それが目の前の彼女と初めて会った時にとるべき対応ではないとわかりながらも。とはいえ、看護師の間であらぬ噂が立たぬように、という魂胆が半分を占めていたが。

 

 

「彼女とは、そうだね、古い友人だ。とても古い。そして、大切な友人でもある。私がいまこうしていられるのは、彼女のおかげなんだね」

 

 

椅子に座って窓の外を眺めて、しみじみと呟く彼の言葉に、とりあえずは満足したのか、彼女はそれ以上の追求をしなかった。もっとも、これ以上追及しても、きっと答えは返ってこなかったに違いないが。

 

 

「そうなんですねぇ。先生にとっての大切なお友達・・・そういうの、いいですね」

 

「君にだって、いるんじゃないのかい?」

 

 

彼の言葉に、彼女は右手の人差し指を顎に当てて考えるしぐさをとる。

 

 

「もちろんいますよ。小中学校や看護学校のお友達で、今でもとっても仲の良い方もいます。でも、先生のように、人生の友!って感じで胸を張って言えるか、と聞かれると」

 

 

彼女は、あはは、と笑って、少し暗い表情を浮かべる。もしかすると彼女にも何かあるのかもしれない。明るい態度の裏には人には見せない何かが。そこまで考えが至ってしまったからかもしれない。もしかすると彼女に対して父性のようなものがくすぐられたのかもしれない。どちらにせよ、いつの間にか彼は、いつもの飄々とした態度を忍ばせて、真剣に彼女に伝えるべき言葉を探し始めていた。

 

 

「君がそのような関係を望むのなら、少し考えを改めた方がいいだろうね」

 

「え?」

 

「友というのはたしかに多い方がいい。うまく付き合うことで楽しく過ごすことができるからね。だが、君がもし、今僕に見ている『何か』を求めるのなら、その仮面を外す勇気を持つべきだろうね?壁というべきかもしれないが」

 

「・・・!!」

 

 

新人看護師は、さっきまでの態度と打って変わって、真剣な表情で接してくる冥途帰しに驚いた。そして、彼の真剣な言葉が彼女の中の何かを揺さぶったようで、彼女は手を口に当てている。そんな彼女をみて、彼は少しいきなりすぎたかと反省する。

 

 

「・・・歳をとると若者につい余計なことを言ってしまう。申し訳ない。年寄りの戯言と聞き流してくれると助かるね」

 

「いいえ。いいえ!」

 

 

彼女は強い語気で彼の言葉を否定する。

 

 

「・・・私、昔から、友達と合わせてしまうところがあるというか、どこかで距離を感じてしまうというか。たしか分離感って言うんでしたっけ?それがあって、どうしても、どこかで近寄れないというか。もちろん、一緒に遊んでいてそれが楽しい!っていうのはもちろんなんですけど」

 

 

そういって彼女は少し俯く。

 

 

「それだけ自分を見つめている君のことだから、一般的な心理学の対処療法は試したんだろ?」

 

「はい!もちろんです。これって『私から距離をとっている』ということなんですよね。相手が距離をとっているわけではなく、私がとっているのにそれを相手から受けていると認識しているというか」

 

「そうだね。心理学でいうところの分離感というのは、その多くは自分が感じていることを、さも相手から受けているように投影することによって感じている症状のことになる。あくまで一般論だがね」

 

「私、どうしたらいいんでしょうか。じつは、ふとした時に思ってしまうんです。このままでいいのかな?って・・・」

 

 

そういう彼女は、さっきよりも俯いてしまっている。どうやら、本当に悩んでいるようだった。ただの休憩時間の世間話だったのが、即席カウンセリングタイムになってしまった。意図しない展開に苦笑いしながらも、彼は真剣に『患者』に向き合う。これが、彼にとっての最も自然なことであるかのように。

 

 

「これはあくまで僕の持論になるが構わないかい?望むなら優秀な精神科医を紹介するが」

 

「いえ!ぜひ、先生に診て頂きたいです!」

 

 

彼女の言葉には強い意志がみられた。それは、光明が見いだせるというよりも、目の前の自分をある程度信頼してくれているという印象だった。

 

