金木研はヒーローになりたかったのだ   作:ゆきん子

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クッション的な


第三章 居場所
18話 聴取


オールマイトが残っていたもう一体の脳無を吹き飛ばすと、事態は一気に収束に向かった。

足の速い飯田が呼びに行ったらしい雄英教師のプロヒーローが次々とかけつけると、敵も不利を悟ったのか霧の奴の個性で逃げていった。

 

俺と金木が倒した奴は隙をみて霧の奴に持って行かれちまったが、オールマイトが吹っ飛ばした耳の付いた方は警察の方で見つけたらしい。その後無事回収できたんだろう。

 

「あの、轟君…」

「……なんだ」

 

声を掛けられて俺はしかめっ面のまま振り返る。

緑谷は、不自然に盛り上がった金木のコスチュームのパーカーを持っていた。

こいつはきょろきょろと周りを警戒したと思うと、少し俺の方に顔を近づけて小声で話した。

 

「これ、…金木君の、"腕"」

「っ!」

 

緑谷が畳まれたパーカーを捲ると、血色のない腕が覗く。

友人の手の形まで細かく覚えている訳では無いが、ここで飛ばされた腕は脳無と金木のものだけだ。流石に見分けはついた。

 

「あの、くっ付けた方がいいよね」

「そうだな」

 

担架に乗せられようとする金木の元へ、止めようとするヒーローや警官をかき分けて向かうと、緑谷が金木の腕を断面に近づける。

取れた前腕と金木の体にある断面は、まるで長く離れていた恋人同士のように細胞を伸ばして再会を喜んでいるようだった。

どよめく周囲を置いて、傷はやがて何も無かったかのようにスッと消える。爪にも血色が戻りつつあった。

俺はやっと、金木が自分を犠牲にして怪我をする理由(わけ)が分かった気がした。

こいつの性格だったら、"どうせすぐ治るなら、自分が誰かを庇った方がいい"とか考えてるんだろう。こっちからしてみれば、余計なお世話だ。――友人の腕が、目の前で飛ぶなど。

 

 

 

眠ったように意識を失っている金木は、保健室に運び込まれた。

 

無事に雄英の校舎へと戻ってきた俺達は、教室に戻されて警察の事情聴取の順番を待っている。

自分の順番が終わりしばらくは大人しくそうしていた俺は、八百万に一言声を掛けるとそっと教室を抜け出した。

八百万は何か言いたげにしていたが、俺を止める事はなかった。

 

 

 

 

 

 

保健室に着くと、中から何か話し声が聞こえる。

誰だろうかと何となく聞き耳を立てるも、金木のように耳の良くない俺には扉越しでは明瞭に聞こえなかった。

 

 

「生徒達もまた戦い、身を挺した!」

 

一際大きな男の声が聞こえて、体が固まる。他でもない金木は、身を挺して俺を庇った。

しばらく固まっていた俺は、その声の内一つがさっき居た警察の物だと気付いて抜け出した事がばれるのはまずいかと躊躇したが、どの道保健室にいるリカバリーガールには会うつもりだったので、小言を言う奴が増えただけだと思いなおした。

 

手を上げて引き戸を三回ノックすると、一瞬静まり返った後にリカバリーガールの許可の声が聞こえて、扉を横に引いた。

 

「失礼します」

「轟君!?」

「……それじゃあ、私はこれで」

 

警察の男が入れ違いになるように俺の横を通って退室した。

緑谷が焦ったように声を上げるのも気にせず、俺は周りを見回す。

2つのベッドには既に緑谷と、もう一人は……

 

「誰だ?」

 

首を傾げると、痩せこけた背の高い男は大げさに身を揺らす。

 

「そっそんなことより!轟君は、こんなところにどうしたの?」

「そりゃ、友達(カネキ)が気を失って運ばれてきたから、様子を見に来たに決まってんだろ」

「それもそうか!はは、あはは…」

「…何かおかしいのか?」

「ご、ごめん」

 

緑谷が笑ったので、俺は自分の発言に変なところがあるのか質問しただけだったのだが、こいつは肩を下げて落ち込んでしまった。

付き合いの長い金木だったら察して反応してくれるのだが、中々難しいもんだな。

やけに焦っている様子の緑谷と見知らぬ男を置いて、俺は見当たらない金木の行方をリカバリーガールに聞いた。

 

