新入部員勧誘期間一日目。放課後に各クラブが新入生の勧誘の準備を始めている時間に、風紀委員会本部には風紀委員が集まっている。
「何故お前がここにいる!」
委員会本部に入ってくるなり、大声で叫ぶ生徒がいる。
「森崎……それはいくらなんでも非常識だろう」
大声の対象になった達也はため息をついて呆れた声を出す。達也の態度が癪に障ったのだろう、森崎がさらにヒートアップする。
「なにぃ!」
「いいから席に着いたらどうだ」
「非常識なのはお前の方だ! 僕は教職員推薦枠でこの風紀委員――でっ!」
委員会本部に乾いた音が響き、森崎の言葉がそこで途切れる。森崎の後ろには摩利が丸めた書類を振り抜いた姿勢で立っていた。
「わ、渡辺委員長⁉︎」
叩かれた部位を押さえながら振り向いた森崎が摩利の姿を見て声を上げる。先日、連行されかけたのが響いているのか、心なしか顔色が悪い。
「風紀委員会の業務会議に風紀委員以外がいる訳ないだろうが」
「申し訳ありません!」
慌てて頭を下げる森崎を横目に、摩利が机の上に書類を広げ、委員会メンバーに回していく。全員に書類が行き渡ったところで摩利が口を開く。
「さて、今年もまた、あのバカ騒ぎの一週間がやってきた。クラブ活動新入部員勧誘期間だ。いや新入生獲得合戦と言うべきかもな」
摩利の言葉に風紀委員全員が姿勢を正して話を聞く姿勢を見せる。
「気になっているやつもいるだろう、卒業生の補充として新人が入ってきた。一年A組森崎俊と一年E組司波達也だ」
名前を呼ばれた二人が立ち上がる。その二人に向けられた視線は対照的だ。そして達也のクラス名を聞いたからだろう、ざわめきが起き、互いに近くのメンバーと囁き合う姿が見られた。
「役に立つんですか?」
「心配するな、司波の腕前は確かだし、森崎のデバイス操作も相応の技術だ。これは私と夏目が確認している」
一人の生徒が手を挙げて発言をする。発言をしたのは二年の岡田という生徒。風紀委員会には教職員推薦枠として選ばれている。それに対して摩利が実力の保証をする。
委員長の摩利と実力者の至言が確認したという事実に岡田が引き下がる。
「他に言いたいことがある奴はいないな? よし、なら最終打ち合わせを行う」
摩利が至言に横目で合図を送る。視線を受けた至言が書類を持ちながら一歩前に出る。
「巡回要領については前回の打ち合わせから変更はありません。もし何かしらの変更希望がある人は申し出てください。新入りの司波と森崎の巡回範囲は指定しない。二人とも自由に巡回してくれ」
至言の言葉に達也と森崎がそれぞれ返事をする。変更希望の人もいないようで発言する人間もいない。それを確認した摩利が自身に注目を集めるために手を叩く。
「では早速巡回を始めてくれ。レコーダーを忘れずにな。夏目、新入りの二人への説明は任せるぞ」
「わかりました」
「よし、他の者は出勤!」
摩利の号令を皮切りに全員が立ち上がり、踵を揃えて、握り込んだ右手で左胸を叩く。そして、一人、また一人と委員会本部から出て行く。
「私は真由美に報告してから巡回に参加する。二人のことは任せたぞ」
言うことを言って生徒会室に続く階段を登っていく摩利を残された三人が見送る。摩利の姿が見えなくなってから至言が備品を管理している箱に近づき、腕章と薄型のビデオレコーダーを取り出す。それを達也と森崎に手渡して説明を行う。
「レコーダーは基本胸ポケットに入れておけ。違反行為を見つけ次第、スイッチを入れて撮影をしろ。スイッチはここにある」
自身の胸ポケットに入れてあるレコーダーを指差してスイッチの場所を教える。レコーダー自体の右側面にスイッチがついている。
「今後、巡回の際にはレコーダーを携帯すること。だが、撮影に対してはそんなに意識する必要はない。私たちの証言はそのまま証拠として扱われるからな。ああ、それと二人とも携帯を出せ」
言われた通りに各自携帯端末を取り出す。
「報告の際には専用の通信コードを使用する。送信するから確認してくれ」
二人の携帯端末にコードが送られ、二人が正常に受信された旨を報告する。
「それとCADの扱いについてだが、風紀委員のCAD携行と使用には許可は必要無い。だが、無用な使用は絶対に行うな。その際には一般生徒より重い処罰が下されることを覚悟しておけ」
二人に警告をしているがどちらかといえば森崎に対しての警告としての色が強い気がする。思い当たる節があるのか、森崎が気まずそうに目を逸らす。
そんな森崎を横目に達也が至言に対して質問を投げかける。
「質問があります」
「なんだ」
「CADは委員会の備品を使用してもよろしいでしょうか?」
