金木研はヒーローになりたかったのだ   作:ゆきん子

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書いてるときは「めちゃくちゃ長いの書いたぞー!(つやつや)」とか思ってたのに読み返してみるとそうでもない事実。読みやすくていいよね……。

(東京喰種で月山さんが金木君に「幸せになって欲しい」と思っている事が分かりましたね。奴が変態じゃなければ喰種でもいい友達になれただろうに)


24話 雄英体育祭Ⅲ

1学年の生徒が全員整列をすると、待ち構えるミッドナイトが鞭をピシャッと振るった。

耳に入った観客の声から察するに、どうやら1学年の主審は彼女のようだ。

 

「選手宣誓!代表、1-A爆豪勝己!!」

 

ポケットに手を入れたまま猫背で壇上に向かう爆豪君を見て、緑谷君は小声で叫んだ。

 

「え~~、かっちゃんなの!?」

「あれ、入試一位って金木じゃなかったっけ?」

 

瀬呂君の言葉に周りの目が僕に向くが、僕は小さく肩を竦めてそれとなく爆豪君を見るように促した。

……だが、焦凍は最後まで此方を睨みつけていた。あれは絶対「あん時の呼び出しは代表挨拶の事だったのか?また変な遠慮しやがって」とか考えてる。

僕が壇上に顎をしゃくると、しぶしぶそれに倣った。

焦凍の隣の百ちゃんがはらはらした様子で此方を見ていたが、焦凍はあれ位では気分を損ねないので大丈夫だ。

 

それに僕は遠慮して辞退した訳ではない。

たとえ入試の成績が良かったからと言って、謹慎明けに生徒を代表するのは周囲の心象を悪くするだけだろう。

こんな言い方をしてはプライドの高い彼の怒りが爆発するだろうが、そんなことになるくらいならば一言二言の宣誓は譲ったって構わない。

全ては競技中のパフォーマンス次第と言ったところなのだ。

 

やがて壇上に上がった爆豪君は、ミッドナイト先生に場を譲られ中央に堂々と立った。

 

「せんせー、俺が一位になる」

 

「絶対やると思った!!」

 

その自信に満ちた姿に短い付き合いながらも彼を良く知るA組の声が揃った。

途端にこの間の放課後の一件の再現のような光景。

他の生徒からの野次やブーイングの数々が爆豪君に降りかかった。……中には我がクラス委員長の「品位を貶めるな」といった内容の叱責も混じっている。

しかし爆豪君は萎縮するどころか却って尊大な態度を貫き、親指で首を切る動作をする。

 

「せめて跳ねのいい踏み台となってくれ」

 

その科白はマイクを通して、会場にしっかりと響いてしまった。

喧騒の中、僕の耳でなくとも聞こえていただろう。

ますますA組にヘイトが集まる結果となったが、相手が本気で掛かってくるからこそこちらも気合を入れて潰せる。結果オーライかな。

 

そして彼が壇上から降りると、ミッドナイト先生が早速第一種目を発表した。

 

「第一種目はいわゆる予選よ!毎年ここで多くのものが涙を飲むわ(ティアドリンク)!!さて運命の第一種目、今年は……」

 

ミッドナイト先生の声で、画面が高速に回りだした。

自然、皆が固唾を呑んで見守る。僕もその空気に飲まれて回転が止まるその時をじっと待った。

 

「コレ!!」

 

ようやく止まった画面には、"障害物競走"の文字が。

 

「計11クラスでの総当たりレースよ!コースはこのスタジアムの外周約4km!」

 

なるほど…長距離走か。

どちらかというと短距離型だけど、負ける気もしないな。

 

「我が校は自由さが売り文句!ウフフ…コースさえ守れば()()()()()()構わないわ!」

 

ミッドナイト先生に指示されて、皆が位置につく。

ゲートは狭い。もたもたしていたら"万が一"もありえるから、僕は先頭に位置づけた。

隣に焦凍が立つ。

 

お互いに横目で相手を確認したが、それぞれの意思は先程伝えた。言葉はもう要らないだろう。

何せ、ここからは皆ライバルで、敵なのだから。

僕も焦凍もそれ以上お互い何もせず、正面を見据えた。

 

さあ、"僕ら"の夢へのスタートラインだ。

声は聞こえないが、優しい彼が微笑んでくれている気がした。

 

 

 

 

ランプが全て灯る。

 

「スターーーート!!」

 

脹脛と腿に力をぐっと溜め、ミッドナイト先生の声を合図に飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

金木はスタート後一気にスピードを最高速度手前にまで上げると、トップを独走しだした。

轟の個性であろう妨害に、周囲が賑やかに騒ぐのを背に聞いたが前方を走る金木には個性が向かうことは無い。自身の前方の足場を不安定にするのは危険な賭けだ。賢い選択だろう。

しかしすぐに金木の前方には入試時にいた巨大仮想敵が現れた。

 

