「すっげーー!USJかよ!?」
誰かが興奮して叫ぶのに内心うなずく。
僕も似たような感想を抱いた。
実際、人命救助訓練に使うという訓練場は、崩壊したビル群や、土砂崩れに巻き込まれた家屋、遠目から見ても煙が立ち上っているのが分かるエリアなどに目を瞑れば、某大型テーマパークのような大きさと豊富な
「水難事故、土砂災害、火事……etc.―――あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です。その名も……
本当にUSJだった……。
大丈夫だろうか、色々と。
「スペースヒーロー"13号"だ!災害救助で目覚ましい活躍をしている紳士的なヒーロー!」
「わー、私好きなの13号!」
緑谷君の解説に、麗日さんが少し興奮して声を上げた。
13号――先生は、僕でも知っているようなヒーローだ。
店長が特に火災現場で活躍をするヒーローだったというのも理由のひとつかもしれないが、僕でも目に付く程度にはよくメディアに取り上げられている。
性別がいまいち不明な印象だが、自他共に認めるほどのヒーロー好きな緑谷君が「紳士」というからには、"彼"と呼ぶべきだろうか。
13号先生は引率していた相澤先生に近寄ると、何やら小声で話し始める。
父の"聴覚強化"の影響か、前世よりも心なしか良くなった僕の聴覚だが、常に唸る激しい水音やクラスメイトの話し声などで、彼らの会話を聞き取る事は出来なかった。
こちらに背中を向けて立っている相澤先生に向けて13号先生が指を三本立てるが、意味はよく分からない。
ただ、ここにオールマイトがいないことを考えると、彼が遅れた理由を説明しているか、授業内容の簡単な打ち合わせでもしているのだろう。
振り返った相澤先生の表情には多少の呆れが滲んでいたから、そこまで大切な用でもなかったのかもしれない。
その相澤先生が促すと、13号先生が一歩前に出て、彼の着る宇宙服のガラスで窺えない口を開いて説明を始めた。
「えー始める前に、お小言を一つ、二つ、三つ…四つ……」
どんどん増えていく彼の指を見て、生徒の顔が引きつってゆく。
「皆さんご存知だとは思いますが、僕の個性は"ブラックホール"どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」
「その個性でどんな災害からも、人を救い上げるんですよね!」
緑谷君が目を輝かせて言うが、「えぇ…」と答える13号先生の声はいまいち曇ったものだった。
「しかし、簡単に人を殺せる力です。みんなの中にもそういう"個性"がいるでしょう」
彼の言葉に、途端に自分の目元がヒクリと引きつるのを感じ、僕は目を伏せた。
「超人社会は"個性"の使用を資格制にし、一見成り立っているようには見えます。しかし一歩間違えれば容易に人を殺せる"いきすぎた個性"を個々が持っている事を忘れないで下さい。相澤さんの体力テストで自分の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人戦闘でそれを人に向ける危うさを体験したかと思います」
そこまで言ってから皆が息を飲む様子を見て、13号は一つ間を置くと打って変わって明るい声を出した。
「この授業では…心機一転!人命のために個性をどう活用していくかを学んでいきましょう。君たちの力は人を傷つけるためにあるのではない」
「
13号のかっこいいセリフに、僕は拳をきつく握りしめる。
そうだ。こんな僕でも、誰かを救けられるヒーローになりたいと思って、僕は
僕は、大切な人を守るためだったら、それこそ―――
「以上!ご静聴ありがとうございました」
ぺこりとお辞儀をする13号先生へ送るみんなの拍手や歓声に意識を戻す。
僕もあわてて拍手を送った。
やがて皆が先程の13号のスピーチの余韻に浸るように静かになると、相澤先生が口を開く。
