言霊使いの上級生   作:見波コウ

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入学編-Ⅵ

 新入部員勧誘期間二日目。一日の講義が終わり、放課後の時間。深雪と別れの挨拶を交わし、教室に残ったほのかが興奮気味に雫に話しかける。

 

「司波さんが深雪(・・)で私のことほのか(・・・)ってほのか(・・・)って……」

「はいはい」

 

 詰め寄って来るほのかの肩を手で押さえてなだめる。

 先日、知り合った深雪に下の名前で呼ばれるようになったのがよほど嬉しかったのだろう。とはいえ、いざ帰ろうという時に興奮で浮ついているのは危ない。雫はほのかが壁にぶつからないように誘導しながら昇降口を目指す。

 昇降口に着く頃にはほのかも正気に戻っており、二人して昇降口から外を覗き込む。

 

「どこから帰ろう……」

「どこを通れば帰れるか、だよね」

 

 昨日もそうだったが、校門前で帰ろうとしている新入生を待ち伏せしているクラブが多すぎる。そのせいで校門前は多くの人間で埋め尽くされており、バイアスロン部に入部することを決めた二人はどうしたものか、と思案する。そんな二人に声をかけて来る人影が一人。

 

「二人とも今帰り?」

「あっ、エイミィ」

 

 いきなり肩を叩かれ驚いて声をあげたほのかを横目に雫がその人物の名前を呼ぶ。エイミィ、と呼ばれた生徒は昨日狩猟部の体験をしていた赤い髪の女子生徒である。明智英美という名前だが彼女自身がこの呼び方を希望したためにそう呼んでいる。

 

「それで? どうしたの?」

「どうやって帰ろうかなって」

「ああ……確かにこれは苦労しそうだね」

 

 冷や汗を流しながら雫の言葉に同意する英美。三人でどうしようかと話し合い、ほのかが使える魔法を応用して姿を隠して移動するという案が出る。

 当の本人は前回の一科生と二科生の衝突の際に魔法を使おうとして騒ぎの一端を担った過去があり、あまり乗り気ではない。

 ほのかが魔法を使うか迷っていると英美が思いついたように声を上げる。

 

「そういえば二人は風紀委員の先輩と知り合いだったよね?」

 

 昨日の狩猟部の救護活動の際に二人が至言と話しているのを思い出したのだろう。そう言った英美はいいこと思いついた、と言いたげな顔で言葉を繋げる。

 

「その先輩に連絡取れない? 風紀委員と一緒にいれば勧誘とかもされないだろうし、校門まで送ってもらえないか頼んでみるとかどう?」

 

 英美の言葉にほのかがさらに難しげな顔をして渋る。

 

「でも、至言さんにも迷惑かかりそうだし……」

「うーん、でもさ、私たちがあの集団に捕まったら結局は風紀委員が来そうだし、変に騒ぎ起こすよりはいいと思うんだけど……」

 

 ほのかがどうしよっか、と雫の方を見る。雫は少し考えてから携帯端末を取り出す。

 

「エイミィのいう通り結局捕まったら風紀委員の人来そうだし、ほのかに魔法使わせるのも忍びない」

「気遣ってくれるのはありがたいけど……」

 

 雫はほのかの言葉を聞かずに至言への連絡を取り始めていた。いくつか向こうの言葉に雫が応え、最後にありがとう、と礼を言ってから通信を切り、端末をしまう。

 

「近くで巡回してるからすぐ来るって」

 

 その報告に英美がやった! と声をあげて雫の両手を取るが、そのあとにばつが悪そうに言う。

 

「いや、でもなんか利用するみたいでゴメンね」

「ううん、至言さんも気にするなって言ってたし、大丈夫」

 

 英美の言葉に気にしていない、と雫が伝えると、彼女も意識を切り替えて話題を変える。

 

「ねえねえ、その先輩って二人とどんな関係なの? なんか雫は特に仲良さそうだったし!」

 

 やはり、年頃の少女だからだろうか、友達が異性と仲良く話しているのは興味の対象になるらしい。特に雫の場合、ほのかと違って至言に対して砕けた口調で話している。その事実が彼女の興味をさらに引き立てたのだろう。

 

「どんなって……幼馴染?」

 

 雫がほのかに問いかけるように言葉を投げる。

 

「えっ? 雫の場合はそうなんじゃないかな? 私はどうなんだろう? お話するようになったの中学くらいからだし……」

 

 まさか自分に問いかけが来るとは思っていなかったほのかは多少答えに詰まりながら返答する。

 だが、英美はその答えに満足しなかったようでさらに不満げに質問を畳み掛けて来る。

 

「そういうのじゃなくて! なんかこう……無いの?」

 

 英美の言葉に雫もほのかも少し困ったような表情を見せる。もっとも、雫が困った理由とほのかが困った理由は違うのだろう。雫は英美に対してその表情を見せたが、ほのかは雫の方を心配そうに一瞥してからその表情を見せた。