「なるほど。ゲートを抜けた先での最初の"障害物"か」

 

金木は出し惜しみは悪手だと、地面をズザッと滑るように足を止めて二本の赫子を短時間で出来るだけ長く伸ばした。

3、4階建てのビル程もある巨大な仮想敵の足を赫子で達磨落としの様に払うと、倒れる一瞬の隙に、足の間をすり抜ける様にして駆け抜けた。

遅れて、背後から重たい地響きが響く。

ヒーロー科…特にA組には大した障害にはならないだろうが、あれを乗り越える数秒の間に金木は何十メートルも走れる。

 

後ろを走る轟は、金木が赫子を出した時点で何をするのか予想し、あえて金木の走るインコースを避けてアウトコースの仮想敵を凍り漬けにした。凍らせる瞬間の体勢や氷の厚さまでこの一瞬で計算済みだ。

轟が通った後を今がチャンスと通ろうとした後続は、何人かが倒れる巨大仮想敵の下敷きとなってしまった。

それはプレゼントマイクの実況を通して、体力温存のためにペースを落とした金木にも知らされた。

 

「(一位は僕、二位がショートか…今の所は)」

 

『そうこうしている内に現在一位の1-A金木が第二の障害に到着だぁ!落ちればアウト!それが嫌なら這いずりな!!第二の関門ザ・フォール!!』

 

金木の眼前には底の見えない奈落があった。

大小様々な足場がいくつもあり、それらの間は命を預けるには頼りない綱引きほどの太さのロープで繋がっている。

金木は足を止めると、ペースを守るためにその場で小さく跳ねつつ、遠くのゴールまでを観察する。

 

『おおっと金木、どうした!?足が止まったぞ!入試一位の金木もコレには怖気付いたのか!!?』

 

後続の轟が到着したとき、金木はようやく道を選んで歩き出した。

最短ルートは右から二番目のロープだ。

だが、金木が選んだコースは()()()()()()()その隣。ある程度ゴールに近く、そして一つ一つのロープも短い安全なルートだ。

それを見送った轟は、金木を警戒して彼から離れたコースを選ぶ。

はたしてそれは正解だった。

轟が途中の足場に着いた時、まるで崖崩れのような音がして、既に遠くに居る金木に目を向けると、金木は自身の来た道である中間地点の足場を崩したところだった。

目が合うが、金木は無反応で踵を返し、いとも簡単そうにロープの上を駆ける。

これも入れ替わった影響なのか。普段の金木らしくない妨害行為に呆けていた轟は我に返り、後ろのロープを妨害に凍らせると後を追うように慎重に駆けた。

 

「(カネキはいつも俺の先を行く。そのせいで奥に立つ親父の面が霞む。そんなことじゃ、俺の奴を見返すという宿願は叶わねぇ)」

 

金木はさっきの妨害に時間を食った。轟と金木の差は縮まりつつあった。

 

『さあ先頭は難なくイチ抜け!後を追うように轟もたった今、ザ・フォールを突破した!!金木が独走状態になるかと思ったが、意外といい勝負だー!そして三位につけた爆豪も個性でピョンピョン飛んで難なく突破!オメーラ魅せるなァ!!面白くなってきたぜ!!』

 

実況に盛り上がる会場は、轟の父親の正体に気付くものがちらほらと出始めた。

 

「一位二位が圧倒的だなー」

「二人とも個性もそうだが身体能力、判断力共にずば抜けてるな。一位の奴の妨害は的確だし、二位もそれを見越して避けているように見える」

「そりゃそうだろ。一位は知らんが…二位のあの子はフレイムヒーロー"エンデヴァー"の息子さんだよ」

「ああー道理で!オールマイトに次ぐトップ2の()か」

「早くもサイドキック(相棒)争奪戦だな」

 

幸運にも轟の地雷を踏み抜くその話題は本人の耳に届く事はなかったが、本人の聞くところとなれば、印象など関係無しに思い切り睨みつけられた事だろう。

 

『先頭は一足抜けて下はダンゴ状態!上位何名が通過するかは公表してねぇから、安心せずにつき進め!!』

 

金木は怪しげな有刺鉄線に囲まれた第三の障害物(物?)を前にまた立ち止まらざるを得なくなった。

何が用意されているのか分からないまま突っ走るのは悪手だ。

実況席を仰ぎ見ると、心得たと言わんとするようにプレゼントマイクが説明を始めた。

 

『言ってる内に先頭金木は最終関門に到達!ここは一面地雷原!!怒りのアフガンだ!地雷の位置は良く見りゃ分かるようになってんぞ!目と足酷使しろ!!』

 

「地雷…」

 

試しに掘り返されたように地面の色が微かに違うところを赫子で突くと、小さな爆発が起こる。

 

「……行くか」

 

金木が後ろを向くと轟はもうすぐそばだった。いつ順位が変わってもおかしくない状況で、先頭ほど不利な条件。

 

「(面白くなってきた、というやつなのかな)」

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は気にせず地雷原を走り抜けた。下から横から爆風と衝撃が体を襲うが、ジャージが焦げるだけで僕の走る慣性と脚力の方が勝っていた。

この地雷原を抜けた後ラストスパートをかけるために速度は調節してあるが、きっと二位の焦凍は今頃慎重に進んで…?

