金木研はヒーローになりたかったのだ   作:ゆきん子

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29話 雄英体育祭Ⅶ

 

 

休む暇なく連戦で飯田君との試合。

互いに向かい合って開始の合図を待つ中、飯田君が45度に腰を折った。

 

「金木君、よろしく頼む!加減は無しで行くぞ!」

「う、うん」

 

困惑しつつも、こちらこそよろしくとお辞儀を返す。

そんなことをしている内にプレゼントマイクの開始の声が聞こえ、顔を上げると飯田君は律儀に待っていた。

戦闘に備えて手を体の前に構える彼に対して僕も体の余分な力を抜いて立つ。飯田君の持ち味はスピードだ。逃げに持ち込まれたら流石に手こずるし、油断していたら食らうかもしれない。そうは見えないだろうが、これでも警戒した上での構えだ。

 

「む?来ないのか。ならばこちらから行くぞっ!」

 

個性で間合いを一気に詰めてくるりと器用に個性を使って回ったと思えば、遠心力の加わった蹴りを放ってくる。

避けずに腕を交差して蹴りを受け止めると、追撃もなく飯田君は一度距離を取りなおした。

 

「っ流石だ。タイヤのように硬いな。長引けばこちらの分が悪い…仕方ない、一か八か」

 

飯田君は苦悶の表情で自分の足を見た後、眼鏡をカチャリと押し上げた。

 

「トルクオーバー」

「…?」

 

「レシプロ……バースト!」

 

「っは、」

 

これは、さっきの比じゃない。

どこかでまだ油断が残っていたのか。本能的に避けようとした時にはもう目の前にいた。

避ける?っいや、間に合わない。防御だ!

 

咄嗟に顔の前に両腕を持ってきたが、どうやら悪手だったらしい。飯田君はスピードを緩めないまま僕の腰をホールドし、グッと持ち上げた。

 

「っ場外狙いか!」

 

ためらいは一瞬。何度も肘を飯田君の肩に落とすが、苦悶の声が上がるだけでびくともしない。このままではもう数秒となく場外に押し出されてしまうことに、ツウッと冷たい汗が流れた。

足も地面から離れているので、仕方なく赫子を出して地面のコンクリートに突き刺し、次いで体を引き寄せる。

ようやく足が地面と再会を果たすと、休む事無く飯田君の腹に膝を入れ、身を丸めた隙にお互いの体の間に足を入れ胸を蹴ることで拘束を逃れて一度距離を取った後に、再び今度はこちらが肉薄する。

どうやらエンストを起こしているのか飯田君の足のエンジンが不穏な音を立てるが、無理やり動かして逃げようとする彼の足を踏んで邪魔する。

歯を食いしばる飯田君の顎を軽く蹴り上げると、彼は仰け反って数歩後退り、ふるふると頭を振った。

 

「今のは……百ちゃんとショートの言っていたやつか。その様子じゃもう使い物にならないだろうけど」

「ぐう」

「次は、僕の番だ」

 

 

 

「勝者、金木くん!」

 

その後、個性が使えなくなった飯田君は体術で抗ったが、体術では僕の実力の方がずっと上で危なげなく勝つことができた。

ミッドナイトの宣言に悔し気にお辞儀する飯田君に此方も返すと、噛み締めた歯の奥から小さく「兄さん」と呟くのが聞こえた。

 

 

 

 

焦凍と緑谷君の試合を見届けようと観客席に向かうと、まだ試合は始まっていなかった。

 

「金木さん、席をとっておきましたわ」

「ありがとう」

 

百ちゃんの親切をありがたく受け取って彼女の隣に座ると、すぐにプレゼントマイクの声が響いてそれと同時に焦凍が右足を踏み込んで氷結を放つ。緑谷君は読んでいたのかデコピンのように中指をはじいて衝撃波で氷を砕いた。