 二人の行動に英美が首を傾げ、ちょっと踏み込みすぎたかな? と感じているところに至言が到着する。

 

「……二人ともどうした?」

 

 到着するなり二人の顔を見た至言が問いかけるが二人にはぐらかされる。それに対し深く追求しないことにした至言は早速二人に要件を確認する。

 

「さて、校門まで送れば良いのだな」

 

 そう問いた至言は二人に視線を送ってから、英美の方を一瞥する。視線を向けられた英美が少し緊張気味に自己紹介を行う。

 

「明智英美です。えっと、よろしくお願いします」

「夏目至言だ。二人とは仲良くしてやってくれ」

 

 至言も簡素な自己紹介を行い、早速移動することにする。さすがに四人で広がって歩くわけにはいかないので、至言と雫、ほのかと英美で歩く。

 新入部員勧誘期間のために風紀委員というのは色々な意味で注目される。その中で学内で名前を知られている至言が歩いているとなれば不用意な行動を起こそうとする人間は少ない。

 勧誘をされたとしてもすでに入部を決めてあるクラブがある、と返すと諦めて帰っていく。時々、引き下がらずに勧誘する者もいるが、至言が介入するとすぐに諦める。

 断られたクラブが他のクラブにそのことを伝えたりしたために、結局勧誘されたのは最初の団体だけでそれ以降は勧誘されることはなかった。

 

「おお、昨日と違って全然勧誘されない」

 

 英美の楽しげな声にほのかが同調する。

 

「そうだね、至言さんありがとうございます」

「別に構わん。というより私の落ち度だな、お前たちの成績なら勧誘されるのは分かりきっていただろうに」

 

 魔法科高校ならではのクラブではもちろん魔法を使っての競技が多い。そのために入学時点で成績が優秀な人間は引っ張りだこになる。入学時の成績は裏で密かにリストとして出回っているのでそれを見て勧誘が行われる。

 

「別に至言さんが悪いわけじゃない」

 

 雫のフォローに小さく笑ってから彼女の頭に手を乗せて礼を言う。

 その二人の様子を後ろで見ていた英美が面白いものを見つけたような顔でほのかに小声で話しかけようとするが、当のほのかが見当違いの方面を向いていたために動きを止める。

 ほのかの視線を辿ると騒ぎを起こしている男子生徒が二人。それを仲介するために風紀委員が一人割り込んでいるところだった。

 

「知り合い? 誰?」

「深雪のお兄さんだ」

 

 英美の疑問には問いかけられたほのかではなく雫が返答した。雫の言った通り仲介のために動いている風紀委員は達也だった。

 達也が掴み合っている二人の手を解くのと同時に雫が声を上げる。達也の背後に魔法が迫っていた。使用された魔法はエア・ブリット。圧縮空気の弾を作り、それを打ち出すポピュラーな魔法である。

 背後から迫る魔法を達也は最小限の動きで回避する。そして、魔法の不適正使用の摘発のために自分に牙を剥いた犯人を追おうとするが、目の前でいがみ合っていた二人に邪魔をされて追うことが出来ずにいる。

 

「至言さん、今のって……」

 

 雫の問いかけに至言がため息をつくことで返事をする。達也の背後から狙うように起動された魔法、偶然ではなく意図的に狙った結果だろう。さらに犯人を追いかけようとする達也を邪魔している二人も共犯の可能性が高い。

 至言が制服の袖口から一枚の呪符を取り出す。そして、小さく何かを呟き、袖口に仕舞う。

 

「精霊?」

「ああ、司波兄を撃った奴を追わせた」

 

 至言の一連の行動を見た英美が不思議そうな顔をするが、雫と至言の会話を聞いて納得したような顔になる。

 

「達也さん……」

 

 ほのかの心配そうな呟きを聞きながら、英美が達也の左胸にエンブレムがないことに気がつく。さらに新入生総代の深雪の兄だと知って別の意味でも驚く。

 

「なるほどね……一年生のお兄さんをひがんで『生意気だ!』って感じかな?」

 

 英美の予想に雫とほのかが憤りを見せる。

 

「三人ともとりあえず校門まで行くぞ、悪いがさっきの奴を捕まえなくてはならないからな」

 

 あんなこと許せない! と話している三人に割り込むように至言が話しかける。

 至言の言葉を聞いた三人はその言葉に従い、校門まで連れ合って移動する。

 

「でも、あんなの放っておけないですよ」

 

 歩きながら英美が至言に言った言葉だ。

 

「分かっている。とはいえ、先の奴を捕まえても大して意味がないだろうからな」

「そうなんですか?」

「気づいていたと思うが魔法を使った奴とそれを追う司波兄を邪魔した奴らはおそらく共犯だ。となると他にも似たような行動を起こす輩もいるだろう」

 