 

「君が感じる『分離感』というのは、君の周りの人、全員に感じるわけではないね?たとえば、家族とか」

 

「は、はい。そぅ・・・ですね。父や母、妹や弟にはまったく感じません。むしろ、もっと近づきたいくらいですね」

 

「よろしい。では、お友達の中ではどうかな?」

 

「・・・数人は、あまり感じないかもしれないです」

 

「ふむ。そうか。だったら大丈夫だね。君はなんの問題もないようだ」

 

「え、えぇ?問題ないって、どうして?」

 

「いいかい?人間にとって、全ての人と心から仲良くするのは無理だ。なぜなら、それぞれ個性があってその形は様々で、触れ合うとお互いに傷つけてしまうんだね」

 

「形がさまざま・・・」

 

「だが、不思議なことに、なぜか違和感なくフィットする相手というのがいるんだね?その時、人は安らぎを感じたり、居心地の良さを感じる。それが、君の場合は家族とその数人のお友達というわけだ」

 

「先生が仰っている意味はよくわかりました。わかりましたけど、それで私に問題がないっていうのは・・・」

 

「そうだね。君には少なからず居心地の良い相手が数人いる。そして、その相手は君の大切な個性の形を教えてくれるだからだ」

 

「!」

 

「いいかい?最初にも言ったが、友達の多さは重要ではないんだ。大切なのは、君がもっとも居心地の良い相手の前で、壁や距離を感じることなく、一緒の時間を過ごすことだ。もちろん、君が多くのお友達と仲良くしたいのなら、話は変わるけどね?」

 

「そうかぁ。私、無理に考えすぎていたのかな」

 

「今、君が一緒に居たい人と壁を払って、距離を少しずつ詰めながら接していけばいい。きっと、君のお友達の中には君と仲良くしたい子もいるだろう。だが、無理することはない。お互いがお互いを受け入れられる瞬間はきっとくるからね?」

 

「・・・はい。はい!先生、ありがとうございます!」

 

 

冥途帰しのカウンセリングを受けた彼女の表情は、憑き物が落ちたという感じにさわやかなものだった。彼は「これで少しは前進だね?」と感じていた。

 

 

「あ、あのぅ、先生?お願いがあるんですけど」

 

「ん?なんだね」

 

「わ、私と、その、お友達になってくれませんか?」

 

 

一瞬、冥途帰しは彼女が何を言っているのかわからなかった。

 

 

「すまない。歳をとると耳が遠くなるみたいだ。もう一度言ってくれるかな?」

 

 

きっとなにかの聞き間違いだろう、そう思って聞き返す。

 

 

「で、ですから、私と、お友達になって欲しいんです!」

 

「この年寄りと友達になってもどうかとおもうがね?」

 

「いいえ、そんなことはありません。あなたはまっすぐ私を見て向き合ってくれました。そんなあなたと、お友達になりたいのです。それに、先生だって、『私が一緒に居たい人と距離を詰めて接していけばいい』って言ってくれたじゃないですか!」

 

「少し言葉が違う気もするんだけどね」

 

「ダメ、でしょうか・・・?」

 

 

彼女の言葉を否定しようとした彼だったが、こうも前向きに突っ込んでくる彼女を邪険にはできなかった。これも『患者』の願いだからだろうか。気軽に診察してしまった自分に後悔しながら、彼は受け入れることにした。

 

 

「・・・はぁ。随分と可愛らしいお友達ができたみたいだね」

 

「えへへ。『私』の初めてのお友達です」

 

 

新しいお友達ができたことで嬉しそうな彼女と、このやりとりは少し軽率だったかもしれないね?と頭を抱えるカエル顔の医者の姿があった。

 

ここで、ふと冥途帰しは重要なことを忘れていたことに気づいた。彼は心の中でこれはいよいよ歳かもしれないね?と自分へ毒づいていた。

 

 

「えーと、そういえば君の名前は・・・」

 

「佐天です。下は杏。読み方はキョウとかアンズではなくてアン。先生?覚えておいてくださいね」

 

 

彼女の名前を聞いて、彼はその苗字に思い当たる節があった。

 

 

