Fa#e/also sprach "FAKER"   作:ワタリドリ@巣箱

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Chapter.2 宿命の夜
宿命の夜(1)


 まず感じたのは〝飢餓〟――求めしものは魂。

 男を殺せ。女を殺せ。老婆を殺せ。赤子を殺せ。

 犬を殺し、牛馬を殺し、驢馬を殺し、山羊を殺せ。

 生きる場所の何を飲み、何を喰らおうと足りぬ。我が飢えは未だ満たされず。

 ゆえに殺せ、殺せ、殺し尽くせ。侵し、犯し、蹂躙の限りを尽くそうぞ。

 

     †

 

[――昨夜遅く、冬原市の公園で男性の他殺死体が発見されました]

 休み時間。トイレを済ませて戻ってくると、教室の一角に人だかりができていた。ニュースキャスターの声や女子生徒が息を呑む音が漏れ聞こえてくる。どうやらスマホの中に流れる映像ニュースを皆で覗き込んでいるようだ。

「被害者の男性は冬原市の会社員、生野健児さん二十四歳であり、死因は鋭利な刃物によって切りつけられたことによる失血死です」

 そのニュース原稿はさすがに言葉を選んでいるな、と紘人は思った。今の時代、インターネットで簡単に検索を掛けるだけで、大っぴらには報道されていない詳細を得ることができる。便利な世の中になったものだ。

[警察ではこれを二日前から起きている連続殺傷事件の四件目として断定。捜査を進めています――]

 キャスターの言葉がそう締め括られて、音が途切れた。映像ニュースが終わったらしい。やがて教室内も喧噪を取り戻していく。

「通り魔、四件目だってよ」

「怖え。マジ怖え。俺とかホラー映画ならそろそろ殺されてそうなパターンじゃん?」

「いやお前は設定上カウントされてるだけのモブだろ。調子に乗るなよ」

「つかどうせヤるんなら、もっと別のところでやって欲しいよね。おかげでウチらまでとばっちり食っちゃってるじゃん」

「だよねー。部活禁止令とかマジウザい」

 生徒たちの反応は様々で――けれども誰の言葉にも共通しているのは、自分たちは観客に過ぎないという余裕。事件現場はこの学校からもそう遠くない場所に位置しているのに、彼らにとってはそれとてスマホの画面に隔てられた向こうの世界の出来事に過ぎないのだ。

 とはいえ、それも致し方ないことだろう。かく言う紘人自身、五年前のテロ事件に巻き込まれるまでは、テレビニュースになるような大事件など自分とは無縁のものだと信じて疑っていなかったのだから。

「凄惨な殺人事件も、現役の高校生たちの手に掛かればスリルを味わえるエンターテインメントか。世も末だね」

 と、知った風な口を叩いてみると、横合いから脇腹を小突かれた。真里花の仕業だった。

「そういうことを言う紘人も充分不謹慎よ。それに事件のおかげで部活禁止令が出ちゃって、生徒会(こつち)も色々と忙しいんだから」

「部活禁止令? ……あー、そう言えばさっきも誰かが言ってたな」

「そうなの。でも部活がないならないで、やっぱり放課後も学校に残っちゃう人が多いみたいで。熱心な人とかは自主練に勤しんじゃってるし……」

 で、そういう生徒たちに早々の帰宅を促すお役目を生徒会が請け負わされてしまっているらしい。ばかりか、部活禁止令に対する苦情が生徒会にまで寄せられていて、その処理にも追われているのだとか。

「ふうん。そりゃ大変だね」

「そう、大変なの。だからね――」

 と、そこで何やら期待するような目を向けてくる真里花。皆まで言わずとも解るが、しかし皆まで言わないのも卑怯ではないかなと思ったが、

「了解。僕で良ければ力になるよ」

 紘人は諦めたように肩を竦めた。途端、我が意を得たりと笑顔を浮かべる真里花。現金な女だとは思いつつも、男が女の笑顔に弱いのは世の常でであり。

「本当? ありがとう。感謝してます!」

「ただし……条件が一つある」

「条件?」

「うん。……おーい、フミたん!」

 紘人が振り返ったのは、数日前からこのクラスの一員になった、季節外れの転校生。次の授業の予習をしていたらしい史太は、紘人に声を掛けられるなり、少し嬉しそうに微笑んだ。こっちもこっちで妙に可愛いと思わされてしまうのだから、何とも恐ろしい話だ。

