左目が熱い。おそらく赫眼になっている事だろう。
プレゼントマイクのカウントが始まり、どこか見覚えのある男の子が鉄哲君に話しかけてくる。
「鉄哲、恨みっこなしだぞ」
「おう!」
『3!!!』
気のせいか、茨越しに彼と目が合った気がする。
そうだ、思い出した。あの日、放課後に教室まで来て握手をしようとしてきた子か。
当たり前だが彼も僕の鉢巻を狙っているらしい。
いや、この場の全員が狙っている事だろう。何せこれを取った時点で守り抜けば一位通過は決まったようなものだ。
僕の予想では、開始と同時に殆どの騎馬が僕らに向けて突っ込んでくるだろう。
『2!!』
急造のチーム且つ限られた時間で立てた作戦。
僕らのように目的がはっきりと決まっているチーム以外は、大体「まずどこを狙うか」なんて作戦ともいえない議題に終わる事は想像に難くない。それ以外でも僕らを狙って甘くなった防御意識を後ろから狙う漁夫の利作戦のチームの大きく二つに分かれる。
『1…!』
つまり、やっぱり僕らのやる事は決まっているようなものだ。
『START(スタート)!』
案の定雄たけびを上げて向かってくる騎馬達を眺める。
「金木!いつでもいけるぜ!!」
「私も大丈夫です」
「もう少し……。塩崎さん、手を」
鉄哲君がしがみ付くようにがっしりと僕の足を掴んだのを確認すると、茨を縫うように後ろに両の手を差し出す。
手筈通りすぐに手首が掴まれ、僕も彼女の手首をしっかり掴んだ。
「ヒャッハー!痛い目に遭いたくなければ鉢巻おいて行きな!」
それはヒーローじゃない。世紀末だ。
……じゃなくて。
「今だ、行くよ!」
世紀末の人の手が伸びてきたところで、僕は赫子を伸ばして一気に"飛んだ"。
……僕はこの能力の強化方法についてある
場所がなかった為本気で赫子を伸ばした事などないが、体感的に今のところ長く伸ばしても無理をしている感覚が全くない。
騎馬の隙間を縫って包囲から抜けたところで振り返ると、案の定混戦を極めていた。
しかし気は抜けない。なぜなら……
「やっぱり来たね、緑谷君」
「金木君!その鉢巻、貰うよ!」
緑谷君は人の(主にヒーローの)データをとるのが趣味で、そこから戦法を妄想するのが趣味なのだと、確か初めて戦闘訓練をやった日登校中に偶然会った時に言っていた。
僕の中での彼の印象は、ヒーローになるためにどんな努力も怠らない人だ。だからこの騎馬戦で僕と同じ考えに至り、僕が包囲から抜け出すのを待っている事は、予想できていた。
だから僕はもう一度後ろに飛ぼうと塩崎さんの手首を握る手に力を込め、鉄哲君に声を掛けようとすると、それより先に塩崎さんが鋭い声を発した。
「金木さん、後ろにも騎馬が来ました!」
「なっ嘘だ……一体誰が」
「俺だ」
「!?」
馴染みのある声、この声は。
「ショート?どうして…」
「緑谷に話を持ちかけられてな。一時的に協力する事になった」
そう言うと焦凍は挨拶代わりに氷を飛ばしてくる。僕はそれを拳で殴って砕いた。…以前はこれで傷ついたことがあるが、拳は無傷。やはり仮説は間違っていなかったらしい。
焦凍は予想していたのか、驚く事もなく八百万さんと上鳴君に指示を出す。
「そういう訳だ金木!悪く思うなよ!」
ニッと笑う上鳴君に嫌な予感がする。
僕はすぐに二人に声を掛けた。
「塩崎さんは拘束を一旦やめて髪をなるべく短くして。鉄哲君はすぐに個性を解くんだ!」
それだけ指示すると、僕は六本の赫子を格子状に編んで焦凍の居る背後に即席の盾を作った。
背後からの攻撃なはずなのに、視界に閃光が弾けた。
赫子は絶縁体ではないのかビリビリと痺れが伝わるが、痛みに動けないほどではない…
「二人とも、大丈夫?」
「ああ、お前を伝ってきたのかピリッとしたが、静電気程度だったぜ」
「私も、指先が少し痺れる程度です」
二人は大丈夫そうでほっとしたが、問題は緑谷君だ。
上鳴君の無差別放電にやられて緑谷君たちは苦悶の表情を浮かべている。
「1000万Pの為に協力すると言ったが、邪魔しないとは言ってねぇ。そこでカネキの足止め役になっててくれ」
『さあ残り時間が半分を切った!勝利の女神は、1000万Pは一体誰に微笑むのかァ!!』
周りの騎馬が動きを止めた一瞬に、焦凍は個性で作った細い棒状の氷で地面を突き、周囲の騎馬を足止めした。
