金木研はヒーローになりたかったのだ   作:ゆきん子

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本当に久しぶりでお見苦しいかと思いますが、楽しんで頂けたら幸いです。


30話 雄英体育祭Ⅷ 逃避

 

 

 

「そう言えば、さっきの戦いはどうだった?」

 

未だにもやもやした暗雲を抱えながらも、百ちゃんのおかげで幾分か軽くなった気持ちを切り替えて聞くと、彼女は少し意外そうに目を瞬かせた。

 

「あ、えーと。あの後炎を出して体調も万全になった轟さんと緑谷さんの個性の打ち合いになって、轟さんが勝ちましたわ」

「そっか」

 

だろうな。と思いつつ頷く。

 

「予想通りって顔ですわね」

「まあ、ね。緑谷君は既に個性で満身創痍だったし。未だに響く歓声から察するにショートも派手にやったみたいだしね」

「ええ。緑谷さんの体を気遣ってか直前でセメントス先生が両者の間に壁を作っていたようですが……」

「それも砕けた」

「はい…直前まで轟さんが何度も氷を使っていましたから、冷えた空気が熱で膨張してすごい爆風でしたわ」

 

そうなんだ…。

と、気の無い返事を返す僕に百ちゃんが不思議そうな顔をする。僕はそれに苦笑で返すと、そう言えば彼女は一回戦で敗退してしまったのだと思いだした。そんな状態で自分もショックだろうに、僕を追いかけて励ましに来てくれたのか。

後で、何かお礼をしないとな。

 

「金木さん、戻りましょうか」

「……うん」

 

 

 

会場に戻ると、丁度爆豪君が切島君に勝利したところだった。

 

「あら、それでは金木さんの次のお相手は爆豪さんですね」

「あー……」

 

僕の歯切れの悪い返事に首を傾げる百ちゃんに何でもないと頭を振った。ちょっと苦手だなんて、わざわざ彼女に言う必要はないだろう。

ベスト4が無事決まり、そのまま揃って観客席に座ると、焦凍と常闇君の試合が始まった。

 

一試合挟んで既に万全だったのか、かなり強い個性だと思う常闇君の黒影をものともせずに攻防ともに高いパフォーマンス力を見せる焦凍。常闇君も黒影に指示を出して何とか抗う。

 

「?」

 

常闇君の動きが鈍り始めたとき、薄くかかっていた雲が晴れカッと強い日差しが会場に降り注いだ瞬間。ほんの一瞬だが黒影がその身を縮めたような気がした。

焦凍はその隙を逃さず黒影ごと常闇君を氷で場外に押し出して決勝への進出を決めた。

 

「金木さん、そろそろ準備を始めないと」

「ああ、そうだね」

「ご武運を」

「……、ありがとう」

 

 

 

 

結局焦凍は、左を使うことは無かったな。

そんなことを思いながら、入場ゲートへと一人向かった。

 

 

 

 

『お前ら、やってきたぜ準決勝!個性もパッションも炸裂だぜ爆豪勝己!』

 

相変わらず不機嫌そうな爆豪君がチンピラも顔負けのガラの悪さで入場する。

 

『対するは―――もはや説明はいらねェ!こいつぁめちゃくちゃ強い!!金木研だァ!』

 

会場が揺れるほどの歓声。

ゲートから一歩出て一礼すると真っ直ぐ彼の居るステージへ歩く。

 

「よろしくね」

「るせえ。ぶっ殺す」

 

随分なご挨拶だな。

彼に嫌われる事をした覚えは無いのだが、以前緑谷君が言っていた通り本当にこれがニュートラルなのだろうか。これはこれで生き辛そうだな。

 

『スタァァァト!!!』

 

 

「この時を待ってたぜ…!あの戦闘訓練から、俺の手でお前を這い蹲らせるこの時をなァ!」

 

悪役さながらの台詞を吐いて挨拶代わりにぼぼむと爆発する手が振りかぶられるのを余裕を持って避ける。

 

「どうも君は僕を買いかぶり過ぎじゃないかな。僕は君がそんな目で見るような、大した人間じゃないよ」

 

ギラギラした、まるで僕と戦い勝つことこそが自分の生に与えられた唯一の喜びのような目で歯茎までも剥き出しに感情を高ぶらせる爆豪君に僕は哀れみとも諦めともつかない曖昧な笑みを浮かべた。それが余計彼の逆鱗を刺激したらしい。

ここ数ヶ月観察していて分かったが、彼はその個性の性質から発汗を待つ必要があるためスロースターターと見てもいいだろう。だか今日に限ってはこれまでの連戦により温まった好条件でのスタートだ。試合開始すぐだというのに爆破の頻度は高く、威力もまた然りだ。

しかし、どれも僕には届かない。僕が防御を選んで当たったとしても、多少の熱さと衝撃を感じる程度で僕の肌を焼くほどではなかった。

 

()()()はそうやって、俺なんか眼中に無いみてえな顔して―――っ、でも、俺じゃまだ敵わねぇ……!なのにそうやってうじうじ被害者ヅラして自分を卑下してんのがムカつくんだよ!!」

 

……力じゃ僕に敵わないのは当然だ。これは驕りでもなんでもなく、僕はそういう所に居たから。僕が自分の力を疑うのは、僕が奪ってきた相手……リゼさんやヤモリへのこれ以上無い冒涜だろう。