 

パキパキ、ここ最近で聞きなれた音が聞こえて右に避ける。

僕が先程居た場所を含め、地雷原の端まで一直線に氷の道が出来上がる。

 

「後続に道作っちまうが……。ここまで来たら後ろ気にしてる場合じゃねぇ、お前に勝てば一位だ…!」

「この状況では後は純粋な身体能力の勝負だ。このままじゃラストの数十メートルで僕が勝つよ」

「まだ決まってねぇだろ」

 

その時、爆発音が後ろから追いかけるようにして爆豪君が僕らに追いついた。

 

「てめぇら宣戦布告する相手を間違えてんじゃねーよ!」

「チッ」

 

一瞬抜かされたのに舌を打ち、速度を上げて抜かし返す。

 

『おおっと喜べマスメディアー!ここに来て先頭集団の泥沼化!お前ら好みの展開だろォ!!――後続もスパートかけてきた!だがやっぱり、先頭三人がこのままリードかあ!!?』

 

だめだ。ただでさえ無名なのだから、()()()()()()では無く、紛れも無い、大差ある一位を取らなくては目立てないし、印象に残らない。

少し早いがそろそろ全力を出そうと空気抵抗を少しでも減らすために赫子を消し、前傾姿勢で強く地を蹴った。

 

『おおっと、ここで金木がラストスパートォ!首位をキープしたままゴールするのか!?』

 

このまま行けば、僕の一位は確定。誰もがそう思った事だろう。

その時、鼓膜を破るような大爆発が後方で起こった。

 

人の何倍も良い耳が悲鳴をあげ、耳鳴りのような甲高い音で先程までの客席の歓声も、実況の声も、後ろで悪態をついていた爆豪君の声も聞こえない。ただ、耳の近くで大きく打つ脈だけを感じる。

視界しか頼れるものが無くなり、急に心細くなる。

自分で思っているよりも聴覚に頼っていた事に気付いたのは良いが、兎に角今は前に進まないと。

長く感じる数秒の後、耳鳴りも治まりあたりの歓声も戻ってきた時、後ろから誰かの情けない叫び声が近付いてきた。

 

「ぅぅぅううううわああああ!」

 

背中にドン、と鉄のような硬い何かがぶつかった様な衝撃が走り、痛みは無いが息が詰まる。

何者かに巻き込まれるように僕らはもんどりうって共に倒れる。

 

「っ、ごめん、ね!」

 

気持ちの篭らない謝罪をすると人一人よりいくらか重たいそれを膝で押しのけてすぐに立ち上がり、僕はひやりと冷たいものを飲み込んだような気持ちでもう手前まで来ていたゲートにまた全力で走った。

 

『なんてこった、首位で到着したのは予想通りというか寧ろ予想外、1-Aきっての文学少年―――金木研だァ!!!』

 

何とか一着でゴールした僕を迎えた大歓声。

観衆を見回して応えるようにお辞儀すると、僕は体中に付いた砂埃や煤を払い落とす。

口の中にも砂が入ったのかじゃりじゃりして気持ち悪いが、仕方ないだろう。

 

緑谷君が二位でゴールして初めて、僕は一位の実感が湧いてきた。

 

「というか、さっきぶつかってきたのは緑谷君か……」

「いやぁその、本当にごめんね…呼んだつもりだったんだけど聞こえてなかったみたいで」

「ああ。……いいんだ」

 

涙ぐんでいる緑谷君を置いて、もう一度いいんだと呟くと僕は晴れやかな気持ちで大きな液晶を見上げる。

僕の顔が抜かれていて、でかでかと「No.1 1-A金木研」と目立つ赤文字が光っている。

どこに居るのかは分からないが、会場には元ヒーローの祖父も来ている様なので、カメラがあるであろう方向へ一度顔を向けて微笑んで背を向けた。

いつまでも自分の顔のアップは恥ずかしい。

 

 

 

 

 




赫者時ではなく、通常時カネキングの最高速度は公式で時速52km。(因みに某フォルテッシモさんは45kmらしい。喰種ってばやっぱり人外)
こりゃラストスパートで追いつけるのは色んな意味で地雷弾丸と化した緑谷君くらいだぜ。

関係ないですけど単行本3巻は表紙も裏表紙も好きです。
表紙の映画ポスター感。あの表紙見たら、死柄木君すんげー強いラスボスっぽい。
裏表紙のミッドナイトはただただ美しい。それだけなんじゃ。ミッドナイトがイメージモデルしたら自分に似合わない香りでも買っちゃいそう。笑

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