障害物競走のときは妨害を大半の生徒が避けたのを改善したのだろう。絶妙な配置で止められた騎馬たちを抜けるには最短でも三回ほどアレをやらなければならず、その間に焦凍の騎馬である飯田君の足で追いつかれる可能性がある。
「なるほど。考えたね」
ついでの様にいくつかの騎馬の鉢巻を奪いながら近寄ってくる焦凍を引きつった顔で見ていると、塩崎さんが僕の服の裾を引っ張った。
「裏切るなど…汚らわしいです!それで、どうしますか?また逃げますか」
「いいや……ここで、迎え撃つ」
そんな時、遠くの方から気になる会話が聞こえてくる。
「爆豪!?騎馬から離れたぞアイツ、いいのかあれ!」
「テクニカルだからオッケー!地面に足付いてたら駄目だったけど」
……そういえば、騎馬戦の説明の時にミッドナイトが言っていた気がする。"騎馬が崩れても鉢巻が取られても、時間までは失格にならない"と。
ようは、地面に足さえつかなきゃいいんだろ。
僕は騎馬の二人に思いつきの作戦を伝える。
男らしくないだとか相手に誠実じゃないだとか、反対意見が来るかと思ったが、状況を理解しているのだろう。不満そうな顔をしつつも頷いてくれた。
「カネキ、お前が茨の盾をなくすのを待ってた」
「そうだね。僕もそろそろ守りに徹するのをやめようと思ってたんだ」
「なに?」
鉄哲君の肩を借りて跳ぶと、壁のようにそり立って僕らを逃がさんと囲む氷に四つ足で降りる。それから氷の上の数センチの幅を焦凍の騎馬に近付くために駆け出した。
『おおっと1000万Pの金木、逃げ場がないと悟って自ら攻勢に出たー!先程のミッドナイトの発言によると地面に足が付かなきゃOK!だがそれでいいのか金木ィ!!』
狙うは焦凍の"左"だ。
『いつ砕けるか分からない氷でできた不安定な足場をあのスピードで走れるのは、クラス一の身体能力を誇る金木ぐらいにしかできないだろうな』
『イレイザーナイス解説!速い速い、言ってる間にもう飛び掛かってるぜ!!金木が狙うのは轟のポイントかー!?』
プレゼントマイクが良い仕事をしてくれた。
実況を聞いた焦凍が頭部をガードしようと腕を交差したところに足を置いて、もう一度跳ぶために膝を折り曲げた。
顔が近付く。重なる視線に、僕は不敵に見えるような笑顔でアドバイスをした。
「ショート。君は僕じゃなくて騎馬を見張るべきだったんだ。結局最後には僕も騎馬に戻らなきゃならないからね」
まあその時は、彼の鉢巻を僕が狙うまでなんだけど。
それだけ言うと右手に氷を纏いだした焦凍から逃れるために上に跳び、氷の壁の外に赫子を使って移動する。
僕が注意を引いている間に鉄哲君の個性で壁を切り抜けていた二人が見え、塩崎さんが茨の髪を伸ばして僕を拾った。
「上手く行ったようですね」
「ああ。半ば博打だったからね。二人も賭けに乗ってくれてありがとう」
「まあそもそも俺らは、防衛戦だと説明したお前に納得した上でチーム組んでんだ。それを否定する事の方が男らしくねえだろ」
「私も同じ意見です」
「二人とも……」
どうやら僕の思っているより誠実で自分を持った人たちだったらしい。素直に感心して居ると、爆発音が聞こえてきた。
「白髪ヤロー殺ス!!」
「ッ塩崎さん、」
「分かっています!」
不意打ちの初撃を辛うじて防いで塩崎さんに呼びかけると、直ぐに茨が僕を覆う。
瀬呂君に回収された爆豪君がまた飛んできたのを彼の手を掴んで阻止する。僕の手の中で爆発が起こるが、密閉空間で酸素が足りなかったのか、それとも威力を逃せず自分にもダメージが来るからなのかそこまで大きなものでもなく、僕が傷つく訳もなかった。だが、それでも拘束を逃れるには十分で、地面に投げつけようと思っていた爆豪君の体は瀬呂君に再び回収されようとしている。だが僕はそれを赫子で切った。
「マジかよ!?っと、あっぶね!」
瀬呂君はすんでのところでもう片方の腕からテープを出して爆豪君を今度こそ回収する。うーん、惜しかったな。落ちるかと思ったんだけど、流石にA組は反応してくるか。
だが今ので牽制にはなったはずだ。爆豪君が良くても、次に跳び出すのは瀬呂君が嫌がるだろう。
マイクの解説は緑谷君と焦凍が戦っている様子を伝えてくる。どうやら飯田君が新しい技を出したようだ。緑谷君は予選2位だし、視界の外に消えた僕を追いかけるより堅実だろう。
一番の懸念材料であった焦凍は、そうと気付かず緑谷君が足止めしてくれる。――足止めされると言ったほうがいいか?