しかし爆豪君にあって、僕が持たない…持てないものが、一つある。

それこそがこの勝負を決する鍵だろうと、予感ではなく確信があった。

 

 

 

 

「っらァ!」「シネェ!!」

 

そんな声と共に突き出した拳は僕に避けられ、飛ばされ、地を転がる。

一通り彼が攻めた後に今度は僕が拳を突き出す。

 

「カモが!」

 

彼が僕の突き出した腕を掴んでいつかの緑谷君のように背負い投げようとしたのだが、残念ながら僕の体は微動だにしない。息も弾ませないうちにあからさまな隙が出来た時にはカウンター狙いだと気付いていた。なので後ろ足の踵に予め重心を置いていたのだ。一部の鋼のように鍛えられた存在を除いて、常人相手に体重を乗せた僕の攻撃は命取りだ。勿論その命は相手のであり、僕の社会的生命でもある。

 

「!?」

 

驚き微かに掴む力が和らいだ瞬間振りほどき、前の足に重心を移動し後ろ回し蹴りを放つ。脇腹を狙ったそれは相手が寸前で身を捻り腕で守った事で決定打にはならなかったが、爆豪君は踵でブレーキを掛けつつ数メートルずり下がった。

それにしてもやけに動物的勘が鋭いな。

 

激しく爆発しながらの右の大振りを手首を掴んで止め、それをフェイントにして下方の死角から来る左手を払って掴んだ手を捩じって足を払う。宙で回転して転がる爆豪君を押さえつけ、両の手を彼の背中に付けるように拘束する。

 

「降参してくれるかな」

「~~~っ!な、わけねえだろ!!」

 

じゅわ、と彼の体操着が手汗で湿ったのを感じて慌てて離した。自分ごと爆発して物理的に距離を取るつもりだったのか?どちらにせよ必要以上に()()()()()()()()()

解放された彼はというと、拘束されていた手をプラプラ振ってニッと不敵に笑っていた。

 

「やっぱりな。お前、どういう訳か知らねえが本気を出さないんじゃねえ。()()()()んだろ」

「……!」

「――んでだよ。俺は!テメェがそうするほどの価値がねえってか!?簡単に勝てると思って舐めプしてんじゃねえぞ、この、クソ野郎がァ!」

 

爆破で飛んで近づいてくる彼に僕も地を蹴って空中で迎え撃つ。

もうすぐ互いの手が届くというところまで距離が詰まると、爆豪君は爆破の威力を少し上げてスピードを急に上げることで僕の反応を遅らせようとしたようだった。速度を上げるために両手を後ろにしたためか、繰り出されたただの前蹴りを身を捩って避けると逆に彼の背中を蹴り更に高度を上げ、体を鞭のようにしならせて場外に向かって蹴り出す。

 

「ッガァ!」

 

そんな声を上げて飛んで行ったものの、やはり爆破で体勢を整えて堪えられた。

僕も一度着地して今度は地面を走って間合いを詰めると、かかったなと言わんばかりに地に手を付いて待ち構える爆豪君。

 

「かかったな、グズが!」

 

本当に言った。

警戒して立ち止まったが、どうも悪手だったらしい。視界が赤く、次に黒く染まり、耳鳴りがした後、視界も聴覚も何も感じられなくなった。

大方、僕に転がされてる間に"準備"していた物を、僕が再び地に降りたタイミングで一気に爆破したのだろう。僕じゃなかったら疑似的に五感を奪うどころじゃなかっただろう。下手すれば死んでる。……だから、きっと僕たちは気が合わないんだろう。

この衝撃を大きな爆発だと踏んで呼吸を止めると、一先ず見えはしないが周りを覆っている黒煙を晴らすために三本出した赫子で風を扇ぐように強く地面に打ち付けた。打点は遠いはずだが僕の足元の方までひび割れたのを感じる。鼓膜はすぐに再生して、先程よりずっと小さな爆発音が近づいてくるのが聞こえた。目はまだ見えない。というか開けられないから多分眼球の粘膜が爆発で焼けて、そこに細かい砂でも入って再生を阻害しているのだろう。血か涙か判別の付かない温かい液体が頬を流れるのを僕はどこか懐かしく思った。

 

「う、」

「死ね!」

 

殴られる寸前にガードする。本当なら避けたいところだが、自分の大体の位置が把握できても場外に出てしまうことは避けたい。手負い相手でも容赦なく攻撃を仕掛けてくる彼をまた投げる僕に、会場がざわつき始めた。曰く、「もう無理では?」と。どちらが無理なのか、それは……。

 

ようやく回復した目をパチパチと瞬いて最後に残っていた砂などを出すと、いくらかクリアになった視界にまず初めに映ったのはズタボロになった爆豪君だった。

此方もあんまり配れるほどの余裕がなかったから僕にしては少し容赦が無かったかもしれない。ボロボロになってそれでも立ち上がるその姿はいっそう会場の同情を集め、客席がざわつき始めた。

 

「手の皮が剥けてるよ」

「…っせぇ」

「血が出てるじゃないか。汗腺がズタボロじゃもう個性も使えないよ」

「る、せえって……ってんだろ」

「どうして、そこまでして?」

「決まってんだろ」

 

顔を上げた彼の目は、強がりというには無礼なほど、まだ負けていなかった。もう、打つ手など無いのに。

 

「俺が、勝つからだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう……」

 

見上げた先で、君の薄氷と目が合った気がした。

 

「降参します」

 

 


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