「佐天?もしかして、君の妹というのは・・・」

 

「えぇ、そうです。私の妹の名前は佐天涙子。その節は、妹を助けて頂いてありがとうございました!」

 

 

彼は例の『幻想御手』事件を思い出していた。

 

 

「僕は医師として当たり前のことをしただけだね?解決したのは彼女のお友達だったしね」

 

「それでも、ですよ」

 

 

ニコニコと返してくる彼女からは無理に持ち上げるつもりも皮肉めいた物言いでもなく、本心から言っているようだった。

 

 

「素直に受け取っておくとしようか。それにしても、君が彼女の姉だったとは。世の中は狭いね?」

 

「そうですよねぇ。でも、私としては憧れの『冥途帰し』先生とこうして一緒に働くことができたので、狭くて嬉しいです」

 

 

彼女の言葉にちょっと照れくさくなってしまった冥途帰しだったが、少し気になる言い方だったので、聞き返してしまう。

 

 

「その口ぶりだと僕を以前から知っているようだが」

 

「はい。じつは、看護学校でもっぱらの噂だったんですよぉ。この学園都市第7学区の病院には『冥途帰し』と呼ばれる凄腕の医師がいて、彼にかかればどんな病気もたちどころに治してしまうって!」

 

 

彼女はその瞳を爛々と輝かせて、まるで英雄譚でも語るように、抑揚をつけた声が室内に響く。余談であるが、彼女は高校時代演劇部だったそうだ。彼がその事実を知るのはそう遠くない未来である。

 

 

「そ、それは光栄だね」

 

 

それから彼女は、彼と彼が働く病院を舞台にした噂や都市伝説を次々と語っていく。途中で冥途帰しが気恥ずかしさからストップをかけないといつまでも語っていたに違いない。彼としては、よくそこまで噂話を集めたものだと感心していたが。

 

 

「えーとですね。こういう噂話や逸話を聞いて、ぜひ!先生と一緒に働きたくって!この病院を志望したんです!」

 

 

そこで彼は、三度、看護師長の言葉を思い出す。

 

『彼女は看護学校でとっても優秀な成績だったんです。それがなぜか、誰かさんを頼って患者が絶えないとても忙しいこの病院を志望してくれて。私としては嬉しい限りなんですけど』

 

 

「君は・・・」

 

 

 

プルルルルル!!!

 

 

 

何かを言いかけた彼を制したのは部屋に響く電話の音だった。

 

この音にいち早く反応したのは、意外にも彼女の方だった。

 

 

 

「はーい!こちら、『冥途帰し』先生のお部屋でーす!」

 

「君、もう少し、社会勉強をするべきだね?」

 

「はい。はい?えーと、じゃあ、代わりますね。はい、先生。お電話ですよ」

 

 

冥途帰しはやれやれといった具合で受話器を受け取った。

 

 

『・・・さっきの娘は何者だ?』

 

 

「私の方が知りたいんだが」

 

 

その言葉には彼が心底疲れ切っていることが伺えた。

 

 

『まぁいい。それよりも、これから2時間後に『幻想殺し』がイタリアから日本に戻って来るのだが、重傷を負っている。そのため受け入れ準備を進めておいてほしい。意識はあるようだから深刻な状態ではあるまい。何本か骨折はしているだろうが』

 

「それはまた急な話だね。彼はせっかくの海外旅行でもケガをしてしまうんだね?」

 

 

カエル顔の医者の疑問にアレイスターは答えなかった。

 

 

『幻想殺しを国外の病院で検査させるわけにはいかないのだ。すでに超音速旅客機を待機させている。そうそう。彼のそばにいるシスターを大人しくさせるためにも、彼に伝言を頼みたい』

 

「・・・そろそろ自分で連絡したらどうだい?僕を使わずにさ」

 

『では、よろしく頼む』

 

 

 

「はぁ。相変わらずだね。だが、彼を放っておくわけにもいかないね。さて、・・・佐天くん」

 

 

「は、はい!」

 

「2時間後に重症の患者がやってくる。受け入れ体制を整えるから、看護師長に伝えておくようにね?あと、個室の病室を一床用意してもらえるかな?」

 