「そんじゃあまずは……?」
相澤先生が、背後の長い階段の方を振り返る。
僕も自然と同じ方を見た。
階段を下りきった先の広場に、黒い"もや"のようなものが発生し、だんだんと広がるそれの中心部からやがて人の手が出てきた。
手は霧に実体でもあるかのように隙間を広げ、やがて顔に手のようなものをつけた不気味な見た目の男が現れた。
「一かたまりになって動くな!」
相澤先生の切羽詰ったような声に嫌な予感を感じた僕は、次々と霧から現れる人物達から庇うように、唖然と急な展開が飲み込めていない様子のみんなの先頭に立った。
霧から出てきた者たちは、一様に異様な雰囲気を持っていた。
中にも特に異様だったのは、脳みそがむき出しの屈強な体をもったよく似た者
「何だアリャ!?また入試ん時みたいな、もう始まってんぞパターン?」
切島君がよく見ようと手を額にかざして首を伸ばすと、ゴーグルを装着する相澤先生の一喝が響いた。
「動くな、あれは
黒い霧状の個性をもった敵は多分ワープ系なのだろうけど、何かあってからでは遅いので念の為にマスクをつける。
折角広くなっていた視界がまた半分埋まるが、慣れたこのマスクを付けるだけで気合が入った。
元より視界が狭いのには慣れきっているので、あまり問題にはならない。
霧から出てくる人がいなくなると、黒い霧はだんだんと縮まっていき、やがて人型をとって話し始めた。
「13号に…イレイザーヘッドですか…。先日
意外な事に紳士的な口調で紡がれる言葉は、離れた距離に届かせようと少し張られたものだったので、僕でなくても聞き取れただろう。
それを聞いた相澤先生は、警戒を解かないまま低く唸った。
「やはり先日のはクソ共の仕業だったか」
「どこだよ……せっかくこんなに大衆引き連れてきたのにさ…オールマイト…平和の象徴、いないなんて……」
体中に人の手を付けた男がブツブツ呟く言葉が僕の耳に聞こえる。狙いは、オールマイトか?
そいつはゆらりと猫背を反らすと、顔についた手の指の隙間から、愉悦を孕んだ目でこちらを睨み付けた。
「子供を殺せば来るのかな?」
「
八百万さんが13号先生に侵入者用センサーについて聞くが、彼の答えを聞く限り反応していないらしい。
焦凍は進みでて僕の横に来ると、下にいる敵を冷静に観察する。
「現れたのはここだけか学校全体か…何にせよセンサーが反応しねぇなら、向こうにそういうことが出来る
焦凍の意見に皆納得の様子だった。僕も同意見だ。
ただ―――やつらの目的を聞いてしまったことを除いて。
「多分、この場所にしかいないと思うよ」
「何でだ」
「……さっき、敵の目的が聞こえてきた。奴らは"今日この場所に"用があってきたんだ。そして、自分達の持つ情報にも自信がある様子だった」
「それだけじゃ言い切れねぇだろ!?」
理由を聞いた焦凍に答えると、上鳴君がこちらを見て少し焦ったように言う。
「うん。でも、彼らの目的のためには、全戦力をここに持ってくる必要がある。通信を絶つ手段があるなら下手に分散して襲撃を知らせるよりも、速やかに目的だけ達成して、事が終わればあの霧の敵の個性で逃げた方が"合理的"だろう」
相澤先生の口調を真似て言い終えると、焦凍が僕の目を睨みつけるように見据えた。
「カネキ、お前の言うあいつらの目的って―――」
「お前ら、話は後にしろ!」
焦凍の声を遮り、相澤先生が声を張る。
助かった。オールマイトを狙ってきたなんて言ったら、余計な混乱は避けられない。
「13号避難開始!学校に
先生は13号先生に頼んだ連絡を、電気系の個性を持つ上鳴君にも試すように言う。
「先生は!?一人で戦うんですか!?」
緑谷君が先生の背中に悲痛な声を掛ける。
「あの数じゃいくら個性を消すっていっても!!イレイザーヘッドの戦闘スタイルは、敵の個性を消してからの捕縛だ。正面戦闘は……」
緑谷君は歯切れ悪く言葉を切った。