「カネキは、居ないんですか」

「あの子は念の為に病院に運ばれてるよ」

「っそんなに、」

「落ち着かないかい。"念の為"と言ったじゃろう」

「…はい」

 

俺は促されて椅子に座ると、リカバリーガールが話し出すのを待った。

 

「私が触診した限りじゃ、もう殆ど治ってたよ。病院には検査で行くだけだから、意識が回復次第家に帰るだろうね」

「カネキは、何で意識を?」

 

リカバリーガールは、ため息を吐いて、「意識が落ちるのも当たり前だよ」と呆れるように言った。

俺は無言で続きを促す。

 

「十数分で骨が殆どくっつくような細胞の異常な再生と、抜けた血を一瞬で生成する自前の透析(とうせき)のようなもの。瞬間的な消化、何らかの精神的な負荷。これら個性と体の機能の酷使、色んなものが合わさっちまって、そりゃあ疲れるさね。個性が強くったって、あの子の体はどう足掻いても()()()。短時間でこんなに色んな機能を使っちまったんじゃ、気を失うのも当たり前。寧ろ意識不明の重体にならなかったのは、それこそあの子の強さなんだろうよ」

 

そこまで言うと、リカバリーガールはぼさぼさの金髪頭の痩せた男にチラリと目をやる。

 

「――オールマイトの顔を見て安心したら、責任感やアドレナリンで辛うじて動いていた体が休みたがるのも、無理は無いよ。つまり、ただの過労さね」

 

リカバリーガールの言葉に、沈黙が落ちる。

安心していいのか、それともそこまで無理を押した事を怒るべきなのか、よく分からない。

腕が取れた以外に、――腕が取れた時点で酷いが――そんなになるまでの怪我をしたところを見た訳じゃない。

俺は、あの時少し離れた場所に緑谷が居たのを思い出した。

 

「緑谷、俺が居ない間に、何があったんだ」

 

緑谷は真面目な顔で顎に手をやり、思い出すような仕草をした。

 

「僕も途中からしか見てないんだけど、金木君はまず、あの脳無って敵から相澤先生を救い出したみたい。状況的に、相澤先生が負けるのは脳無にくらいだろうし。その後、脳無のショック吸収を知らない金木君は、得意の体術とか個性の触手とかで何とかあの脳無と渡り合ってたんだけど、脳無に何回もお腹を刺されて、…ついには動かなくなった。あわてて駆け寄ったら、うわごとを言ってるような感じで、僕、動揺しちゃって、揺さぶって何回も声を掛けたんだ。そしたら、金木君が起きたんだけど……」

「"だけど"、なんだ」

 

硬い声で問うと、緑谷の肩が怯えたように跳ねる。

そして何かを迷うように黙り込むと、俺の心を確認するような、力強い目で見つめてきた。

もう一度促すと、ぎこちなくも内容を整理しながら話し出す。

 

「あのさ、轟君。金木君が……。金木君が、敵の肉を食べる事で栄養摂取が出来るって、金木君から聞いたことある?」

「――は?」

「えっ!?仲よさそうだったし、てっきり話してるのかと……」

 

俺が緑谷の意味分かんねぇ言葉に低い声を出すと、本当に焦ったように目を泳がせ、手を振る。

性質(たち)の悪い冗談ではないようだ。

 

「それより、敵の肉でって、どういう意味だ」

「金木君、戦闘訓練の時は簡単に怪我を治してたらしいのに、お腹の傷は流石に大きすぎて治らなかったんだ。戦闘が速すぎてよく見えなかったけど、もしかしたら治したそばから何度も刺し貫かれてたのかも……。腸が飛び出していて、多分他の内臓も潰れてたかもしれない」

「……」

「金木君は、僕に最初に飛ばした脳無の腕を取るように頼んだんだ。僕がそれを渡したら、謝って、食べてた」

「腕を、か?」

「う、うん……。金木君、それを食べて傷が治ったらだんだん髪が白くなっていって、すごく悲しそうに笑ってた」

「そうか」

 

金木の逞しくも小さく見えた背中を思い出す。

あいつの髪が白くなったのはその時か。

 