「問題ない。特に申請なども必要無いから自由に持っていけ」
許可をもらえた達也は先日自分で調整した二機のCADを手に取り、使用するように伝える。至言も特に何か言うこともなく許可を出す。
「何か質問などはあるか? 無いようなら巡回に移れ」
二人から質問がでないことを確認した至言が巡回を開始するように促し部屋から出ていく。
残された達也はCADを腕に装着し、違和感がないように調整する。その姿を森崎が敵意を込めた目で見ていた。
○
新入部員勧誘期間は文字通りお祭り騒ぎの様相を呈していた。各クラブが成績優秀者を手にいれるためにあの手この手で勧誘を行う。最もメジャーな手段として、勧誘期間中に特別に携行許可が出されているCADを使用してのデモンストレーションだ。魔法科高校ならではのクラブ活動が存在する為にそのような処置が行われている。
だが、目的を達成しようとするあまり、クラブ同士のぶつかり合いが起きることは珍しくない。見えないところで殴り合いが起こるどころか魔法の撃ち合いなんてことも起こりうる。そうした際に、風紀委員が鎮圧に動く。
「魔法の不適正使用により摘発対象だ。『大人しくしていろ』」
至言の言霊により一人の生徒が動きを止める。体の動きが阻害されている生徒を監視しながら通信コードを選択し、報告を行う。
共同で警備巡回を行なっている部活連のメンバーが到着して違反者の生徒を連行していく。その様子を見ながら至言がため息をつく。
「これで三人目か……」
そう呟いて、巡回を再開する。途中で至言に連絡が入る。
「――夏目、そろそろ狩猟部のデモンストレーションの時間だ。見に行ってくれるか」
「了解した」
連絡を送ってきたのは部活連本部で待機している服部だ。狩猟部はデモンストレーションの際に馬を使用する。もし暴れたりなどされたら大問題なので万が一に備えて見張りとして付いていてほしいとのことだった。
服部の頼みを快諾し、狩猟部がデモンストレーションを行うという第二小体育館裏へ移動する。そこでは狩猟部の面々が馬を数頭連れてデモンストレーションの準備を行なっていた。準備をしている三年生と
「風紀委員の夏目です。デモンストレーションの際に警備に当たらせてもらいます」
至言の言葉と腕章を確認した部員が部長を呼んでくる、と言ってその場を離れる。少ししてから狩猟部の部長が小走りでやってくる。その後、部長からデモンストレーションの段取りを聞いてアクシデントが起きた際に至言が対処することなどを話し合う。
「つまり、私は狩猟部の方々が抑えきれなかった場合に動く、ということですか?」
至言が確認するように言った言葉に部長が頷く。
「うん、やっぱり馬の扱いとかは私達の方が慣れてるからね。もし私達でも止められないほど暴れたりしたら君が止めて。君の実力は知っているから。あと観客の方に馬が行ったりしたら私達を待たずに止めに入ってね」
「了解しました」
互いに話すことを話した後は部長は準備に戻り、至言は邪魔にならない位置でそれを見守る。しばらくしてから狩猟部のデモンストレーションが始まった。
部員たちが馬に乗りながら登場し、部長がクラブの活動内容などを説明する。至言はそれを注意深く見守る。途中でアクシデントが起きてもすぐに対処できるように。
幸いなことにデモンストレーション中にアクシデントも起きず、この次は希望者が部活の体験を行うという時間だ。幾人かの新入生が希望して部員たちの補助のもとに馬に乗ったりしている。部長曰くこの時間に馬が暴れるかもしれない、とのことだ。
そうは言っても、しっかりと躾をしているようで、部員以外の生徒が乗ったりしても暴れることもなく順調に時間が経過していく。
狩猟部を見守っていた至言が何かに気づいたように、第二小体育館に目を向ける。それとほぼ同時に馬が
「先輩たち、大丈夫ですか⁉︎」
馬をなだめていた女子生徒が慌てたように声を上げる。視線の先には頭を押さえてフラついていたり、座り込んでしまっている狩猟部の面々。至言もそれに気づき、彼女たちの元に駆け寄る。至言が見たところ彼女たちは船酔いに似た症状が出ていた。この症状はつい数日前に見たことがある。服部と達也の模擬戦で服部に起きた症状。つまりサイオン波酔いだ。
症状が起きているのは四人で、他の部員は少し違和感を覚えた程度らしい。気分が悪い生徒は影になっている場所に移動させ、各自で楽な体勢をとるように指示を行う。
「――夏目だ。第二小体育館裏で体調不良者四名。保険医を向かわせてくれ」
本部の服部に連絡を行い、念のために保険医を呼ぶように要請する。服部が了承したのを確認し通信を切ったが、少ししてからまた服部から連絡が入る。