だが、その続きは容易に想像できた。"無茶だ"とか"不利"だとか続けようとしたのだろう。
僕もそう思う。
先生は強い。だが、あの人数相手に一人では、圧倒的に不利だろう。
勿論、いざとなったら加勢するつもりではいるが、何せオールマイト殺害を企てる敵だ。何があるか分からない。
しかし、先生は振り返りすらしなかった。
「一芸だけじゃヒーローは務まらん」
13号に声を掛けると、先生は長い階段を飛び降りるように跳び出した。
空中で無防備になる相澤先生に、長距離の射程をもつ敵は僥倖とばかりに狙うが、個性が発動する事は無かった。
相澤先生の"個性を消す個性"が発動していたんだろう。戸惑う敵は、速やかに先生の首に巻かれた捕縛武器に拘束され、互いの頭部をぶつけ合って気絶した。
相澤先生は、次に立ちはだかった屈強な体を持つ異形系の個性の敵の顔面を殴る。
細身の先生に殴られて吹っ飛んでいく敵は、彼の捕縛武器に足を捕らわれ、地面に頭から突っ込んで戦闘不能。
"一芸だけじゃヒーローは務まらない"。
相澤先生は言葉の通り、近接戦闘も強いらしい。
ゴーグルで視線を隠し、誰を消しているのか分からない状態にする。
そこを得意の肉弾戦で叩き、更に敵の連携に遅れや乱れが出てくる。
それは、相澤先生が、悪く言えば「決定打にかける」個性でプロヒーローとして活動するために作り上げた戦闘スタイルだった。
僕は避難を始める皆の殿を務めるため、最後尾に着く。
近くには相澤先生を観察して出遅れた緑谷君と、最後に僕の隣にいた焦凍が走る。
「させませんよ」
霧の個性の敵が、急に先導するため先頭を走っていた13号先生の前に現れた。
「初めまして、我々は敵連合。僭越ながら…このたび雄英高校に入らせて頂いたのは―――平和の象徴オールマイトに、息絶えて頂きたいと思ってのことでして」
奴はなんと言ったか。
オールマイトを、殺す?
そんなことが出来るわけ……オールマイトは、実質"最強の男"なのだ。
"最強"の名を持つ人物を侮る事ほど愚かな事は無い。
かつての僕は、これ以上無いほどの警戒をした上で戦い、そして"最強"の前で死んだ。
それを殺すとのたまったこの敵は、死を覚悟した相当な覚悟、または野望を抱いているか、殺せる
間を置いて、近くにいた緑谷君のヒュッっと息を飲む声が僕の耳に入った。
そういえば彼はオールマイトに強い憧れを抱いていた。そんな人を殺すと宣言されたのだ。それは驚くだろう。
「本来ならばここにオールマイトがいらっしゃるはずなんですが…何か変更があったのでしょうか?まぁ、それとは関係なく……私の役目はこれ」
ゆらりと霧の敵の輪郭が揺らぎ、範囲を広げてゆく。
僕の視界に、赤と黄色が動くのが見えた。
「待っ!」
敵の個性は、察するにワープのようなもの。
飛び出した切島君と爆豪君を止めようと一歩出るが、先頭近くにいた彼らと最後尾の僕では距離があって間に合わなかった。
二人はそれぞれ敵に攻撃をあてるが、ゆらりと揺れる霧状の体には攻撃が通らなかったようだ。
「ダメだ、どきなさい二人とも!」
13号先生が個性の"ブラックホール"で敵を吸い込もうと腕を前に出すが、敵と彼の間には爆豪君と切島君がいて使えない。
そんな先生よりも、敵の方が早かった。
敵は一瞬で霧状の体を広げて僕らを囲む。
僕は急いで振り返って真っ先に焦凍に手を伸ばすが、敵から逃れようとバックステップで下がった焦凍と、飛び出した二人を止めようと前に進んだ僕の間には、どう足掻いても届かない距離が出来てしまっていた。
「ショートっ!」
焦って叫ぶように呼ぶ僕に目を瞠り、思わずといったように伸ばした焦凍と僕の手は、終ぞ届く事は無かった。
……クソっまた、何もっ!
僕は、視界に映る驚いた
金木くんの聴覚については、実は時々伏線っぽく書いてます。遠くの足音だったり、猫のか細い鳴き声だったり。気付いてる人も居たかもしれませんが。