「それに、聞いていた戦闘訓練の時の怪我よりも確実に大怪我だったのに、一瞬で塞がって……僕が取れた金木君の腕をくっつけてみた時も、一瞬だったよね。骨を治すのって凄く大変なのに」

 

それは、自分の個性でよく怪我をする緑谷の実体験が含まれているように聞こえた。

 

「…………あのさ、ここからは僕の勝手な予想で、違かったら金木君にもすごく失礼なんだけど……」

「…言ってみろ」

 

「金木君さ、もしかしたら、本来の食事……というか、個性に必要な養分は、(ヴィラン)もしくは――――人から、摂取するんじゃないかなって……」

「……それは、お前の想像だろ」

 

ただ、俺もどこかでわかっていた。

今日の人命救助訓練は、昼休みが終わってすぐの授業だった。

今日の昼休みも、俺達は一緒に食堂に行き、金木はいつも通り、俺の前で味付けのされていない肉料理を次々と平らげているのを、他でもない俺自身が見ている。

金木が以前、自分の体は燃費がよく、個性を使わなければ一食で三日は持つと言っていたことも、覚えている。

緑谷の話を聞く限り、敵の肉を食う前の金木は、俺と脳無を倒した時よりも色々な力が弱かったらしい。それが表すのはつまり……。

 

「も、もちろん!ただ、もしそうだとして、金木君は"人を襲ってその肉を食べる敵"じゃなくて、"栄養が足りなくても人を救うヒーロー"を選んだんじゃないかな。それって、凄く――かっこいいよね」

「あぁ。……そうだな」

 

 

「……二人とも、いつまでここに居る気だい」

 

しわがれた高い声が聞こえて、俺と緑谷は揃って肩を跳ねさせる。

リカバリーガールの存在を忘れていた。ずっといたんだろうか。

 

「あの子の個性については、ミッドナイトが少し知ってると思うよ。あの子が過去に起こしちまった事件を収めたのは、他でもない彼女だからね」

「聞いてみます」

 

一も二もなく頷く俺に、リカバリーガールも緑谷も、驚いた様子だった。

心外だ。あいつについて考えるにしても、俺はもっと知る必要がある。

俺は、今まで俺のことを話したことはあっても、金木については全然知らないことに気付いた。

個性と人格について聞いたのも、高校に入って初めてのことだ。

俺は早速、ミッドナイトに会いに行く事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「金木くん…ね。そういえばあなた、あの時金木くんと一緒に居た……」

 

あの時、とは、もしかして入学初日に廊下ですれ違った時だろうか。

金木はミッドナイトに用があるとか言って二人で話をしていた。

 

「はい。リカバリーガールに、ミッドナイトならあいつの"事件"について少し知ってるって聞いて」

 

ミッドナイトは眼鏡のような赤いマスクの奥の、長いまつげに縁取られた目を伏せた。

表情はどこか複雑そうだ。

 

「私も最近まで忘れてたんだけどね……当時新人だったせいもあってか、印象深い事件だったわ」

「その事件って、何なんですか」

 

先を急かす俺に、ミッドナイトは分かっていると言いたげに頷く。

 

「発動したばかりの個性の暴走……よくある話よ。ただ、訓練もしていない幼児の個性なんて、殆どがちょっとした怪我で済む事故なんだけど、金木君のは、強力すぎたのね。小さな彼にとって」

 

強力と聞いてまず思いつくのは、金木が"赫子"と呼んでいた、あの赤い触手の事だ。

だが、ミッドナイトはそういう意味で言っている訳ではないらしい。

 

「彼の個性は、肉さえ食べれば体も頑丈になるし、力も強くて、それに加え強力な触手と再生能力……。と、ここまで言えば聞こえはいいけれど、それは裏を返せば、生命活動含めたそれら全てを、肉に()()しているって事なのよ」

「!!」

「その時までの数日彼が食べたものまでは私も知らないけど、少なくとも暫く肉は食べていなかったのかもしれないわね。彼の個性は、"肉が足りない"と彼に空腹を訴えた。そして、不幸な事にそれが起こったのは彼が幼稚園に登園した後の事だったのよ」

「っ!まさか」

 

金木は、誰かを襲ってしまった?