なんというか…両者ともあんな小さな動きで強力な個性を発動するのだからすごいのだが、背後に氷で壁を作って吹き飛ばされる対策をし、実際冷風を浴びただけの焦凍に対して緑谷君は今ので指一本使い物にならなくなっただろう。

二人はもう一度同じことを繰り返し、同じ結果に終わる。

二本も紫色になってぐちゃぐちゃな指を抱える緑谷君は、それでも諦めた目をしていなかった。

 

「見ていられませんわ……」

「……」

 

百ちゃんが痛々しいと言いたげに目を伏せる。

いつだか相澤先生が僕に「自傷じみた行為はやめろ」と、そう言ったが、緑谷君も大概だと思う。だが、相澤先生のことだからもうすでに注意ぐらいしているのかもしれない。それでもきっと、何か使いこなせる案が思いつくまで彼が自分の体を気遣って個性を使わないなんてことは無いのだろう。

彼は真っ直ぐ、ヒーローになるために突き進む。

 

……時々、どうあがいても悲劇に向かっている気がしてならない時がある。彼を見ると、個性を完璧に扱えなくてもきっと未来は明るいと信じている少年の目に、すごく勇気付けられると同時に酷く心が傷つく気がするのだ。

 

 

 

「貴方に希望は似合わないもの」

 

 

「っ!?」

 

周囲を見回しても、突然キョロキョロと不審な動きをする僕を訝しむ視線ばかりで、あの僕を喰らおうとする艶めかしい瞳はない。

顔を顰めると胸をがりっと引っ掻きながら服を掴む。胸の内に爪を立てられたような不快感は幾分か消えて、僕は詰めていた息を吐いて視線を試合に戻した。

 

短期決戦で決めようとしたのか、焦凍は緑谷君に接近戦を挑むつもりで氷で坂を作って緑谷君の頭上から踵落としを放つ。かろうじて避けた緑谷君のいた場所が凍り付いた。器用な使い方をする。緑谷君もこれには焦ったのか今度は反対の腕ごと犠牲にして、先程よりずっと威力の高い風圧で焦凍を遠ざけた。

それでもすぐに反応し、背後に小刻みに氷壁を作って勢いを殺す焦凍は流石と言った所か。

 

焦凍が強いのは、当たり前なのだ。

才能だとか受け継いだ個性とか、そんな話ではない。

ただ、知っているんだ。彼が家に泊まりに来たとき、一人祖父に借りて地下で鍛錬をしていた事を。

普通友人の家に泊まった時ぐらい休もうとするだろう。だが彼は努力を惜しまず、欠かさなかった。それが彼の強さを裏付ける。

 

会場の席を気にする様子を見せる焦凍は、やはり父親に見せつけるためにこの場に立っているのだろう。かつて僕に言った目標を遂げるために。

 

「どこ見てるんだ…!」

 

とどめにまた氷結の大技を放った焦凍に、緑谷君が顔に脂汗を貼り付けて唸るように声を張る。

彼はもう潰れてしまった指に追い打ちを掛けるようにまた個性を放つ。

 

「何でそこまで…」

「震えてるよ、轟くん」

 

その言葉に目を凝らすと、焦凍の右側には霜が降りていた。

そうか。個性を身体能力の一部とすると、酷使した筋繊維がちぎれるように焦凍だって無限に氷が放てるわけでは無いだろう。どの個性も大体同じだ。酷使すれば何らかの支障が出る。

それを指摘した緑谷君は更に続けた。

 

「それって、左側の熱を使えば解決できるもんなんじゃないのか……?」

 

頼むとは言ったが、まさかここまで踏み込むとは思っていなかった。意外と言えば意外だ。彼にはもっと消極的なイメージを持っていたから。

彼の言葉で、焦凍は変わるのだろうか。彼は……。

 

「皆…本気でやってる。勝って…目標に近づく為に…っ一番になる為に!()()の力で勝つ!?まだ僕は君に傷一つつけられちゃいないぞ!」

 

