一週間が経ち、新入部員勧誘期間も終わりを告げた。
結局、達也が狙われたことを生徒会と風紀委員で共有したが、大きな効果は見込めなかった。
途中、狙われ続ける達也を見かねて至言は精霊での監視及び護衛を提案したが、達也はこれを断った。彼としても傷を負わされたわけではなく、自分である程度対処できるレベルの攻撃だったのでわざわざ助けを借りる必要はない、と考えたからだ。
とはいえ、新入部員勧誘期間も終わり、CADの携帯制限も復活するためにそうした行動はしだいにおさまっていくだろう。
新入部員勧誘期間の最終日。その日の夜に至言は夏目家の自室で多くの書類に目を通していた。
文机に積まれている書類は、先日至言が頼んだ「ブランシュ、エガリテについての調査」の結果だ。
「ずいぶんと近いな……」
至言の呟きはブランシュの拠点の情報を見たことによるものだった。
近い、というのは夏目家から近いのではなく第一高校から近いということだ。かつて環境テロリストの隠れ蓑であることが判明して放棄されたバイオ燃料の廃工場。そこが現在ブランシュが本拠地として活動している場所らしい。第一高校から徒歩で一時間もかからないだろう距離。そんな場所に拠点を置いて第一高校の生徒に手を出しているということに不快感を覚え眉を顰める。
座標データを端末に移し、別の資料を手に取る。そこに書かれているのはブランシュ、エガリテに所属している第一高校の生徒の名前と情報だ。書類とともに情報メモリが付属しており、中身は学年と名前のみのリストとのことだ。
一人一人の名前を確認しながら顔と名前を頭に入れていく。やはり、というか一年生の名前はない。まだ入学したばかりだからだろう。作業を進めていくと一つのことに気がついた。どうも剣道部に所属している生徒の名前がよく目につく。剣道部、というと新入部員勧誘期間の初日で問題を起こしたクラブだ。正確には剣道部
そのぶつかり合いでは剣道部から摘発者は出なかったが、剣術部からは桐原が魔法不適正使用で摘発されていた。同学年である至言と桐原は交友があり、彼が魔法を不正に使用したことを聞いたときは多少なりとも思うところがあった。至言から見ても彼は少し粗暴な性格ではあるが、だからといって感情的に魔法を使うような人間ではないと知っていたからだ。
桐原が摘発されてから数日後には事情聴取を行なった部活連からの報告書が生徒会、風紀委員会に届けられた。
その中に「剣道の剣士である壬生の剣が人斬りの剣に近づいていた」と証言されていた。桐原は剣道部にその元凶がいると思い、そのことに我慢できず剣道部との問題を起こしたらしい。
桐原が感じたことが正しければ剣道部に何かしらの影響をもたらすものが入り込んでいる可能性もある。そして、剣道部の部員がエガリテに所属しているという情報が今手元にある。つまりはそういうことだろう。
剣道部のメンバーを確認していると主将の
「目的はまだ調査中、か」
残念なことにブランシュが何を目的として第一高校に入り込んでいるのかまではわかっていないようで、今後も情報を探るとのことだった。
組織の目的という重要な部分が未だにわからないではいるが、それでも十分な情報だった。
とりあえず明日は摩利に言ってあるメンバーのリストのために情報メモリを学校に持っていくことに決めてそこで作業の
○
新入部員勧誘期間も終わり数日が経ち、達也の周りも落ち着いてきた。
そんな達也はもはや習慣のようになっている生徒会での昼食を摂っている。メンバーは真由美、摩利、あずさと達也たち兄妹だ。
ただ、そんな習慣になりつつある時間でも今日はいつもと違う会話が繰り広げられていた。
この日の前日に達也は
そして、その会話の中で紗耶香が話した「点数稼ぎのために強引な摘発をしている」という内容が会話の種になっている。
「どうも、風紀委員会の活動は、生徒の反感を買っている面があるようですね」
達也の言葉に摩利と真由美が顔を曇らせる。