だが、ミッドナイトは俺の最悪の予想を首をゆっくり振って否定した。

 

「彼は誰も襲わなかったわ。運の悪い事に、近くに女子児童がいて、危ないところだったけれど、金木君は個性の衝動を抑えて彼女を襲わなかった。……少し痣が出来る程度の怪我はしてしまったけれど、最悪の展開は起こらなかったわ」

 

俺はほっとして、彼女の科白の中の気になる言葉を聞き返した。

 

「衝動って、肉が食いたいってこと、すか?」

「ええ。まさにその通りね。多分その後自分の個性について色々調べたのかしら。『肉を食べるだけで活動は出来るけど、何日も"食事"が出来ないと、正気じゃいられないほどの耐え難い空腹に襲われる』と言った内容の報告が個性届けに書いてあったと思うわ。彼に再会してから調べた事だから、確かよ。雄英(ウチ)としては、強力な個性のデメリットが"その程度"ならと、特に問題視してなかったけどね。何日も食事が出来ないなんて、それこそ滅多にないから」

 

それはそうだ。例え誘拐されたとしても、殺す事が目的じゃなければ食事は出されるし、日常生活では尚更だ。

俺が納得して頷くのを見たミッドナイトは、続きを話す。

 

「それでもその時の空腹はやはり耐えられなかった。じゃあ、どうしたかというと、彼は自分の腕の肉を食い千切って食べたのよ」

「なっ!」

 

衝撃に二の句が継げない。

そんな俺の様子にか、あるいは幼き金木を思ってかミッドナイトは痛まし気に顔を顰めた。

 

「通報を受けた警察から連絡が来て、私が到着した時にはもう、自分の腕を信じられない強さで噛んでいたわ。個性を使ったんだけど、間に合わずに眠る直前に食べてしまったみたい。幸いだったのが、彼の個性は食べた肉の消費をなるべく少なく―――つまり燃費が良くて、腕の回復にエネルギーを消費しても空腹は満たせたみたいで、病院に着いて目が覚めた彼は大人しい様子だったわ」

「……」

「ここまでが、私の知っている全部よ。本当は解決した事件の詳細は大抵の場合守秘義務が課せられるんだけど。事が事だから……。彼が敵に傷つけられて、その肉を食べた事は私も聞いているわ」

 

そういえば保健室に警察がいたことを思い出す。

俺の知る限り、それを見たのは緑谷だけだ。奴から今回の事については聞いてるのだろう。

 

「カネキは、何か罰とか受けるんですか」

「……それはまだ分からない。だけど、戦闘時は厄介だった敵の再生力が、この問題では役に立つかもしれないわ。あなたと緑谷くんの証言で、金木くんの処分はいい方向に向かうと思う。そもそもが、敵に殺されてもおかしくない程の重症を負わされてやむを得ずの行動だからね」

 

俺の証言で……。

だが、何も無しという訳には行かないようだ。

ミッドナイトの表情を見る限り、彼女も大層不服そうに見えた。

 

「私だって、贔屓目無しにしても罰なんていらない状況だと思うわ。ただ、警察からの要請でね。"真っ先に逃げていれば負傷する事もなかった。個性の力を過信して飛び出していった、生徒の自業自得"ですって!舐めてくれるわよね。彼が、そしてあなたも一緒に戦ってなければ、誰が死んでもおかしくなかった。そういう敵だったのよ」

「……はい。ありがとうございました」

「いいえ。分かっているとは思うけど、この事は他言無用よ」

「はい」

 

 

 

「まだ解散の時間じゃないわよね?轟くんも早く教室に戻りなさい」

 

そういわれて素直に教室に帰る。

 

俺は、ミッドナイトが金木を想って怒るのを見て、少し心が軽くなった。

彼女の話を聞いた後だと、緑谷の仮説の真実味が増す。

 

 

 

 

 

―――金木君は"人を襲ってその肉を食べる敵"じゃなくて、"栄養が足りなくても人を救うヒーロー"を選んだんじゃないかな。それって、凄く――かっこいいよね。―――

 

あぁ…そうだよな。

俺も、そう思う。

 

 

 




ミッドナイトが言っていた警察のセリフは、塚内さんじゃなくてどっかのお偉いさん。


すてきななにかがあふれだす…
読者よ、わたしのこどもにしてやるぞ


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