田んぼの独特の土の匂いが鼻先をくすぐる。
そしてこの畦道はたくさんの虫の声が聞こえた。
今まで町中を歩いたり走ったりしていたがそこには生き物の姿は感じることは出来なかった。
何故か虫の声を聞くと応援されてくる気分になり元気が出た。虫触れないけど。
しかしそれを知ってか知らずか『ナニカ』はこの畦道にもいた。
畦道の地面を水面のようにして流れていく肉の塊のようなナニカ。
両手、両足、顔を地面に埋めてゆらゆら追いかけてくる。
そこまで早くはないが泥に足を取られ無いように気をつけながら走る。
ある程度走ると浮かぶ肉の塊は諦めたのかあさっての方向へ移動していく。
その姿を見るとまるでこの場所に縛り付けられているように見えて悲しくなった。
もう少し進もうとしたとき少女の手が俺の手を力強く握ってきた。
嫌な予感がした。少女は今俺の後ろにいるナニカを見て固まっている。
ゆっくりと後ろを振り向く。
そこには大きな袋を背負い、イカかタコのような足が絡まった巨体がいた。
そいつには目と思えるものはないのに何故か目があったような気がした。
……よまわりさんだ。
あまりの圧迫感に、お腹の中をかき回されたような感覚が襲う。
逃げようとした時少女が一歩前に出てよまわりさんに尋ねる。
「お姉ちゃんをどこにやったの?」
よまわりさんからは感情を読み取ることができない。
少女はそんなよまわりさんに懇願するようにお願いした。
「お姉ちゃんを、返してください」
その時少女の声に反応したのか、よまわりさんがぬるりと動き出す。
そしてたくさんの手を伸ばしながらうねうねとうねりながらこちらに近づいてきた。
すぐによまわりさんとは反対方向に走り出す。
怖くて後ろを振り向くことができない。
ゆっくりと後ろからよまわりさんが追いかけてくるのがわかる。
よまわりさんに追いかけられているときには他のナニカは襲って来ない。
そのことに少し安堵しつつ逃げ切れる。
「きゃっ!」
後ろから少女の声が聞こえた、すぐあとにドサッと音がした。
走るのを止め、後ろを振り向くと少女が転んでいた。
もともとこの畦道は所々に出っ張りがあったりで走りにくかった。
少女のすぐ後ろにはよまわりさんがいる。意外に足が早いことに驚愕する。このまま行けば下手したら二人共捕まるだろう。
全力で少女の方向へ駆け出す。
少女は腰を抜かしているのかその場から動かない。
その少女に向かって伸ばすよまわりさんの顔らしきところにめがけて思いっきりドロップキックをぶちかます。
もちろんこんなことが効くとは思わない。案の定足を掴まれるがそれに力いっぱい抵抗しながら少女を見る。
今にも泣きそうだが悠長にしている時間はない。
「早く逃げろ!!」
「あっ…でも…」
たくさんの腕が足にまとわりついてくる。それはとても気持ち悪く、今にも叫びたいがなんとか飲み込み優しく少女の頭を撫でる。
「大丈夫。俺こう見えてもしぶといから」
少女は泣きながら俺に背を向けて走り出す。それを見送りここぞとばかりにまた全身を使って暴れだす。
もう逃げることは叶わない。ならばせめて時間稼ぎでもと。
時間的に2〜30秒ぐらいでよまわりさんの背負っている袋の中に押し込まれた。
もう少し時間を稼ぎたかったが相手は人を簡単に殺すことができる化物だ。
少女が逃げ切ることを願い、意識を手放した。