「どうしたの、甲斐くん?」

「今日の放課後、空いてるかな? 生徒会の手伝いをすることになったんだけど、せっかくだからフミたんもどうかなって思ってさ。学校に馴染むいいきっかけになるんじゃないかと思うんだ」

 史太に話しかけつつ、真里花にも目線で問いかける。彼女は得心がいったように頷き、

「私は別に構わないわよ、阿戸くん。人手は多い方が助かるしね」

「だ、そうだ。生徒会長のお墨付きがあるんだから、変に遠慮する必要はないよ。もちろん用事があるのなら断ってくれも全然構わないしな」

「ううん……そういうことなら、是非ボクにも手伝わせてよ。前の学校では、あんまりそういうことってやったことがなかったから」

「じゃあ、決まりね。放課後になったら、二人ともまずは生徒会室に来てくれるかしら」

「了解」

「よろしくお願いします、高槻さん」

 

 そして放課後。一足先に出ていた真里花を追いかけるように、紘人と史太も生徒会室に向かう。

 これまでにもよく真里花の手伝いをしていた――もとい手伝いに駆り出されていた紘人は、既に他の生徒会役員たちとも気心の知れた間柄になっている。初対面である史太には、ほんの少しだけ好奇の視線が向けられたが、誰も特に何も言わなかった。

「失礼しまーす」

 生徒会室は普通の教室の半分くらいの広さ。元より大勢が集まることはあまりないのだが、それでも部屋の中央には長机が居座り、壁際には書類棚やホワイトボードなどの備品が並んでいたりなどしているため、ややこぢんまりとした印象を受ける。

 真里花の姿は、そんな室内の一番奥――部屋全体を見回せる位置の席にあった。そこが生徒会長の専用席なのだ。

 他の役員――確か会計の女子生徒だ――と何やら打ち合わせをしていた様子だった真里花は、紘人たちの姿に気づくと、役員との話を切り上げて、二人を手招きした。

「やあ、真里花。お待たせ。……邪魔しちゃったかな?」

「ううん、丁度きりが良いところだったから。それじゃあ紘人、阿戸くん。改めてよろしくね」

 紘人たちに割り振られた仕事は、部活禁止令に反して活動中の生徒のほか、〝同好会〟活動を名目に学校に居残っている生徒たちに帰宅を促すことだった。前者はともかく、後者に関しては「これは部活禁止令であって同好会禁止令ではない」などという屁理屈が横行しており、生徒会も手を焼かされているのだとか。

「それに……ほら、今日は第一金曜日でしょ」

 こめかみを押さえながら真里花は呻く。その言わんとするところを察して、紘人も苦笑を浮かべた。

「ああ、アレか。そう言えば今月もやるって言ってたな」

「そう、アレよ。紘人が状況提供してくれたおかげで、ようやく尻尾を掴めそうだわ」

「……アレって?」

 史太は一人首を傾げていたが、説明は後に回すことにする。

 その他、巡回する場所の受け持ちや要注意のグループなどを確認して、紘人たちは生徒会室を出発した。

「ねえ、甲斐くん。〝アレ〟って何なの?」

「んー……この学校の恥部、かな。最近は鳴りを潜めて――というか表立った活動をしていないから、一般の生徒の中にはもう知らない人も多いだろうけど、でもやっぱり水面下では残っちゃっててね。実に困ったことに」

「は、はあ……」

 解ったような解らないような顔で頷く史太。こればかりは口では説明しづらいというか、したくないというか。どうせ関わることになるのだから、いっそのこと直接見て貰うことにして、それからでも話は遅くないだろう――と紘人は考えているのだった。

 


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