だが今は爆豪君だ。
普段から怒っているように見えるけど、今は更にイラついているらしい。……ん?僕は彼に怒りと苛立ちしか向けられた事ないんだから結局いつも通りなのか……?
「はぁ…。君は一体何に怒ってるんだよ」
「俺は今、B組のザコ共にサイコーにイラついてんだ。勝手に組んでんじゃねーよクソ八方美人白髪頭!」
あだ名が更に長くなって最悪な感じになってる。
B組の人と何があったのか知らないが、僕が誰と組もうが関係ないだろうに。
大きなモニターを横目で見て、僕は微笑んだ。
「そんな事、爆豪君に指図されるいわれはないけど。いいよ。受けて立とう」
「受けて立つのか!?」
「大丈夫だよ」
にっこり笑うと爆豪君の額に血管が浮き出た。いつか切れそうだ。
「言ってくれるな白髪ヤロー…、しょうゆ顔!」
「だから瀬呂な!よっと」
真っ直ぐ狙ってくるテープは陽動。首をそらして避け、もう片方の腕から延びるテープを赫子で叩き落とす。
「っと。さっすが入試一位はこんな程度じゃ無理か」
「でも瀬呂だけじゃないんだなー!」
飛んできた溶解液は芦戸さんのものか。
反応が遅れるが、僕の赫子より先に茨が鞭のように一掃した。
「こちらだって金木さんだけじゃありません!」
「塩崎さん!助かった」
僕もちょっと油断しすぎかな。
相手の騎馬が近付いて、下では鉄哲君と切島君の力比べになっている。
「おうお前、予選からキャラ被ってると思ってたんだ!」
「偶然だな!俺も同じ事思ってたぜ」
…彼らにも色々あるらしい。
騎馬から離れられない瀬呂君、芦戸さんは、切島君と僕に隠れる塩崎さんにおいそれと妨害できないはずだ。
「塩崎さんは背後の警戒を!」
「はい!」
「うらぁ!」
「おっと…」
掴みかかってきた爆豪君の手を封じるために、がっしりと互いの指を交差させて握る。
今度は爆発で逃がさないために、ぎりぎりと力をこめると、爆豪君も負けじと力を込めてきた。
「くそ、離せ白髪、コロス!」
「君から離せばいいんじゃないかな」
「うっせー!負けたみたいでムカつくだろシネ!」
本気で力を込めたら彼の第一から第五までの中手骨や基節骨まで簡単に砕けるのだが。
それにしても爆豪君は語尾で殺害を予告しないと死ぬんだろうか。
こんな事をしてる暇はないと思うのだが、怒りに目の前の事で頭がいっぱいになってしまうのは彼の短所だろう。
3、2、1……
「『
プレゼントマイクの声が僕の声に重なると同時に、僕は彼の手を振りほどいてデコピンを見舞う。
ショックだったのか特に抵抗せずにくらい、どさっと地面に落ちた。
「おい金木!ついにやったな!」
「1000万P、守り抜きました!」
「うん。二人のおかげだ」
騎馬から降りて、地面に足をつける。
割と自由にやっていたが、正直二人以上のチームを
騎馬という性質上、どうしても動きが制限されてしまう。自分が馬になる事も考えたが、1000万Pを預けられる相手が浮かばなかった。少なくとも焦凍ぐらいの実力が欲しいが、そんな知り合いは居ない。
勝因は二人が頑張ってくれたのと、雄英の自由な校風だろう。
騎馬が崩れた時点で失格だったのなら、僕は焦凍と対峙した時にもっと苦労したはずだ。
1位から5位までのチームが発表される中、僕らは固く握手を交わした。
散々待たせてしれっと投稿。
本当に思いつかなかった。でも引っかかってるところさえ過ぎれば後は早かったです。
文中で茨茨言ってますけど地の文で金木君が呼び捨てしてるわけではなく、彼女の茨状の髪の毛の事を言っているんだと念の為に言っておきます。