そう言って傷だらけの手を握り締める彼の目は、使命に燃えていた。人を救ける、ヒーローの目だ。

痛いところを突かれてイラついた様子で真っ直ぐ緑谷君に近づく焦凍の動きは、さっきよりもずっと鈍い。

緑谷君は焦凍の右足が上がった瞬間に的確に懐に入り込む。足が地面に付かなければ、地面を這って進む氷は出せない。彼の拳が焦凍の腹にめり込むのを僕はじっと見ていた。

 

数メートル吹っ飛ぶがすぐに体勢を立て直して氷を放つも、威力はずっと弱い。瀬呂君の時の大規模なものに比べたらその違いは顕著だ。どう見ても緑谷君の方が満身創痍なのに、追い詰められているのは焦凍の方だ。

 

「親父を、」

「君の!」

 

 

「力じゃないか!」

 

 

やめてくれ。

よりにもよって、()()()()()()()()()()様な科白で…

 

 

 

ごう、と紅い(ほむら)が燃え上がる。

 

 

 

お前では無理なのだと、見せつけるのは……やめてくれ。

 

目に涙を滲ませ満面に不敵な笑みを浮かべる焦凍を見て、ついに僕は席を立った。

 

「金木さん?どこに行くんですか…?」

「少し、席を外すね」

「ですが、轟さんが炎を」

「……」

 

 

 

 

 

 

どこまで来たのだろう。無意識にどこかの男子トイレにまで来てしまったらしい。

鏡に映る男は髪も顔も白く、まるで幽鬼のようだった。黒に戻ると思った髪色も、やはり日々の"鍛錬"で真っ白に逆戻りだ。

 

「君の、力じゃないか!」

 

耳に心地良い言葉がよみがえりひゅうと息を呑む音は、無人のトイレに思いのほか響いた。

僕には言えない。喰種を喰らい、自分の力にしたつもりでも、結局自分が貪られていた僕には。リゼさんから力を貰った僕には、言えない。

 

良かったじゃないか。焦凍が、炎を使った。一度の使用で完全に克服したのかは分からないが、焦凍のあの涙の滲んだ笑顔を見れば分かる。緑谷君が、彼を凍える呪縛から救ったのだ。

鏡の中で自嘲の笑みを浮かべる男の首に、白く嫋やかな腕が回る。

 

――何が"良かった"のかしら――

 

「……何を、」

 

――彼が救ってくれて嬉しい?随分と冷たいのね。親友である自分が救ってこそ意味があるんじゃないの?――

 

「違う。本当に…僕は、」

 

――本当は、救われてなんて欲しくなかったんじゃない?自分と同じ存在を哀れむことで、自分が慰められた気になってたんでしょう?――

 

「違う。それは違う…。彼が救われたのは、本当に喜ぶべき事だと」

 

――喜ぶべきこと、ねえ?何が違うのやら。母親に拒絶された少年と、今も昔も母親に見てもらえない貴方。似た者同士の傷の舐め合いが心地よかったんでしょ?――

 

「違う!!」

 

 

 

「金木さん?」

 

百ちゃんの声にはっと顔を上げると、もう僕に呪詛を吐く過去の亡霊は居なくなっていた。

死んでまで逃がしてはくれないのか。それとも僕が彼女を縛り付けているのか。

取りあえず二日酔いみたいな酷い顔を何とかしようと蛇口を捻ってバシャッと水をかぶる。音が聞こえたのかまた百ちゃんの呼びかける声が聞こえて、そう言えば彼女の声であの白昼の悪夢から目覚めたのだと思いだした。

 

「顔色が悪いようですが」

「ああ、トラウマを……思い出したんだ。気にしないで」

 

トイレから出て気遣わし気に声を掛ける彼女の傍にしゃがみ込むと、頭を抱えた。

 

「あの…違う、とは?」

「っ」

 