「わかりました!」

 

 

彼女はさっそくといった風で、ポケットからメモ帳をとりだし、記帳しはじめる。初々しいそのやり方に微笑ましくなりながらも、彼は一つの懸案事項を思い出し、若干躊躇しながらも、彼女に伝えることにした。

 

 

「あと・・・」

 

「なんですか?先生」

 

 

彼女にも、看護の現場を経験させるべきだと思った冥途帰しであったが、彼の受け持つ患者でもっとも特殊な例をまずは担当してもらっておくべきだと思いつく。これから、ここで続けることができるかはそれにかかっていると言っても過言ではないはずだ。

 

 

「もし、これからやってくる患者の彼に何かされても、すぐに手を出さないようにね?きっと彼の傍にいる少女が君の仇をうってくれるからね」

 

「え?それって、どういう・・・?」

 

「ほらほら、早く看護師長に伝えてきてくれ。彼女を怒らせるとうまくいくものもいかなくなるからね?」

 

「は、はぁ。行ってきます」

 

 

かなり訝しげな彼女だったが、とりあえずは急患の受け入れ体制を整えるべく、看護師長の元に向かった。

 

彼女が部屋をでてから、冥途帰しは改めて椅子に座り直し、呟く。

 

 

「まぁ、これも、看護をする者の修行だろうね?」

 

 

 

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「先生!なんなんですかあの患者さん!?わ、私の、む、むむむ胸をををを!!!!!」

 

 

急患の少年が入院してからしばらく経ち、退院したのを見届けた後、いつの間にか冥途帰し専属の担当看護師になった彼女ー佐天杏ーは、カエル顔の医者の診療室のドアを乱暴に開け放って部屋に乱入してきた。入ってくると同時に叫んだ内容から、彼は「やっぱりこうなったか」と嘆息した。

 

 

「彼はきっと僕にも治せない病気なんだと思うよ」

 

 

冥途帰しはやれやれといった具合でため息しか出ないが、彼女にとってはそうと言われて納得できるものではなかったようだ。

 

 

「先生!彼を訴えるにはどうすればいいんですか!?」

 

「おいおい。気持ちはわかるが無茶いっちゃいけないよ。彼だって、意図的にやったわけじゃないからね?不可抗力だって君もわかってるだろう?」

 

「それは!・・・そう、ですけど」

 

 

彼女はしぶしぶといった具合に理解してくれたようだった。さすがに全身に重傷を負っていた患者だけあって、彼女も邪険にはできないようだった。そこには、彼女の人の好さと隙が垣間見えていた。

 

 

「それに、君の仇はシスターの少女がうってくれたと思うがね?」

 

「たしかにそうなんですけど。まぁ、歯形まみれで帰っていきましたし、ざまぁないですよ・・・あ」

 

 

彼は「この娘は彼の魔の手にはかからなかったのかな?」とほんの少しだけ驚いていた。そんな彼とは対照的に、彼女はなにか楽しいことを思いついたようで、怪しい笑みを浮かべていた。

 

 

「ねぇ、先生ぇ?」

 

 

急にそれまでの怒気をひそめて、甘ったるい口調で近寄ってくる。冥途帰しは少し眉をひそめたが、とくにそれ以上の反応は示さなかった。

 

 

「どうしたね?」

 

「撫でてください」

 

「は?」

 

 

これまで幾千の患者を診てきた冥途帰しだったが、彼女の真意がまったくわからなかった。

 

 

「私、彼のセクハラに耐えながら、頑張って、看護しました」

 

 

さすがの冥途帰しも、急にずいっと近づいてくる彼女に戸惑ってしまう。

 

 

「そ、そうだね?その甲斐あって、僕の見立てより早く退院していたね?」

 

「ですよね!?ですから、ご褒美をください!さぁ!」

 

「よ、よく頑張ったね?」

 

 

彼は彼女の剣幕に釣られるように、彼女の頭をおっかなびっくりと言う風になでる。

 

 

「えへへ」

 

 

嬉しそうにはにかむ彼女をみて、妙な子になつかれたものだと、カエル顔の医者は悩んでしまうのだった。

 

 

 


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