「――おい、夏目。
「出払っているということか? 分かった、連絡が取れたら教えてくれ」
何かしらの用事でいないのだろう、このことを体調不良者を気遣っている部長に伝えようとした時に背後から声が聞こえる。
「狩猟部のみんな……どうしたの⁉︎ 大丈夫⁉︎」
声の主は慌てて狩猟部に駆け寄る。着ているユニフォームからしてSSボード・バイアスロン部の生徒だろう。狩猟部の次に第二小体育館裏でデモンストレーションを行う予定のクラブだ。
「至言さん……?」
至言の耳に聞き慣れた声が聴こえてくる。振り向くと小さい頃から付き合いがある二人が立っていた。
「雫、ほのか。二人ともどうしたんだ?」
「えっと、私達バイアスロン部に――」
雫の言葉が途中で止まる。正確には雫のみではなくその場にいる人が会話を止めたのだが。
会話を止めた理由は一人の女子生徒が皆の意識を向ける言葉を発しながら走って来たからだ。
「
隣に一人の女性を連れて急ぎ足で走って来たのは先程馬をなだめていた赤い髪の生徒。彼女は
「あら? 夏目くん? ちょうどいいわ彼女たちの容態は?」
「おそらくサイオン波酔いかと」
至言の言葉に「やっぱりね」と小さく呟き、自分を引っ張って来た英美に語りかける。
「
「……なら、いいんですけど」
安宿は念のため、と患者の容態を確認する。
結果、サイオン中毒ではないことの確認が取れたようで室内で休ませるように指示をする。
「少しでも刺激は少ない方がいいから校舎の中の方がいいわね。
そう言って携帯端末を取り出し、操作する。校内の教室の鍵というのは物理的な鍵ではなく電子錠がほとんどだ。そのため、教師は学校に申請をすれば各教室の鍵を携帯端末に送ってもらえる。もちろん、一時的に生徒に貸し出すことも可能だ。今回、安宿は英美に
安宿と英美が鍵の受け渡しを行なっている最中、至言は服部にある報告を行なっていた。
「――服部、安宿先生だがどうも入れ違いだったらしい。ああ、そうだ。体調不良者も今から移動させる」
報告を終えた至言は端末を仕舞って安宿に近付く。雫とほのかがその後ろに続いて付いていく。
「安宿先生、ありがとうございました」
「こっちはこれが仕事だから。とりあえずあの子達を移動させてあげて、ちょっと休めば大丈夫なはずだから」
安宿の言葉を聞いて狩猟部の部員が肩を貸し合いながら移動しようとするが、どうやら人数が足りないようだ。至言が応援を呼ぼうと連絡を取ろうとすると、
「あの、私たちがお手伝いします」
雫が一歩前に出て狩猟部に手伝う意思を伝える。
「雫、いいのか?」
「うん、私たち部活も決めたから時間あるし、大丈夫」
その言葉に至言が少し驚いたように問いかけ、それにほのかが答えた。
「まさか、お前たちバイアスロン部に入るのか?」
「えっと……雫が入りたいって言っていたので一緒に入ることにしました」
ほのかの答えに至言が雫の方を見る。心なしか雫の目が輝いている。
「楽しかった」
「楽しかった? なんだ、もう競技も体験したのか」
至言の言葉にほのかが目を逸らす。その行動に至言がチラリとバイアスロン部の部員を見る。
「……まさかとは思うが、無理矢理勧誘されたわけではないだろうな?」
その言葉に反応したのは至言に横目で見られたバイアスロン部の生徒だった。慌てたように両手を体の前で振りながら弁明する。
「ちょ、ちょっと待って⁉︎ あれは先輩たちが勝手にやったことで私たちは無関係だから! ですよね⁉︎ 部長!」
「う、うん! それに先輩たちは委員長さんが追いかけて行ってたから大丈夫よ!」
私たち悪くない! と言っている部員を雫がフォローする。
「至言さん、別に無理矢理入部させられたわけじゃないから大丈夫」
「そうか、ならいい。あとは頼んでいいか? もし何かあったら連絡してくれても構わん」
「うん、任せて。至言さんも巡回頑張って」
二人のやり取りを聞いて安堵するバイアスロン部の部員たち。彼女たちはこれからデモンストレーションがあるために手伝うことができないので、雫とほのかにお願いをして準備に取り掛かる。雫とほのかは狩猟部と協力しながら体調不良者に肩を貸して移動していく。
「……巡回に戻るか」
二人の姿を見た至言がそう呟き、その場を離れようとした時に通信が入る。
「――夏目、第一グラウンドで複数人が魔法の打ち合いをしてるようだ。至急向かってくれ」
「……了解した」
服部からの通信にため息をついてから返事をする。気のせいでなければ去年と比べて初日なのに違反者が多い気がした。
もしかしたら明日からもっと増えるかもしれない、少し気が重くなった至言はもう一度大きく息をついてからグランドに足を向けた。