肩を跳ねさせる僕に気付いたのか、彼女は慌てて聞こえてしまって、と弁解した。別に聞いていたことを責めるつもりはない。誰が来るかもわからない場所で傍から見たら独り言をブツブツ呟く怪しい奴だ。むしろそこに触れなかっただけありがたいと思う。

いっそのこと、彼女にこの醜い心を打ち明けてしまおうか。女神に懺悔する子羊のように。

後から考えたら、僕らしくもなく血迷った考えだが、今この時は名案だと思えた。

 

「羨ましいし、妬ましいよ」

「えっ?」

「叶うのなら親友は自分が救ってあげたかったし、僕に全く関係ないところで一人で救われてるのがすごく羨ましい。きっと視界が開けて、一人呪いから解放されて…鳥かごの扉を開け放たれた美しい野鳥のように、僕の手では届かなくなる」

 

喰種になってしまった闇の中を生きる僕と、人の世界で光をいっぱいに背負って生きるヒデのように。

 

「醜いだろ。どんなに優しいふりをしたって、結局全部自分の為にやってるだけなんだ。自分が失いたくないから大切なものより自分が先に無くなってしまいたいし、自分を認めてほしいから、人にやさしくする。何も変わっていない、とんだ醜い偽善者だよ」

「……」

 

黙り込む百ちゃんの息を呑む気配に、自暴自棄に吐いた懺悔を後悔した。

きっと彼女は僕の汚い感情に失望し、幻滅しただろう。

 

 

 

 

 

「……それは、悪いことなのでしょうか」

 

は?

声に出さずとも、僕の表情から感情を読み取ったのだろう彼女は、困ったように微笑んだ。

 

「誰だって、承認欲求というものは持っていますわ。それに、私だって相談に乗っていた友人が自分の知らないところで違う人と問題を解決していたら、複雑な気分になると思います」

「……そう、なのかな」

「金木さん。あなたは酷い人ではありません。とても、優しい人ですわ」

 

そう、なのだろうか。

自分勝手な優しさはとても悪いことなのだと思っていたのに、分からなくなってしまいそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

吐き捨てるように自分を責める金木さんを見て、私は哀れに思った。

先程は当り前のことだと言ったが、正直金木さんのそれは依存に近いと危ぶむ。

私は、すっかり真っ白になってしまった彼の頭をじっと見つめると、ゆっくりと瞬いた。

 

 

――この人は、人に依存しないと上手に生きられないのだわ――

 

 

その依存の多くを、轟さんに向けているのが危うかった。彼がそんな簡単に危機的状況になるとも思えないが、もし、万が一そんな状況になったら、金木さんはどうするのだろうか。どう、なってしまうのだろうか。

ならばいっそ、その一部でも友人である私に向けてくれれば。

 

 

八百万がその行動に出たのは、ただ友を支えたいという彼女らしい清き想いからだった。

 

 

 

 

 

ふわり、ふに

僕の体が温かく包まれ、考え込んで俯いていた頭頂部に何か柔らかいものが当たって身じろぐと、「大丈夫だから」というように背中を撫でられた。

 

「も、百ちゃん?」

「何も、すべて自分を悪者にしなくたっていいじゃありませんか。誰だって心が落ち着かない日はあります。今は結論を急がず、たまには回り道をしてみてはいかがでしょう」

「……うん」

 

いい加減恥ずかしいのと謎の罪悪感に駆られるので離してもらうと、流石に彼女も照れがあったのか少し目元を赤らめていた。

 

「ありがとう。じゃあ、ちょっとだけ……逃げちゃおうかな」

 

 

 

 




ちょっと短いですが、キリがいいのでここまでです。
今の章少し長くなってますよね。予告なしに章を分けるかもしれませんが、話の内容を変えた場合はきちんと報告しますのでご安心ください。

※28話の矛盾点をいくつか修正しました。物語に変化はありませんが、前よりストレスなく読めると思います。

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