 至言の言葉にほのかがどうしよう……と困っているのを見て至言がとりあえず、と前置きをしてから言う。

 

「風紀委員の方でそれなりの対応は行おう。一応生徒会にも届けておくか」

 

 それを聞いたほのかは多少安心したようだが、それでもまだ不安が拭いきれないように見える。

 

「まあ、不安なのはわかるが司波兄は相応の実力者だ。あの程度ならまだ大丈夫だろう」

 

 ほのかを更に安心させるために言葉を繋げ、話しているうちに校門に着いた。

 

「さて、私は戻る。気をつけて帰れよ」

 

 至言の言葉にそれぞれ返答をし、校門まで送ってくれたことに感謝の言葉を述べる。

 三人はさっきの犯人を捕まえに行った至言の後ろ姿を見ながら話し始める。

 

「さっきの犯人捕まるかな……」

「至言さんなら大丈夫」

 

 英美の呟きには雫が反応した。そのまま雫は未だ心配そうにしているほのかに話しかける。

 

「ほのか、やっぱり不安?」

「……うん。至言さんは風紀委員でも対応するって言ってたけど、今は忙しい時期だろうし……」

 

 ほのかの不安げな発言を聞いた英美がじゃあさ、とほのかに言ってから言葉を繋げる。

 

「私たちが手伝えばいいんじゃない?」

「手伝う?」

「そう! 無断で魔法を使ったり出来ないから取り押さえるのは難しいけど、犯行現場の写真を撮るとかさ」

 

 そう言った英美の顔はどことなく楽しそうだ。

 

「エイミィ、なんか楽しそうだね」

「フフ、こういうの憧れてたんだよね! 私たち三人で少女探偵団始動よ!」

 

 英美の言葉にほのかが驚くが、英美に押し切られて協力することになった。雫も特に悩んだりせずに協力すると告げる。

 

「よし! それじゃあ、明日からがんばろー!」

「おー」

 

 英美と雫が二人で気合を入れているのを見たほのかは大丈夫かな……と不安になるのだった。

 

 

 

 

「災難だったな」

 

 生徒のほとんどが下校した時間。風紀委員会本部で至言が達也に言葉を投げかけた。

 

「先輩が捕まえてくれてよかったですよ」

「だが、気をつけておけ。恐らく明日からも似たような輩がいるぞ」

「ええ、わかっています」

 

 至言の言葉に苦笑いしながら返す達也。そんな達也に至言が近づきメモリを手渡す。

 

「今日の風紀委員会報告だ。悪いが生徒会室の市原先輩に渡してきてくれるか」

「わかりました」

 

 受け取ったメモリを専用の受け渡しケースに入れ、達也は直通階段を利用して生徒会室に移動する。

 達也が去った後に残されたのは摩利と至言。

 

「夏目、どう思う?」

「先も言いましたが明日からも司波兄に対する襲撃はあるかと」

 

 摩利の問いに答えた至言は帰り支度を始めている。その最中に至言が言う。

 

「少し本格的に動く必要があるかもしれません」

「うん?」

「正直、嫉妬から司波兄が狙われるのなら彼自身の実力から見てまだ大した問題ではありません。ですが、今回彼を攻撃した犯人はブランシュ下部組織のエガリテに所属している可能性が高いです」

 

 その言葉を聞いた摩利が席から立ち上がり、声を上げる。

 

「本当か⁉︎」

「はい、つまり他の学内のエガリテの構成員も彼を狙う可能性があります。理由はわかりませんが」

 

 ブランシュ、という組織がある。反魔法国際政治団体として魔法能力による社会差別を根絶することを目的に活動している。だが、実際には魔法師は道具として使い潰されることもあり、魔法が使えるからと言って優遇されているということはない。彼らは魔法能力による差別という虚構をでっち上げ、それを批判することによって反体制運動を行なっているのだ。

 そして、エガリテ、というのはそのブランシュの下部組織として位置する若年層を中心とした組織である。

 

「……真由美にも伝えておこう」

「お願いします。私は時間があるときにエガリテに所属している生徒をリスト化しておきます」

「すまないな」

 

 至言が言ったリスト化する作業はそんなに難しいことではない。魔法能力の差別に共感するのは二科生のみであるし、何より彼らは白い帯を赤と青で縁取ったラインをシンボルマークにしており、所属メンバーはそれをリストバンドにして巻いている。そういう生徒を当たるだけでも大半のメンバーを見つけることができるだろう。だが、至言は夏目家として調査すればすぐに見つけられる為に家で調査をすることに決めていた。

 

「私はここで上がらせてもらいます」

 

 帰り支度を終えた至言が荷物を持って立ち上がり、摩利が労いの言葉を言って至言を見送る。

 委員会本部から出た至言は携帯端末を取り出し家に通信を送る。内容は「ブランシュ、エガリテについての調査」という簡素な内容。だが、それだけでも十分な情報は得られると至言は分かっていた。


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