「点数稼ぎ、というのは壬生の勘違いだ。思い込み、なのかもしれないが。少なくとも一高では風紀委員は名誉職で生徒会役員のように卒業後の評価に加点されるようなことはない」
「……だけど、校内では高い権力を持っているのも、また、事実。特に学校の現体制に不満を持っている生徒から見れば、風紀委員会は、権力を笠に着た走狗に見られることもあるの。正確にはそう印象操作をしている何者かが……」
摩利の言葉を引き継いで真由美が言った言葉に達也が反応を示す。
「正体は分かっているのですか?」
「えっ? ううん、ただの噂なのよ……」
真由美が返答をするが、どうにも歯切れが悪い。達也が彼女の方を見るとすぐに視線を逸らす。露骨に何かを隠している。だが、達也がここで引く理由はない。
「俺が訊いているのは、その印象操作をする輩の背後にいる連中です。……例えば『ブランシュ』のような組織でしょうか?」
達也が言った組織の名前に真由美と摩利が過剰な反応を示す。二人とも驚愕に目を見開いている。
少し落ち着いてから真由美が諦めたように息を吐き疲れた声で言う。
「隠してもしょうがなさそうね。当校は反魔法国際政治団体『ブランシュ』の下部組織『エガリテ』の侵食を受けています」
真由美が認めたことに達也の目が鋭く細められる。だが、達也が知りたいことはこの学校にどの程度の数が入り込んでいるのかということだ。
「一応お聞きしますが、校内に入り込んでいる構成員などは把握しているんですか?」
達也の質問に対して真由美が摩利に視線を送り、摩利が少し考えてから答える。
「……まあ、ここまで言っておいてこれだけ隠すのもおかしいか。校内のエガリテのメンバーはほぼ把握している。夏目の奴が調べてリスト化もしてくれてな。必要なら君に渡そうか?」
「いいんですか?」
「知っておいて損はないからな。それに君は色々動いてくれそうだ」
「まあ、できる範囲で動きますよ」
そう言って達也は席を立つ。昼休みが終わる時間に近づいてきたためにそろそろ戻ろうと思い立ったからだ。深雪も立ったのを確認してからその旨を先輩たちに伝える。
「メンバーのリストは放課後に渡そう。今日は非番だったと思うが悪いが委員会本部に来てくれ」
「分かりました」
達也と深雪はその場で一礼してから生徒会室を後にする。二人が去った生徒会室に残されたのは真由美と摩利とあずさの三人。少しの静寂の後に今まで話に入っていけなかったあずさが恐る恐る声に出す。
「あ、あの……結局『ブランシュ』って……なんですか?」
○
ある日の風紀委員会本部。至言は巡回ではなく風紀委員の事務作業のために一人で委員会本部で作業していた。風紀委員のメンバーの中でまともに事務作業が出来るのは至言と達也のみである。その為にこの二人は定期的に巡回を休んで委員会本部で事務作業を行っている。
作業を始めて二時間経ったくらいだろうか、委員会本部に入ってくる生徒がいた。
彼が視線を向けると達也と深雪の二人がいた。
「どうした、今日は非番だったはずだが」
「深雪が先輩にお話したいことがあるそうです」
「私にか?」
達也と至言が話すことはよくある。同じ委員会で、さらにその委員会での事務作業も二人で行っているからだ。だが、深雪と至言が話すことは基本的にはない。達也が委員会に入ってからは生徒会への報告は達也に任せているため至言が生徒会に顔を出すこと自体が稀なのだ。
深雪からの話と聞いて至言は生徒会から何かの頼みかと推測するが、彼女の口から告げられた話は生徒会とは関係のない話だった。
「実は雫とほのかのことなのですが……」
「二人がどうかしたか?」
深雪から二人の名前が出たことにより至言が意外そうな反応を示す。
「先ほど、二人が襲われました。場所は学校の――」
深雪の言葉の途中で本部内の空気が変わる。あたりの空気が重みを持ち、周囲から圧し縮まってくるような息苦しさで言葉が途切れる。
達也が庇うように深雪の前に立ち、至言に厳しい目を送りながら諌める。
「先輩、抑えてください。深雪が怯えています」
達也の言葉を聞いた至言が瞳を閉じて大きく深呼吸をする。それと同時に本部内の緊張した空気が霧散する。
「……すまない、あの二人の事となるとどうもな」
「いえ、大丈夫です。続きを話しても?」
達也の確認の言葉に「続けてくれ」と返して深雪の言葉を待つ。深雪が達也の隣に移動してから話の続きを始める。
場所は学校付近の路地裏。深雪が生徒会の買い出しの最中に雫とほのかと英美の三人がコソコソと移動しているのを見かけたが、その場では買い出しを優先。しかし、途中で魔法が使われたのを感じたために路地裏へ駆けつけたところ彼女らが襲われていたという。深雪はその場を
「襲って来た輩はどうした?」
「師匠に回収してもらったそうです」
達也が深雪の代わりに答え、至言が「九重さんにか?」と確認を取る。
「はい。それと襲ってきた人間はアンティナイトを所有していました」
「アンティナイト……そうか」
小さく呟いた至言の目が鋭さを帯びる。アンティナイトは魔法式を妨害するサイオンノイズを作り出す金属であり、
「二人を助けてくれたことに感謝する。それと情報提供もな」
「いえ、私はクラスメイトを助けただけです」
「それでも、だ」
深雪と至言のやり取りの後に達也が「では、自分たちはこれで」と言って深雪とともに委員会本部を後にした。
一人残された委員会本部に小さな呟きが聞こえる。
「ずいぶんとふざけた真似をしてくれる……」
その声は普段の彼を知る人間ならば信じられないくらいの感情が込められていた。
○
「申し訳有りません。お兄様」
委員会本部から退室し、帰路についていた二人だったが、途中のキャビネット内で深雪が謝罪の言葉を言う。
「どうしたんだ? いきなり」
「本来ならお兄様のお手を煩わせたくなかったのですが……」
深雪としては兄である達也に苦労をかけたくないので警察や彼女の家の人間が来る前に八雲に頼んだのだ。だが、八雲に連絡した後に至言と八雲が知り合いであることを思い出す。別に至言を敵として見ているわけではない。むしろ彼女の中では至言は兄の実力を評価してくれているし、新入部員勧誘期間に狙われた達也のことを案じてくれていたりしていたので悪い人間だと思っていない。しかし、彼が大きな家の人間であることは事実なので万が一というのもある。そのために達也に先ほどの一件を報告したのだ。
「気にするな。お前も俺のことを思っての行動だろう」
達也の言葉に幾分か罪悪感が薄れる。達也が手を握ってくれているのもこちらを慰めるためだろう。
「深雪もそうだが、光井さん達も怪我してないようで良かったよ」
「確かに先輩のあの様子だとどうなっていたか分かりませんね」
苦笑交じりの達也の発言に深雪も同調する。二人とも夏目至言という男が感情を大きく見せるところを見たことがなかった。そのため委員会本部での至言の行動には驚かされた。それと同時に八雲に夏目家について聞いた時のある言葉を思い出していた。
『夏目家は降りかかる火の粉を払うことはするけど自分から他の家に敵対するようなことはしない』
端的に言えば『基本友好的だが身内に手を出されたら別』といったところだろうか。
「やはり先輩たちが解決してくれればいいんだがな」
達也の口からそんな言葉が呟かれる。七草家、十文字家、夏目家。十師族の二家と古式の名門が学内にいるのならば彼らに任せられるところは任せたい。達也としてはこのままブランシュなどの組織を潰してくれれば僥倖だと考えている。自分たちがリスクを負う前に脅威が取り除かれるのならばこの上ない。
「そう、ですね」
深雪が不安そうに口に出す。恐らく彼らが対応しなかった場合のことを考えているのだろう。そうなった場合、ブランシュの活動規模によっては彼女らの叔母である
「大丈夫だ。もし叔母上が動きそうならその前に俺が処理する」
深雪の不安を感じ取った達也が彼女の手を取り安心させるように言った。今の自分と深雪の生活を脅かすものは全力で排除する。それが彼の考えだった。